「スノーデン巡り米中露が激しい駆け引き 我が日本には恥さらしの元首相」 宮家邦彦

2013-06-28 | 国際/中国/アジア

スノーデン巡り米中露が激しい駆け引き 我が日本には恥さらしの元首相~中国株式会社の研究(221)
JBpress2013.06.28(金) 宮家邦彦
 先週は「数週間後にエドワード・スノーデンがどの国で何をしているかに強い関心がある」、「それは米中関係の将来を占ううえでも注目に値する」と書いた。どうやら中国は香港に飛び込んできた「時限爆弾」を巧みに取り除き、とりあえず対米関係危機回避に成功したらしい。さすがは中国、これぞ国際政治ではないか。
  米国の威信を懸けた「スノーデン捕物帳」は今週舞台をモスクワ空港に移し、第2幕が始まった。ウラジーミル・プーチン大統領をも巻き込んだ米中露間の水面下の駆け引きは壮絶だ。これに比べれば、今週の日本の元首相による訪中が何と「見当違い」なことか。今週はこの日本と世界のギャップを取り上げる。(文中敬称略)
 ■香港の絶妙な「立ち回り」
 米国政府の対応は素早かった。NSA(国家安全保障局)機密情報を漏洩したスノーデンを「反逆罪」で訴追。香港政府に対し、「スノーデンを拘束し犯罪人として米側に引渡す」よう要請。中国、ロシアその他の関係国に対しても同様の要請を行い、スノーデンのパスポートを無効とした。
  これに対し、香港政府は大いに困惑したことだろう。スノーデンの来訪など寝耳に水だったはずだ。結局香港政府は、米国の「引渡し要請」文書に瑕疵があるとしてスノーデンを拘束せず、その間に彼はモスクワに向かうことになった。
  各種報道をまとめれば、当時香港政府が取った措置とその理由は概ね次の通りだったそうだ。
 ●米国が香港政府に対しスノーデン逮捕を外交ルートで求めたのは6月15日頃。
 ●6月21日、香港政府は米側要請の詳細について米国政府に対し照会を行った。
 ●6月23日朝、スノーデンが出国のため空港に向かった時点でも米国政府からの回答はなかった。
 ●従って、香港政府はスノーデンを出国させないための法的根拠を有していなかった。
  一見、もっともらしい説明だが、これにはちょっと無理がある。そもそも、米側の「引渡し要請」後6日間、香港政府はいったい何をしていたのか。香港側は米側の書類にスノーデンのパスポート番号がなく、また彼のミドルネームがJosephでなくJamesであるなど混乱があったので米側に詳しく照会していたと説明したが、こんな子供騙しの説明を誰が信じるだろうか。
  第2に、なぜ6月23日まで米側に対し詳しい照会を行わなかったのか。ミドルネームの違いが問題なら、聞けば直ぐ分かることだろう。なぜ6日間も放っておいたのか。これでは、事件を「穏便に解決する」ために中国政府と相談するための「時間が必要だった」と言われても仕方ないのではないか。
  こんな関連報道もある。スノーデンの香港での弁護士は、「(スノーデンは)香港政府を代表するというある仲介者から『香港当局は介入しないので、香港を去るように』と言われた。その仲介者は恐らく中国政府の指令を受けて動いていたと思われる」と述べたそうだ。
 米国政府から見れば、今回のスノーデンの香港出発は恐らく北京と香港の「出来レース」ということだろう。これに対する米側の反応と、それに対する中国側の反論はいずれも強烈なものだ。各種報道で何度も引用された米中間の非難の応酬を以下具体的に見ていこう。
 ■スノーデンを巡る米中の応酬
 ●香港がスノーデンの出発を許したことは正規の逮捕状が出ている逃亡者を解放するという香港政府の意図的な選択肢」であり、その決定は疑いなく米中関係に負の影響を及ぼすものだ。(ホワイトハウス報道官)
 (Allowing Snowden to leave was a deliberate choice by the government to release a fugitive despite a valid arrest warrant, and that decision unquestionably has a negative impact on the US-China relationship.)
 ●中国はこの種の米国の不満と反対を受け入れることはない。ワシントンの偽善者の仮面を剥ぎ取ったこの恐れを知らぬエドワード・スノーデンを世界は忘れないだろう。(人民日報)
 (China could not accept this kind of dissatisfaction and opposition. The world will remember Edward Snowden…It was his fearlessness that tore off Washington's sanctimonious mask.)
 ●米国は米国政府自身の邪悪なスキャンダルを暴露した若い理想主義者を追い詰めており、謝罪するどころか、全体の情勢をコントロールすべく力を誇示しようとしている。(環球時報)
 (the US (is) cornering a young idealist who has exposed the sinister scandals of the US government. Instead of apologizing, Washington is showing off its muscle by attempting to control the whole situation.)
 ●米側は香港政府の法令に基づいた処理を問題視すべきではない。(中国外交部報道官)
 (The U.S. side has no reason to call into question the Hong Kong government's handling of affairs according to law… The United States' criticism of China's central government is baseless. China absolutely cannot accept it.)
  以上を読むかぎり、「目クソ、鼻クソ」という気がする。「第1幕」の舞台が香港だった以上、スノーデンの処理について中国政府が全く関与しなかったとは到底考えられない。この米中間の空中戦の下で、香港政府は無力だ。彼らに自主的判断を期待する方がそもそも無理というものだろう。
  とにかく、今回香港は巧みに立ち回った。スノーデンを米国に引き渡せば習近平は国内で「対米弱腰」と批判されるから、香港と中国の関係がギクシャクしかねない。逆に、スノーデンを中国側に引き渡せば、米国との関係は決定的に悪化するだろう。
 幸い「時限爆弾」は香港領域内で炸裂しなかった。米中の思惑が交錯する中で、スノーデンを巡る米中関係の決定的悪化は回避された。今後も米中間の宣伝合戦は続くだろうが、米中関係がこれ以上悪化するとは思えない。
 ■米中を離れ米露のゲームへ
  こうしてスノーデンは香港を出発し、ロシアに入国、いや正確にはモスクワ空港の「トランジット・ラウンジ」内にいることになっている。
  ロシアには「入国していない」、というのがロシア側の建前だ。それにしても、この弱冠30歳の男1人に米国政府全体が振り回されている様は、悲劇というより喜劇に近いだろう。
  この喜劇の登場人物たちの置かれたそれぞれの状況はさらに喜劇的である。まずは米国。報道によれば、ワシントンはスノーデンがNSA関係の機密情報をどの程度保持しているかすら正確に承知していないという。NSAと言えば米国諜報機関の中でも最も機密性の高い機関であるのに・・・。
  スノーデンの保持する情報が単なる事実関係情報だけならいいが、NSAの情報収集システムそのものに関する最高機密の技術情報が漏洩した場合のダメージは計り知れない。当面は米国のお手並み拝見というところだろうか。
  喜劇的という点では中国も似たようなものだ。万一、スノーデンが中国に亡命を求めてきたら、北京はどう対応するつもりだったのか。下手にスノーデンを保護すれば、米国との関係悪化は決定的となる。中国もスノーデンの情報には興味があるが、米国とガチンコをやってまで入手する気はなかったのだろう。
  今週は久しぶりにロシアの動きは見事だったと思う。プーチン大統領まで動員して、米国に強烈な自己主張のメッセージを伝えているからだ。ロシアもまだまだ「大国の端くれ」なのだと実感した。
  自国の国益を最大化すべく、大統領自身が、米国との静かながら強烈な空中戦に参戦しているのだから。
  もちろん、ロシアだってスノーデンの情報は欲しいが、同時に、対米関係の決定的悪化は避けたいだろう。されば、ロシアとしても、スノーデンの身柄拘束にまでは踏み切れまい。これからロシアが「スノーデン捕物帳」第2幕をいかに演出するかに大いに興味がある。
  最後に注目されるのはエクアドルの動きだ。スノーデンに対し政治亡命を認めるかどうかが気になる。ウィキリークスで有名なジュリアン・アサンジは現在ロンドンのエクアドル大使館に「亡命」しているが、いくら反米政権とはいえ、エクアドルがスノーデン1人のために、米国と本気で喧嘩を始めるだろうか。
■そして、鳩山元総理の発言
  イレレバント(irrelevant)という英語がある。元々は「見当違い」、「的外れ」と言う意味だが、国際政治では、一定の政治状況の下で、その真の政治的意味を理解せず、影響力を行使できない状況を指すことが多い。スノーデンを巡る大国間のパワーゲームの影で行われる日本の元首相の訪中がその典型例だ。
  報道によれば、鳩山由紀夫元首相は香港フェニックステレビの取材に対し、沖縄県・尖閣諸島について「中国側から『日本が盗んだ』と思われても仕方がない」と述べたそうだ。同発言は6月25日午前、中国内外に向けて報道されたという。
  鳩山元首相のこの発言がいかに間違ったものであるかをここで繰り返す必要はないだろう。一国の首相までやった政治家が、今頃になって日本政府の立場と相容れない発言を繰り返す様は、「呆れ」を通り越して、「哀れ」を感じるほどだ。
  ご本人は、「中国側から『日本が盗んだ』と思われても仕方がない」との発言について、「言っていない。中国側がそう判断をするという可能性があると申し上げた」と釈明したそうだが、菅義偉官房長官は、「開いた口がふさがらない。憤りを感じる」と批判した。筆者も後者のコメントに賛成だ。
  日本側関係者の一部には、「元首相の発言は影響力があり国益を損なう」「首相経験者だけに対外的には相当程度の発信力を有している」などと懸念する向きもあるようだ。
  一方、日本側の過剰反応は「中国側の思う壺」との指摘もある。対応は悩ましそうだが、筆者は放っておけばよいと思っている。
  最後に中国での世論調査結果をご紹介しよう。筆者の大好きな「環球時報」電子版が中国人を対象に、「尖閣(釣魚島)に関する鳩山の言動は日本で影響力があると思うか(鸠山对钓鱼岛的表态在日本有影响力么?)」という実に興味深い世論調査を行っているのだ。
  結果を見て筆者はちょっと驚いた。鳩山発言に「影響力がある」とする声は32%と意外に少なく、3分の2にあたる68%は「影響力はない」と答えているのだ。
  日本では鳩山発言を懸念する向きも少なくないが、中国人の多くはあまり重視していないらしい。もしかしたら、彼ら中国人の方が日本人よりも、この元首相の発言の「軽さ」を既に見抜いているのかもしれない。
 *上記事の著作権は[JBpress]に帰属します
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「スノーデン・CIA元職員 ロシアが亡命受け入れに積極的だった理由」WEDGE Infinity 廣瀬陽子 2013-06-26 | 国際 
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鳩山氏また問題発言~尖閣「棚上げで合意」 / 『動乱のインテリジェンス』~熟練のプロの手に落ちた鳩山 2013-06-27 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉 
 鳩山氏がまた問題発言 尖閣めぐり「棚上げで合意」と中国に理解
 産経新聞2013.6.27 19:32
 中国を訪問中の鳩山由紀夫元首相は27日、北京で記者団に対し、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の問題に関し「40年前に棚上げすると(日中両国で)決めたのだから、メディアも理解しないといけない」と述べ、棚上げの合意があったとの認識を示した。日本政府は棚上げ合意を否定している。
 鳩山氏はこれに先立ち清華大主催の世界平和フォーラムで講演し「領土問題に関してはそれぞれの国の言い分がある。中国側としては当然、カイロ宣言(の中の日本が盗んだ島)に入ると考えることはあるだろう」と述べ、中国政府にあらためて理解を示した。
 安倍政権に関しては「国会議員が大挙して靖国神社に参拝したり、安倍晋三首相自らが(先の大戦での)侵略を認めることを拒否したりした。価値観外交で中国を包囲しようとしているが、中国を孤立化させることはできない」と述べた。(共同)
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『国賊』 鳩山由紀夫氏の不適切発言 元首相である以上、看過できない 2013-01-18 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉
 鳩山氏訪中 あなたは何をしてるのか
 産経新聞2013.1.18 03:22[主張]
 既に議員生活を引退した人の発言をとがめたくはないが、日本の「顔」であった元首相である以上、看過できない。
 鳩山由紀夫元首相が中日友好協会の招きに応じて訪中し、賈慶林全国政治協商会議(政協)主席との会談で、「尖閣諸島は係争地」という認識を伝えたことだ。
 尖閣は歴史的にも国際法上も日本固有の領土である。
 「領有権問題は存在しない」という政府の立場を踏み外し、中国側の意向に沿う発言を行うことがどれほど国益を損なうか。まだ、わからないようだ。
 菅義偉官房長官が「わが国の首相をされた方の発言として非常に残念で極めて遺憾だ」と不快感を示したのは無理もない。
 鳩山氏がいかに国益を害してきたかは枚挙にいとまがない。
 首相当時、唐突に米軍普天間飛行場の「県外移設」を掲げて問題を迷走させた。オバマ米大統領には「トラスト・ミー(私を信じてほしい)」と伝えながら事態を打開できず、日米同盟を空洞化させて、抑止の実効性を損なった。
 昨年4月、民主党最高顧問として政府の承諾を得ずに核兵器開発の疑いが濃いイランを訪問した。国際原子力機関(IAEA)の対応について「二重基準を適用して不公平だ」と語ったとイラン側に発表され、最大限に利用されてしまった。
 民主党代表時代に「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」と発言したことが外国勢力につけ込まれている。
 鳩山氏を招いた中国もあらゆるものを利用しようという魂胆が見え隠れしている。尖閣の領有権問題を認めようという日本国内の一部勢力に加担して、国内世論を分断する狙いもあるのだろう。
 首相を辞め、議員引退後も外交にかかわろうとすることに、鳩山氏は終止符を打ってほしい。
 一方、2月に安倍晋三首相特使として訪露し、プーチン大統領と会談する予定の森喜朗元首相が北方領土問題で択捉島を除く国後、色丹、歯舞3島の先行返還に言及していることも懸念される。
 森氏はプーチン氏が領土問題について「引き分け」と語ったことを念頭に「現実的なことを考えた方がいい」と述べたが、日本が原則とすべき4島返還からは大きく外れている。安倍政権の特使にふさわしいか疑問が残る。 *リンクは来栖
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 『動乱のインテリジェンス』著者 佐藤優 手嶋龍一 新潮新書 2012年11月1日発行 

    

p108~
第3章 イランの鏡に映る日本外交
 ■会見写真から消えた男
手嶋 2011年の暮れ、「天下大乱を予感させる2012年の行方を読む」というテーマで佐藤優さんと語り合いました。佐藤さんはこの対談の最後を「ただし、イランがイスラエルとドンパチ始めたら、今述べてきたシナリオはすべて書き直さなくてはならない」と締めくくりましたね。いまのところ「ドンパチ」には至っていないものの、イラン情勢は緊迫しています。イスラエルは単独でもイランへの攻撃を辞さない構えを崩していません。
佐藤 大枠では見通しの通りに推移していると見ていいですよ。ただし、鳩山由紀夫さんという波乱のファクターの登場を除いてはね。
手嶋 国際社会はいま、イランの動向を息をひそめて見守っています。(略)
佐藤 そう、それだけにイランという鏡には、日本のインテリジェンスのありようがくっきりと映し出されている。
手嶋 そんなイランにとって、いまの時期、日本はとても重要な国になっている。こんな国は他に思い浮かべることができますかね。
佐藤 いやあ、ないでしょう。2012年4月、鳩山由紀夫元首相がイランを突如訪問した。これ、手嶋さん、どういうふうに見ています。
手嶋 いま、佐藤さんは「鳩山元首相がイランを訪問した」と元首相を主語にクールに表現しましたね。でも現実は、与党の外交担当最高顧問にして総理経験者をテヘランに誘っていったインテリジェンス・ネットワークが、この東京で見事に作動したと見るべきでしょう。
p110~
佐藤 ええ、じつに見事な手並みだったと思います。
手嶋 イラン当局が発表した会見の写真ですが、アフマディネジャド大統領がいて、鳩山さんがいて、通訳がひとり真ん中にいる。あの写真がすべてを物語っています。ちょっと見には当たり前の構図に見えるかもしれませんが。
佐藤 ふつうは誰が写っているかに注目しますよね。
手嶋 でも佐藤さんのようなプロフェッショナルはそうじゃない。
佐藤 そう、誰が写っていないか。それが非常に重要なんですよ。
手嶋 大切な外交交渉では、たとえば、佐藤栄作とリチャード・ニクソン会談では、日米の双方からの通訳がいます。外交交渉で相手側が用意した通訳に頼ってしまえば、正確さもさることながら、相手のペースになってしまう。ですから、英語が母国語と同じほどに出来る日本の外交官も対米交渉では英語は使わない。自前の通訳を用意するんです。相手の言葉を使えば不利になりますから。
佐藤 重要な会談では、通訳とは別にノートテイカーもいて、きちっと記録をとっている。その記録こそが正史を紡いでいくんです。
手嶋 ところがアフマディネジャド・鳩山会談にはイラン人の通訳がひとりだけ。
佐藤 そう、日本外務省の通訳が入っていない。鳩山さんは民間人のペルシャ語通訳を東京から連れて行きました。しかしなぜか写真には写っていない。在テヘラン日本大使館が関与していないということなのかというと、そうじゃない。この席に駒野欽一駐イラン特命全権大使がいるわけですよ。ちなみに大使というのは、天皇陛下の信任状を持って、相手国の元首に信任状を奉呈して勤務する。大使というのは国家を体現しているわけです。
手嶋 大使車はその国の国旗をなびかせて走っています。北京で丹羽宇一郎特命全権大使の乗った車が反日を標榜する男たちに狙われて日本の国旗が持ち去られましたが、いわば日本という国家が強奪されたと受けとるべきなのです。
佐藤 おっしゃる通りです。海外の国で日の丸が揚がっている車は、その国に一台しかないのですからね。役職がナンバー2とかナンバー3の間は、日の丸をつけた車では走れない。大使が日本に出張に行っている間は、臨時代理大使というのを指名して、その人が乗る車に国旗がつく。そうしたことに象徴される、目に見えない日本国家というのを背負って歩いている可視的な存在が、大使なんですよ。
p112~
 それほど重要な日本大使が、今回のアフマディネジャド・鳩山会談に同席している。ところが、姿を隠しているわけですね。写真に写っていない。しかも大使が同席しているのに大使館の公式通訳が出ていない。異常な会談ですよ。
手嶋 その一方で、ペルシャ語の専門官も同席して、会談記録はとっていたことが確認されています。
佐藤 だから外務省には公電で会談のやり取りが報告されている。そうすると、日本政府は「全く私的な訪問であって政府とは無関係だ」と言っているんですが、外交の常識ではそんなことは通用しないんですよ。明らかに公式会談です。
手嶋 北朝鮮にアメリカのカーター元大統領が出かけていったことは確かにありました。でもカーターさんのケースは今回とは違います。時の政権与党の最高顧問といった立場にはありませんでした。鳩山さんは、議院内閣制の下での与党の、しかも外交の最高顧問の肩書のままイランを訪問したのですから。
佐藤 そうですね。議院内閣制においては、与党と政府は一体です。民主党の対イラン独自外交が発動されたとみなさざるをえない。
p113~
 ■二元外交の様々な顔
佐藤 あの鳩山さんのイラン訪問に関して、新聞などには「二元外交だ」と批判の記事がたくさん載りました。たしかに二元外交なんですが、単純な二元外交批判というのは、ピントがズレているんですよ。そもそも「二元外交だから」と言って激しい非難の対象になるのは、日本の特殊性から来ているんですよ。
p116~
 ■よい二元外交、悪い二元外交
手嶋 小泉純一郎総理(当時)の北朝鮮への電撃的訪問を例に見てみましょう。最初の訪朝劇は2002年、北の「ミスターX」を経由して実現しました。2回目の2004年は、飯島勲首席秘書官の主導で、朝鮮総連ルートで行われたといわれます。この2回目の訪朝について、最初の訪朝を演出した田中均アジア大洋州局長が、小泉総理に「これは二元外交ですよ」と言ったという。これに対して、小泉総理は色をなして怒って、「総理である自分が差配をして外交を束ねている。そのどこが二元外交なんだ」と言った。この反論には非常に鋭いものがあって、それは佐藤さんの「二元外交の全てが悪いわけではない」という説を見事に裏付けています。
佐藤 私は二元外交であっても、官邸だけでなく外務省も知っているべきだと思います。(略)基本的には官邸が全体を押さえておけばいいわけです。そのときのシンボルになるのは何か。これが実は「総理大臣の親書」なんです。親書を携行しているか否かということが、一元的な形の外交であるかどうかの決め手になる。私自身の経験からいいますと、2000年の12月25日にモスクワに鈴木宗男さんが渡って、それでセルゲイ・イワノフさんという当時の安全保障会議の事務局長、プーチンの側近で今の大統領府長官と会談しました。
p117~
手嶋 通称、安保補佐官と言われていたキー・パーソンですね。
佐藤 そのときも一部メディアは「二元外交だ」と批判的に書いたんです。外務省のロシア課長が知らなかった。しかしそれは、課長レベルには伝える必要がないという、外務省上層部の判断だったんです。だからロシア課長は「二元外交だ」と騒いだんですけれども、それは当たらない。ロシア課長の上司である欧州局長は知っているし、なおかつ親書を携えているのですから。総理の親書を持った二元外交なんていうのはありませんよ。
手嶋 ということになると、鳩山元総理のイラン訪問では、野田総理の親書を携えていったかどうかがポイントになりますね。持ってはいない。それどころか、総理はむしろ訪問自体に反対だったと言っていいですね。
佐藤 親書は持っていきませんでした。野田総理は、慎重に行動してもらいたいと、電話して再考を促した。
手嶋 外務大臣も外務省も反対した。
佐藤 つまり、手綱はどこにもないんですよ。これこそ絵に描いたような二元外交なのです。
p118~
手嶋 ここが核心部分ですね。二元外交批判というものには、玉と石が混交している。注意をしなければいけない。佐藤ラスプーチンが現役時代にやったような、先方の懐の非常に深いところに情報源を持ち、それによって鈴木宗男さんを押し立てて繰り広げられた外交には、総理とか外務大臣外務次官しか知らないものがあるわけですね。外務省の通常の官僚機構は関与していないが、国家の大本では束ねられている。
佐藤 若泉敬さんがやった沖縄返還に関わる極秘交渉なんていうのは、そういうタイプのものですよね。
手嶋 有事の核持ち込みの密約交渉を知っていたのは、たった4人。米側はニクソンとキッシンジャー。日本側は佐藤栄作と若泉敬。
佐藤 しかも若泉敬さんは、まったくの民間人なんです。
手嶋 ここでも総理の親書が登場します。ところが沖縄の密約交渉でも、佐藤ラスプーチン外交でも、二元外交批判というのが出るんですよ。担当の課長とか、そういった人たちの気持はわかりますが。彼らの論理は「外交は外務省、とりわけ主管局が一元的に行うべきだ」というものです。これは官製のフィクションとしか言いようがありません。
p119~
佐藤 だから、単純な二元外交批判というのは、結果として官僚支配を強化して、それで外交の硬直化を招くことに繋がる恐れがあるわけです。「よい二元外交」と「悪い二元外交」をちゃんとくべつしないといけない。
 ■鳩山外交の罪と罰
手嶋 鳩山さんのケースに即して、悪い二元外交とは何であるのかを論じてみましょう。
佐藤 鳩山さんの行動は、まあ国家にとっては不幸なことなんですけれども、インテリジェンスを論じる我々にとって、非常に幸せなことでもありました。本書の読者もこれほどの素材に巡り合ったことは幸運です(笑)。教科書に載せたいような悪い二元外交って、歴史ではめったに起きないですから。
p120~
手嶋 なぜ二元外交が悪いのか。それは相手側の眼で見ればいいのです。悪い二元外交の最大の問題点は、交渉の相手国が日本を容易く操れる、その1点に尽きます。
p124~
 ■熟練のプロの手に落ちた鳩山
手嶋 ふだんは異なる論調を掲げる大手新聞3社が揃って批判する、特異な外交を敢えて強行したのはなぜなのか? 主要国のインテリジェンス組織が、鳩山外交にいつにない関心を示しています。イランが東京に張り巡らしているインテリジェンス能力がかなりのレベルだと見立てて分析しています。
佐藤 鳩山さんと大野さんには、完全に粉がかかっていますよね、あちこちから。
手嶋 ほう、最初から剛速球がきましたね。その根拠は?
佐藤 まず着目すべきは、鳩山さん一行のイラン訪問に当たっての「便宜供与」の異常さです。議員などが外遊する際の外務省の便宜供与には、いろんなランクがあります。
(p125~)総理経験者はAAなんです。ところが、今回どういう便宜供与の依頼が外務省に出されたか、チェックしてみました。すると、極めて不思議なんですよ。成田-ドバイ間の通関支援という依頼だけでした。
手嶋 肝心のイラン国内については、便宜供与はいらないというのですね。
佐藤 そう。彼らは、成田からドバイを経由してテヘランに行ったのですが、ドバイからテヘランに乗りかえる飛行機のところで荷物が出てきて、テヘラン行きの飛行機に乗せる。そのときに税関がスムーズにいくよう支援してくれ。それしか外務省に便宜供与を依頼していないのです。通常こういう便宜供与の依頼は、まず先方の政府・議会関係者などとの会見のアポイントの取り付け。これは、後ろで独自ルートでやっていても、正式な外交ルートで頼んでおくものです。これは「二次元外交をやっていませんよ」という外務省への意思表示なのです。それから通訳の便宜供与。大使館は通訳を提供することで会談の内容を把握でき、公電で本省に正式に報告できる。この公電には暗号を使うことになる。3番目は適当館員による任国情勢のブリーフィング(説明)をしてもらう。総理大臣経験者の訪問ならば、通常、大使がブリーフィングをします。
手嶋 確かに総理経験者は、重要会談の前に、必ずと言っていいほど、現地の大使から情勢のブリーフィングを受けますね。
p126~
佐藤 これをやることはすごく重要なんです。現地の大使館が責任を持って、その国の情勢をどうとらえるべきか、最新の状況について説明するわけです。これだけは決して口にしないほうがいいといった助言をすることもある。それからホテルの確保、車の手配ですね。こういったことは、全部大使館に頼むことが必要なわけですよ。それが一切ない、必要ないというのは、イラン側の丸抱えだったからということになる。費用の負担も含めてイラン側がかなり受け持っていた可能性があるのです。現に大野参議院議員は自身のホテル代をイラン側に負担してもらったと認めています。
手嶋 ということは、先方のインテリジェンスの影響下に入っているわけですから、日本の国会議員としては危うい一線を越えてしまっています。
佐藤 完全に向こう側の懐に入った形での訪問ですね。イランのような国に対して西側、少なくとも米国の同盟国の首相経験者がそういう形で入っていくというのは、これも極めて異例です。
p128~
 ■操られた鳩山発言
佐藤 鳩山さんとしてはおそらく本気で世界平和に貢献するんだと意気込んで出かけたのでしょう。いまイランが置かれている状況を考えれば、義憤に駆られたのかもしれません。イスラエルはNPT・核不拡散条約に加盟していない。したがってIAEAの査察を受ける義務がない。IAEAにしたって、他の疑惑のある国に比べて、イランに対してだけ、より厳しい対応をしているのはおかしいじゃないかと。これはダブルスタンダードだと。これこそまさにイラン政府がずっと言い続けてきたことなんですね。
手嶋 イラン政府の他には、こんな主張をしているものはいない。まさしくイラン政府が最も言って欲しかった議論でした。イラン大統領府の公式発表によると、鳩山さんがアフマディネジャド大統領との会談でそのように発言したという。
p129~
佐藤 詰めないといけないのは、「ダブルスタンダード」という言葉を使ったかどうか。そこがやはり1つのポイントになると思うのです。ただ問題発言を行った責めは免れないですよ。「NPTが不公平だ」と言ったことは認めている。鳩山さんの会見やブログ、大野さんのブログの中身から判断すると、「NPTが不公平だということは言ったが、IAEAがダブルスタンダードだとか不公平とは言っていない」ということのようです。
(p130~)しかしこれは、屁理屈にもなりません。どうしてか? NPT体制とIAEAの査察は表と裏だからです。NPTに加盟するならばIAERAの査察を受けないといけない。ですから、「NPTが不公平、ダブルスタンダードだ」というのは、「IAEAがダブルスタンダードで不公平だ」ということと同義です。
手嶋 そういうことになりますね。日本もかつて佐藤内閣の時に、NPTへの加盟をめぐって保守派の間で激しい議論がありました。当時の自民党内には、「NPTは、戦勝国にして核保有国が核を独占する不公平な体制だ」という意見が根強かった。しかし、敗戦国の哀しさです。NPT体制に加盟しなければ、原子力発電にも乗り出すことが叶わなかった。そのため、NPT条約に加盟してIAEAの査察を受け入れることにしたのでした。当時の保守派の議論には、一種の無念さが滲んでいますが、IAEAの査察はダブルスタンダードだとまでは言っていません。
佐藤 いまもそう言っている国はイラン以外にはないですし、恐らくその認識を持っていると想定される国があるとしたら、朝鮮民主主義共和国(北朝鮮)ぐらいでしょうね(笑)。
P131~
手嶋 だから、やっぱりとてつもない発言なんですよ。
佐藤 そういう発言をする人を与党の最高幹部に戴く日本。そんな規格外の政治家が、世界に向けてとてつもないメッセージを発信してしまったのです。分
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たやすく操られる鳩山氏
産経新聞2013.2.1 08:03 [from Editor]
 あきれてものがいえない-。自民党(小野寺五典防衛相)から「国賊」と指弾され、身内(民主党)からも、「立場を考えて発言を」(菅直人元首相)と苦言を呈された鳩山由紀夫元首相の「尖閣諸島は係争地」との発言である。
 訪中した鳩山氏は信念に基づいて語ったのかもしれない。しかし、日本政府の見解では「領土問題は存在しない」のに、中国の主張を代弁して係争地と認めることは、自国の領土であるという権利、主張を失う第一歩となる。国益を損なうという意味で鳩山氏の責任は大きい。 
 もう一つ問題がある。日本の首相経験者が中国にたやすく操(あやつ)られ、発言したとみられることだ。思い出していただきたい。昨年4月、政府承認を得ずに民主党最高顧問として訪問したイランで、国際原子力機関(IAEA)は「ダブルスタンダード(二重基準)を適用して不公平」と語った、とイラン側に発表された。
 実は鳩山氏、このイラン訪問を渡航3日前まで秘匿していた。通常、外務省が行う便宜供与の依頼もほとんどせず、ホテルや車の手配など費用負担までイラン側の丸抱えで訪問した。首相の親書も持っていない。つまり、「教科書に載せたいような悪い二元外交」(対談集『動乱のインテリジェンス』で佐藤優氏)だった。
 当然、その背後で、巧みな力が働いたと考えられる。元外務省主任分析官である佐藤氏は、「相当熟練したプロの手が、これ以上ないタイミングで動いた」と読み解く。核開発により、国際社会で四面楚歌(そか)のイランが日本で巧みなインテリジェンス工作を仕掛け、鳩山氏を連れ出したと解釈していいだろう。世界平和に貢献すると意気込んだ鳩山氏が、他の疑惑のある国に比べてIAEAがイランにより厳しいとの説明を受け、義憤に駆られてイランの代弁をしたとしても不思議ではない。
 さらにイランは、日米同盟派と一線を画す鳩山ファミリーの対米自立のDNAに着目している。米国に複雑な思いを抱く鳩山氏を操り、「ダブルスタンダード」と発言させたとしたら、インテリジェンス能力はかなりのものだ。
 鳩山氏は昨年10月にも北海道苫小牧市で、「尖閣は領土問題」と発言している。今回は、中日友好協会の招待で訪中したというが、イラン同様に中国が特別の意図を持って招いたことは間違いない。中国はどうおぜん立てして発言を操ったのだろうか。(編集委員 岡部伸)

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