秋葉原殺傷:被告、殺傷認める 責任能力争う
東京・秋葉原で08年6月、7人が死亡、10人が負傷した無差別殺傷事件で、殺人罪などに問われた元派遣社員、加藤智大(ともひろ)被告(27)は28日、東京地裁(村山浩昭裁判長)で開かれた初公判で「起訴状については記憶がない部分もあるが、私が犯人であること、事件を起こしたことは間違いありません」と殺傷を認めた。弁護側は「完全責任能力があったことには疑いがある」と主張し、責任能力を争う姿勢を示した。
歩行者天国が惨劇に変わった衝撃的な事件を巡り、法廷での審理が始まった。被害者や目撃者、精神鑑定医、捜査員ら42人の証人尋問が決まっており、8月までに22回の公判が指定されている。公判は長期化する見通し。
起訴内容の認否で加藤被告は「まずはこの場を借りておわびさせてください。亡くなられた方、けがをされた方、ご遺族には大変申し訳ありません」と謝罪した。弁護側は、ナイフで負傷させたとされる被害者のうち1人に対する殺意を否認。取り押さえようとした警察官を刺したとされる起訴内容についても公務執行妨害罪の成立を争う姿勢を示した。
検察側は冒頭陳述で動機について「唯一の居場所だった携帯電話サイトの掲示板が荒らされて書き込みがほとんどなくなり、自分の悩みや苦しみが無視されたと怒りを深めた。派遣先工場からも必要とされていないと思い、自分の存在を認めさせ復讐(ふくしゅう)したいと考えた」と指摘した。
責任能力に関しては、捜査段階の精神鑑定で何らの精神障害も認められなかったことに加え、違法性の認識があったなどとして、完全責任能力が認められると主張した。
弁護側は冒頭陳述で、「加藤被告は仕事ぶりもまじめで、極悪非道な人生を送ってきたわけではない」と主張。「彼にとって携帯サイトの掲示板が何だったのか。この2点に着目して、なぜ事件が起きたのか明らかにしたい」と訴えた。【安高晋、松本光央】
◇起訴内容
加藤被告は08年6月8日午後0時半ごろ、東京・秋葉原の歩行者天国の交差点にトラックで突入して、5人をはね、うち3人を死亡させ、さらにダガーナイフで12人を刺し、4人を死亡させたとされる(殺人、殺人未遂罪)。取り押さえようとした警察官をダガーナイフで刺して職務を妨害し(殺人未遂、公務執行妨害罪)、事件に使ったものを含め5本のナイフを所持していたとされる(銃刀法違反)。
毎日新聞 2010年1月28日10時43分
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秋葉原殺傷:「事実明かし償う」加藤被告表情硬く
「自分を無視した者たちへの復讐(ふくしゅう)」。28日、東京地裁で開かれた東京・秋葉原の17人無差別殺傷事件で殺人罪などに問われた元派遣社員、加藤智大(ともひろ)被告(27)の初公判。検察側は冒頭陳述で事件に至る心の動きを再現してみせた。車とダガーナイフで日曜日の歩行者天国を惨状に変え、日本中を震撼(しんかん)させた事件。加藤被告は「せめてもの償いはどうして事件を起こしてしまったかを明らかにすること」とはっきりとした口調で語った。【銭場裕司、田村彰子】
午前10時、104号法廷。グレーのスーツに白いワイシャツ姿で髪を刈り込んだ加藤被告は傍聴席の遺族や被害者らに一礼して席についた。10分以上にわたる起訴状朗読の間、時折まばたきを繰り返す。その後起訴内容を認め「取り返しがつかないことをした。私にできるせめてもの償いはどうして今回の事件を起こしてしまったのかを明らかにすること。詳しい内容は後日説明します」と述べた。
続く検察側の冒頭陳述。加藤被告はほとんど動かず、終始硬い表情で前を見つめた。
冒頭陳述によると、加藤被告は短大卒業後、派遣社員として働く自分が部品のように扱われていると感じ、携帯電話の掲示板サイトに悩みを書き込むようになった。当初は慰めやアドバイスが返ってきたが、08年5月ごろから、加藤被告になりすました「偽物」や無意味な書き込みをして読みにくくする「荒らし」が頻発し思いやる返事がなくなった。「唯一の居場所がなくなり、自分の存在が殺された」。加藤被告は、悩みをまともに受け止めない人々を敵と位置づけ「みんな死んでしまえ」と思うようになった。同時期、職場でいったん「派遣終了」を告げられた後「仕事を継続できる」と聞かされると「交換可能な存在に過ぎない」と怒りを深めた。08年6月5日早朝、作業着が見つからなかったことから「工場を辞めろと言われている」と感じて激怒し、掲示板に仕事を辞めると書き込んだが反応はなく、無視されていることが我慢できなくなった。
「大きな事件を起こして存在を認めさせ、無視した者らに復讐したい」。同7日「準備完了」「冷静な自分にびっくりしてる」と書き込んでも反応はなく、同8日、事件を起こした。3回目までは尻込みして取りやめたが、4回目で決行した。
◇遺族と被害者に手紙
加藤被告は昨年11月、弁護士を介し、全遺族と被害者に手紙を郵送した。B5判の便せん6枚に直筆で「私と違って夢があり将来も明るい皆さまの人生をすべて壊してしまい、取り返しのつかないことをしたと思っています」などと心境をつづった。
28日は一般傍聴席46席に対し傍聴希望者769人が並び、競争率は16.7倍だった。
毎日新聞 2010年1月28日 13時14分