沖縄県知事選挙に吹く、新しい風 NewsweekJapan 2018.9.22

2018-09-23 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉

沖縄県知事選挙に吹く、新しい風
2018年9月22日(土)21時35分
山田文比古(東京外国語大学教授)
<今回の沖縄県知事選挙は、前回と比べ、大きく構図が変化している。そして、そのカギとなるのが、若い世代の動向だ>
 今回の沖縄県知事選挙は、前回と比べ、大きく構図が変化している。その最大の要因は、公明党が保守系候補への支援を表明したことに加え、それに維新が相乗りする形となったため、前回のオール沖縄の得票をしのぐ勢いであることだが、もう一つ、新しい旋風も巻き起こっている。それは、翁長雄志前知事が提起したアイデンティティ論に対するアンチテーゼの台頭と、それを巡る世代間の関係の変化だ。
 今回も最大の争点が辺野古基地建設の是非をめぐる問題であることは間違いない。たとえ一方の候補が辺野古反対を鮮明にしているのに、他方が立場を明らかにしていないにしても、後者を選ぶことが辺野古の問題にどのような結果をもたらすかを知らないほど、沖縄の有権者はナイーブではない。その意味で、争点は明確だ。
 歴代の沖縄県知事選挙では、基地問題を巡って、保守勢力と革新勢力とが、熾烈な争いを展開してきた。その伝統的な保革対立構造は、前回の選挙の際、保守の翁長氏がアイデンティティ論で、革新勢力とともに「オール沖縄」をまとめあげたことにより、いったん崩れたが、今回は保守が巻き返し、元の構図に戻りつつある。
 では、どうして保守が巻き返してきたのか。そこには、世代交代という要因が大きく関わっている。
*保守の世代交代
  かつて沖縄の保守を代表する政治家、西銘順治元沖縄県知事は、ウチナーンチュの心とは「ヤマトンチュになりたくて、なり切れない心」と喝破した。こうした葛藤は、戦後の米軍統治を経験し、本土復帰後もいわれのない差別や偏見を受けてきた世代のウチナーンチュにとっては、保守革新の別なく、等しく共有されてきた。翁長前知事が唱えていたアイデンティティ論に共鳴する人が多かった背景には、こうした歴史的体験があったのだ。
 ところが、最近の保守、特に若い世代の保守層には、こうしたアイデンティティ論は影が薄い。却って違和感を覚えるという人もいる。ことさらに沖縄のアイデンティティを主張することは、本土(日本)との関係において、徒に対立を煽るものと映るのだ。「対立から対話へ」と訴える佐喜眞淳候補は、そうした考え方の代表格だ。
 復帰後に生まれ育った世代にとっては、自分たちの上の世代が味わってきた屈辱感や被差別意識は、過去のものにすぎない。むしろ、近年の沖縄ブームや、沖縄出身者の各界での活躍などから、ウチナーンチュとしての自信と誇りこそ感じるものの、一切のコンプレックスとは無縁であるといってよい。
*アイデンティティの対立か、両立か?
 このような世代にとっては、ウチナーンチュとしてのアイデンティティは、日本人としてのアイデンティティと対立するものではなく、両立できるし、日本の中の沖縄という位置づけにも満足できるのだ。であれば、ことさらに本土政府との関係を拗(こじ)らせるのではなく、協調するところは協調して、沖縄のためになることを、政府から引き出していこう、ということになる。
 一方の玉城デニー候補は、翁長前知事のアイデンティティ論を引き継ぐとしている。そのことが意味するのは、歴史を忘れてはいけないというメッセージだ。しかも、その歴史の延長である今日も、基地負担の押し付けは続いている。決して過去の話と片づけられるものではない。そこにあるのは、沖縄と本土との関係の中にある構造的差別の問題である。そうした考え方に、純粋であるがゆえに、共鳴する若者も少なくない。
 この二つのアイデンティティ論(厳密にいえば、一方はアイデンティティ論の否定であるが)のいずれが優勢となるか、というのが、表面的な基地問題という争点の背後にある、隠された重要なテーマであると言っても過言ではない。
 そして、そのカギとなるのが、若い世代の動向だ。前回4年前の知事選挙の時には選挙権がなかった24歳から18歳までの若者、およそ10万人(厚生労働省の人口動態統計による)が今度の知事選で初めて投票する。
 こうした若者のなかに、新世代の保守がどれほど浸透しているのか。あるいは、翁長前知事のアイデンティティ論への共感が世代を超えて根付いているのか。どちらの方向をより強く若者が示すかが、こんどの選挙の分かれ目になると言えよう。
[執筆者]山田文比古
 東京外国語大学教授。専門は、現代外交論、フランス政治外交論、日本外交論。1980年京都大学法学部卒。同年外務省に入省。沖縄県サミット推進事務局長、外務省欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使などを経て、2008年から現職。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)、『オール沖縄VS.ヤマト』(青灯社、2014年)など。当ウェブコラム連載「フランスを通して見る欧州情勢」はこちら

 ◎上記事は[NewsweekJapan]からの転載・引用です
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