菅首相よ、東電に乗りこんで怒っている場合か/命をかけて前線現地で情報を収集する政治家の姿を見たい

2011-03-16 | 政治

菅首相は東電に乗りこんで怒っている場合か 原発事故の対応に見る旧日本軍の悪しき伝統
JB PRESS 2011.03.16(Wed)木下 敏之
 3月15日時点までの福島の原発事故の報告の記者会見を見ていると、原子力安全・保安院の方も東京電力の関係者も、情報を意識的に隠しているのか、それとも本当に詳しく知らないのか、なんとも判断に苦しみます。
 ただ、15日に菅直人首相が東電本社に乗り込んで怒りをぶちまけた時の発言を聞いていると、情報が上がってくるのが遅いため的確な対応を打てないので困っている、というよりも、「聞いてない!」「知らされていない!」ことを感情的に怒っている感じがします。
 私も市長をしている時に何度か小規模な災害を経験しましたが、小規模であってもやはり現地は混乱するので、なかなか情報が正確かつ迅速に上がってくるものではありません。
 ましてや、これまで経験のなかった事態ならなおさらです。私の経験でもそうでした。
 九州は台風被害や大水の被害は経験が豊富ですので、迅速に対応できるのですが、ある時、竜巻の被害が発生して、何百件という家の屋根が吹き飛びました。しかし、職員も私も最初のうちは何が起こったのかまったく分かりませんでした。
 そこで、市役所の災害指揮所から現地の公民館に指揮所を移し、その場から職員を情報収集に回らせ、被害の程度を把握して作戦を指揮したことがありました。
 小さな市であっても、やはり初めてのことだとなかなか情報が正確に入ってはこないのです。ましてや今回のような大規模かつ初めての原発事故なら、なおさら混乱を極めていると思います。
上級幹部こそ現場で情報収集を
 今回の件では、何号機で水位が下がった、何号機で爆発が起きた、という報道は多いのですが、現地に誰が派遣されて情報収集に当たっているのかが伝わってきません。報道もされていないし、それぞれの組織のウェブサイトにも発表されていないので、正確なところは分かりません。
 しかし、これまでの各組織の一連の記者会見の様子や、菅総理のご立腹の様子を見ていると、「内閣府や経済産業省の上級幹部が前線に出張っていって、そこで直接現場の情報を手に入れる」ということは行われていないようです。
 「上級幹部が前線に出ていかない」という戦前の日本軍以来の伝統が今回も繰り返されているのではないか、ということが気になります。
 日露戦争の時にはまだこのような「悪しき伝統」はなく、明治維新の生き残りの方々は、情報を直接に仕入れることの重要性を意識していたようです。
 これは有名な話ですが、なかなか攻略できない旅順を落とすために児玉源太郎・陸軍大将が乃木大将の応援に訪れ、最初にしたことは、司令部を、ロシア軍の砲弾が飛んでこない場所から、砲弾が飛んでくる可能性もある、前線にとても近い場所に移動させることでした。
 一方、太平洋戦争の時には、大本営の指揮命令を執る人たちが、南方の前線に赴いて直接に情報を取ることはめったにありませんでした。前線の経験のない大本営参謀が机の上で書く計画がどれほど現地の役に立たなかったか、そして何十万人もの戦死者につながったか、ということを指摘した戦記はいくつもあります。
 今回の大地震で、内閣府は非常に広範囲にわたる災害の復旧対策を指揮しなければなりません。中でも、原発事故で漏出した放射性物質の飛散を抑えることは、最重要課題の1つだと思います。
 福島の発電所の現地の対策本部がどのようになっているのかは分かりませんが、東電の役員クラスか、原子力安全・保安院の最低でも部長以上の幹部が駐在して、情報の収集と指揮に当たっていることを期待しています。
 できれば、内閣府の副長官の誰か、もしくは経済産業省の副大臣クラスの現場経験の豊富な人が発電所のそばに出向いて、情報を首相に直接提供するということが行われていると良いのですが。 
 こういった点では、災害対応を現場で指揮した経験のある首長OBの国会議員がいれば、なお良いでしょう。
非常時の危機管理の鉄則は守られたのか
 もう1つの心配は、これも日本軍の悪しき伝統である「戦力の小出し」が行われていないかということです。太平洋戦争当時、日本軍は戦力を各地に分散投入することが多く、陸・海・空の戦力を集中して作戦を行う米軍に敗れ去りました。
 今回の福島県の原発事故に対して、必要な資材と人間を最優先で即座に投入してきたかどうか。
 災害で苦しむ各地に、平均して資材と人間を投入するということではなく、「特定の地域に戦力を集中する」ということはリーダーしかできません。そして、その判断を支えるのが、現地のリアルな、そして速やかな情報の提供体制です。
 放射能の恐怖はもちろんあるでしょう。しかし、もしも菅総理の側近が発電所のそばにまだ駐在していないとしたら、今からでも直接に情報を取る体制を整えてはどうでしょうか。
 こんな時だからこそ命をかけて情報を収集する政治家の姿を見たいものです。現地の作業をしている人たちも大いに士気が上がると思います。
 災害の規模が大きくなればなるほど、正確かつ迅速な情報は入ってきません。重大な事案では、今までの情報伝達網をすっ飛ばして、直接に情報を取りにいくのが危機管理の鉄則の1つです
 今回は、その鉄則がどのように適用されたのか、いずれ検証が必要だと思います。
 菅総理が東電幹部に「あなたたちしかいない。撤退などあり得ない。覚悟を決めてください」というのではなく、「俺たちが引き受けるから現地に幹部を出そう」と言ってほしかった。
 東電本社で威張っても解決にはつながりません。
〈筆者プロフィール〉
木下 敏之 Toshiyuki Kinoshita
 1960年、佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業。農林水産省を経て、99年佐賀市長選挙に39歳で当選。6年半にわたって市長を務め、福祉、教育、IT、観光、入札などの改革を成し遂げた。現在はITと省エネのベンチャービジネスに携わりながら、自治体改革の講演やコンサルティングを行っている。
 新・地方自治論 政権交代が成し遂げられ、脱官僚、地方分権への期待が高まる。しかし、地方が抱える本当の問題や、裏側にひそむ原因はなかなか見えてこない。元官僚、元佐賀市長である筆者が現場の経験を踏まえて、地方にまつわる問題の本質を明らかにし、改革への道筋を示す。


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