イスラム国は日本を特に重視しているわけではない=黒井文太郎/身代金要求は日本に恥かかせる目的=DABIQ

2015-02-13 | 国際

中東・アフリカ
イスラム国は日本を特に重視しているわけではない 錯綜した人質事件の情報(中篇)
 JBpress 2015.02.10(火) 黒井 文太郎 
 2月3日(日本時間4日未明)、イスラム国は、ヨルダン軍パイロットのムアズ・カサスベ中尉の処刑動画をネットで公開した。この件を受け、ヨルダンのモマニ情報相は「1月3日に殺害されたとの情報を得ている」と発言した。事実であれば、時系列的には以下のようになる。
・2014年12月24日  カサスベ中尉がイスラム国に拘束される。
・2015年1月3日  カサスベ中尉が処刑される。
・1月17日  安倍首相が訪問先のエジプトで、周辺国への2億ドルの援助を表明。
・1月20日  イスラム国が後藤氏・湯川氏を登場させ、72時間(3日間)の期限をきって、日本に身代金を要求する動画を公表。
・1月24日  イスラム国が、湯川氏の遺体写真を持つ後藤氏の静止画を公表。後藤氏の声で、ヨルダンで収監中のサジダ・リシャウィ死刑囚と後藤氏との交換を要求する音声メッセージが付されていた。
・1月27日  イスラム国が、カサスベ中尉の写真を持つ後藤氏の静止画を公表。後藤氏の声の音声メッセージで、24時間以内の期限で、リシャウィ死刑囚との交換を再度要求した。同時に、合意がなされない場合、カサスベ中尉を後藤氏より先に処刑することを宣告した。
・1月28日  ヨルダン当局が、カサスベ中尉とリシャウィ死刑囚の交換容認を発表。
・1月29日  イスラム国が、後藤氏の声の音声メッセージを公表。当日日没までにリシャウィ死刑囚をトルコ国境に移送しなかった場合、カサスベ中尉を処刑すると宣告した。これに対し、ヨルダン当局はカサスベ中尉の生存確認を要求した。
・2月1日  イスラム国が、後藤氏の処刑動画を公表。
・2月3日  イスラム国が、カサスベ中尉の処刑動画を公表。
・2月4日  ヨルダン当局が、リシャウィ死刑囚ほか1名の死刑を執行。
 つまり、カサスベ中尉は最初から殺害されていたものの、リシャウィ死刑囚奪還の見せ札として利用された可能性があるのだ。
■脅迫動画に利用されたカサスベ中尉
 もっとも、イスラム国側は、一度もカサスベ中尉を解放するとは言っていない。その点では、これまでの誘拐ビジネスと同様、対外的に「実行しない約束はしない」という方針を堅持している。仮に早い時点でヨルダンがリシャウィ死刑囚と後藤氏の交換を認めていたとしても、おそらく「ヨルダンの返答が遅いので処刑してしまった」ということにでもするつもりだったのではないかと推測される。
 なお、このカサスベ中尉の1月3日処刑説も、確実な情報ではない。イスラム国側は処刑日時を発表しておらず、あくまでヨルダン当局の発表だ。しかし、未確認情報とはいえ、この情報の信憑性はそれなりにある。
 まず、これまでの未確認情報とは違い、これはヨルダン当局が正式に発表している。その言い方は「情報機関からそうした報告を受けている」というものだが、仮に間違いだった場合、イスラム国が1月3日以降も彼が生きていたことを証明する動画や静止画を公表すれば、とんだ失点になる。ヨルダンもそれは避けるだろう。イスラム国の周辺・内部に諜報網を作り、米英情報当局とも連携しているヨルダン情報部には、おそらくそれなりの情報が入っていたのであろうと思われる。
 それに、カサスベ中尉の処刑動画は、非常に高度に編集・演出されたもので、とても1日や2日で制作されたものとは思えない。おそらくかなりの日数をかけて制作されたものだ。
 殺害の日時はともかく、少なくとも1月27日時点でカサスベ中尉が生きていなかったと仮定すれば、脅迫画像にカサスベ中尉の“写真”が使われたことにも説明がつく。当然ながら、生きている動画が撮影できなかったのだろう。これらの情報を総合すると、カサスベ中尉は拘束されて早い段階で(おそらく1月3日前後に)すでに殺害されていた可能性は極めて高い。
 そう仮定すると、イスラム国はおそらく、ヨルダンおよび有志連合に対して「空爆するな」との脅迫メッセージを伝える映像を作るために、早い段階でカサスベ中尉を処刑。しかし、映像を作成している間に、ヨルダン収監中の仲間と日本人人質との交換の話が持ち上がったために、ヨルダンにプレッシャーをかける道具として、“カサスベ中尉殺害カード”を脅迫に加えた、という流れだったのだろうと推測できる。これは推測ではあるが、それなりに根拠のある推測である。
■イスラム国は後藤氏解放の準備をしていた?
 ところで、未確認情報ということでは、もう1つ注目される情報があった。複数の日本メディアが報じているのだが、「後藤氏が殺害される前、いったんトルコ国境近くまで移送されていた」という情報だ。
 情報源がシリア反政府軍筋とのことなので、その信憑性は不明である。ただ、仮に事実だったとしても、イスラム国としては、単にヨルダンがリシャウィ引渡しに応じた場合に備えたまでのこと。実際に交換の交渉が進展していたとはならない。
 交渉が進展して、一時は交換直前までいったとか、合意が成立していたとの報道も一部にあるが、あくまで伝聞情報であり、根拠に欠ける。事実であれば、約束を違えたのはヨルダン側であるはずなので、イスラム国側からなんらかの非難声明が出されておかしくない。
 今後、もっと確実な情報が出てくる可能性はもちろんあるが、現時点で分かっている事実は、イスラム国とヨルダンの間では、リシャウィ死刑囚と後藤氏との交換という取引は成立しなかったということだけである。もともとこの取引では、利益は一方的にイスラム国側にあるだけなので、ヨルダン側が受諾する理由がない。イスラム国からヨルダンに対する直接の交渉カードは「カサスベ中尉殺害の一時停止」だけだったが、前述したように、ヨルダン情報機関が「1月3日にカサスベ中尉は殺害されていた」との情報を掴んでいたなら、それも通用しない。
■事態はイスラム国の予告通りに進んだ
 今回の一連の日本人人質事件では、イスラム国もそうだが、日本政府もヨルダン政府も、誰もがその立場を一切変えていない。整理すると以下になる。
【湯川氏殺害まで】
 ・イスラム国「日本人2人と引き換えに身代金要求」
 ・日本「身代金支払い拒否」
 → 湯川氏殺害
【後藤氏殺害まで】
 ・イスラム国「後藤氏とリシャウィ死刑囚の交換」「交渉成立しなければカサスベ中尉殺害」
 ・ヨルダン「カサスベ中尉とリシャウィ死刑囚の交換」「同時に後藤氏の解放も求める」
 ・日本「後藤氏解放への協力をヨルダンに要請」>
 → 後藤氏殺害+カサスベ中尉処刑映像の発表
 今回、特に湯川氏殺害以降にヨルダンを巻き込んで事態が複雑化したため、イスラム国の要求がコロコロ変化したかのような印象があるが、実際は以上のように「イスラム国が、当初は人質2人殺害を予告していたところを、実際には1人を殺害。もう1人を別の要求に流用」したこと以外は、すべてシンプルな要求であり、イスラム国の予告どおりに事態が進んだことになる。
■「身代金」と「仲間の奪還」が一貫した目的
 なお、今回のカサスベ中尉処刑映像は、焼殺の残虐さで話題となったが、その主張するメッセージは、極めて明確だ。「空爆をやめろ!」である。
 このように、イスラム国が発信する映像を見ると、そのほとんどがストレートに自らの主張を強調していることが分かる。英米の人質の処刑映像でも、それは同様だ。本稿の前編「イスラム国の『真の狙い』など存在しない」で指摘したように、今回の日本人人質を使った彼らの要求は、あくまで当初は身代金であり、その後は死刑囚の奪還ということにとどまる。
「身代金あるいは死刑囚奪還は見せかけの要求であり、イスラム国の本当の狙いは“存在感のアピール”や“有志連合への揺さぶり”ではないか」との見方を散見するが、イスラム国は、そうであれば言外の効果を計算するなどという“まだるっこい”ことはせず(する必要もない)、それを脅迫映像で声高に主張するはずである。実際、これまでそうしてきている。
 副次的に“存在感のアピール”や“有志連合への揺さぶり”も狙ったであろうことは否めないが、彼らの言動をみるかぎり、やはり最大の狙いは直接的な身代金奪取と仲間の奪還だったと推測できる。
 そもそもイスラム国の映像戦略に対し、「高度なもの」とのイメージが先行しているが、その内容がどうも日本では誤解されている印象がある。イスラム国が制作して発信している映像には、人間の闘争心を扇動する高度な映像テクニックが採用されているものが多いが、その大多数は「イスラム教徒に、自分たちの戦線に加わることを勧誘する」ことに主眼をおいて制作されている。自分たちをことさら強くみせかけるのは、国際社会へのアピールというよりは、彼らにとってもっと目の前の利益である“イスラム社会へのアピール”であろう。
 なお、こうしたイスラム社会へのアピールについて、「ライバルのアルカイダを意識したものではないか」との推測も散見するが、それも可能性は低い。現に今のイスラム国は、アルカイダをはるかに凌駕する勢いと実力を、すでに充分に獲得しているからである。自らカリフを名乗っているアブバクル・バグダディ自身、おそらくもうアイマン・ザワヒリの存在は、眼中にないのではないかと思う。
 また、付け加えると、前編で紹介したように、1月20日の最初の脅迫で、2億ドルという法外な要求額だったため、「その時点ですでに殺害することは決めていたのだろう」との推測がある。可能性がないとは言えないが、日本政府の周辺国への援助が許せないなら、その時点でそう宣言して殺害するはずで、わざわざ身代金要求をする必要がない。むしろ目的が政治的なものよりも単なる金銭目的に見られるのは、組織にとってもマイナスでしかないわけで、したがって、その推測も根拠は極めて薄いといえる。
 こうしてみると、今回のイスラム国の行動は、「身代金」と「仲間の奪還」を目的としたものと考えても、一貫しており、筋が通っている。
 結局、今回の事件でイスラム国が得たものは、ない。身代金も仲間の奪還も、できなかった。ただし、「自分たちが言ったことは必ず実行する」ということでは一切妥協しなかったことは留意すべきだろう。
■「敵対度」において日本は下位の存在
 今回の事件に対する日本人の反応には、「なぜ日本人が標的に?」という問いもみられた。これは根底から間違っている。イスラム国はなにも日本人を狙ったのではなく、“外国人なら誰でも拉致・監禁し、身代金を要求”している。今回の事件は、たまたま日本人を拉致できたことで、初めてスタートしたものだ。
(ただし、湯川氏のケースでは、当初から身代金要求があったかはどうかは不明。中田考氏に通訳を要請していたことなどから考えると、銃を所持して拘束され、民間軍事会社経営者を自称していた湯川氏の扱いを、彼らも当初は決めかねていた可能性がある。)
 日本はイスラム国を事実上のテロ組織として取り締まり対象としている国連の加盟国であり、アメリカ政府がイスラム国対策に寄与する「有志国」とリストしている約60カ国の1つである。
 ただし、空爆参加国ではないし、対イスラム国の軍事面での後方支援にさえ参加していない。イスラム国からすれば、敵対度において、かなり下位のほうの存在である。
 今回、経済援助の表明というニュースが流れて、イスラム国がそれに反応したのは事実である。イスラム国の最初の脅迫声明にも、「日本の首相が十字軍への参加を志願した」と罵倒する表現がある。それで身代金を支払わず、ヨルダンに死刑囚引渡しも迫れなかった日本に対し、「日本国民を殺戮する」「日本の悪夢の始まりだ」と凄んでみせている。
 それはそのとおりなのだが、イスラム国はその程度の脅しは米英露をはじめ、多くの国に対して行っている。名指しでテロ指令が表明された国もいくつもある。今回の人質事件の流れで日本を脅迫しているが、だからといって、日本を特別に重要視しているわけではない。
 「日本への揺さぶりを計算している」「日本の報道や世論動向を注意深く分析している」といった推測が日本のマスコミではもはや定説化しているが、その確たる証拠もない。最初の脅迫動画でNHKの国際ニュース映像を流用しているが、その程度のことは容易に可能だ。もちろん日本人人質を使って日本を脅迫する以上、日本の動向に関する情報をウォッチするぐらいはするだろうが、今回の事件の間だけ、英語で容易に手に入る情報源をときおりチェックすれば済む話である。
 イスラム国の関連サイトやSNSでは日本人からと思われる投稿(普通のものも不真面目なものも)もあり、SNS内でやり取りもあるが、それは何も日本だけでなく、他の欧米諸国やアラブ諸国関連では日常的にそれこそ山ほど飛び交っている。日本あるいは日本人は、イスラム国にとってはワン・オブ・ゼムにすぎず、しかもどちらかというと下位に位置する。
 イスラム国のこれまでの脅迫動画をみても、日本の世論動向を継続的に細かく追っている形跡など見つからない。ネットで英文ソースを検索すればすぐに拾えるニュース程度のことでしかない。
 もしかしたら本当にイスラム国が日本を重視し、日本の世論動向などまで目を光らせているという可能性もないわけではないが、現在、周辺国や有志連合と熾烈な戦いの最中にいるイスラム国には、たいして重要でない日本に対して、それほど力を入れて優先的に日本への揺さぶりを行う必然性はない。
 この、「イスラム国が現在、イラクとシリアの戦場において、自らのサバイバルをかけた戦闘状態にある」という事実は重視すべきだ。イスラム国は支配地の広大さに比べ、戦闘員がおそらく3万人程度の小さな軍団であり、空爆で幹部クラスを含む大きな損害を出している。彼らにとって喫緊の課題は戦闘員の増強であり、そのためにカネを必要とし、また世界中のイスラム社会から志願兵を勧誘しなければならない。地域情勢の大勢に影響しない日本の対外政策などは、彼らにとっては二の次であろう。
■イスラム国の脅迫に過剰反応することはない
 カサスベ中尉の殺害動画は非常に凝った映像で、ヨルダンはじめ有志連合に加わっているイスラム圏の国々に対するストレートで強力なメッセージになっている。しかし、日本向けの動画は、作りもいたってシンプルで、それほど力を入れて制作されている形跡はない。
 日本人を殺すという宣告も、特に日本あるいは日本人を標的に、周到なテロ作戦を準備することを意味するとは限らない。そもそも日本はイスラム国の問題に限らず、中東情勢のメインのプレイヤーではなく、われわれ日本人が思うほど大きな存在でもない。
 ついでに言及しておくと、中東アラブ諸国は政府も国民も親日派といわれるが、それほど日本を特別に意識しているわけではない。日本の対外政策に対する関心も、それほど大きくはない。
 中東アラブ諸国における日本のイメージは、概ね「無害で大人しく、カネ持ちな国」といったところである。イスラム国の脅迫の中身も、言葉こそいつもの彼らのやり方のように、激烈な文言を使ってはいるものの、日本を特に重視していることを裏づけるものは何もない。
 もちろんあのように日本を名指ししたテロ宣告が出された以上、世界各地のイスラム国支持者のテロ予備軍に「日本=敵」と認識されたことは事実だろうし、警戒は必要だ。今回のニュースの余韻が残る間の極短期的には、特にそうだろう。
 しかし、彼らにとって日本以上の敵は何カ国もあり、基本的には今後もキリスト教主導の欧米諸国や、イスラム国と敵対関係にある中東アラブ諸国の政府などがメインの標的であり続ける。イスラム過激派全体に言えることだが、日本や日本人を攻撃することは、彼らにとっては非常に違和感がある行為だ。
 したがって、イスラム国の脅迫をそのまま真に受けて、過剰反応することもあるまい。
■拘束場所を把握しても交渉は不可能だった
 ところで、2月6日、共同通信が興味深い記事を配信した。トルコのチャブシオール外相が「信頼できる協力者を通じ、解放に全力を挙げていたが実らなかった」「トルコの情報機関が後藤健二さんらが拘束されていた場所も把握し、すべて日本政府に情報提供していた」と語ったというのである。
 日本ではなぜか「トルコなら交渉ができる」という主張も散見したが、上記のトルコ外相の発言が事実なら、結局、日本政府が身代金を支払うか否かだけが問題であり、トルコも情報は取れても、イスラム国相手に交渉などは不可能だったということになる。
 また、「現地対策本部をヨルダンでなくトルコに置くべきだった」など、日本政府の対応を批判する論調もかなり多くみかける。
 次回はこうした日本政府の対応に関する情報の錯綜に加え、イスラム国の内部事情に関する情報の錯綜などを振り返ってみたい。
 (つづく)

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イスラム国の「真の狙い」など存在しない プロの誘拐団=求めているのは政策変更ではなくカネ 黒井文太郎 2015-02-04 | 国際/イスラム… 
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「身代金要求は日本に恥かかせる目的」
 NHK NEWS WEB 2月13日 5時47分
 イスラム過激派組織「イスラム国」は、機関紙の最新号で日本人2人の殺害事件について触れ、身代金を要求したことについて「日本が払わないだろうことは分かっていたが、傲慢な日本政府に恥をかかせようと決めた」などと主張しました。
 「イスラム国」は、インターネット上に12日までに公開した英語版の機関紙「ダービク」の最新号の中で、日本人2人の殺害事件について触れ、「『イスラム国』に対する戦いに使われることが明らかな2億ドルを公然と約束した」などと主張し、難民などへの人道支援を目的にした日本政府の支援について一方的に非難しました。
 そのうえで、2人の解放と引き換えに身代金を要求したことについて、「日本が払わないだろうことは分かっていたが、傲慢な日本政府に恥をかかせようと決めた」などと主張しました。
 また、この機関紙のなかで、ヨルダン政府との交渉はイスラム教の宗教指導者で、ヨルダン人のマクデシ師という人物を通して進めてきたことを明らかにしました。
 そのうえで、「日本人との交換として死刑囚の釈放を要求していたのに、ヨルダン政府は無謀にもパイロットを取り引きに加えようとして日本の取り組みを複雑化させた」などと、日本人の解放を拒否した理由を説明しました。
 ◎上記事の著作権は[NHK NEWS WEB]に帰属します
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