市民感覚 被告に不利?~裁判員裁判検証
全国初の裁判員裁判となった東京地裁判決に、被告側が控訴を申し立てた。裁判員裁判の旗印でもある市民感覚に、初っ端から「待った」をかけられた格好だ。裁判員裁判では、被告の言い分が通りにくくなるという指摘もある。2例目となったさいたま地裁判決とともに、判決文から読みとれる市民感覚を探った。(社会部・北島忠輔、赤川肇)
■ 傾 向
東京、さいたま両地裁の判決を見比べると、それぞれ重視した点は異なるが、いずれも被告側が主張した「被害者の落ち度」が退けられた点は共通していた。
東京地裁判決からは、傷の状況などの客観的な証拠よりも、被告の犯行前後の言動と遺族の処罰感情を重視した傾向が読みとれる。
判決文では、犯行のありさまや動機よりも、被害者の無念や遺族の処罰感情を先に指摘した。従来の刑事裁判が、動機や手口、被害の結果などの要素を中心に刑の重さを決めてきたことに照らせば、この辺りに市民感覚が反映されたといえる。
被告が犯行直前、被害者に「生活保護を受けているくせに。やるならやってみろ」と挑発されたとする言い分は、完全に退けられた。「被害者は年配の女性。被害者の長男が証言する日ごろの言動に照らせば、挑発したとは信用しがたい」という理由だ。
「被告は前妻と離婚した原因を、被害者が前妻に余計な知恵を付けたためだと思っていた」。検察が強調しなかった事実を、遺族側の主張に沿って認めたのも印象的だった。
■ 理 由
さいたま地裁の審理では、出廷した被害者が尋問で、被告に暴行したり、法外な金利で金を貸したりしたことを認めた。そのため、弁護側は「被害者にも事件の原因はあった」と述べ、酌量と刑の執行猶予を求めた。
しかし、判決は「被害者が犯行のきっかけをつくったともいえる側面はあるが、落ち度があるとまではいえない」とはねつけた。
判決文には、あえて「特に重視した事情」として「犯行の危険性、殺意の強さ、被害の重さ」を列挙。従来にない書きぶりは、被告が犯した罪の大きさに比べ、被告側が訴えた被害者の落ち度や自首は刑を猶予する理由にならないという市民感覚をうかがわせた。
■ 懸 念
罪を認めた被告と、実際に傷を受けた被害者や肉親を失った遺族。2つの裁判は「どちらの言い分を重視するか」という問題を裁判員に突きつけた。
「どうしても、被告の言い分がうそに聞こえてしまうが、冷静に判断しなければならない。刑事裁判は被告が納得することも大切。誤った事実認定は、量刑よりも強い不満になる」。ある刑事裁判官は、東京地裁判決に控訴した被告側の心情をおもんばかった。
刑事弁護の経験が豊富な弁護士も「事実認定に感情を差し挟んではいけない。被告人が感情的に批判され、不利な事実認定を受けなかったか気になる」と懸念を示した。
裁判員が、被告の主張を冷静に判断できるか。裁判官の配慮も必要だ。全国に先んじて行われた2つの裁判員裁判からは、そんな課題も浮かんだ。中日新聞・核心2009/8/14Fri.