2016.07.20 現代ビジネス〈メディア・マスコミ 政治政策 政局〉
「だから私はTBSを退社し、この一冊を著した」~永田町を震撼させたエース記者の回想
平井 康章
■永田町を震撼させた一冊
「これ、あさって議院を解散する時の会見原稿なんだけどさ、ちょっと聞いてみてよ」
安倍は本番さながらに、私に向かって語りかけた――。目の前で、現職の総理が解散を宣言している。私はまるで自分が、官邸1階の記者会見室にいるような錯覚にとらわれた。
6月に発売されるや、永田町を震撼させた『総理』(幻冬舎刊)の一節である。
衆院解散を決意した安倍総理が、書き上げたばかりの演説草稿を読み聞かせるほどに信頼を寄せる「私」とは、著者の山口敬之氏のことだ。
1990年、TBSに入社し報道局に配属された山口氏。これまでに社長賞や報道局長賞などの社内表彰を39度も受けたという、同局きっての「エース記者」だった。
今年5月にTBSを退社し、フリーランスのジャーナリストに転身、その直後に刊行された本書では、自民党が大敗を喫した2007年参院選から第二次安倍政権発足に至る舞台裏や、シリア情勢をめぐる官邸と米・ホワイトハウスとの緊迫したやり取りなど、政権内部の動きが克明に描かれている。
とりわけ、第一次安倍政権での参院選惨敗から総理辞任に至るドキュメントは圧巻だ。
安倍総理本人や麻生太郎外相、与謝野馨官房長官(肩書きはいずれも当時)ら重要閣僚をはじめ、多くの政界関係者を取材した結果、山口氏は当時、誰も予想していなかった「安倍総理辞任」をスクープする。TBSは全てのマスコミに先駆けて総理辞任の速報テロップを打ったのだった。その舞台裏を描いた場面は、まるでミステリー小説を読んでいるかのような刺激を読者に与える。
「総理は今日これから辞任する。用意してあるスーパー(速報字幕)を今すぐ打ってください」
「何だって? おい、大丈夫か。誤報だったら社長の首が飛ぶぞ。裏はとれているのか」
「つべこべ言わずにすぐ打てよ」
(中略)永田町を知り尽くした老獪な政治家をも驚かす速報を打った直後から、私の携帯はなりっぱなしとなった。掛けてくるのは、主にかねて付き合いのある与野党の政治家、秘書、官僚達だった。彼らは異口同音にこう叫んだ。
「総理が今日辞めるなんて、あり得ないんじゃないですか!?」
(中略)しかし確かに予兆はあったのだ。辞任に先立つ3週間ほど前から、いくつかの小さな出来事が、永田町の注意深い観察者にだけ、首相の異変を静かに告げていた。
以下、山口氏がなぜ総理辞任の「確信」を得たのか、その謎が解き明かされていく。『総理』には、第一線で取材をしてきた記者にしか書けない事実が詰め込まれている。
が、それほどのエース記者が、一体なぜTBSを辞めて独立したのか。本書執筆にいたる経緯、そして安倍政権の行方について、本人に聞いた。
■TBSを去った理由
TBSを辞めたのは、「取材したことを報道する」という、ジャーナリストとして当たり前のことができなくなったからです。
私は政治部を経て、2013年にワシントン支局長としてアメリカに赴任しました。このとき、現地の公文書館で、ベトナム戦争中に韓国軍が慰安所を設けていたことを示す文書を発見しました。貴重な文書ですから、すぐにニュース番組のなかで放送したいと掛け合ったのですが、上層部は「デリケートな問題だから、文書だけではダメだ。その現場にいた人の証言が得られなければ、放送しない」と消極的でした。
そこでさらに取材を進めた結果、当時、現場にいたというアメリカ人を発見、カメラの前でそのときの証言もしてくれたんです。「これならいける」と映像編集作業も終えたのですが、またしても会社の答えは「放送できない」でした。
いったいなぜダメなのか、理由を質しても「君のためにならない」「大統領選も控えている」などと、要領を得ない答えが返ってくるばかりでした。
これほど重大な事実を伝えないのであれば、もはや自分はジャーナリストではなくなってしまう――葛藤の末、山口氏はその取材を『週刊文春』誌に寄稿。『米機密公文書が暴く朴槿恵の゛急所゛ 韓国軍にベトナム人慰安婦がいた!』というタイトルで、2015年4月2日号に掲載されたこの記事は国内外で大きな反響を呼んだ。ところが、TBS上層部は、山口氏が他社の媒体で取材成果を発表したことを問題視したという。
会社からは、ワシントン支局長を解任、営業局へ異動という処分を受けました。異動には納得できない気持ちもありましたが、当初は別の部署からテレビ局という組織を見てみるのもいい経験になるかもしれないと考え、配属先での仕事に取り組んでいました。
しかし、私の本性は記者ですから、取材して発信するという仕事ができないことには耐えられなかった。何より、取材した成果を明確な理由もなく報道させない組織に所属していても仕方がないと考えたのです。そして、退職を決意しました。
ちょうどその頃、本を書かないかというお話をいただいたので、退職を機に、これまでTBS記者として取材をしてきたこと、またテレビという枠組みでは報道できなかったことを書こうと思ったんです。
■「太鼓持ち」と言われても
そして書き上げたのが『総理』だ。山口氏も語るように、同書には組織に所属していては公開をためらわれるような、政権幹部の生々しい肉声が収められている。
執筆に際しては、私が実際に見てきた事実だけを書くことを徹底しました。今、世の中にある政治関連書は、ほとんどが「安倍さんは素晴らしい」という〝親安倍〟か、「アベ政治を許さない」と主張する〝アンチ安倍〟か、どちらかの立ち位置に偏って書かれたものばかりで、政権の実像をそのまま描いたものがない。
そこで、礼賛や批判といった評論ではなく、「誰がいつ何を言ったのか」「その時どんな表情だったのか」といった〝ファクト〟を、なぜ私がその場で目撃していたのか、という経緯まで含めて、全面的に情報開示しようと思ったんです。
現政権には私と付き合いが長い政治家が何人かいます。そうした複数の政治家から話を聞くことによって、政権の実像を俯瞰して書くことができたと自負しています。
当人は「たまたま付き合いが長いだけ」と謙遜するが、実際のところ、山口氏の政権幹部へ「食い込み」は、並のものではない。
2012年に安倍氏が自民党総裁に返り咲いた際には、菅義偉氏をして「山口君の電話がなければ、今日という日はなかった」と言わしめ、内閣改造時には、麻生氏直筆の「人事案」を山口氏が総理のもとに届けることもあった、と本書では明かされている。
安倍総理や麻生財務相といった政権幹部の生の声を引き出そうと努力するほど、社内外から「山口は安倍政権の太鼓持ちだ」という批判の声が聞こえてくることもあったようだ。
そのこと自体は、山口氏は気に留めなかったという。だが一方、政治記者が取材対象に深く迫る過程で、「外部からの観察者」という立場を越え、自らの動きが政局に影響を及ぼしてしまう、という点については「苦悩はあった」と明かす。
たとえば、ある〝ネタ〟が入ってきて、その真偽を問うために政治家のところへ取材に行ったとします。すると「TBSの山口が、あのネタを誰々にぶつけた」という情報が、他の政治家や官僚、さらに他の報道機関にも伝わり、永田町に「さざ波」が立つ。そして、その小さな『さざ波』がやがて政治の流れを変えてしまうことも、現実にはあるのです。
政治記者になったばかりのころは、そのことに抵抗がありました。「自分は、記者の範疇を越えてしまっているのではないか」、と。
しかし、永田町では取材対象である政治家に近づくうち、いやでも一定の役回りを担わざるを得なくなるんです。単に記者会見や夜回りで聞いた話だけを書いている新人記者ならともかく、政治記者として一人前になれば、必然的に「永田町の住人」になってしまう。そういうものだと思っています。
その代わり、自分が永田町で見聞きしたことは、必ずオープンにしなければならない。すぐに公表することができない話であっても、いつか必ず書く。それが記者だと思っています。それが、本書を記した最も大きな理由のひとつです。
■安倍政権のこれからを読む
『総理』は、まさに山口氏が政治記者として見聞きしてきた事実が余すところなく書かれている。永田町からの反響は〝さざ波〟どころではなかった。
書店に並ぶまで、私がどういう本を書いているのかは安倍総理や麻生副総理も含め、誰にも言わなかったんです。伝えてしまえば、『あの話は書かないでくれ』などと言われる恐れがありますし、何を書くかは自分自身で判断しなければ記者ではありませんから。誰にも伝えなかった。
それだけに、発売後の反響は大きかったですね。この本に登場する人からすれば、絶対に世に出ないと思っていた話が書かれているわけですから、「そこまで書いたのか」とか、「俺はあのとき、そういう意図でああ言ったわけじゃない」と言われました。
一方で、「そうそう、確かにああいう経緯だったね」と言われることもあって、反響は様々ですね。
自分でも、少し書き過ぎたかなと思いましたが(笑)。もちろん、これまで築いてきた関係が壊れてしまうのではないか、と考えはしました。それでも、もしこれで政治家との関係が壊れてしまうのなら、仕方がないと開き直って書きました。それだけ、真剣勝負をしている一冊だと、自負しています。
記者として、最も至近距離から安倍政権を見てきた山口氏。その目に、今後の安倍政権の課題はどう映っているのか。
これまで総理と接してきた経験から言うと、彼の頭の中に「憲法改正」と「北方領土返還」があることは間違いないでしょう。このふたつは、祖父である岸信介元首相が「戦後の政治家が解決できなかった課題」として挙げたものです。これを安倍総理は背負っている。
総裁任期は2018年9月までとの2年あまりですから、短い期間にこれだけ大きな政治課題をふたつも達成することができるのかという疑問もあるでしょう。
しかし私は、スケジュール的にはぎりぎり間に合うと見ています。むしろ「憲法改正」と「北方領土返還」は、セットで進めたほうが達成しやすいとも言えます。
どういうことかと言うと、いずれ安倍さんが憲法改正の信を問うために衆院を解散する時、「憲法改正」だけでは勝てないかもしれないけれど、そこに「北方領土が返ってくる」というプラスファクターがあれば、より有利になるということです。ふたつをセットで進めるということは、安倍総理も意識していると思います。
■「評論」はしない
山口氏は任期末に向け、安倍総理が政権をどう「閉じるのか」を注視しているというが、今後執筆を考えているテーマは、それだけではないという。〝組織という楔〟から解き放たれた敏腕記者はどこへ向かうのか――。
今後の仕事については、いろいろ考えているところですが、はっきり言えるのは、「評論」はしないということ。今の日本では、ジャーナリストなのか評論家なのか、あるいは活動家なのかわからない人が少なくない。メディアとしても、あれこれ評論してくれる人のほうが使いやすいという事情もあるでしょう。
しかし私は、自分が取材した事実を提示することに特化した仕事をしていこうと思っています。
今回の本を読まれると、私はドロドロした人間模様を取材することを好む政治記者だと思われる方もいるかもしれません(苦笑)。しかし、私の取材テーマは日本政治に限りません。
駆け出しのころはカンボジアの内戦を取材しましたし、ロンドン支局やワシントン支局で海外取材も経験しています。そうした蓄積をもとに、これからは外交や国際関係の分野でも書いていきたいですね。
◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です
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〈来栖の独白 2017.3.18 Sat 〉
このところ蜂の巣を突いたような騒ぎと化した「森友学園」問題。憲法改正を悲願・究極の目標とした安倍政権だが、崩壊か、と心沈む日々だった。ああこれで日本の安全保障は約束されないな、と反日野党とメディアに嫌気がさしていた。彼らは日本の国のこと、国民を守ることを考えない。子供みたいなものだ。
が、本記事に接し、安倍政権は大丈夫だろう、と思えた。安倍ちゃんには、山口敬之氏のような力持ちがいるし、谷口智彦氏のようなセンス、頭脳がいる。これほどの能力を有していて、浅薄な野党やメディアに追い払われる分けはない。
安倍総理には何としても憲法改正を成し遂げて貰いたい。そうでなければ、この領土・国民は立ちゆかぬ。存続できない。反日の輩の多いこの国。
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◇ 海外メディア絶賛の「安倍スピーチ」 陰で支える人物 谷口智彦氏
◇ 書評『約束の日 安倍晋三試論』小川榮太郎著 安倍叩きは「朝日の社是」
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