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現代ビジネス 2016年02月14日(日) 週刊現代
堺雅人とディーン・フジオカを大抜擢〜NHK敏腕プロデューサー「目利き力」の真髄
名作に、名キャストあり。今最も熱い俳優二人は、いかにして自身のハマリ役に出会ったのか。ブレイクの火付け役となったプロデューサーが、ロングインタビューで彼らの魅力を語り尽くす。
■殺人者を演じたディーン
ひげ面にぼさぼさの長髪。深くかぶったフードの隙間から、淀んだ目でじろりと相手を睨み付ける。
2013年に公開された映画『I am ICHIHASHI 逮捕されるまで』のワンシーンである。'07年に千葉県で英会話学校の女性講師が殺害された。その事件を題材に、被告の逃亡劇を描いた問題作だ。
この作品の監督・主演を務めたのが、日本では無名の男—ディーン・フジオカだった。
「目に光がなく、瞳は空洞のよう。こんな演技をする役者がいるんだと驚きました。ディーンさんが演じたのは、2年7ヵ月に及ぶ逃亡生活を送った殺人犯・市橋達也。決して後味の良い柔らかな映画ではなく、彼の鬱屈した演技は深く心に残ったんです」
そう語るのは、高視聴率を続けている連続テレビ小説『あさが来た』の制作統括を担う佐野元彦エグゼクティブプロデューサーだ。『あさが来た』でディーンを「近代大阪経済の父」五代友厚役に抜擢。実業家の道を志すヒロイン・白岡あさの師ともいうべき存在で五代は人気キャラクターとなる。ディーン自身も、甘いマスクと英語混じりの力強い台詞回しで大ブレイクした。
今やファンから「五代さま」と親しまれているが、それ以前のディーン・フジオカという俳優は冒頭のように現在と全く違うイメージだった。『I am ICHIHASHI 逮捕されるまで』は、世間的に「名作」と呼ばれるものではない。公開当初から、犯人をヒーローにするのか、と批判する声もあった。イメージダウンに繋がりかねない役柄だが、ディーンは望んで監督まで買って出ている。
ディーンの経歴は異色だ。'80年に福島県に生まれ、アメリカの大学に留学。卒業後はアジア各国を旅して回っていた。香港のクラブでラップを披露していたところ、スカウトの目に留まり、俳優としての活動を開始した「逆輸入俳優」だ。全米デビューも果たしているが、日本でのドラマ出演はたった一本に過ぎなかった。なぜ佐野氏は、彼を五代役に抜擢したのか。
「『あさが来た』を企画するうえで、誰が五代友厚を演じるかは、早くから重要視していました。というのも、五代友厚は歴史的存在ですが、これまでほとんど映像化されていません。大河ドラマでも、薩長の志士が活躍する場面でちょこっと映る程度。ですから、視聴者には何の先入観もありません。
同一視するのはおこがましいですが、司馬遼太郎先生が『竜馬がゆく』で書いた坂本龍馬が、日本人が共有する龍馬像になったように、『あさが来た』が話題になれば、その中での五代友厚が、日本人にとっての五代友厚像になるのではないか。そう考えると、プレッシャーは相当なものでした」
■日本人離れした異質さ
脚本家の大森美香氏と議論を重ねて練り上げた五代友厚像。それは、大阪商人の世界に入ってきた、異質の薩摩藩士という姿だった。
「幕府の後ろ盾を失い、一度は陰った大阪経済を、また引き上げる存在です。だからこそ、日本の演劇界とは異質な空気を持っている方に演じてほしかった。
始めは、狂言や能の世界の方を考えていたのですが、ふと日本でなく世界で活躍している方に目を向けてはどうだろう、と。そうして辿り着いたのが、ディーンさんだったんです。
一言で言えば、彼の魅力は『異質さ』です。なにか普通の人とは違う。
'15年1月、オファーのために初めて彼を訪ねました。目が本当にきらきらして引き込まれたのを覚えています。『ICHIHASHI』では、うつろな目をしていたのに……。この人は目で演じる方なんだと思いましたね。
彼なりに五代友厚を調べてくれていて、どういう人物として描くのかを質問されました。そのやり取りがとても論理的で舌を巻いた。日本には『黙っていることが美徳』という風潮がありますが、長く海外でやり合ってきた彼は、プレゼンテーションが実に巧みなんです。そうした日本人離れした異質さが、欧州に留学し経済を学んだ五代友厚役に、必ずはまるはずだと確信しました」
佐野氏の予感は的中し、ディーン・フジオカという俳優だけでなく、五代友厚という人物にもスポットライトが当たるようになった。
年明けには、五代の名が歴史上最も知られることになった「北海道開拓使払い下げ事件」も描かれた。
「北海道開拓事業に乗り出した五代が、官民癒着の疑惑をかけられ、大阪商法会議所会頭を辞任することを決意する。しかし、新次郎や榮三郎の助けのもと、大阪商人からの信頼を取り戻し、会頭辞任を撤回。五代は力強く、こう断言します。
『みなさん、ほんまおおきに。やっぱりここは日本一の町や。私は決めました。生涯をかけて、この町の繁栄のために尽くします!』
僕は昔からアメリカ大統領の就任演説が大好きなんです。堂々と国民の前で熱弁を振るい、聞いていると、なんだか世界中が良くなるんじゃないかというような気持ちになる。
この場面もそんなイメージを持っていましたが、ディーンさんに伝えてはいませんでした。けれど、ディーンさんは、まさに大統領のような気迫で語り始めた。ディーンさんと五代がここまでシンクロしたんだと胸が熱くなりました」
■堺雅人の不思議な笑顔
その人の才能や個性を見出し、役柄へと結びつける、「人の目利き」ともいえる力がプロデューサーには求められる。佐野氏は続ける。
「プロデューサーになる前は、演出などで長く現場に携わっていました。NHKでは、ディレクターもプロデューサーも、同じ放送職として採用され、共に修業します。道が分かれるのは30代半ばくらいからですね。
人を見る目、作品を見る目、というのは現場を知ったうえで、俯瞰的に引いて見ることで養われていくのではないかと思います。
現場は、スタッフやキャストの熱気が満ち、まるでエンジン。それをもっと大きな仕組みで見てみるんです。みんなで同じ方向に進んでいるつもりでも、進む方向が1度や2度ずれているかもしれない。そのずれが果たして良く作用するのか、それともいずれ悪影響となって現れてくるのか、プロデューサーは判断しなければなりません。
現場にいるとつい、その人の『今の姿』にだけ注目することが多い。それだけでなく、この役者さんはこうした感情も表現できるんじゃないか、もっと別の役も合うんじゃないかと考えるようにしています。ただ、普通にドラマを見ている時もそんなふうに見てしまうので、今では落ち着いて見られるのは海外作品くらいですね(笑)」
そんな佐野氏は、過去に手がけた作品でも、逸材を見出している。
'00年以降の大河ドラマ最高視聴率を取った『篤姫』('08年)。この時、13代将軍徳川家定を演じたのが、堺雅人だ。権謀術数渦巻く将軍跡目争いの中、家定はわざと暗愚のふりをして生き延びようとする。寝所で御台所の篤姫(宮崎あおい)だけに見せる聡明な素顔と、おつきの者や幕閣の前でのうつけっぷりという、堺の鮮やかな演技の切り替えに、誰もが目を見張った。
この家定役で芝居巧者として評価が定着した堺は、以後『リーガルハイ』『半沢直樹』と立て続けにヒットを連発。現在放送中の主演作『真田丸』も大河ドラマとして久々に好調なスタートを切っている。
「能あるタカは爪を隠す。僕はそんな人物が大好きなんです。
家定は飄々としながらも後継問題に悩まされ、どこか諦念を抱いている。少女漫画に出てくる憂いを帯びたヒーローのようなイメージだったんです。何を考えているのか顔の表情からは読み取れない—そんな難しい演技ができるのは、堺さんしかいないとキャスティングは即決でした。堺さんが大河『新選組!』で演じた山南敬助も、笑顔だけで悲しみや怒りを演じ分けていたと評判でしたからね」(以下略、来栖)
◎上記事は[現代ビジネス]からの転載・引用です *強調(太字・着色)は来栖
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◇ 『I am ICHIHASHI 逮捕されるまで』予告編
◇ 市橋達也被告の生い立ちと逮捕までの逃亡生活
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◇ 〔リンゼイさん事件〕市橋達也被告手記『逮捕されるまで 空白の2年7ヶ月の記録』/吉村昭著『長英逃亡』
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