本誌報道で捜査が再開された「18年前の殺人事件」〈永田町の黒幕を埋めた「死刑囚」の告白(5)〉
闇から闇に葬られていた殺人が次々と白日の下に……。かつて国会に証人喚問された“永田町の黒幕”の殺害を明かした矢野治。彼は獄中から「さらにもう一つ」の殺人を告白する手紙を警察に送っていた。
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「オレンジ共済事件」で政界工作を行い、証人喚問も受けた「龍一成(本名・斎藤衛)」(銀座で豪遊していた頃の写真)
強い罪悪感や贖罪の念が被害者の魂を呼び寄せるのか。現下、“獄中”で罪の重さに苛まれる死刑囚の夢枕にも夜毎、自ら手にかけた被害者が立ち、怨讐の言葉を投げかけるという。
「毎晩のように被害者が夢に出てきて苦しい。週刊新潮の記事には何の文句もない。俺は刑事に対し、やってないものはやってないと言うし、やったことはやったと認めるつもりだ。この気持ちに変わりはない」
2016年2月某日、東京拘置所。本誌(「週刊新潮」)の記事を読んだ確定死刑囚(67)は獄の中で、こう呟いていたという。
前橋スナック銃乱射事件(03年発生)で首謀者として死刑が確定した指定暴力団、住吉会幸平一家矢野睦会の前会長、矢野治。本誌は(1)で、彼が一昨年末、警察も知らない殺人事件を告白する手紙を、警視庁目白警察署と当方宛てに送っていた事実を報じた。
闇から闇に葬られていた事件の被害者は、1997年、政界を揺るがした事件のキーマンとして、社会の耳目を集めた人物だった。現役の国会議員、友部達夫(故人)が多くの国民から多額の金を騙し取り、その一部が永田町に流れた「オレンジ共済事件」。この事件に絡み、友部の参院選比例名簿順位を上げるべく、5億円もの金を新進党に運び、政界工作を仕掛けたとされた斎藤衛である。“永田町の黒幕”と呼ばれた彼は、2度にわたり、国会に証人喚問された。
■「てめぇー、殺すぞ」
この喚問前、メディアの中で斎藤の実名と顔写真を逸早く報じたのが写真週刊誌「FOCUS」だった。「オレンジ共済『新進党に金を運んだ』のはこの男」と題した記事(97年2月19日号)を目にした斎藤は激昂し、担当記者に電話をかけてきて、こう凄んだ。
「おい、容疑者でもない人間の顔写真と実名を出すとはどういう了見だ。コラ、てめぇー、殺すぞ。今からそっちに乗り込んでやるから、首洗って待ってろ」
斎藤のもう一つの顔はコワモテの不動産ブローカー。その正体は龍一成という稼業名を名乗る住吉会系の企業舎弟だったのである。ドスの利いた声に威圧感があるのも当然だった。
斎藤はふてぶてしい態度で証人喚問を乗り切った。しかしその翌年の98年4月、忽然と謎の失踪を遂げ、実姉が捜索願を出していたのだ(失踪時49歳)。
もっとも矢野によると、この時すでに斎藤は地中深く埋められていた。矢野が貸した8600万円が焦げ付いたのを機にトラブルとなり、檻に監禁した上、自らの手で絞殺。死体を配下の組員に始末させたという。そして彼は、警察が把握していない「もう一つの殺人」を本誌に語り始めたのだった。その詳細を明かす前に本誌報道を受けた警察の動きをお伝えしておこう。
■始まった聴取
矢野の“告白の書”を受け、目白署の刑事らが、東京拘置所で彼に事情聴取を行ったのは、一昨年12月25日のことだった。しかしその後、警察の動きはぱったり止まった。そして事実上、1年以上、事案を放置していたのである。
しかもこの間、矢野によって、「死体遺棄役」と明示された、元矢野睦会組員、結城実氏(仮名)にはただの一度もコンタクトすら取らずじまいだった。本誌は時間をかけ、口の重い結城氏を説得し、事件の全容を明かしてもらったわけである。この報道を受け、警視庁は捜査放棄を糊塗すべく、慌てて結城氏に接触し、事情聴取を開始した。目下、連日のように、殺人事件の参考人として、任意聴取を続けているのである。
■もう一つの“告白の書”
ようやく矢野死刑囚の余罪事件に対する本格捜査がスタートしたわけだが、実は、矢野は「もう一つ」の事件を告白する手紙を、関係先の管轄地である渋谷警察署に送っていた。まずは本誌が入手したその手紙の文面を紹介しよう。
〈平成8年前後頃、月日は8月14日か15日と覚えております。住吉会系のある組の頭(かしら)から頼まれ、(中略)村山文彦(仮名)を殺害させたのは私です。(中略)頭にアリバイを造っておくように念を付きました。本人が言うには警察が取調べを受けたが、他の警察官と一緒に居たことが証明され逮捕は免れたとのことでした。(中略)伊勢原の物件を処分して私に報酬を払うとのことでしたが、事件の1年後位に頭が逝去しました。依って報酬は受け取ってません。(中略)己の罪の垢をきれいに落としてから刑の執行に臨めたらとの思いでペンを執った次第です。(中略)昨年12月25日に当所に於いて目白警察から殺人で取調べを受け認めている身です。(中略)
矢野治拝
渋谷警察署々長殿
平成27年5月28日記〉(註・一部編集)
さらにこの数日後にも、
〈唯、1人の日本男子とし、私の文言には嘘はありません。(中略)
矢野治拝
渋谷警察署々長殿
H27年6月2日記〉
この内容だけでは要領を得ないが、事実だとすれば、95年4月以降の殺人事件は時効が撤廃されているので、これも斎藤殺し同様、立件可能だ。ちなみにこの件でも死体遺棄を指示されたのは、結城氏だという。
この手紙が渋谷署に送付されたのは、首謀者の若頭の組などが、渋谷署管内にあった時期があるためと思われる。
「この手紙に対し、渋谷署からも本部からも何のリアクションもありません」(矢野の関係者)
またもや捜査放棄の態である。警察は矢野の余罪事件をこのまま闇に葬ろうとしていたとしか思えまい。
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(6)へつづく(2016年3月8日掲載予定)
「特集 永田町の黒幕を埋めた『死刑囚』の告白 第2回 警察が知らない『さらにもう一つ』の殺人事件」より
週刊新潮 2016年3月3日号 掲載 ※この記事の内容は掲載当時のものです
◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です
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◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(10)警視庁が捜索を始めた死体遺棄場所『週刊新潮』2016/3/17号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(9)カタギ「津川静夫」さん殺害の背景 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(8)10億円利権でカタギを手に掛けた 『週刊新潮』2016/3/10号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(7) 遺族証言と一致 実行犯・秘密の暴露『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕を埋めた矢野治死刑囚の告白(6)「斎藤衛」とは別の、もう一つの殺人『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(5)『週刊新潮』2016/3/3号
◇ 矢野治死刑囚の告白 (3)(4)結城実氏「リュー一世(斉藤衛)を遺棄した経緯」週刊新潮2016/2/25号
◇ 永田町の黒幕「リュー一世(斉藤衛)」を埋めた矢野治死刑囚の告白(1)(2) 週刊新潮2016/2/25号
◇ 「他の人物も殺害した」前橋スナック乱射事件の矢野治死刑囚が警視庁に文書提出 平成26/9/7付
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