東京都江東区で、東城瑠理香さんを拉致し殺害、遺体を切断してトイレから流したとされる星島貴徳被告の公判

2009-01-31 | 死刑/重刑/生命犯

【神隠し公判】「同情すべき生い立ちが犯行にいたった要因」…弁護側最終弁論
2009/01/26 14:49更新産経新聞
 弁護人が法廷で読み上げた星島貴徳被告に対する住居侵入、わいせつ目的略取、殺人、死体損壊・遺棄事件の最終弁論要旨は以下の通り。 
■犯行態様
 特に注目すべきは、殺害行為には特段の執拗(しつよう)性や残虐性がないことです。もちろん、被害者の首を包丁でひと突きにすることが残虐でないなどというつもりはありません。しかし、永山判決でいう「殺害行為の残虐性」とは、「特段の残虐性」と理解すべきですが、星島貴徳被告は東城瑠理香さんを目隠しし、殺害を気付かせないようにしつつ、首をひと刺しして殺害したものです。そこには例えば、「生きたまま灯油をかけて焼き殺す」「助けを求め懇願する被害者を無慈悲に殺害する」「執拗に何度も打撃を与えて殺害する」といった被害者への死の恐怖を継続的に味わわせるような残虐性や殺害行為を繰り返すような執拗さは認められません。
 今回の被害者は1人です。もちろん、人1人の生命が地球より重いという格言を無視するつもりはありません。尊い命が失われたことについては、冥福を祈るだけですが、死刑基準にいう結果の重大性は被害者の人数で判断されていることを無視すべきではありません。
■遺族の被害感情など
 東城さんの被害感情を無視できないことは当然であり、被告ともども弁護人としても十二分に認識しています。近隣社会に与えた影響や、多くのひとり暮らしの女性に与えた多大な不安感も無視できません。
■生い立ち
 星島被告は幼少時に誤って熱湯の風呂に落ち、両足にケロイドを伴うやけどを残しながら今日まで生きてきました。被告は検察官調書で以下のように述べています。
 「どこに転校しても、転校先の生徒ばかりか先生までもが、私の足ばかりを見ていました。私の足を見るほかの生徒の目は、同情や哀れみの目、気持ち悪い物を見るような目、私をさげずんだように見る目、バカにするのうな目ばかりでした。人と接しなければ、自分が傷つけられることもないと思い、なるべく人と接しないようにしていました。私のやけどの痕は、大きなコンプレックスになっていました」
 「思春期になったせいもあるでしょうが、学校で交際する男女が増えれば増えるほど、自分の足のことがコンプレックスになっていた私は『足にこんなにひどいやけどの痕がある自分なんかを、誰も好きになるわけがない。女性や恋愛なんて、自分とは関係がない』と思い、両親に対する恨みを深めていったのだと思います」
 「やけどが残るこんな体で、人並みに恋愛なんかできるわけがないと最初からあきらめていました。女性との恋愛とかは自分には関係ないと思っていたので、女性を好きになること自体を拒否していました。そして、誰も好きにならないように注意していました」
 「私は、ずっと自分には女性と縁がないとあきらめていました。やけどの痕が残るこの足では、人並みに恋愛したり、結婚することは無理だとあきらめていたのです。女性を好きになり、告白したりすると、足のやけどのことがあってふられるに決まっている。自分が傷つくのが怖いという気持ちが強かったために、自分で自分の感情を縛り付けていたのです」
 身体的な欠点についての悩みは、両親すら気付かず、星島被告が物心ついてから常にこの傷痕と向き合って悩み続けてきました。小中学校の同級生からは、さげすんだ目で見られたり、バカにされたりしました。体育の授業、特に水泳の授業などには参加できず、「足にこんなひどいやけどの痕がある自分なんかを誰も好きになるわけがない」「女性や恋愛なんて足にやけどの痕がある自分とは関係ないものだ」と思い、女性を好きになること自体を拒否し続けてきました。
 このような星島被告の判断が身勝手なものだと言ってしまえば簡単ですが、身体的欠陥は他人には理解できないことがしばしばあります。だからといって、人を殺害してもよいなどというつもりはありません。同じような身体的悩みを持ちながら真面目に生きている人は多く、被告もすでに34歳であり、思慮分別の備わった成人であります。
 しかし、被告の同情すべき生い立ちが、今回の犯行にいたった1つの要因であることも否定できません。
 ただし、弁護人も被告自身も、身体的悩みがあることで、犯行が許されるとは考えていないことを付け加えます。
■前科、再犯のおそれ
 星島被告の33年余の半生では、全く前科前歴がありません。幼少時から現在まで、学校で問題を起こしたり、両親が呼び出されたこともなく、会社で懲戒処分を受けたり、叱責(しっせき)をされたことすらありませんでした。そればかりか、勤務先では仕事ぶりが評価され、新人の面倒を見たりしながら、真面目に勤務を続けていました。
 星島被告は法廷で両親への恨みを述べていますが、内心に恨みを抱えていたとしても、実行に移したことは一切ありません。
 これまでに前科前歴がなく、長年恨みを抱いていた両親に対しても何ら現実の行動には至っていません。反省の情を考えると、今後同種の事件はおろか、いかなる犯罪にも至らないであろうことを確認しています。

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 【神隠し公判】裁判員制度を意識し判例提示 死刑選択はあるか?
1月27日0時9分配信 産経新聞
 東京都江東区のマンションで会社員の東城瑠理香さん=当時(23)=が殺害されバラバラにされた事件で、殺人罪などに問われた2室隣の星島貴徳被告(34)の論告求刑公判が26日、東京地裁(平出喜一裁判長)で開かれ、検察側は死刑を求刑。弁護側は無期懲役を求めて結審した。裁判員制度を前に、裁判所の判断が注目される。
 「検察官は視覚に訴える立証活動を行い、成功しているように思われる」「(星島被告は)『市中引き回し』に等しい扱いだった」…。弁護側は最終弁論で、検察側の立証手法について異例の指摘をした。生々しい肉片の写真や、遺体切断時の再現画像を大型モニターに映し出し、犯行状況を詳細に確認した被告人質問を指したものだ。
 裁判員制度をにらみ、検察側は「動機に酌量の余地があるでしょうか。いいえ、いかなる意味においても全くありません」と反語調で語りかけるように論告、「死刑。死刑に処すことを求めます」と「死刑」を繰り返して求刑した。
 検察側は、被害者が1人でも死刑判決が確定した過去の類似事件を例示した。(1)16歳の女子高生を拉致監禁、乱暴して絞殺し、遺体を山中に放置した「前橋事件」(2)7歳女児を誘拐、わいせつ行為をして溺死させ、遺体の歯をえぐり遺棄した「奈良事件」(3)19歳の女子短大生を監禁し、乱暴した後に焼き殺した「三島事件」-の3事件だ。
 さらに、「光市母子殺害事件」で広島高裁の無期懲役判決を差し戻した最高裁判決にも言及。「酌量すべき事情がない限り、死刑を回避できないとの基準が示された」と解説した。
 プロの裁判官には「釈迦に説法」の過去の判決をあえて説明した背景には、(1)死刑判決を求める検察側の強い意思を示す(2)裁判員裁判で“素人”が量刑を判断する際の基準を示す-との事情があったとみられる。
 国民の関心が高く、裁判員裁判の「モデル」と位置づけられている今回の公判。判決は求刑通り死刑となるのか、「死刑基準は被害者の人数によっても判断されている」と無期懲役を求める弁護側の訴えをくむのか、裁判所の判断が注目される。(小田博士)

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死刑? 無期? 検察側と弁護側の主張の“急所”は 神隠し殺人事件
1月31日14時33分配信 産経新聞
 東京都江東区のマンションで、2軒隣の東城瑠理香さん=当時(23)=を自室に拉致し殺害、遺体を切断してトイレから流したとして殺人罪などに問われた星島貴徳被告(34)に対する公判は、検察側が死刑を求刑し、弁護側は無期懲役を求めてすべての審理を終えた。検察側、弁護側双方とも犯行の事実関係での争いはないが、過去の判例による「死刑と無期」の見えない境界線を意識し、激しい応酬があった。「強姦は既遂ではない」「殺害方法の悪質性は」…。主張はいくつかの点で大きな隔たりをみせている。裁判官はどう判断するのか。判決は2月18日に下される。(芦川雄大)
■悪魔、鬼畜…「矯正は不可能」
 「人を人とも思わない残忍性は、被告が『人間の顔をした悪魔』であることを物語っています」
 「人としての思い、心情はかけらもありませんでした」
 「人を人とも思わない星島被告だからこそできた、まさに“鬼畜の所業”です」
 東京地裁で1月26日に開かれた第6回公判。検察側による公判の結論を意味する「論告」で、検察官は遺族席の前に立ち、弁護人の前の長いすに座る星島被告に向かい合う形で被告を糾弾した。
 「セックスで快楽を与えれば、100%自分の言うことを聞く女性を作れると思った」
 東城さんを拉致して「性奴隷にする」という信じがたい“妄想”の末の犯行。検察官は星島被告の人間性の欠如を訴えようとしているのか、「人」という言葉を何度も繰り返し使ったのが印象的だった。
 「被害者は人生の旅の途中でした」「被害者の魂は、今、遺族とともにあります」。論告には、分かりやすさが求められる裁判員制度を意識してか、通常の公判以上に感情的な表現が交えられた。
 「せめてウエディングドレスを着せて、棺に入れてあげたかった」(東城さんの母)
 「幸せになりたいと思っている女の子の希望、夢、未来を奪わないでください」(東城さんの姉) 遺族が法廷で述べた「思い」も多く引用。論告を読み上げる検察官が時折、涙声になる場面もあった。
 検察官の結論は「根深く、顕著な凶悪犯罪性向をみれば、これを矯正することは到底不可能」。「死刑、被告人を死刑に処すことを求めます」と、死刑の言葉を繰り返して論告を終えた。
 対する弁護人は「無期懲役の刑をもって、将来にわたって(被害者の)冥福(めいふく)を祈らせるべきだ」と主張。最後は星島被告自身が「どうしてこんなにひどいことをしたのか。1日も早く死刑にしてください。1日も早くお願いします」と述べ、傍聴席の遺族に向かって「すみませんでした」と初めて頭を下げ、約1時間40分の公判は幕を閉じた。
■殺害に残虐性はない? 事件の「見方」に大きな違い
 弁護側が無期懲役を主張したのをみても分かるように、検察側、弁護側双方とも判決は「重くて死刑、軽くて無期」と想定していることは間違いない。検察側の論告と、弁護側の最終弁論をもとに、双方の主張の違いを整理する。
 《殺害方法》
 「残酷で冷酷」(検察側)
 「特段の残虐性」はない(弁護側)
 《遺体解体と遺棄》
 ほかの事件に類を見ないほど細かく切り刻んでいる。遺棄方法も例がないほど巧妙(検)
 バラバラは(最高刑が)懲役3年の犯罪にすぎない(弁)
 《強姦》
 既遂ではない(検・弁共通)
 強姦しなかったのは、勃起せず、「できなかったから」にすぎない(検)
 《計画性》
 拉致時には殺害を考えていなかった(検・弁共通)
 殺害時には、遺体をバラバラにして存在を消すことを決めていた。邪魔になったら物のように消す(殺害)ことは、拉致時点で「必然」となっていた(検)
 《情状など》
 自己中心的で身勝手極まりなく、矯正は不可能。遺族が死刑を望んでいる(検)
 罪を認めている。ほかの事件の被告と比べ、例がないほど真摯(しんし)に反省している(弁)
 《社会的影響》
 再発防止できる量刑にしなければいけない(検)
 極めてまれな事件なので、死刑が一般予防につながるとは思えない(弁)
 犯行自体についての争点がないものの、犯行の“見方”をめぐっては、双方に大きな違いが生じていることが分かる。
■殺害1人でも死刑…検察官が根拠にする「3つの判例」
 検察官と弁護人の意見が分かれる中、裁判官が量刑を考える上で必ず検討するのが「判例」だ。類似の事件で過去に言い渡された判決のことで、判断に影響を与える。
 中でも、死刑の選択肢が議論される公判で言及されてきたのが、昭和58年の「永山事件」の最高裁判決だ。永山判決は死刑判決を下す場合の一般的な基準について述べたもので、今回の公判では検察側、弁護側双方が永山判決を引用し、ともに主張の根拠にしている。
 論告などによると、永山判決による死刑基準は(1)犯行の罪質(2)動機(3)態様、特に殺害方法の執拗(しつよう)性と残忍性(4)結果の重大性、特に殺害された被害者の数(5)遺族の被害感情(6)社会的影響(7)犯人の年齢(8)前科(9)犯行後の情状などを併せて考察したとき、その罪責が誠に重大(10)罪刑均衡の見地からも一般予防の見地からも、極刑がやむを得ない場合-とされる。
 これらが満たされれば、「死刑の選択も許される」というわけだ。
 “基準”にてらして、検察側、弁護側の応酬があったが、「永山判決は少年をやむをえず死刑にする場合の基準であり、被告が成人である今回の事件にはあまり関係がない」(沢登俊雄国学院大名誉教授、刑事法)との見方を示す専門家もいる。
 検察側はさらに、「永山基準」以外の「根拠」も示し、死刑を求刑した。
 今回の事件に近い事例として、「自分の性欲を満たすため、無差別に選んだ被害者1人を監禁後、摘発を逃れるために殺害した犯人」に死刑判決が確定している3つの判例(前橋事件、奈良事件、静岡・三島事件)を示したのだ。
 今回の事件はこの3つの判例と比べても、被害者の自宅に侵入し、縛るなどして反抗を抑えた▽死体をバラバラにし尽くした▽被害者の尊厳を愚弄(ぐろう)するように遺棄した▽冷然と捜査機関や社会を欺いて時間を稼ぎ、徹底した犯行隠しをした-ことが「より悪質」と主張している。
 さらに検察側は、「光市母子殺害事件」で、犯行当時18歳の少年に対する広島高裁の無期懲役判決を差し戻した最高裁判決に言及。「死刑を回避するに足りる『特に酌量すべき事情』が認められない限り、死刑を回避できないとする判断基準が示された」とし、今回のケースも「特に酌量すべき事情がないケース」と言い切った。
■弁護側が突く「強姦は未遂」と「殺害の残虐性のなさ」
 3つの判例ではいずれも、犯人が強姦やわいせつ行為をしているが、弁護側は審理の過程で、星島被告は強姦やわいせつ行為を実際に行っていない点を繰り返し主張した。これが、弁護側の反論の軸の1つともいえる。
 この点について、検察側は、星島被告が被告人質問で「(乱暴を)した、しないとかじゃなくて、できなかっただけです」と答えていたことをふまえ、「強姦しなかったのは、勃起する前に警察の捜査が開始されたからにすぎない」として、悪質性に変わりはないと主張している。
 さらに、弁護側が強調しているのは、「永山基準」に含まれている殺害方法の執拗性・残忍性についてで、「殺害方法に特段の残虐性はない」とした。
 「1人殺害で死刑」の3判例の殺害方法をみると、三島事件の犯人は、後ろ手に縛って路上に座らせた当時19歳の被害者に頭から灯油を浴びせ、髪の毛にライターで火をつけて焼き殺している。前橋事件では、当時16歳の女子高生が逃げようとしたところを首を絞めて失神させ、頭にポリ袋をかけてコードで絞め殺害。奈良事件では、当時7歳の小学生の女児を風呂で裸にして胸をさわっていたところを拒絶され、風呂に沈めて窒息死させている。
 これに対し、星島被告は刃物で首を一突きするという殺害方法だった。これが、「特段の残虐性」に当たるか否か…。
 検察側は「殺害方法としては珍しくない」としながらも、東城さんが縛られて動けなかったことを強調し、「動ける人を刺すのとは比較にならないほど残忍で冷酷」と断罪した。
 さらに「犯人は被害者を殺害する前から、遺体を解体、捨てることによる完全犯罪を計画している。こうした事件では、その行為も殺人事件の情状として十分に考慮するべき」と注文をつけている。 つまり、星島被告は殺害前から遺体をバラバラにして捨てることを決めているので、殺害行為そのものだけではなく、その日のうちに始まった徹底的な遺体損壊行為を「殺害行為の一環」として勘案してほしいということだろう。
 こうした論点について沢登名誉教授は「裁判官が殺人事件を審理する場合、特に『犯行の情状、社会への影響、動機』が量刑を考える上での3基準ともいえ、殺害した人数はそれほど重視されない。今回の事件では、殺害行為には当然ながらその後の損壊などの行為を含めて考慮することになり、被告の情状はこの上なく悪い。強姦が未遂であることもあまり関係ないのでは」と話す。
 今回の公判では、被害者の写真を生い立ちから振り返るスライドショーのようにして見せた。損壊された遺体の一部の写真もパネルで見せた。論告でもかなり感情的な言葉が使われた…。裁判員裁判を強く意識した公判。慎重に導き出された結論は、どんな量刑になるのだろうか。判決は裁判員裁判にも何らかの方向性を示す可能性がある。

 ◎上記事は[産経新聞]からの転載・引用です
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江東バラバラ殺人事件(星島貴徳被告) 2009/02/18 東京地裁判決要旨
江東バラバラ殺人事件 検察、上告を見送る方針 2009/9/19 星島貴徳被告、無期懲役確定へ 
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