<歌い踊る切手>美しく脚色された能 羽衣

2015-12-26 | 本/演劇…など

<歌い踊る切手>美しく脚色された能 羽衣(1972年)
 東京新聞 2015年12月25日
 能の中で最も知られている曲、と言ったら文句無しに「羽衣」だろう。「古典芸能」シリーズで切手にもなった。
 羽衣を奪った漁師は、舞を見せてくれたら返すと言う。それに対し天女は、羽衣がないと舞えないと言う。先に返せば、そのまま天に帰ってしまうのでは、と疑う漁師に、天女が放った一言。「いや疑いは人間にあり、天に偽りなきものを」。これを聞いた漁師は恥じて羽衣を返す。天女は、舞いながら天に帰って行く。
 能は、静岡市の三保松原(みほのまつばら)に伝わる伝説をもとに作られた、とされるが、「駿河国風土記」と比べると話の筋は随分違う。風土記には、舞をめぐるやりとりはない。漁師は羽衣を返さない。仕方なく漁師の妻になった天女はその後、羽衣を見つけ天に帰って行くが、漁師も仙人となり、後を追う。
 「羽衣伝説」は、全国各地に数多くあるが、話の筋はバラエティーに富む。
 「近江国風土記」によると、男が犬に羽衣を盗ませ、天に帰れなくなった天女を妻として、四人の子どもをもうける。しかし、やがて羽衣を見つけた天女は、天上へ帰り、男は一人、嘆きながら寂しく暮らすというものだ。
 奇想天外なのは、「丹後国風土記」の記述。羽衣を隠したのは年老いた夫婦で、天女を養女にする。しかし、天女が始めた酒造りで裕福になると薄情にも追い出してしまう。この後、話は飛躍して、天女は「豊受大神(とようけのおおかみ)」という神になる。伊勢神宮外宮(げくう)の祭神で、豊穣(ほうじょう)の女神だ。
 能は美しく脚色されている。人間の真実は、能にあるのか、伝説にあるのか。難問だ。 (横浜能楽堂館長・中村雅之)

◎上記事は[東京新聞]からの転載・引用です


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