新聞案内人 池内正人 元日本経済新聞経済部長・テレビ東京副社長
2009年06月25日
気になる「底入れ」「回復」の使われ方
新聞の経済記事やテレビの経済ニュースで、最近は「底入れ」とか「回復」という言葉がよく使われる。だが、その使われ方には、ときどき引っかかってしまう。
日経平均株価は6月12日、8か月ぶりに1万円台を回復した。この株高を報じたあくる日の新聞は「景気の底入れ期待で」と解説していた。「底入れ期待」と言うからには、その時点で景気はまだ底入れしていないことを意味するのだろう。
辞書で調べてみると、「底入れ」というのは「相場が底値になること」と書いてある。つまり、それよりも下がることはないという意味だ。最近の日経平均は、3月10日の7055円から反発して今日に至っている。したがって「株価は3月に底入れした」という表現に反論はなさそうだ。
○景気の「底入れ」、厳密には未確認
ところが景気の場合は、やや微妙である。実質経済成長率は1-3月期に、前期比の年率換算でマイナス14.2%にまで落ち込んだ。4-6月期は輸出や生産が持ち直したことから、1-2%程度のプラス成長になると広く予想されている。
この予想通りなら、景気は1-3月期が底だったということになる。しかし4-6月期の成長率が発表されるのは7月に入ってからだから、厳密に言えば景気の底入れは確認されていない。
ただ新聞やテレビも、最近は「景気は1-3月に底入れ」という表現をよく使っている。したがって、株価1万円の解説は厳密な理由から「底入れ期待」と書いたのではなさそうだ。
輸出や生産は3月ごろに底入れしたと考えていい。だが「景気は回復してきた」というコメントが出ると、必ず「回復感はない」という反論が聞かれる。この場合は「回復」という言葉の二重性に問題があると思う。
○「回復」したのか、しつつあるのか
「回復」というのは、「一度悪い状態になったものが、元の状態になること」と辞書にはある。現在の景気で言うと、経済活動の水準がリーマン・ショック以前の状態、つまり昨年前半の水準に戻ることが「回復」だということになるだろう。
しかし最悪の状態から立ち直りつつある状況もまた、「回復」と表現される。正確に言えば「回復中」である。いま「景気は回復している」は現在進行形。景気が「回復したら消費税も」などと言う場合の回復は、辞書にある原状復帰を意味している。
冒頭に書いた「株価が1万円台を回復」は、復帰した水準が1万円だと明記されているから問題はない。だが「景気に回復の兆し」などと言う場合の回復は進行形の回復であって、原状復帰を意味しているわけではない。 病気が治った人に「いかがですか」と聞く。「回復(快復とも)しました」という答えと「回復しています」という答えでは、やはりニュアンスが微妙に違うだろう。
「景気が回復してきた」のも、やはり進行形の使い方だ。これに対して「実感がない」と答える人のなかには、「回復」を原状復帰型に捉えている人が少なくないのではないか。
私自身、さんざん「底入れ」や「回復」の原稿を書いてきたのに、いまさら問題提起をするのも気が引ける。しかし歳をとったせいか、最近はこうした言葉の不正確さやミスマッチが気になって仕方がない。
「あらたにす」読者のみなさんのご感想、ご批判をいただければ幸いです。
2009年06月25日
気になる「底入れ」「回復」の使われ方
新聞の経済記事やテレビの経済ニュースで、最近は「底入れ」とか「回復」という言葉がよく使われる。だが、その使われ方には、ときどき引っかかってしまう。
日経平均株価は6月12日、8か月ぶりに1万円台を回復した。この株高を報じたあくる日の新聞は「景気の底入れ期待で」と解説していた。「底入れ期待」と言うからには、その時点で景気はまだ底入れしていないことを意味するのだろう。
辞書で調べてみると、「底入れ」というのは「相場が底値になること」と書いてある。つまり、それよりも下がることはないという意味だ。最近の日経平均は、3月10日の7055円から反発して今日に至っている。したがって「株価は3月に底入れした」という表現に反論はなさそうだ。
○景気の「底入れ」、厳密には未確認
ところが景気の場合は、やや微妙である。実質経済成長率は1-3月期に、前期比の年率換算でマイナス14.2%にまで落ち込んだ。4-6月期は輸出や生産が持ち直したことから、1-2%程度のプラス成長になると広く予想されている。
この予想通りなら、景気は1-3月期が底だったということになる。しかし4-6月期の成長率が発表されるのは7月に入ってからだから、厳密に言えば景気の底入れは確認されていない。
ただ新聞やテレビも、最近は「景気は1-3月に底入れ」という表現をよく使っている。したがって、株価1万円の解説は厳密な理由から「底入れ期待」と書いたのではなさそうだ。
輸出や生産は3月ごろに底入れしたと考えていい。だが「景気は回復してきた」というコメントが出ると、必ず「回復感はない」という反論が聞かれる。この場合は「回復」という言葉の二重性に問題があると思う。
○「回復」したのか、しつつあるのか
「回復」というのは、「一度悪い状態になったものが、元の状態になること」と辞書にはある。現在の景気で言うと、経済活動の水準がリーマン・ショック以前の状態、つまり昨年前半の水準に戻ることが「回復」だということになるだろう。
しかし最悪の状態から立ち直りつつある状況もまた、「回復」と表現される。正確に言えば「回復中」である。いま「景気は回復している」は現在進行形。景気が「回復したら消費税も」などと言う場合の回復は、辞書にある原状復帰を意味している。
冒頭に書いた「株価が1万円台を回復」は、復帰した水準が1万円だと明記されているから問題はない。だが「景気に回復の兆し」などと言う場合の回復は進行形の回復であって、原状復帰を意味しているわけではない。 病気が治った人に「いかがですか」と聞く。「回復(快復とも)しました」という答えと「回復しています」という答えでは、やはりニュアンスが微妙に違うだろう。
「景気が回復してきた」のも、やはり進行形の使い方だ。これに対して「実感がない」と答える人のなかには、「回復」を原状復帰型に捉えている人が少なくないのではないか。
私自身、さんざん「底入れ」や「回復」の原稿を書いてきたのに、いまさら問題提起をするのも気が引ける。しかし歳をとったせいか、最近はこうした言葉の不正確さやミスマッチが気になって仕方がない。
「あらたにす」読者のみなさんのご感想、ご批判をいただければ幸いです。