フィリピンに慰安婦像設置 2017/12/8 日本側に動き察知されぬようステルス化する中華系団体 大統領府も「寝耳に水」

2017-12-11 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉

フィリピンに慰安婦像 日本大使館が懸念表明
NHK NEWS WEB 2017/12月11日 20時04分
 フィリピンで、慰安婦問題を表す女性の像が、史跡の設置などを行う政府機関によって初めて設置され、現地の日本大使館はフィリピン政府に対して両国関係に及ぼす影響への懸念を伝えました。
 フィリピンの史跡の設置などを行うフィリピン国家歴史委員会は、今月8日、首都マニラのマニラ湾沿いの遊歩道に慰安婦問題を表す高さ3メートルほどの像を設置しました。
 像は、フィリピンの民族衣装を着た女性が目隠しをされていて、台座には「1942年から1945年の日本の占領下で虐待の被害にあったすべてのフィリピン人女性の記憶」などと記されています。国家歴史委員会によりますと、像は、設置を提案したフィリピン国内の民間団体から資金の提供を受けて作られたということです。
 太平洋戦争で戦場となったフィリピンでは、1990年代に旧日本軍の慰安婦だったという女性たちが名乗り出て、村山内閣当時の1995年に発足した「アジア女性基金」から「償い金」の支給などが実施されましたが、これを拒否して日本政府に「公式な謝罪と賠償」を求める人たちもいます。
 フィリピンで慰安婦問題を表す女性の像が設置されたのは初めてで、マニラにある日本大使館は、フィリピン政府に対して設置までの詳しいいきさつなどを確認するとともに、両国関係に及ぼす影響への懸念を伝えました。

 ◎上記事は[NHK NEWS WEB]からの転載・引用です
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産経ニュース 2017.12.11 20:55更新
【歴史戦】フィリピン政府機関、首都マニラに慰安婦像を初設置 日本大使館が抗議

  
   フィリピン・マニラ湾沿いに設置された慰安婦問題を象徴する女性の像=11日(共同)
 【シンガポール=吉村英輝】日本軍占領下(1942~45年)の慰安婦を象徴するフィリピン人女性の像が、首都マニラに設置されたことが11日までに分かった。政府機関「フィリピン国家歴史委員会」が、現地の民間団体などの支援を得て建てたという。フィリピン国内に慰安婦像が建てられたのは初めてとみられる。在フィリピン日本大使館はフィリピン政府へ抗議した。
 像が設置されたのは、マニラ市のマニラ湾に面したロハス通り沿いのベイウォークと呼ばれる遊歩道上。夕日を眺める名所として観光客も多く、周辺にはフィリピン政府庁舎や、日本を含めた各国大使館がある。
 同委員会は学者らで構成され、歴史的建造物への碑文設置などを行う。ホームページに今月6日、慰安婦像の除幕式を8日に実施し、碑をマニラ市のエストラーダ市長(元大統領)に引き渡すと発表していた。
 中国国営新華社通信(英語版)は8日、除幕式の様子を配信。像は高さ約2メートルで、フィリピン人彫刻家が作製。目隠しをして頭にベールをかぶり、フィリピンの伝統的なドレス姿。8日は1941年の日本軍のフィリピン侵攻開始日で、式典ではエストラーダ市長の代理人が、「私たちは慰安婦の苦境を忘れない」との声明を読んだという。
 在フィリピン日本大使館は9日、報道で情報を得て、慰安婦像設置を確認。同日中に大統領府や外務省へ遺憾の意を伝えた。同委員会やマニラ市にも経緯を問い合わせるとしている。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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2017.12.16 22:42更新
【歴史戦】「フィリピン慰安婦像」現地ルポ 日本側に動き察知されぬようステルス化する中華系団体 大統領府も「寝耳に水」
 フィリピンのマニラ湾に臨む約3キロの遊歩道には、元大統領や人気俳優らの銅像が立ち、市民に親しまれている。そこに唯一、実在した人物ではない像が加わった。中華系団体が、フィリピンの人権団体を巻き込みひそかに準備を進め、マニラ市や政府機関の“お墨付き”を得て、8日に除幕した「慰安婦像」だ。設置までの工作には、日本側に事前に動きを察知されないようにする手法の“ステルス化”が浮かび上がる。(マニラ 吉村英輝)
*責任のなすり付け合い
 台座正面の碑文には「日本占領下の1942~45年に虐待を受けたフィリピン人女性犠牲者の記憶」などとある。タガログ語で書かれ表現は穏当だ。「慰安婦」の言葉もない。政府機関であるフィリピン国家歴史委員会が作成した。
 ある委員は、慰安婦像作製は現地の人権団体「リラ・ピリピーナ」などが2014年から始め、今年10月に碑文作成を要請してきたとした。1990年代の韓国での慰安婦運動をフィリピンに導入した団体だ。
 歴史委員会は、年間約30件の碑文を全国の歴史建築物などに設置しているが、新設の銅像が対象となるのは「異例」という。「マニラ市からの協力要請」を受け、歴史家らからなる委員6人で決めたと強調した。
 この委員は、日本政府の反発に「銅像は民間団体からの寄贈で、私たちの責任は碑文のみ。除幕式も招かれただけだ」と困惑した。6日にホームページで除幕式を公表したが、その後「騒ぎを受け削除した」。
 だが、遊歩道を管轄するマニラ市側の担当者は、慰安婦像の設置や除幕式を行政的に主導したのは、歴史委員会だと反論した。エストラーダ市長宛てに11月16日付で届いた除幕式の招待状は確かに歴史委員会から出されており、「招かれた」との説明とは食い違う。
 市長代理として除幕式に参加した幹部は、日中間の懸案事項に関わる式典に違和感を覚え、用意された祝辞の代読前に「問題になりませんように」と挨拶。歴史委員会の担当者に外務省の承諾を確認したが、「即答がなかった」と説明しているという。委員会と市側が責任をなすり付け合っている。
*「慰安婦」を知らない現地市民
 フィリピンの慰安婦像の台座裏には、寄贈者の5個人・団体名が刻まれている。ほぼ全て華人だ。英語で「フィリピン人慰安婦の像」と記され、フィリピン人作製者名もある。もっとも、慰安婦像前で足を止めた市民数人に聞いたが、「慰安婦」を知る人はいなかった。
 慰安婦像を警備していた男性によると、像の建造が始まったのは今夏。銅像のはす向かいにある「アロハ・ホテル」に雇われているという。同ホテル経営者は台座裏に名がある華人、マニュエル・チュア氏。「マニラ市役所にも人脈を持つ」(地元記者)という。
 関係者によると、除幕式出席者らは、同ホテルに待機して式典に向かった。呼ばれたメディアは、中国国営新華社通信など中国系のみ。式典を報じたのも中国系だけで、現地メディアはほぼ伝えていない。当事者であるはずの元慰安婦や日本も“除外”された。
*「日本メディアの取材は受けない」
 ほかの寄贈者名には、日本占領期に抗日ゲリラだった華人のほか、比華人団体「トゥライ財団」も。同財団は路上孤児救済などで実績がある。なぜ急に慰安婦問題に関与したかは不明だが、「日本メディアの取材は受けない」という。最後の「ワイ・ミン(惠明)慈善基金有限会社」は、香港が拠点で、創設者の鍾惠明氏は、中国本土の慰安婦救済や日本への賠償請求支援を行ってきたとされる。
 「慰安婦」をキーワードに海外の華人ネットワークを駆使する中国の反日プロパガンダは、オーストラリアでも2015年に行われたが、公共の場への慰安婦像設置の嘆願は、当該市が地方自治体の判断の範囲外だとして認めなかった。
 豪州では問題が表沙汰になったこともあって日本政府も動き対抗した。だが今回、在フィリピン日本大使館は、除幕式翌日の9日の報道で動きを知った。連絡を密にしている大統領府や外務省へ問い合わせたが「向こうも寝耳に水」(幹部)で、後の祭りだった。
*日比の友好に中国がくさび
 隠れて既成事実を積み重ね開き直る中国の手法は、南シナ海の人工島の軍事拠点化でも実証済みだ。
 人権派弁護士として慰安婦問題にも携わってきた、フィリピンのロケ大統領報道官は11日、今回の慰安婦像について「支持もしないし、反対の立場もとらない」と述べた。
 日比が戦後に築いてきた友好関係に、中国の新たなくさびが打ち込まれた。
【用語解説】フィリピンの慰安婦問題
 日本とフィリピン両政府は、先の大戦の賠償問題などはサンフランシスコ平和条約で解決済みとしているが、フィリピンで、日本軍占領下(1942~45年)に慰安婦だったという女性らが90年代に名乗り出た。村山内閣当時の95年に発足した「アジア女性基金」が「償い金」などとしてフィリピンの元慰安婦211人に1人320万円を支払った。これを拒否し日本政府に「公式な謝罪と賠償」を求める動きもある。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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日本を貶める日本人---国連を舞台に、実態からかけ離れた慰安婦像を世界にばらまいた 2017/10/19
【歴史戦 第4部 利用される国連】慰安婦問題世界拡散は、左派系市民団体による国連働きかけが原因
「慰安婦=性奴隷(sex slave)」という国際謀略の発案者 戸塚悦朗弁護士の国連ロビー活動  
[ 慰安婦問題] 一方的な国連拷問禁止委員会勧告 ~ クマラスワミ報告「性奴隷」も、虚偽の多い内容だった  
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