
刑務所が負わせられている役割
BLOGOS 2010年11月04日11時00分 赤木智弘の眼光紙背:第156回
俗に「民間刑務所」といわれる刑務所に支払われていた受刑者の食材費が、必要よりも5億以上、無駄に支払われていたことが、会計検査院によって指摘された。(*)
理由としては、食材費の支払いは、十分な収容人数を見込んでの事前の一括払いであったが、実際の収容人数が少なかったことから、多くの無駄が発生したとされている。
しかし、おかしいではないか。これまでニュースなどでは、散々「刑務所が溢れている」と言われてきた。にもかかわらず、収容人数が定員の5割に満たない刑務所があるというのは、どういうことだろうか?
世間的にはこれまで散々「刑務所が足りない」ということが言われていた。確かに、平成21年版の犯罪白書によれば、平成20年の12月31日の収容率は87.6%(*2)と落ち着いているが、平成5年頃から大幅な増加があり、一時期は100%を超えるなど、過剰収容が問題になっていた。しかし、刑務所を増設するのも、土地の問題や地域住民との軋轢といった、さまざまな問題が発生する。
今回の記事にある民間刑務所こと「社会復帰促進センター」は、そうした慢性的な刑務所不足を解消するために、初犯で刑が軽く、社会復帰が容易であろう受刑者に限って収容する、半官半民の刑務所である。
ところが、今回の記事を見るに、社会復帰促進センターの収容率は、播磨以外は、平均的な収容率から比べるとはるかに少ない。もちろん、刑務所に人が少ないのは結構なことなのだが、なんとなく引っ掛かりを感じないだろうか?
先ほども書いた通り、社会復帰促進センターは、初犯で刑が軽く、社会復帰が容易であろう受刑者に限って収容するという性格がある。そうした施設の収容率が低いということから、初犯で刑が軽く社会復帰が容易であると考えられる受刑者が、思ったより多くないのであろう現状が伺える。
では、やはりテレビのニュースショーが盛んに叫ぶように、凶悪犯罪が急増により刑務所が溢れ、昼間のB級映画に出てくるような筋骨隆々の極悪人が「俺は10人殺ったぜ!」などと豪語しながら、刑務所の中を我が物顔で闊歩しているのであろうか。
たとえば、殺人については、認知件数も検挙人数も、昭和3、40年代からは確実に少なくなり、現在はほぼ横ばいである。殺人だけですべてを語るわけにもいかないが、少なくとも単純に現代の人達が、単純に凶悪化しているわけではないことぐらいは認識できる。
犯罪白書の執筆にも携わり、刑務所内での勤務経験もある、大学院教授の浜井浩一は、『犯罪不安社会』(光文社新書)の中で、刑務作業に必要な人員を容易に集めることのできない刑務所の現実を暴露している。新たに入ってくる受刑者の多くが、高齢や、疾病や身体の障碍や、知的障害や、日本語の読み書きができない外国人であるなど、ハンデキャップを抱えているために、刑務作業に就かせられないのだという。
また、元衆議院議員のジャーナリスト、山本譲司も、著書『累犯障害者』(新潮社)において、自身の服役経験から、福祉の網の目からこぼれ落ちた知的障碍者たちが、かろうじて刑務所の中で生かされている現実を暴き立てている。
元のニュース記事では、あくまでも「社会復帰促進センターの収容人数に応じた食材費が設定されておらず、無駄金を支払っていた」ことを問題が問題になっている。
しかし、その背景として、社会復帰促進センターが収容するような、社会復帰が容易であろう受刑者というのは決して多くない。むしろ、社会復帰がきわめて難しいであろう、ハンデキャップを持つ人の存在が、刑務所の過剰収容の原因になっているという現実がある。
浜井浩一は、『犯罪不安社会』の中で、この社会復帰促進センターについても触れ、こうした施設を造ったとしても「一定レベルの作業能力のある受刑者を確保することは容易なことではないと思われる」としている。そして実際、これらの施設に一定レベルの作業能力のある受刑者が集まらないからこそ、こうした大幅な定員割れ、そして食材費の無駄が発生してしまったのである。
それは決して「食材費の見積もりで損をした」という話ではなく、変な言葉だけれども「刑務所のニーズ」、すなわち「刑務所を必要としているのが、どのような人達か」という、重要な見積もりを失敗しているというのが、今回触れたニュースの本質である。
私たちが何気なく考える刑務所の役割は、1つが犯罪者を閉じこめること、もう1つが、犯罪者を刑務所の中で再教育し、「まっとうな人間」に矯正することである。
しかし、薄氷のように脆弱な社会保障制度しかもたない日本では、福祉の網の目から溢れ、社会の中で生きていくことができない人が逃げ込む、駆け込み寺としての役割までもを、刑務所に負わせてしまっているのである。
このニュースのみならず、刑務所関連のニュースは、常に刑務所が負わせられている役割を意識して見聞きしないと、その本当の意味を掴み損ねることになってしまうだろう。
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*民間刑務所ガラガラで食材費5億円余が無駄に 会計検査院が指摘
産経ニュース2010.10.26 17:17
刑務所の過剰収容が問題となった後、平成19年度以降に相次いで設立された「民間刑務所」が予定より収容人員が少なく、食材費が余ったのに事前の一括払い契約にしているために約5億3千万円が無駄になったとして、会計検査院は26日、精算払いにするなどの方法で無駄をなくすよう法務省に求めた。
検査院の調査対象となったのは、19年度以降にPFI方式で運営された美祢(山口県美祢市)、島根あさひ(島根県浜田市)、播磨(兵庫県加古川市)、喜連川(栃木県さくら市)の4つの社会復帰促進センター。
センターはいずれも事業費の中に刑務所の収容者に出す食事の食材費を含め、毎年度四半期ごとの均等払いとし、19~21年度に19億351万円を支払っていた。ところが定員に達すると見込んでいた時期の収容人員は美祢が477人(47・7%)、島根あさひ908人(45・4%)、播磨704人(70・4%)、喜連川1146人(57・3%)でいずれも定員割れだった。
その後も定員割れの状態は続き、実際にかかった食材費は約13億7169万円で、支払った額との差額約5億3180万円が無駄となっていた。
検査院は新たに既存の刑務所の一部を民間事業者に委託した静岡、笠松、黒羽などの刑務所のケースでも実績に応じた精算払いとなっていることから、4つの社会復帰促進センターについても同様の契約方法に見直すよう法務省に求めた。
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◆山本譲司著『累犯障害者』
BLOGOS 2010年11月04日11時00分 赤木智弘の眼光紙背:第156回
俗に「民間刑務所」といわれる刑務所に支払われていた受刑者の食材費が、必要よりも5億以上、無駄に支払われていたことが、会計検査院によって指摘された。(*)
理由としては、食材費の支払いは、十分な収容人数を見込んでの事前の一括払いであったが、実際の収容人数が少なかったことから、多くの無駄が発生したとされている。
しかし、おかしいではないか。これまでニュースなどでは、散々「刑務所が溢れている」と言われてきた。にもかかわらず、収容人数が定員の5割に満たない刑務所があるというのは、どういうことだろうか?
世間的にはこれまで散々「刑務所が足りない」ということが言われていた。確かに、平成21年版の犯罪白書によれば、平成20年の12月31日の収容率は87.6%(*2)と落ち着いているが、平成5年頃から大幅な増加があり、一時期は100%を超えるなど、過剰収容が問題になっていた。しかし、刑務所を増設するのも、土地の問題や地域住民との軋轢といった、さまざまな問題が発生する。
今回の記事にある民間刑務所こと「社会復帰促進センター」は、そうした慢性的な刑務所不足を解消するために、初犯で刑が軽く、社会復帰が容易であろう受刑者に限って収容する、半官半民の刑務所である。
ところが、今回の記事を見るに、社会復帰促進センターの収容率は、播磨以外は、平均的な収容率から比べるとはるかに少ない。もちろん、刑務所に人が少ないのは結構なことなのだが、なんとなく引っ掛かりを感じないだろうか?
先ほども書いた通り、社会復帰促進センターは、初犯で刑が軽く、社会復帰が容易であろう受刑者に限って収容するという性格がある。そうした施設の収容率が低いということから、初犯で刑が軽く社会復帰が容易であると考えられる受刑者が、思ったより多くないのであろう現状が伺える。
では、やはりテレビのニュースショーが盛んに叫ぶように、凶悪犯罪が急増により刑務所が溢れ、昼間のB級映画に出てくるような筋骨隆々の極悪人が「俺は10人殺ったぜ!」などと豪語しながら、刑務所の中を我が物顔で闊歩しているのであろうか。
たとえば、殺人については、認知件数も検挙人数も、昭和3、40年代からは確実に少なくなり、現在はほぼ横ばいである。殺人だけですべてを語るわけにもいかないが、少なくとも単純に現代の人達が、単純に凶悪化しているわけではないことぐらいは認識できる。
犯罪白書の執筆にも携わり、刑務所内での勤務経験もある、大学院教授の浜井浩一は、『犯罪不安社会』(光文社新書)の中で、刑務作業に必要な人員を容易に集めることのできない刑務所の現実を暴露している。新たに入ってくる受刑者の多くが、高齢や、疾病や身体の障碍や、知的障害や、日本語の読み書きができない外国人であるなど、ハンデキャップを抱えているために、刑務作業に就かせられないのだという。
また、元衆議院議員のジャーナリスト、山本譲司も、著書『累犯障害者』(新潮社)において、自身の服役経験から、福祉の網の目からこぼれ落ちた知的障碍者たちが、かろうじて刑務所の中で生かされている現実を暴き立てている。
元のニュース記事では、あくまでも「社会復帰促進センターの収容人数に応じた食材費が設定されておらず、無駄金を支払っていた」ことを問題が問題になっている。
しかし、その背景として、社会復帰促進センターが収容するような、社会復帰が容易であろう受刑者というのは決して多くない。むしろ、社会復帰がきわめて難しいであろう、ハンデキャップを持つ人の存在が、刑務所の過剰収容の原因になっているという現実がある。
浜井浩一は、『犯罪不安社会』の中で、この社会復帰促進センターについても触れ、こうした施設を造ったとしても「一定レベルの作業能力のある受刑者を確保することは容易なことではないと思われる」としている。そして実際、これらの施設に一定レベルの作業能力のある受刑者が集まらないからこそ、こうした大幅な定員割れ、そして食材費の無駄が発生してしまったのである。
それは決して「食材費の見積もりで損をした」という話ではなく、変な言葉だけれども「刑務所のニーズ」、すなわち「刑務所を必要としているのが、どのような人達か」という、重要な見積もりを失敗しているというのが、今回触れたニュースの本質である。
私たちが何気なく考える刑務所の役割は、1つが犯罪者を閉じこめること、もう1つが、犯罪者を刑務所の中で再教育し、「まっとうな人間」に矯正することである。
しかし、薄氷のように脆弱な社会保障制度しかもたない日本では、福祉の網の目から溢れ、社会の中で生きていくことができない人が逃げ込む、駆け込み寺としての役割までもを、刑務所に負わせてしまっているのである。
このニュースのみならず、刑務所関連のニュースは、常に刑務所が負わせられている役割を意識して見聞きしないと、その本当の意味を掴み損ねることになってしまうだろう。
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*民間刑務所ガラガラで食材費5億円余が無駄に 会計検査院が指摘
産経ニュース2010.10.26 17:17
刑務所の過剰収容が問題となった後、平成19年度以降に相次いで設立された「民間刑務所」が予定より収容人員が少なく、食材費が余ったのに事前の一括払い契約にしているために約5億3千万円が無駄になったとして、会計検査院は26日、精算払いにするなどの方法で無駄をなくすよう法務省に求めた。
検査院の調査対象となったのは、19年度以降にPFI方式で運営された美祢(山口県美祢市)、島根あさひ(島根県浜田市)、播磨(兵庫県加古川市)、喜連川(栃木県さくら市)の4つの社会復帰促進センター。
センターはいずれも事業費の中に刑務所の収容者に出す食事の食材費を含め、毎年度四半期ごとの均等払いとし、19~21年度に19億351万円を支払っていた。ところが定員に達すると見込んでいた時期の収容人員は美祢が477人(47・7%)、島根あさひ908人(45・4%)、播磨704人(70・4%)、喜連川1146人(57・3%)でいずれも定員割れだった。
その後も定員割れの状態は続き、実際にかかった食材費は約13億7169万円で、支払った額との差額約5億3180万円が無駄となっていた。
検査院は新たに既存の刑務所の一部を民間事業者に委託した静岡、笠松、黒羽などの刑務所のケースでも実績に応じた精算払いとなっていることから、4つの社会復帰促進センターについても同様の契約方法に見直すよう法務省に求めた。
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◆山本譲司著『累犯障害者』