【滋賀・呼吸器事件 再審決定】供述弱者を守れ 「はい、逮捕」 “一丁あがり”とでも言うような口ぶりだった

2017-12-22 | 身体・生命犯 社会

滋賀・呼吸器事件 再審決定

2017年12月10日 朝刊
西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 2人の祖母、私の無実信じてくれた 秦融(編集委員)

   
     出所後の美香さんは、母方の祖母の墓参りを日課にしている=滋賀県彦根市内で
  八月二十四日に和歌山刑務所を出所して以来、西山美香さん(37)が日課にしていることがある。自宅近くにある母方の祖母の墓参りだ。
 「仕事が休みの日に二人で買い物したり、食事に行ったり。けんかもよくしたけど、本当にかわいがってくれました。プリクラを撮ったのが、最近出てきたんですよ」
 美香さんは、おばあちゃん子だった。同居の母方の祖母と、少し離れたところに住んでいた父方の祖母。「どちらにも敬老の日や誕生日には服をプレゼントしてました」。父親の輝男さん(75)と母親の令子さん(67)は二人の兄の進学費用のために共働きで忙しく、幼い頃から美香さんの遊び相手は祖母たちだった。
◆落胆の両親を説得
 二〇〇四年七月に美香さんが逮捕されたとき、警察は「本人が自白している」と発表。うちひしがれる両親に対し、特に父方の祖母は「美香はそんなことできる子やない。親が信じてやらんと誰が信じてやるねん」と説いた。面会を重ねるうち輝男さんは「娘はわけがわからないまま、警察のいいように自白させられたことがわかってきた」という。
 父方の祖母は逮捕翌年の〇五年、母方の祖母は一一年に亡くなった。収監中、美香さんが両親にあてた手紙に、父方の祖母が夢枕に立ち、無実の訴えが届かず自暴自棄になって自殺未遂を繰り返した美香さんを諭す話が出てくる。
 「今日夢の中に八町のおばあちゃんが出てきた。私にかたりかけてくるねん。それでなあ、『お父さんお母さんが外で辛(つら)い思いして、かたみのせまい思いしてるやん。でも美香の無実を信用して絶対そんなことないって思っているからそこで住めるんやし、がんばってお父さんははたらいておれるんやで。それに美香はまだこっちの世界にくるには、早すぎる』って言うねん。『これから辛いことも多いし、また死にたいと思う時がくるとおもうけどなあ、辛いことあった分、うれしいことや幸せなことがきた時の感激は人一倍やで』と言うねん。『辛い分幸せもやってくるし…』って。なんかふしぎな気持ちになったんよ。もうちょっとがんばってみようかなって」(〇七年の手紙、抜粋)
 その夢には、こんな続きがある。
◆にげてたらあかん
 「次に、私がまだお母さんのおなかの中にいる時のことが出てきた。3人目でお父さんがお母さんに『女の子やったらいいのに。でも男の子でも2人みたいにかわいい子がいいなあ』って言ってるねん。それでなあ、私が産まれて当然女の子やからめちゃくちゃよろこんでくれとったんやけど、成長がめっちゃおそかったから病院つれていってもらっても異常がなくて、でもお母さん、その時めちゃ心配で、『この先この子ふつうの子と同じようにできるんやろか』とか言ってるねん。でも『この子がどんな障害をもっていても私らの大事な子供やから20才になるまではてしおにかけて育てていこうな』って言ってるん」(同)
 祖母と両親が出てくる夢の話をつづった後、手紙は気持ちを奮い立たせるように「にげてたらあかんのやと思えるようになってきたん」と結ぶ。
 再審に向けての日々は、夢を見たころと同じように「先が見えず、本当に精神的につらい」という。「自分だけのことなら、やめたい、と思ったことが何度もある」とも打ち明ける。
 「でも、両親が自分よりもっとつらい思いをしていることが分かるから、親のためにあきらめちゃいけない、と思い直すんです」
 二人の祖母、両親に続いて「私を信じてくれる」人の輪は恩師、友人、近所の人たちへと静かな広がりを見せ、出所後を生きる美香さんの心の支えになっている。
◆配慮欠く取り調べ、尋問横行
 私たち取材班は一年前、西山美香さんが獄中から親に送った三百五十通余に及ぶ手紙を読み、「殺ろしていません」(原文のまま)と繰り返す切実な訴えを知った。裁判資料を調べると、逮捕前も逮捕後も、取調官に誘導されたような痕跡が随所にあった。
 取材班は弁護団と協力し、精神科医と臨床心理士とによる獄中での知能・発達検査を実施。美香さんが「防御する力が弱い」供述弱者とわかった。密室の取調室で自暴自棄に陥って自白させられ、取調官の意のままに供述を誘導された可能性が高い。事件死とした司法解剖鑑定書の正当性も疑わしく、脳死に近い終末期患者の病死が“事件”にされたのではないか、との疑念を持っている。
 日本の司法では、供述弱者に配慮を欠いた取り調べや法廷での尋問がいまだにまかり通っている。それが冤罪(えんざい)の温床になっているのではないか。再審を求め、供述弱者の視点で事件の検証を続ける。
 <事件経過> 滋賀県湖東町(現東近江市)の湖東記念病院で2003年5月、植物状態末期の男性=当時(72)=が死亡。04年7月、滋賀県警は当直の看護助手西山美香さん=当時(24)=が待遇が不満で殺害したとして逮捕した。05年大津地裁が懲役12年の判決。07年最高裁で確定後、再審請求。
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2017年12月17日 紙面から
西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 冤罪「同じ刑事に脅された」 成田嵩憲(大津支局)

  
  A刑事に肉体的、精神的に追い詰められ、自暴自棄になってうその自白をした当時の状況を語る男性
 精神的、時には肉体的な苦痛を与えられ、自暴自棄になり、「うその自白」をしてしまう。冤罪(えんざい)の典型的なパターンだ。対話力に支障のある「供述弱者」はひとたまりもない。
 脅しと懐柔。アメとムチ。密室の取調室で、パンチパーマのこわもて刑事を前にした場面を想像してみてほしい。少年や発達・知的障害のある供述弱者でなくても、いかに逃れるのが困難か。実際にやってもいない窃盗を自白させられ、冤罪で逮捕された被害者がいる。
 西山美香さん(37)の逮捕から十一カ月後の二〇〇五年六月、会社員の男性(50)=滋賀県=は仕事を終え、いつものように気晴らしでパチンコ店にいた。
 ふと気が付くと、自分の背後に複数の私服の刑事。呼ばれるまま、駐車場に連れ出されると「パチンコのカードを取っただろう」と言われた。身に覚えのないことで「知らない」と言うと、捜査の主導的な立場にいるらしい、パンチパーマの刑事が言った。「署に行こうか」。やっていないことなので、その方が早い、とその時は考えた。
◆「やっただろ」連呼
 便意をもよおし「トイレに行かせてほしい」と頼んだが、刑事は「だめだ」。警察車両に乗せられると、その刑事は「どうなっても知らんぞ」とすごんだ。警察の取調室。しばらくして、いきなりパンチパーマが足蹴りしてきた。胸ぐらをつかみ、背中を壁に押し付けられた。繰り返される「やっただろ」。見覚えのある刑事ドラマのような場面に、犯人として自分がおかれている状況が、信じられなかった。
 パチンコ店の防犯カメラに写っていた映像を見せてきた。犯人の野球帽と口ひげは自分に共通するが、それだけだった。時間の経過とともに頭の中は、トイレに行きたい、でいっぱい。「もういいや」。自暴自棄。「私がやりました」。うその自白をすると、手錠を掛けながらパンチパーマはこう言った。
 「はい、逮捕」
 「一丁あがり」とでも言うような口ぶりだった。トイレを許され、手のひらを返したように優しくなった。
 真犯人が捕まったのは六日後。その翌日、新聞で当時の署長のコメントを見て驚いた。「自供の強要の事実は確認していない」。あきれた。前日、署長が自宅に謝罪に来た時、「うその自白」をさせられた経緯を事細かく話したからだ。その後、署でもパンチパーマを丸刈りにした刑事が床に手をついてわび、「けがは大丈夫ですか」と蹴りを入れた左すねを気遣ってもいる。
 「私にうそをつかせ、今度は署長がうそぶいた。警察の組織ぐるみの問題じゃないか、と思った」
 パンチパーマは他ならぬ、美香さんを取り調べ「(人工呼吸器の)アラームが鳴った」とうそを言わせたA刑事。「机をバンとしたりいすをけるマネをしたり」(弁護士あての手紙)「(死亡した患者の)写真を並べておいて、机に顔を近づけるような形に頭を押しつけました。怖くてたまらなかった」(上申書)。
 震え上がらせてまで「鳴った」と言わせたかったのは、当夜の当直責任者だった同僚のS看護師の過失責任を問うためだった。事件当初、警察が描いたシナリオはこうだ。
 <(1)呼吸器の管が外れた→(2)アラームが鳴った→(3)S看護師が居眠りして聞き逃した→(4)患者が窒息死>
 だが警察は「鳴った」という証言が病棟内の誰からも取れず、焦っていた。A刑事が「鳴ったはずや」と脅し、うその供述をさせたのが、この事件の出発点だ。そのまま進めば、S看護師が冤罪で逮捕されてもおかしくなかった。
 (1)は誤りだったのに、患者を「窒息死」とした司法解剖鑑定書は「外れていた」という誤った事実を根拠にしており、証拠能力は極めて疑わしい。
 (2)も誤りで、現実には鳴らなかった。植物状態の末期患者が自然に息を引き取っても当時の呼吸器のアラームは鳴らない。つまり、最も可能性の高いのは、このケースでよくある「病死」だ。事件性のかけらもなかったはずの出来事が、「うその供述」「うその自白」の積み重ねで架空の事件に至った疑いが強い、と私たちは考える。そのもとが、密室での強引な取り調べ手法だった。
◆「人ごとじゃない」
 男性は七年前の第一次再審で弁護団の求めに応じ、A刑事の暴力的な取り調べを詳述した陳述書を法廷に提出した。「西山さんは本当にかわいそうに思う。人ごとじゃない。だから協力しようと思った」。刑事と密室で向き合う取調室では、ないことがあったかのようにつくり出される。それを生身で体験した自分こそが、美香さんのために証言できると今も思っている。 (随時掲載します)

 ◎上記事は[中日新聞]からの転載・引用です
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【滋賀・呼吸器事件 再審決定】西山美香さんの手紙2(1~8) 中日新聞2017/7/9~8/27
【滋賀・呼吸器事件 再審決定】西山美香受刑者の手紙(上・中・下) 中日新聞2017/5/14~28 
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2017.12.22 05:04更新
【産経抄】無実の人がなぜ「自白」するのか 12月22日
 「出歯亀」という言葉は、明治時代に起きた強姦(ごうかん)殺人事件に由来する。犯人の亀太郎は出っ歯で、女湯のぞきの常習者だったことから、変質者をこう呼ぶようになった。ただし殺人事件については、冤罪(えんざい)の可能性が高い。やってもいない犯行を自白したらしい。
 ▼拷問など暴力的な取り調べが当たり前だった当時なら、さもありなん。もっとも現代でも、無実の人が虚偽の自白をする場合がある。たとえば恩人が罪を犯し、自分が身代わりになる。世間を騒がすような事件が起こると、有名になりたくて名乗り出る人もいる。
 ▼心理学者の浜田寿美男さんが、冤罪につながりかねないと、特に問題視するのは、「強制迎合型虚偽自白」と呼ばれるタイプである。「被疑者が自分はやっていないとはっきり分かっているのに、取調べが辛(つら)くなって、取調官に言わば『迎合』して虚偽自白してしまう」(『「自白」はつくられる』ミネルヴァ書房)。
 ▼元看護助手の西山美香さん(37)も、迎合してしまったのか。滋賀県内の病院に勤務していた平成15年、当時72歳の入院患者の男性を死亡させたとして、殺人罪で懲役12年が確定した。「人工呼吸器のチューブを外しました」。西山さんは今年8月に刑期を終えるまで、自白を悔やみ続けてきた。
 ▼大阪高裁は20日、裁判のやり直しを求める西山さんの訴えを認め、再審開始を決めた。裁判長は自白の信用性に疑問を投げかけ、「自然死の疑いがある」と判断した。西山さんは虚偽の自白をした理由をこう語る。
 ▼刑事が親身になって身の上話を聞いてくれると「うれしくて、好きになってしまった」。「振り向いてほしいと思った」。にわかには信じがたい。しかし、人間の心はまだまだ謎だらけである。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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