「正義のかたち:死刑・日米家族の選択/5 死刑囚、文集作り遺族に償い」
毎日新聞 2009年2月19日 東京朝刊
◇購読料生かし奨学金
米ミズーリ州のポトシ刑務所に収監中のデニス・スキリコーン死刑囚(49)には、「死刑囚」とは別にもう一つの顔がある。死刑囚で作る隔月文集「コンパッション(同情)」の編集長だ。
01年創刊。同死刑囚は03年、2代目編集長になった。各地の死刑囚から届く原稿に目を通し、刑務所内のコンピューターで編集、外部ボランティアの支援を受け全米約3300人の死刑囚に無料配布する。宗教団体などに有料で購読してもらい、集めた資金を犯罪遺族の奨学金に充てている。死刑囚の精神的ケアと遺族の支援を目的にした活動だ。
刑務所にスキリコーン死刑囚を訪ねた。面会室でプラスチックテーブルをはさんで向き合うと、白い半袖シャツの腕から薄い入れ墨がのぞいた。「私たちは間違いを犯した。奪った命を取り戻すことはできないが、せめて残った人を助けたい」
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スキリコーン死刑囚は94年8月、知人と一緒に乗っていた盗難車がエンスト。通りがかりの会社員が、携帯電話を貸そうと車を止めたところを、知人とともに銃で脅し近くの森に連れ込んだ。最後は知人が会社員を射殺、2人は死刑判決を受けた。当時、2人は薬物中毒。「薬物が抜けるとすぐ後悔し、遺族に申し訳ないと思った。彼には妻と娘がいた」
スキリコーン死刑囚は「遺族が私の死刑を待ち望む気持ちを理解している。死ぬ準備はできている」と言う。しかし、死んで罪を償うだけでなく、残りの人生を、少しでも価値あるものにできないかと考えたのが奨学金制度だ。これまでに肉親を殺害された17人に計3万8000ドル(約340万円)を支給した。
40年前に14歳年上の姉を殺されたテネシー州ノックスビルのタミ・マランビルさん(46)は07年、コンパッションに奨学金を申請。1500ドルを受け取り今、地元の短大で心理学を学ぶ。犯人はマランビルさんの姉のほか4人を殺した連続殺人犯。しかし、判決が出た73年当時、米国は死刑を違憲としていたため犯人は497年の刑期で服役中だ。
事件後、家族は思い出の街を捨て隣の州に移り住んだ。「事件で家族は沈み込んだ。犯人に死んでほしいと思っていた」。しかし、事件から30年たって、死を求める気持ちが薄らいだ。今、たまにコンパッションに目を通す。「殺人犯であっても人を助けたいという気持ちは尊い。奨学金には感謝している」
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スキリコーン死刑囚は昨年8月に刑執行予定だった。直前に延期になったが、コンパッション9月号の編集後記に「おそらくこれが最後」として他の死刑囚にあてこんな言葉を書いた。<我々にとって時間は友人ではない。時間を取り戻すためにできることはすべてやるべきだ>
罪を悔いながら執行を待つ死刑囚と、身内を奪われた痛みを持ち続ける遺族。一つの文集が双方をつないでいる。(毎日新聞 2009年2月19日 東京朝刊)