山口光市母子殺害事件 弁護士に対する懲戒請求と不法行為の成否

2007-06-25 | 光市母子殺害事件

(春霞さんへの拙コメントと、お返事)

ゆうこさん:2007/06/23(土) 21:47:55へのお返事.

>「儀式」「懲戒請求」など、随分と世間で騒がれたことだったのですね。知らずにいました。安田さんがテレビにお出になったのでしょうか。

 騒ぎになっているのは、ネット上ですね。「懲戒請求殺到に対する弁護士のアピール」という記事も、ごく一部の新聞だけで、テレビ報道もなく、世間で騒ぎになったというほとではないと思います。
あと。安田弁護士は、テレビに出ていないと思います。


>傷害致死罪、極めて難しい主張のように思ってしまいます。

 安田弁護士らが提出した鑑定書を証拠採用してもらえないと、難しいことは確かです。証拠採用しないと、殺人罪を傷害致死罪に変更するだけの証拠がないのですから。鑑定書を証拠採用した場合は、ちょっと分からないですね。


>それにしましても、この騒ぎは異様に感じます。弁護人の身辺、大丈夫かしら・・・。

 ネットは、実社会よりも地域を超えて幅広く、多くの人たちと接することができるという利点もあるのですが、反面、気楽さもあって、過激な意見でも同調者が出てきやすいようです。ネットでは、異常に反応した話題だったようです。

 弁護士の事務所宛にメールや電話をする、迷惑行為をする人もいるようです。そうなると、通常は、ネットだけでの騒ぎにとどまるのですが、今回は弁護士の「周辺」まで行って何かする可能性もあるように感じます。

 そういう馬鹿な行動を諌める目的もあって、弁護士に対する懲戒請求が不法行為が認められる可能性があることを、エントリーとして取り上げてみました。もし不法行為訴訟が提起されれば、氏名・住所(市町村ぐらいまで)・職業を公開する報道機関もあるでしょうから、「懲戒請求」する者は、そこまでの覚悟をする必要があるでしょうね。
2007/06/24(日) 00:27:17 | URL | 春霞 #ExKs7N9I[ 編集]

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 エントリー「弁護士に対する懲戒請求と不法行為の成否~“母子殺害で懲戒請求数百件”との報道を聞いて」

http://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-451.html

 山口県光市の母子殺害事件の弁護団に対して、インターネットを利用した懲戒請求が相次いでいるそうです。

 「母子殺害で懲戒請求数百件 弁護士が中止求めアピール
2007年6月19日 16時56分

 山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われた当時18歳の元少年(26)の弁護人に対する、インターネットを利用した懲戒請求が相次いでいることが分かり、有志の弁護士508人が19日、「被告が弁護を受ける権利を否定する言動に抗議し、直ちに中止を求める」との緊急アピールを発表した。請求は計数百件に上るという。

 アピールなどによると、ネット上に「意図的に裁判を遅らせている」などとして懲戒を求める書面のフォームが出回り、これを使った請求が各弁護人の所属弁護士会に届いている。

 アピールの呼び掛け人の1人、前田裕司弁護士は「基本的人権を守る弁護士への攻撃だ」と話している。

 日弁連は、こうした懲戒請求の有無について「答えられない」としている。

(共同)」(東京新聞(2007年6月19日 16時56分))

 懲戒請求が数百件に及ぶという事態になり、「被告が弁護を受ける権利を否定する言動に抗議し、直ちに中止を求める」との緊急アピールまで行っているのですから、かなり異常な事態になっているといえます。

1.「情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士」さんの「橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなた、取り下げるべきだとアドバイスします!」によると、懲戒請求が殺到しているのは、「橋下弁護士がテレビの番組で、光市母子殺人事件にからんで、誰でも懲戒請求できるとコメントしたこと」が発端となっているようです。

(1) この「情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士」さんの「橋下弁護士の口車に乗って光市事件弁護団の懲戒請求をしたあなた、取り下げるべきだとアドバイスします!」には、弁護士に対する懲戒請求を行った者に対して不法行為責任(民法709条)を認めた判例(最高裁平成19年4月24日判決)を引用されていて、次のようなコメントを出されています。

 「橋下弁護士は、懲戒請求をしても、光市の弁護団が懲戒されるとは思っていないはずだ。もし、本気でそう思っているなら、弁護士失格だ。弁護人は、一見、不合理だと思われることでも、被告人がその主張をしてほしいと望むのであれば、法廷で主張することもある。そのこと自体が懲戒の対象となるならば、弁護活動に多大な支障を来すことになる。

 おそらく、橋下弁護士に煽られて懲戒請求した人も、本気で懲戒されるとは思っていないだろう。軽い抗議のつもりで懲戒請求しているのだろう。

 そのような懲戒請求は、明らかに違法な行為であり、光市母子殺人事件の弁護団が損害賠償請求をしたら支払い義務を負うことになるだろう。

 そして、多くの懲戒請求者はそのことを知らないまま、懲戒請求したのだろうが、知らなかったと言って、責任を免れるわけではない。」

 と述べ、「専門家として、直ちに、懲戒請求を撤回されることをお奨めします。」としています。

(2) 最高裁平成19年4月24日判決というごく最近の判例なのですが、この判例を引用したことで、ネット上では、懲戒請求をした者(懲戒請求をしようと思っている者)が
「損害賠償責任を負うのか!? シマッタ! 橋下弁護士に乗せられてしまったのか!?」

 と、かなりの動揺が広がっているようで、この判例を引用して懲戒請求殺到に関して諌めるエントリーを行ったブログに対して、批判的なコメントが押し寄せています。  「弁護士に対する懲戒請求と不法行為の成否」については、最高裁判例としては1つだけのようですが、下級審判例は多数ありますので、突如として出てきた判例ではありません。また、類似する事例としては、理由なく相手を訴える「不当訴訟」があり、こちらはすでに最高裁判例(最高裁昭和63年1月26日判決民集第42巻1号1頁、最高裁平成11年4月22日判決判時1681-102)がありますので、最高裁平成19年4月24日判決が、弁護士に対する懲戒請求を行った者に対して不法行為責任を認める結論を導いたことも、当然の結論といえます。

 その意味で、弁護士に対する懲戒請求を行う者にとっては、最高裁平成19年4月24日判決は当然知っておくべき判例といえます。そこで、すでに幾つかの法律系ブログでは触れている判例ではありますが、以下、下級審判例の傾向や「不当訴訟」の判例について触れつつ、最高裁平成19年4月24日判決の検討を行いたいと思います。

2.弁護士法58条は、「何人でも」弁護士に対する懲戒請求を認めています。もっとも、請求権が認められているとはいえ、濫用してよいことにはなりませんし、懲戒を請求された弁護士にとっては、このための弁明を余儀なくされ、懲戒請求によって名誉・信用を毀損されるおそれがありますから、何らかの制限をする必要があります。この懲戒請求が、虚偽の事由に基づいて懲戒請求をなした場合には、虚偽告訴罪(刑法172条)に該当するのですから、このような刑罰による制約さえあることは、民事上も損賠賠償責任が生じうることを示しているといえます。

 それゆえ、このような制限を超えた不当な懲戒請求に対しては不法行為責任を認めるというのが、判例学説一致した見解です。問題はどのような要件(条件)で不法行為責任を認めるかです。

(1) 下級審判例は多数あり、次のような見解にまとめられています。

 「弁護士法58条の弁護士に対する懲戒請求は、弁護士自治を前提として、弁護士会の所属弁護士に対する懲戒権の発動と運用の公正を担保するために公益的な見地から認められたもので、広く一般の人々からの弁護士に対する懲戒請求を認めているが、懲戒請求されること自体で弁護士の名誉や信用が害される可能性もあり、何の根拠もない安易な懲戒請求は許されるべきではない。

 したがって、懲戒請求をするには、告訴告発の場合と同様、客観的根拠を確認してなすべき注意義務があり、懲戒事由が事実上、法律上の根拠を欠くものであるのに、そのことを知りながら又は通常人であれば安易にそのことを知り得たのにあえて懲戒を請求するなど、懲戒請求が弁護士懲戒制度の目的に照らし著しく相当性を欠くと認められる場合には、違法な懲戒請求として不法行為に該当することとなる。

 弁護士に対する懲戒請求について不法行為の成否が問題となった近時の裁判例として、<1>東京地判昭和62.9.28判時1281号111頁(肯定)、<2>東京地判平4.3.31本誌798号117頁、判時1461号99頁(肯定)、<3>東京地判平5.11.18本誌840号143頁(肯定)、<4>東京地判平7.12.25本誌954号205頁(肯定)、<5>東京高判平9.9.17本誌982号216頁、判時1469号124頁(否定、懲戒請求が事実的基礎を欠くが、違法とまでは言えないとして、弁護士の請求を一部容認した原判決を取り消したもの)がある。」(判例タイムズ1088号214頁)

 そして、名古屋地裁平成13年7月11日判決は、
「被告の本件懲戒請求は、理由のないものであることが明らかであり、しかも、被告の立場に立った通常人であれば、上記各主張が上記綱紀委員会等において採用され得ないものであることは容易に知り得たものということができ、それにもかかわらず、被告は、本件懲戒請求を行ったものであり、本件懲戒請求申立書の記載内容、表現等にも照らすと、本件懲戒請求は、弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くというべきであり、被告は、少なくとも過失による不法行為責任は免れないというべきである。」

 と判示して、弁護士に対する懲戒請求が不法行為に当たるとして、懲戒請求者に100万円の限度で損賠賠償責任を認めています(判例タイムズ1088号213頁)。

 この一致した下級審判例の特徴は、

<1>懲戒請求をする者には、告訴又は告発の場合と同様、懲戒事由の嫌疑をかけるのに相当な客観的根拠を確認してなすべき注意義務があること、

<2>懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すること、

 の2点です。

(2) では、このような「懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるとき」に限り、懲戒請求が違法であるという下級審判例に対して、最高裁平成19年4月24日判決は、どのような判断をしたのでしょうか?

 それは、「懲戒請求制度の趣旨を逸脱し,懲戒請求権の濫用と認められる等の特段の事情」がある場合に限り不法行為性責任が生じるとした原審(東京高裁平成17年08月25日判決)を否定して、次のような判示により、弁護士に対する懲戒請求が不法行為に当たるとして、懲戒請求者に50万円の限度で損賠賠償責任を認めたのです。

 「弁護士法58条1項は,「何人も,弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは,その事由の説明を添えて,その弁護士又は弁護士法人の所属弁護士会にこれを懲戒することを求めることができる。」と規定する。これは,広く一般の人々に対し懲戒請求権を認めることにより,自治的団体である弁護士会に与えられた自律的懲戒権限が適正に行使され,その制度が公正に運用されることを期したものと解される。しかしながら,他方,懲戒請求を受けた弁護士は,根拠のない請求により名誉,信用等を不当に侵害されるおそれがあり,また,その弁明を余儀なくされる負担を負うことになる。そして,同項が,請求者に対し恣意的な請求を許容したり,広く免責を与えたりする趣旨の規定でないことは明らかであるから,同項に基づく請求をする者は,懲戒請求を受ける対象者の利益が不当に侵害されることがないように,対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務を負うものというべきである。そうすると,同項に基づく懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において,請求者が,そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を払うことによりそのことを知り得たのに,あえて懲戒を請求するなど,懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには,違法な懲戒請求として不法行為を構成すると解するのが相当である。」

 この最高裁判決の特徴は
<1>懲戒請求をする者は、対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について、調査・検討すべき義務を負うこと、

<2>懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められるときには、違法な懲戒請求として不法行為を構成すること、

 の2点です。

 下級新判例の特徴と比較すると、<1>の点は、ほぼ同じ(単なる主観では根拠にならないので、客観的根拠であることは当然)ですが、<2>の点は、「著しく相当性を欠く」ではなく、「相当性を欠く」場合に認めていますので、最高裁判決は不法行為を認める範囲を広げる結論を採用したわけです。

 このように、不法行為をより緩やかに認めたのは、(イ)懲戒を受ける個々の弁護士にとっては、業務停止以上の懲戒を受けると一切の弁護士としての業務ができず、その間収入の道が絶たれ、(ロ)懲戒請求をなされたという事実だけでも名誉・信用等に影響を与えるおそれがあり、(ハ)それに対する弁明を余儀なくされる負担を負うのであり、(ニ)何よりも懲戒請求の濫用は、「現在の司法制度の重要な基盤をなす弁護士自治という、個々の弁護士自らの拠って立つ基盤そのものを傷つけることになりかねない」(田原睦夫裁判官の補足意見)からです。

 なお、念のため触れておきますと、最高裁平成19年4月24日判決は、一般論として<1><2>の点を判示したのであって、事例判断として判示したわけではありません。事例特有の事情に配慮した原審を否定した判断をしたのですから、事例特有の事情に限った判例でないことは明らかです。もちろん、最高裁平成19年4月24日判決が特殊な判例でもありません。
ですから、最高裁平成19年4月24日判決と光市母子殺害事件の弁護団に対する懲戒請求とは事例が違うからといって、最高裁平成19年4月24日判決の判示が適用されないことにはならないのです。

(3) ここで、「不当訴訟」の最高裁判例についても言及しておきます。この判例の解説を引用しておきます。

 「被侵害利益は通常の財産損害であるが(損害は弁護士費用等の費用の支出)、侵害の態様が特殊な形態である。最判昭和63年1月26日(民集42-1-1)は、前訴で敗訴した原告を相手に、前訴の提起自体が不法行為であるとして、弁護士報酬および慰謝料を損害として賠償請求した事件であるが、最高裁は、訴えの提起が「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」ときは、不法行為となることを認めた(事案の解決としては不法行為の成立を否定)、憲法32条の裁判を受ける権利との調和を図る必要があるが、判決は、実質的には、自らの権利主張が事実的・法律的根拠を欠くことを知り、または通常人であれば容易に知りえたのにあえて訴えを提起した場合(悪意または重過失の場合)に不法行為の成立を認めたといえる(最判平成11年4月22日判時1681-102も同旨を判示したが結論は不法行為を否定。なお、会社の組織に関する訴えを提起し敗訴した原告について同様な責任を規定した会社法846条参照)。」(内田貴『民法2』(第2版)357頁)

 この最高裁昭和63年1月26日判決は、訴えの提起が「裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く」ときは、不法行為となることを認めたのですから、弁護士に対する懲戒請求の場合の下級審判例と一致していたわけです。

 ところが、最高裁平成19年4月24日判決は、(一見して類似した判示であると理解できますが)最高裁昭和63年1月26日判決と異なり、不法行為の成立を広げる結論を採用しました。このように、最高裁は、訴え提起が違法になる場合と、懲戒請求が違法になる場合とは、不法行為の成立範囲について区別した判断をしたわけです。
このように区別した理由は、訴え提起は裁判を受ける権利(憲法32条)の行使であって人権であるのに対して、懲戒請求権は弁護士法で認められた権利にすぎず(人権ではない)、しかも利害関係問わず「何人にも」認めるという希薄な権利に過ぎないからだと思います。

3.最後に、最高裁平成19年4月24日判決の基準に基づいて、光市母子殺害事件の弁護団に対する懲戒請求が不法行為に当たるかどうかを検討しておきます。

 「J-CASTニュース:母子殺害事件弁護団 ネットで懲戒請求「運動」広がる」によると、

 「「科学的にも常識的にも到底理解できないし理解したくもない主張を並べ立ててまで被害者を侮辱し死者の尊厳を傷つけています」
 「意図的に裁判の遅延を試みているとしか思えません」
 「あのように不誠実で醜悪な主張及び行動を繰り返す人間が弁護士としてふさわしいとは思えません」」

 ということが、懲戒事由として記載しているようです。

(1) 懲戒請求に当たっては、懲戒請求者の特定、被懲戒請求者の特定、懲戒事由に該当する事実の特定が、最低限の事項として必要で、これが特定していなければ不適法な請求となります(高中正彦著『弁護士法概説(第3版)』261頁)。

 そうすると、「裁判の遅延を試みているとしか思えません」というのは、単なる主観的見方ですし、「あのように不誠実で醜悪な主張及び行動を繰り返す人間」というのは嫌悪感を露にしただけですから、「懲戒事由に該当する事実の特定」がありません。

 そうなると、一見して明らかに不適法な請求であるとして、<2>懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められ、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると判断される可能性があります。

(2) 懲戒請求をした者は、おそらく新聞報道やネット上に出ている弁護人の主張を見て、請求したものと思われます。

 そうなると、<1>懲戒請求をする者は、対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について、調査・検討すべき義務を負うのですから、新聞報道やネット上に出ている弁護人の主張だけでは、「事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について、調査・検討」したと判断するのは非常に困難です。新聞報道やネット上に出ているものは、第三者の知見が介在し、省略した記述ばかりですから、通常、相当な客観的根拠足りえないからです。

 そうすると、<1>懲戒請求をする者は、対象者に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について、調査・検討すべき義務があるのにその義務を怠って懲戒請求をしたとして、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると判断される可能性があります。

(3) また、「情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士」さんが指摘なされているように、「弁護人は、一見、不合理だと思われることでも、被告人がその主張をしてほしいと望むのであれば、法廷で主張することもある。そのこと自体が懲戒の対象となるならば、弁護活動に多大な支障を来すことになる」のです。

 そうすると、「科学的にも常識的にも到底理解できないし理解したくもない主張を並べ立ててまで」という弁護人の弁論内容自体を非難する懲戒理由は、公判における刑事弁護活動の中心である弁論を制約してしまおうとするものです。これでは、被告人の利益・権利のために誠実に献身的に最善を尽くさなくてはならないという、弁護人の任務たる「誠実義務」を尽くすことができません。

 そうなると、懲戒請求によって「誠実義務」の履行に支障をきたし、弁護士の任務を果たすことができなくなるのですから、<2>懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと認められ、違法な懲戒請求として不法行為を構成すると判断される可能性があります。

(4) 懲戒事由には、弁護士法違反、会則違反、所属弁護士会の秩序・信用の侵害、品位を失うべき非行という4つの類型があります。この具体例を見ると、法令違反かそれに類する違反行為のみが対象になっていました(高中正彦著『弁護士法概説(第3版)』263頁参照)。

 そうすると、「死者の尊厳を傷つけています」とか、「不誠実で醜悪な主張及び行動」という内容では、法令違反かそれに類する違反行為に当たるという判断は極めて困難です。およそ懲戒事由に当たらない理由であるように思われます。

(5) 以上のように検討すると、個々の懲戒請求者の懲戒理由がどうなっていたかは分かりませんので、一概には言えないとしても、光市母子殺害事件の弁護団に対する懲戒請求は、不法行為(民法709条)に当たる可能性が高いように考えます。

 既に懲戒請求をしてしまった方はともかく、これから懲戒請求をしようとしている方は、止めることを強くお勧めします。不法行為請求を受けることを覚悟の上で、懲戒請求をするのはあまりにも愚かしい行為だからです。

 光市母子殺害事件の弁護団に対して懲戒請求が殺到したという事実は、煽った者がいたり、煽るようなマスコミ報道もその一因ではありますが、市民の側が裁判制度や刑事弁護に対する理解に欠けている点が一番の原因であるように思います。今後、裁判員制度・被害者参加制度の実施を考慮すると、裁判制度、法曹三者の役割、特に刑事弁護の意義に対する徹底した教育が必要不可欠であると思います。


2 コメント

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Unknown (amuro)
2007-06-27 01:22:05
はじめまして。法律を勉強しているものです。
不法行為の成否についての論述は、じつに明快ですね。たいへん勉強になりました。
となると、私は見ていないのですが、その内容如何によっては件の橋下弁護士の言動も不法行為が成立する可能性がありませんか?弁護士として懲戒請求の濫用を防止する注意義務を負っていると思われますが・・
いづれにせよ彼もれっきとした弁護士なのですから、迂闊な言動は控えて欲しいものです。
「市民」よりまず先に、(全員とはいいませんが)弁護士の方々こそ再度「刑事弁護の意義に対する徹底した教育が必要不可欠」な気もします。
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amuroさんへ、ご質問への回答です (春霞)
2007-06-29 23:35:51
横レス失礼します。
ご質問はゆうこさん宛てですが、内容的には私のブログエントリーへのご質問になると思いますので、代わって答えさせて頂きます。

>たいへん勉強になりました

ありがとうございます。いずれは判例評釈が出てくるとは思いますが、速報性重視ということで書いてみました。内容的には、法曹・研究者の誰もが異論のない程度のものだとは思いますが。

>私は見ていないのですが、その内容如何によっては件の橋下弁護士の言動も不法行為が成立する可能性がありませんか?弁護士として懲戒請求の濫用を防止する注意義務を負っていると思われますが・・

「濫用を防止する注意義務」違反があるとして、不法行為が成立するという構成も可能だと思います。個人的には、安易な懲戒請求を煽ったのですから、不法行為を教唆したとして、共同不法行為(民法719条2項)が成立する可能性を考えていました。

もっとも、橋下弁護士は、懲戒請求のことを「たかじんのそこまで言って委員会」で喋ったようですが、この番組は勝手なことを言い合って溜飲を下げるという漫談番組のようです。なので、「全部冗談であって、番組を見ている関西人は冗談と知っている」ということなんだと思います。となると、冗談(=虚偽)だという共通理解があるなら、不法行為の成立は難しいかもしれません。

>弁護士の方々こそ再度「刑事弁護の意義に対する徹底した教育が必要不可欠」な気もします。

た、たしかに。仰るとおりです。まず、弁護士こそ教育が……ってかなり情けないですね。刑事弁護がしっかりしないと、冤罪事件が激増し、被告人に有利な事情を言えなくなり、不当に重く処罰する事件が続発することが確実なのですが……。
安田弁護士を批判している人たちは、自分が(冤罪などで)被告人の立場におかれてしまったら、なんて考えないんでしょうね。
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