日本の選択点①ネットカフェ住民 安全網『雇用』か『福祉』か⑨派遣労働 解禁の弊害どう修正

2009-01-03 | 社会

2009年1月1日 中日新聞
 「百年に一度の」「未曾有の」という枕詞(まくらことば)がついた二〇〇八年が暮れ、〇九年が明けた。そして、突きつけられた問題は積み残しのまま。日本は「百年に一度」の岐路に立っている。しかし、私たちは傍観者ではいられない。今年は政権選択の選挙・衆院選が行われる。日本の針路を選ぶのは有権者である国民だ。新春にあたり、今年、日本が直面する問題をテーマに、日本の将来を選ぶ点「選択点」を考えたい。
 埼玉県蕨市にあるインターネットカフェは大みそかも満席だった。しめ飾りも、鏡もちもない。正月を想像させる華やかさはどこにもない。
 安田雅樹さん(48)=仮名=は、ここで九月から生活している。二〇〇七年ごろ「ネットカフェ難民」という言葉が生まれたが、今は定住する「カフェ住民」が大量にいる。実際、ここでは住民登録している人もいる。一・三畳の「自室」にはカップめんや衣類がすき間なく並ぶ。今は、さいたま市の工場で派遣の仕事があるが、三月に期限が切れる。
 「不安でたまらない。新年早々にここで住民票を取って、動きだしたい」
 だが安田さんが見つめる小型テレビからは明るいニュースは流れてこない。
 石山弘さん(33)=同=は、同県川越市のカフェを「定宿」にしていた。年末に仕事を求めて上京。だが、仕事にはありつけず、大みそかは「カフェに泊まるカネも底をついた」と言い、街へ消えた。
 カフェ住民たちの願いは仕事の確保。だが、正社員の道は遠く、昨年秋以降、派遣の仕事も滞りがちだ。
 カフェの長期滞在者は全国で約五千四百人。ほとんどは雇用保険の安全網(セーフティーネット)から抜け落ちている。
 その一方で、生活保護も受けていない。一因は、行政が「まずハローワークに」などと言って申請を断念させる「水際作戦」にある。厚生労働省は「面談の意思確認は、マニュアルを通じて指導している」と説明するが、相談に来た人の半数以上は、申請断念に追い込まれている。
 福井市の高川智一さん(48)=同=は昨年夏解雇され、カフェや公園で生活を続けた。所持金が数百円になった十一月のある日、意を決して生活保護を申請。雪が降っていた。だが窓口で「住み込みの仕事を見つけなさい」と言われた。支援組織の仲介で年末、保護決定が出て市営住宅に入ることができたが、危うく路上生活やカフェ住民に逆戻りしていたかもしれない。
 昨年、小林多喜二の「蟹(かに)工船」がブームになった。航海法も工場法も適用されない蟹工船で重労働を強いられる者たちが描かれている。雇用政策からはじかれ、生活保護も受けられずハウジング・プア(住の貧困)にさらされたカフェ生活者は、まさに「平成の蟹工船」だ。
 厚労省は彼らを「住宅喪失不安定就労者」と分類する。ホームレスは自立支援特措法の対象だが、ホームレスの定義は「公園、道路などに故なく居住する人」。カフェ生活者は「故なく」といえないので、ホームレスが受ける安全網さえない。
 生活保護申請を支援する反貧困ネットワークの湯浅誠事務局長は「今年は働く者の安全網充実元年に」と呼びかける。だが、国や自治体は生活保護の扶助水準引き下げを検討している。「福祉依存は就業意欲をそぐ」という考えが背景にある。
 カフェ住民ら困窮者に対し、政治は生活保護のような福祉の安全網を充実させるのか。就労支援で自立を促す雇用対策を優先するか。憲法二五条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を国民が享受できるのはどちらの道か。日本の根幹を決める選択点だ。2009年1月1日 中日新聞

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【新年企画-日本の選択点-】
<9>派遣労働 解禁の弊害どう修正
2009年1月10日
 当連載の第一回(元日付)で紹介した元「ネットカフェ住民」の石山弘さん(33)=仮名。昨年の大みそか、「カフェに泊まるカネも底をついた」と言い、街で姿を消したことまでは書いた。
 その後、石山さんは千葉で年を越し元日に再び東京へ。日比谷公園の「年越し派遣村」に加わった。人に施しを受けるのは性に合わない石山さんには、苦渋の決断だった。
 「でも派遣村に来てよかった」
 今、石山さんは振り返る。五日朝までテントで暮らし、その後は東京都中央区の施設へ移動。雇用、住宅などの相談を受け、生活保護申請もした。
 「やはりカフェ生活はダメ。一つのところに住んで働かないと心が荒れてしまう」
 そう語る目は、大みそかとは別人だ。
 デモにも参加。小さな声で叫んだ。
 「企業は労働者を守れ」
 「派遣切りするな」
 派遣村村長を務めた湯浅誠氏は「物事が動き始めていると感じる」という。実際、石山さんのように絶望のふちにいた者が、明かりを見つけた意義は大きい。
 ただ、派遣という存在をどうするのかという問題に向き合わなければ根本的な解決にはならない。 今回、多数の派遣労働者が失職した背景には、度重なる労働者派遣法の改正がある。専門職だけに認められていた派遣が一九九九年に原則自由化。二〇〇四年に製造業でも認められるようになった。製造業派遣の自由化は、政府の総合規制改革会議(宮内義彦議長)がけん引役になった。十五人の委員のうち十人を占めた経営者の意向が反映した改革だった。
 これにより、派遣は、企業にとって格安な「雇用の調整弁」に転落。派遣は今や無法地帯となっている。
 そこで問われるのは、今の派遣制度を維持して待遇改善を図るか、製造業派遣を禁止して終身雇用に誘導するかという選択だ。
 経済同友会の桜井正光代表幹事は「安全網充実や、解雇以外の方法を考える」などと待遇改善に前向きな姿勢を示すが、これは製造業派遣存続が前提だ。
 労働者側に立てば、派遣を専門職限定に戻し、事実上の終身雇用制度に戻した方が安心は得られる。だが、企業が採用を手控え、失業者が増える悪循環を生む可能性もある。
 石山さんは九日、紹介された練馬区のアパートに住むことを決めた。もう八年近くもカフェ中心の生活だったので、久しぶりの定住の地だ。これからは、初めての定職を探す。「できればホテルか飲食店の仕事につきたい。正社員で」という。 =おわり、関連<2>面
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 この連載は政治部・金井辰樹、高山晶一、原田悟、外報部・弓削雅人(前名古屋社会部)、社会部・安藤淳、経済部・石川智規が担当しました。
記事とアンケートへのリンク一覧
<1>ネットカフェ住民 安全網『雇用』か『福祉』か(2009年1月1日)
<2>新型インフルエンザ ワクチン3000万本順番は(2009年1月3日)
<3>高齢化マンション 『住の人権』どう規定(2009年1月4日)
<4>医療格差 不人気科どう人材確保(2009年1月5日)
<5>緑のニューディール 環境への投資どこまで(2009年1月6日)
<6>内定取り消し 若者にツケ いいのか(2009年1月7日)
<7>ODA 『もうかる援助』復活か(2009年1月8日)
<8>薬の通販規制 安全と利便 どちら優先(2009年1月9日)
<9>派遣労働 解禁の弊害どう修正(2009年1月10日)


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