【キブンの時代】第1部 考えはどこに(6)「KY」恐れ言葉喪失 心地よい空間で安らぎたい

2010-01-07 | 社会
【キブンの時代】第1部 考えはどこに(6)「KY」恐れ言葉喪失 心地よい空間で安らぎたい
産経ニュース2010.1.7 10:00
 「暴走老人!」。芥川賞作家の藤原智美(54)が平成19年に出版してヒットした、高齢者の問題行動を描いた本のタイトルだ。
 藤原は、この印象的なタイトルを決めるとき、類似があるかどうかインターネットで調べてみた。自転車を暴走させたなど文字通りの「暴走老人」という言葉が2件ヒットしただけだった。ところが出版3日目、ふと再び調べてみると「暴走老人」という言葉のヒット数は100万を超えていた。もちろん、その時点でそこまで本は売れていない。
 「読んでもいないのに、大勢の人が気分に合ったキャッチフレーズに飛びついて、思ったままを書いていた。何も考えない“気分の時代”の典型例」。藤原は苦笑する。
 気分に合ったものに囲まれて過ごしたい。誰もが思うが、最近はその傾向が顕著だ。
 慶応大グローバルセキュリティ研究所の研究員、酒井信(まこと)(32)は学生の指導をしているうちに気づいた。「リポート提出が遅れます」などあまりよくない情報はメールで知らせてくる学生が多い。
 「情報量が急増していても、インターネットでは快・不快の選別が簡単にできる。自分の気分に合う快の情報だけ集めて暮らし、不快なことはメール1本で済ませられる」
 根底には「人間関係がフラット(平ら)になっていることもある」と酒井はみている。
 かつては上司-部下、先輩-後輩など理屈を超えて従うべき縦関係があった。不快なことも時には強いられた。今、理屈に合わない服従を強いれば「パワーハラスメントで糾弾される」(酒井)。好き嫌いで判断し、気分のいい状況ばかり求めても、誰にも責められない。
嫌な気分を避けるために過剰な配慮をする。
 東京経済大コミュニケーション学部教授の川浦康至(やすゆき)(58)はある会合での学生のあいさつに面食らった。「では、これからごあいさつさせていただきます」という奇妙な敬語だったからだ。川浦は「何でも丁寧に言えばいいと思っている。一種の思考停止と言っていいくらいだ」という。
 「人は皆、それぞれ考え方も違うし、それが当たり前。授業の実習で話し合わせると、そこで初めて、そのことに気づく学生が少なくない。『違っていていいんですね』と言いに来る学生もいる。自己抑制しているのかな」
 場違いな言動を「KY」(空気が読めない)と非難する風潮はいつごろからだったか。その場の気分を乱すことも、乱されることも最近では「悪」とされる。
 しかし、生々しい人間関係を苦手とし、気分のいい空間に安住することに藤原は危機感を抱いている。
 「エネルギーを使って気分を言葉にしてこそ自分の考えになり、社会にも問える。気分のままでは新しいものは生まれない。だけど言葉にして空気を壊すのが怖いのでしょう。“気分の時代”は言葉喪失の時代ともいえる」
 川浦の大学では3年生が就職活動の真っ最中だった。自分に向く仕事探しや就職試験のため、学生は自己分析に必死だという。川浦はその努力は認めつつも、こう思っている。
 「たかだか20年くらいの人生で、しかも生の経験が少ないのに、どんな自己分析ができるというのか。どんな仕事がいいかなんて、人にたくさんぶつかって、いろいろな経験をすれば十分なのに」(敬称略)
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