絶滅しゆく種族の最後の1人 メディア王マードック

2011-07-26 | 国際

最後のメディア王マードックと米ニューズ
JBpress 2011.07.26(Tue)The Economist
(英エコノミスト誌 2011年7月25日号)
 ルパート・マードック氏は絶滅しゆく種族の最後の1人だ。第一線から退くべき時が来た。
 長年にわたって政治とメディアを支配してきた人物にはとても見えなかった。7月19日、英国議会の委員会に説明を求められた時、ルパート・マードック氏は不安を抱かせるほど答えに詰まり、口ごもった。
 マードック氏が英国で所有する複数の新聞社で電話の盗聴が盛んに行われた経緯は? マードック氏の会社が警察に10万ポンドの賄賂を支払ったとされるが、その理由は? なぜ2人の従業員が刑務所に送られ、さらに数人が逮捕されたのか、といった質問だ。
 ところが、米ニューズ・コーポレーションのトップによるこの心許ない受け答えが世界中で報じられると、同社の株価は上昇した。
 普通であれば、トップの弱さが企業を強く見せることはない。しかし、ニューズは普通の企業ではない。同族経営の上場企業であり、複数議決権株式という手段を通じて支配されている。CEO(最高経営責任者)と会長を兼ねる80歳のマードック氏は、自分の子供に権限を譲るまで経営を担うつもりのようだ。
 しかし今、一族の利益と会社の利益にズレが生じ始めている。
 マードック氏に対する見方は、政治家や一般市民と投資家とでは異なる。前者から見ると、同氏は世界的なメディア帝国を築いた策略家であり、政治家の政治生命を良くも悪くも左右する人物だ。一方、後者はマードック氏を次第に障害と見なすようになっている。ニューズの経営を妨げる存在としてだ。
*マードック氏に残された時間
 マードック氏の引退が近づいて見えるほど、ニューズは強く見えてくる。というのは、メディア事業が様変わりし、マードック氏が時代遅れな存在になってしまったためだ。マードック氏は、最後のメディア王なのである。
 かつてメディア業界には有力な一族が経営する企業があふれていた。英ロンドンにはロザミア一族、米ロサンゼルスにはチャンドラー一族がいた。
 ハリウッドのスタジオはもともと同族経営だった。しかし、規制と技術が業界の寡占状態に終止符を打った。米国の裁判所は1948年以降、垂直統合された昔ながらのスタジオを次々と解体した。
 インターネットはマスメディアによる支配を弱体化させ、新興企業やブロガー、さらにはグーグルやヤフーといった企業に力を持たせている。グーグルなどにとって、ニュースは周辺的な事業であり、激しい情熱を注ぐ対象ではない。
 ニュース業界を支配してきた一族のほとんどが、事業を売却するか、経営の一線から退くかしている。当初は、企業を自分の領土と見なすような大物が権力を振るったこともあったが、最近では、スーツを着こなすタイプの経営者が実権を握っている。
 2005年には、マイケル・アイズナー氏がウォルト・ディズニーを追われ、地味なロバート・アイガー氏が後任に座った。タイム・ワーナーのトップ、ジェフリー・ビュークス氏はメディア王の対極にある人物で、事業の合理化を進めている。
 バイアコムのトップはサムナー・レッドストーン氏だが、今ではめったに顔を見せることはなく、経営は企業弁護士だった人物に任されている。シルビオ・ベルルスコーニ氏は政治家として苦しんでおり、同氏のメディア帝国はニューズ傘下のスカイ・イタリアの攻撃にさらされている。
 マードック氏は新聞出版業を受け継ぎ、そこから果敢にマルチメディア帝国を築き上げた。1960年代に英国に進出すると、性的な刺激と道徳的な怒り、政治攻撃を混ぜ合わせた現代のタブロイド紙を発明した。
 米国では、3大テレビ局の牙城を崩した。マードック氏が立ち上げたFOXニュースはリベラル派の怒りを誘い、莫大な利益を上げた。
*経営判断が鈍ってきた兆候
 マードック氏の成功は今も続いているが、次第に判断が鈍っているようだ。
 いつものように大胆なM&A(企業の合併・買収)でマイスペースを手に入れたが、同社がフェイスブックの猛攻にどんどん押されるのを、なすすべもなく眺める羽目になった。
 2007年には、バンクロフト一族の弱みを見事に突き、ダウ・ジョーンズとウォールストリート・ジャーナルを獲得した。しかしマードック氏は、新聞出版業が没落に向かっていることに気づかなかったようだ。ダウ・ジョーンズの価値はその後、半減している。
 ニューズの英国の新聞部門を巻き込んだ今回のスキャンダルは、英国民の反発を招いただけでなく、ニューズ自身の首を絞めている。マードック氏は、自身が立ち上げにかかわった衛星放送局BスカイBの完全子会社化をあきらめざるを得なくなった。
 訴訟、そして恐らくは刑事訴追も待ち受けている。英国の政治家たちはマードック氏の呪縛から解放されたと感じており、今後は規制が強化され、メディア事業で利益を得るのが難しくなるかもしれない。
*同族経営の障害
 今回のスキャンダルは同族経営の弊害も浮き彫りにした。ルパート・マードック氏の息子ジェームズ・マードック氏は有能な人物で、BスカイBを見事に舵取りしていた。マードックという名前がなくても、別のメディア企業で輝かしいキャリアを積むことができただろう。
 しかし、新聞がジェームズ氏を弱くした。ジェームズ氏は家業を学ぶため新聞社に送り込まれたが、印刷媒体とは相性が良くなかったように見える。
 マードック父子と7月15日に英ニューズ・インターナショナルのトップを退いたレベッカ・ブルックス氏による三頭統治は混乱状態にあり、電話の盗聴と賄賂の問題がただちに社内で調査されなかったことも理解できる(もっとも、決して言い訳にはならない)。
 息子に新聞社を任せるというのは昔ながらのオーナー経営者の行動であり、決してCEOがすることではない。背景には、時代遅れの2つの思い込みがある。1つは、御曹司にはトップの座を用意すべきというもの。もう1つは、ニューズの未来は新聞にあるというものだ。
 取締役会も怒れる株主も、マードック一族を排除できない。しかし、封建的な経営を弱めた方がニューズはうまくいくだろう。まず、会長とCEOを分けることだ(これはすべての企業に当てはまる)。そして、ルパート・マードック氏は経営の一線から退くべきだ。
 マードック氏が会長の座にとどまるのは問題ない。会長職は創業者にうってつけの役職と言える。賢明な補佐役を選ぶ目を持っていた(一握りの際立つ例外を除く)マードック氏なら、なおのことだ。
*歴史の終わり、最後の男
 メディア業界は、経営がしっかりした力強いニューズを必要としている。この会社は、刺激的なM&Aにかまけていない時は、新聞記事やテレビ番組、映画がデジタルのがらくたにならないよう、抜け目なく戦ってきた。
 同社は新聞記事のペイウォール(課金の壁)を最も声高に推進してきた企業でもある。ペイウォールで問題が解決するわけではないが、新聞出版業の生き残りにつながるかもしれない。
 マードック氏の果敢な性格は、ニューズが大胆な企業になる助けになった。しかし、既にその果敢さはニューズに染み付いている。会長兼CEOがただの会長になっても消えることはないだろう。
 マードック氏はメディア帝国を築いた最後の人物ではない。マイケル・ブルームバーグ氏は強力な企業をつくり上げ、ニューヨーク市長として政界でもキャリアを積んでいる。ただし、同氏は賢明にもこの2つをきっちり分けている。
 新興国では、メキシコのエミリオ・アスカラガ氏をはじめ、古いタイプのメディア王も姿を現している。しかし、世界的なメディア王の時代は終わった。マードック氏がこの現実を認めて身を引くなら、それが株主や一族のために尽くすことになる。


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