前向きな気持ちになれる、脳のリセット法 / 『忘れるだけでうまくいく 脳と心の整理術』

2012-04-22 | 本/演劇…など

前向きな気持ちになれる、脳のリセット法
PHP Biz Online 2012年03月05日
公開
茂木健一郎(脳科学者)
 《『忘れるだけでうまくいく 脳と心の整理術』より》
■無理に忘れようとしなくていい
  人はひどく落ち込んだ時、落ち込んでいる自分以外の姿を想像できないものです。たとえば、受験に失敗した、就職活動がうまくいかない、恋愛が破綻した、そのような時、仮に楽しいことがやってきても、「私に楽しいことなんてあるわけがない。こんなにも落ち込んでいるのだから」と考えてしまうのです。もしかしたら、「こんな失敗をした自分は、楽しんではいけないんだ」と自らを戒めてしまうのかもしれません。
  しかし本当は、自分の中に「何人もの自分」がいていいはずです。失敗してしまった自分、落ち込んでいる自分、でも友だちと遊んで楽しい自分、別のことを考えて嬉しくなる自分、というように。自分が子どもだった頃を思い返してください。友だちと喧嘩をして怒っていても、ご飯を食べたらおいしいし、何かいたずらをして両親に叱られても、テレビを見たらそんなことはきれいさっぱり忘れてしまう、何か悩みかあっても一晩寝たらすっかり元気になっていたのが子ども時代です。その頃の感覚を思い出して、僕たちも「何人もの自分」がひとりの人間の中に混在していることに慣れたほうがいいのです。
  落ち込んでいる時は、何をしたって今の状態は変わらないように思ってしまいがちですが、たとえ大失敗してしまったとしても、脳はその時々に合わせて切り替えることができます。大失敗した自分と、友だちと遊んで楽しんでいる自分が、同じ人間の中に同居していても不思議ではありません。自分の中には多様な自分がいると思えれば、気が楽になるのではないでしょうか。
  失敗してしまったことを無理に忘れようとする必要はありません。ただ、頭をその場その場で切り替えていけばいいのです。繰り返しになりますが、無理に忘れようとしても、かえってその対象に注意が向いてしまうので、むしろ別のことで気を紛らわせたほうがいいのです。そして他のことをやっている時でも、時々は「ああ、今、失敗したことを思い出してしまったな」という瞬間が訪れるでしょうが、それに対して神経質になる必要はありません。冷静にそんな自分を見つめ、徐々に今、没入していることに注意を再び向けていけばいいのです。
  頭の切り替えは、多様であればある程その人間の強みになります。何か失敗した時や落ち込んだ時に、お酒を飲んで紛らわすことしかできない人よりは、読書、アウトドアなど没頭できる趣味や友だちと会うなど、手持ちのカードがいくつもあったほうが、よりひとつのことにとらわれなくて済みます。いろいろ経験することで自分の中に多様なカードを用意しておくと、いざという時に柔軟に対応できる自分になれるはずです。
■新しいものを好む脳の性質を利用する
  人間の脳は、新しいものを好むネオフィリア(neophilia)という性質を持っています。この地球上で人間だけが進化と繁栄を得たのは、人間が新しいものを好む性質を持っていたからだといっても過言ではありません。
  これは裏を返せば、人間の脳にとっては退屈が一番の敵だということです。もっとも、退屈を感じるということは、その人が成長している証拠でもあります。子どもの頃を思い出していただければ分かるかと思いますが、子どもはすぐに退屈します。子どもの脳がそれだけネオフィリアの性質を強く持ち、新奇のものが脳の栄養素となっている証拠です。
  大人でも「いつも楽しいことを探し出しているから、退屈なんてしないよ」という人は、いいでしょう。脳も新しい栄養を摂って成長できているからです。しかし、特に新しいことをするでもなく毎日を惰性で生きているだけなのに、退屈を感じなくなるとしたら、それはちょっと危険信号です。退屈を退屈と感じない、それは脳の成長が低下気味だからかもしれません。
  退屈の空気の中に長い間浸っていると、人間の脳はだんだん退屈に慣れて成長が止まってしまいます。そうならないうちに、自分の退屈感を察知して、ネオフィリアを満足させる行動を新たに見つけ出すことが大切です。
  これも子どもと比べることになってしまいますが、幼稚園や小学校、中学校の頃までは、学校の先生や大人たちがいつも新しい課題を与えてくれました。宿題や推薦という形で、新しいテーマを子どもに提供し、子どもはそれらに挑戦することで自身のネオフィリアを満足させてきたのです。ところが大人になると、ほかの誰かが新しい課題を見つけ出して与えてくれるわけにはいかなくなります。大人は経験がある分、自分で工夫して新しい刺激をつくり出していかなくてはならないのです。
  僕の場合は、本を読むことでネオフィリアを満足させています。本は読み始めれば、一瞬で違う世界に連れて行ってくれるものです。また本のいいところは、読む本を替えれば、また別の世界に飛んでいけることです。1冊の本はいつか終わりがくるでしょうが、この世にある本に終わりはありません。どれだけ僕が読んでも、まだ僕自身のネオフィリアを満足させてくれる本はいくらでもあるということです。僕は同時期に数冊の本を並行して読む癖がありますが、これも1冊の本を読むのに少し飽きたら、別の本を手に取ることができるという、退屈予防のための作戦です。
  また、音楽を聴くのもお勧めです。音が流れてきた瞬間、気分はパツと変わります。様様なジャンルの音楽をその日の気分で替えていくことで、音楽を聴くという同じ行動の中でも、気分を変えることができます。また、最近ではコンピュータを使って簡単に自分で音楽をつくれるようになってきていますので、それらを使って自分で音楽をつくってみるのも面白いと思います。たとえばアップルが開発・発売しているGarageBand(ガレージバンド)という初心者向きの音楽制作ソフトでは、楽器を練習したり、作曲したり、レコーディングを行うこともできます。その他にも、音声や動画、静止画などを組み合わせたマルチメディアタイトルを制作するためのソフトも充実しています。
  今の時代は、かつてのように本を読んだり音楽を聴いたりという受動型の方法ばかりではなく、自ら音楽や動画を制作するなどの能動的な方法を使って、自分で楽しみをつくることができるようになっています。退屈しない方法はいくらでもあり、自分のネオフィリアを満足させられるかどうかは自分の工夫次第なのです。
  今、ご紹介した方法はすべてひとりでできることでしたが、人と関わることでもネオフィリアを満足させることはできます。たとえば人との会話は退屈することがありません。会話とは常に未完成で、そこから未知の要素を見出せるからです。
  もし、誰かと話していて退屈だと感じるとすれば、それは相手があなたに対して、ある一面しか見せていないからでしょう。その一面だけで付き合っていれば退屈してしまうかもしれませんが、どんな人でも絶対に奥行きと広がりを持っているものです。その奥行きと広がりをつかめるような会話をこちらが繰り出すことができれば、誰と話していても興味深い時間を過ごすことはできます。
  脳は退屈するとどうしても、考えなくてもいいようなネガティブなことを考えてしまう癖があります。退屈しないように生きていくことで、脳を健康に保つこともできるのです。
 茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
 脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別研究教授
 1962年、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。
 主な著書に『脳を活かす勉強法』『脳を活かす仕事術』『脳を活かす生活術』『脳は0.1秒で恋をする』『「読む、書く、話す」脳活用術』『ネットアスリートの時間術』『あなたにもわかる相対性理論』『ひらめきの導火線』『感動する脳』(以上、PHP研究所)『脳と創造性』(PHPエディターズ・グループ)『脳と仮想』『ひらめき脳』(以上、新潮社)『思考の補助線』『「脳」整理法』(以上、筑摩書房)『脳とクオリア』(日経サイエンス社)『脳内現象』(日本放送出版協会)『トゥープゥートゥーのすむエリー星』(毎日新聞社)などがある。
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「ミドルメディア」で日本の言論界が変わる 茂木健一郎×上杉 隆  『Voice』2012年5月号 2012-04-21 | メディア 


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