アラブとクルドの民族対立操る、トルコ侵攻、先兵はシリア反体制派 中東を読み解く 2019/10/11

2019-10-27 | 国際

中東を読み解く
 2019年10月11日
アラブとクルドの民族対立操る、トルコ侵攻、先兵はシリア反体制派
 佐々木伸(星槎大学大学院教授)

 トルコ軍がシリア侵攻の「平和の春」作戦に踏み切り、徹底抗戦を叫ぶクルド人勢力との戦闘が激化、民間人の犠牲者も出始めた。侵攻はトランプ米大統領が“青信号”を与えたことが引き金だが、トルコのエルドアン大統領は先兵として配下のシリア反体制派アラブ人を動員、クルド人との民族対立を巧みに操る戦略を実行している。

大国の身勝手
 トルコのエルドアン大統領とトランプ大統領が7日電話会談したのを受け、ホワイトハウスはトルコ軍のシリア侵攻が迫っているとして、国境付近に駐留する米部隊約50人を南方に撤収させたと発表、事実上侵攻を容認したことから、トルコ軍が9日の侵攻に踏み切った。敵であるクルド人の武装組織「人民防衛部隊」(YPG)の拠点に空爆と砲撃も加え、激戦を展開中だ。
  戦闘の中心はシリア北東部の国境の町テルアブヤドと約120キロ東方のラスアルアインで、トルコ軍はすでに周辺の11カ所の村落を制圧したという。クルド人中心の「シリア民主軍」(SⅮF)などによると、これまでYPGの戦闘員や民間人ら約30人が死亡した。エルドアン大統領は170人を超えるテロリストを殺害したとしている。
  トルコはこれまで16年と18年の2度、シリア北西部への侵攻作戦を行っているが、今回の作戦の狙いは何か。大きく言って2つある。1つは自国の安全保障上の脅威に直結するテロ集団と見なすクルド人勢力を東部国境地域から一掃し、シリア領内に安全保障を確保する「緩衝地帯」を設置することだ。トルコの当初の計画ではその規模は長さ120キロ、幅30キロに及んでいる。
  もう1つの狙いは、国内に抱えるシリア難民360万人の帰還場所としてこの「緩衝地帯」を活用するということだ。アナリストによると、トルコは国家財政を圧迫している難民問題を早急に解決したいと考えており、いったん「緩衝地帯」が確保された場合、難民を同地に強制送還する計画ではないかという。
  エルドアン大統領は侵攻に批判的な欧州に対し、「トルコに侵略というレッテルを張るなら、シリア難民360万人を送り込む」と逆に恫喝している。欧州連合(EU)とトルコは欧州を目指す難民をトルコが抑止、収容する代わりに補助金を支払うという協定を結んでいる。
  注目したいのはエルドアン大統領が侵攻作戦の先兵として、「シリア国民軍」などシリアの反体制派アラブ人民兵を使っている点だ。トルコ人の犠牲を最小限にとどめるため、代理人を活用するという典型的な大国の手口だ。クルド人が米国の支援を受けて過激派組織「イスラム国」(IS)を壊滅させ、シリア北東部の支配を固めたことで、同地域から追われたアラブ人が多く、クルド人に対する民族的な反感も強い。
  エルドアン大統領はそうしたアラブ人たちを支配下に収めて武器を与え、訓練し、民族感情の対立をうまく利用してクルド人との戦闘の先陣を切らせている。アラブ人1万4000人が侵攻作戦に参加しているもよう。米国が米国人の血を流さないよう、クルド人という代理人を使ってIS掃討作戦を実施したのと同じ構図だ。大国の身勝手さが透けて見える。

 クルド人の新たな庇護者
 今後の戦争の見通しはどうなるのか。トランプ大統領は侵攻に青信号を与えたという批判に対応するのに躍起だ。「侵攻を容認したことはないし、支持もしない」「トルコが“一線”を超えれば、経済的に大きな打撃を与える」などと弁明に終始し、一転して「侵攻は悪い考えだ」と批判的な姿勢を見せている。
  大統領は“一線”については特定していないが、米当局者はトルコがクルド人の民族浄化のような行動や民間地域を無差別に攻撃した場合がそれに当たることを示唆している。いったん侵攻を容認したトランプ大統領がそれを否定するような言動を行っていることで、エルドアン大統領は大々的に南下するような侵攻作戦はせず、国境から十数キロ程度を制圧することで踏みとどまるのではないかとの観測が強い。
  エルドアン大統領は11月に訪米、ホワイトハウスでトランプ大統領と会談する予定になっており、その会談まではトランプ氏の日々のツイッターの調子をうかがいながら、同氏の逆鱗に触れないよう注意深く侵攻作戦を展開する腹積もりと見られている。
  攻撃されたクルド人側はどう反撃しようというのか。空軍力など圧倒的に優位な軍事力を持つトルコ軍に正面からまともな戦闘を挑んでも勝機はないだろう。「クルド人はゲリラ戦で対抗するしかない」(ベイルート筋)というのが軍事専門家の一般的な見方だ。ヒット・エンド・ランのゲリラ戦でトルコ軍を泥沼に引きずり込むというやり方だ。
  だが、クルド人も補給や資金面で支援してくれる後ろ盾、「庇護者」が必要だ。
  これまで後ろ盾となってきた米国からは「裏切られて見捨てられた」(同)。シリアのアサド政権との反トルコ連合形成を模索したが、「米国の手先とは付き合えない」と冷たくあしらわれた。
  「やはりロシアのプーチンにすがるしかない」(アナリスト)。これがクルド人にとって唯一の選択肢なのかもしれない。プーチン大統領はイランとともにアサド政権の後ろ盾であり、トルコのエルドアン大統領とも関係が良好。米国と仲たがいしてまでロシア製の防空システムを購入したことでも分かるように、2人の関係は相当強力だ。
  すでにシリアの将来のキングメーカー的な地位を確立しているプーチン氏にとっても、クルド人という持ち札を加えることは中東での影響力拡大に大きなプラスになるし、対米けん制のカードにも使える。クルド人の頼みを入れ、トルコとクルド人の間の調停に乗り出すかもしれない。
  ただ、ロシアが調停に乗り出したとしても、トルコがいったん占領したシリア北東部を完全に手放すことはなく、侵攻前の元の状態に戻る可能性は低い。クルド人は米国の支援を得て、いったんは北東部を支配下に置き、宿願だった「独立国家樹立」の夢を見た。だが、夢ははかなく消え、せいぜい獲得できるのは「自治権の強化」ぐらいのものではないか。クルド人の受難は続く。

<筆者プロフィール>
佐々木伸(ささき・しん)
 星槎大学大学院教授
 共同通信社客員論説委員。ベイルートやカイロ支局長を経て外信部副部長、ニュースセンター長、編集局長などを歴任。

     ◎上記事は[WEDGE Infinity]からの転載・引用です

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