『ゲゲゲの女房』と母と「勝田清孝は、生きている」

2010-05-21 | 日録
 月曜から土曜日は、『ゲゲゲの女房』を視る。家人も、これを見た後、くうちゃん(愛猫)のお見送りを受けて出勤する(平日)。
 本日は、ちょっと胸がつまった。
 貸し本屋「こみち書房」の女主人美智子が、常連客太一に「(あなたのことを)心配させてよ。あなたは生きているから、(私は)心配することが出来る。死んだ者なら、心配できないじゃない」とかき口説く。失恋して半分やけっぱちになっている太一を心配する美智子は、生きていれば太一と同じ年ごろの息子と幼い日に死別している。
 「あなたは生きているから」の言葉に、私の古い記憶がよみがえった。
 手記にも書いたことだが、昔むかし、勝田清孝との交流が始まって間もない頃だった。私のことを死刑廃止運動者と誤解した勝田が「もう、手紙は要りません。私も書きません」と断絶を言い渡してきた。びっくりしたが、当時の私には、誤解を解く熱心さも知恵もなく、諦めた。
 ただ、なぜか顛末を母に手紙で話した。状況を打開したいなどという気持ちではなく、何となく話したのである。
 驚いたことに母は、「あきらめては」ならないと書いてよこした。母の若いときの婚約者はレイテの海に戦死していた。そのことを話しながら母は、「勝田さんは、生きている。居所も判っている。何も、諦めなくてはならないことはない。手紙を書きなさい。誤解を解きなさい。武本(母の婚約者)は、死んでしまった。南方の艦隊勤務というだけで、居所も判らなかった。・・・人間は、生きている以上、諦めてはならない。勝田は、生きている」と言うのだった。そして母は、直接勝田に手紙を書いた。「娘は政治的な運動をする人間ではありません」などと、縷々書いた。
 私は母によって、「生と死を分けるもの」を知ったように思う。勝田のことでは、さまざまに苦難があった。その時どき、私を訪れて励ましてくれたものは、あのときの母の言葉であった。「勝田は、生きている」という言葉であった。
 愛おしい母。あなたのおかげで、こんにちの私のすべてがある。いのちがある。幸いがある。思念がある。あなたが生きてくれている。ありがとう。愛おしい、かけがえのない私の母。

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