景気の動き 「最悪の危機」は脱したが…

2009-06-01 | 社会
新聞案内人 伊藤元重 東京大学大学院経済学研究科教授
2009年06月01日
「最悪の危機」は脱したが…
 景気の動きに少しだけ明るい兆しが見えてきた。5月29日に発表された4月の鉱工業生産指数は前月比5.2%上昇という大きな伸びを示し、景気が底を打ったと考えているエコノミストも多いようだ。
 有効求人倍率や失業率で見た雇用の状況は相変わらず悪化を続けている。ただ、雇用の動きは景気の波の中では遅効指標として、生産などの動きに遅れて反応する傾向が強いので、生産動向などが順調に拡大していけば、いずれは雇用にもプラスの動きが見えてくると期待できる。
○景気の「山」続いただけに「谷」も深い
 今回の景気後退の特徴は、あまりに急激な景気減速のスピードであった。これは日本だけではなく、世界の多くの国に共通している。昨年9月のリーマンショック以降の景気減速のスピードは歴史的にもまれな状況であったと言って良いだろう。
 「山高ければ谷深し」とは市場関係者がよく使う言葉であるが、2000年から2007年の間の世界経済は、人類の歴史の中でももっとも速いスピードでの成長を続けていた。これだけ高い山が続いた後だから、それだけ谷も深くならざるをえない。
 問題は、この深い谷が長引くのか、それとも景気の落ち込みの速さと同じく、景気の回復も速いのかということだ。
 残念ながら、今の段階では景気の回復が非常に速いスピードで続くと予想する人は多くない。かりに景気が今後順調に回復すると期待されるなら、株価ももっと高くなってよいはずだ。しかし、そうした動きは日本にも米国にも見られない。市場は回復基調が続くと確信しているわけではないようだ。
 現在の景気回復の動きは、当面の最悪の危機を脱した結果であるというように見るべきだろう。あれだけ急速に景気が悪化したことはそれだけ危機が深刻であったということを意味する。
 目下の回復の動きは、その異常な下落が一段落して、正常な軌道の方に戻ろうとする動きなのである。政府が巨額の資金を投じて景気対策を行い、金融市場にもジャブジャブお金が注入されたことも、当面の危機を切り抜ける上で重要な役割を果たしている。
 これはこれでよいが、それでも多くの人が不安に思っていることは、この先、また景気が二番底を打ったり、あるいは回復のスピードが落ちて、景気低迷の状況が長期化したりすることである。
○難しい財政の出口戦略
 政策的には、こうした問題についていくつかの課題がある。
 一つは出口戦略のあるべき姿である。財政も金融も異例というほど大規模な刺激策をとってきたが、今後どのようなタイミングで正常な状況に戻していくのかという点だ。日本銀行は速水総裁の時代に金利引き上げを急ぐあまり、経済をさらに悪化させるという失態を演じた。異常な金融緩和をいつまでも続けるわけにはいかないが、金融緩和の規模が大きいほど、そこから抜け出すタイミングも難しくなるだろう。
 財政にも出口の問題がある。当面の危機に対応するために大胆な景気対策を行ってきた政府であるが、赤字垂れ流しの財政刺激をいつまでも続けることはできない。
 しかし、安易に増税や歳出削減を行えば、これまた景気回復を遅らせることにもなりかねない。日本が巨額の政府債務を抱えているがゆえに、財政の出口戦略は難しい問題であるのだ。
 今後の課題は、財政と金融の出口戦略だけではない。今回の景気後退の中で露呈した日本経済の構造的な問題をどう解決していくのかが大きな政策課題になる。構造的な問題への着実な対応を示さないかぎり、日本経済は持続的な回復を続けることができないからだ。
 国民が過度に不安になって内需が伸びない原因とも言われる社会保障制度のほころび、雇用構造の変化に対応できなくなっている日本の雇用制度や雇用政策、自動車やエレクトロニクスなどに続く日本のリーディング産業が出てこないという産業構造の脆弱さなど、日本経済が抱えている問題は明らかだ。
○景気は底を打ったように見える
 こうした構造的な課題に一朝一夕で解決を求めることはできない。ただ、構造的問題が着実に好転していくという確信を国民が持つことができないかぎり、雇用も生産も、そして消費も投資も、拡大し続けることは期待できないのだ。
 当面の危機にはそれなりにうまく対応した。そう言ってよいだろう。だからこそ、景気は底を打ったようにも見える。ただ、問題はこれからだ。持続的な回復を続けるために取り組むべき課題は少なくない。

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