聖書---5度目の和訳(上)翻訳広がり深まる理解

2019-03-06 | 文化 思索

聖書---5度目の和訳(上) 世界のベストセラー 翻訳 広がり深まる理解 
中日新聞 2019/2/26(火曜日) 渡部 信(わたべ・まこと=日本聖書協会総主事)
 「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」
 新約聖書ヨハネ福音書の冒頭にある一節です。
 ヘブライ語(旧約聖書)とギリシャ語(新約聖書)で記された聖書は、その時代、その地域での翻訳により、歴史上もっとも多くの人に読まれてきた世界のベストセラーです。
 日本では、1887年に初めて日本語に翻訳した「明治元訳聖書」が発行されました。そして2018年12月、日本聖書協会は5回目の和訳聖書「聖書協会共同訳聖書」を発刊しました。
 かつて一部の聖職者やエリートの独占物だった聖書は、15世紀半ばにグーテンベルクが発明した印刷機で大量印刷が可能となり、16世紀から17世紀にかけて広く信者に伝わりました。ドイツでは、宗教改革を主導したルターが新約聖書をわかりやすいドイツ語に訳し、イギリスでは17世紀初めにジェームズ1世が英語の欽定訳聖書を出版しました。さらに、大航海時代に宣教師が世界の果てまで布教した結果、各国語による翻訳が進み、世界に隈なく頒布される書物となりました。
 1804年には組織的な聖書頒布団体「英国と海外の聖書協会」が設立され、今や145ヵ国に聖書協会事務所が置かれて約三千二百言語に翻訳され、世界中の誰もが母国語の聖書を手にすることができるようになりました。旧約聖書も、新約聖書も、母国語で読まれて、初めてその人の聖書となるのです。
 聖書はキリスト教の聖典ですが、旧約聖書はもともと、ユダヤ教の聖典でした。紀元前1500年頃から語り伝えられた口伝が紀元前1000年ころに巻物として記されるようになり、律法の書(モーセ五書)、預言書(歴史書)、知恵の書(諸書)と呼ばれる3つの範疇に増筆され、紀元元年ころにはヘブライ語で記された諸文書ほぼ出そろい、やがて「ヘブライ語聖書」として制定されました。
 ちょうどそのころ、ユダヤ人のイエス・キリストの死と復活顕現を通じて、キリスト教が起こされました。ヘブライ語聖書に書かれた諸文書は、メシア(救い主)であるイエス・キリストの到来を予言した書物とされ、これを「旧約聖書」と呼んで、自らの聖典としました。そして、イエス・キリストと弟子による宣教活動が、ギリシャ語で書き留められ、初代キリスト教会によって紀元397年に「新約聖書」として聖典化されました。
 実は、聖書はキリスト教やユダヤ教だけのものではありません。イスラム教創始者のムハンマドは、自らをイエス・キリスト以降の最後の預言者であるとみなし、イスラム教を起こしました。だから、キリスト教の旧約聖書と新約聖書は、イスラム教の聖典でもあるのです。ただ、ヘブライ語聖書からアラビア語聖書へ翻訳する際にイスラム教独自の解釈が加わったため、イスラム教ではムハンマドが残した教典「クルアーン」こそ、唯一の聖典としています。
 世界の総人口約75億人のうち、キリスト教人口は約25億人、イスラム教約18億人、ユダヤ教約千五百万人と言われています。旧約聖書、新約聖書、クルアーンと重ねていくと、聖書の影響力の大きさがわかります。
 ヨハネ福音書冒頭の一節は、こう書きます。
 「この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に成ったものは、命であった。この命は人の光であった。光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった」
 「言」とは、ギリシャ語の「ロゴス」の翻訳で、最初は「言霊(ことだま)」とも訳されました。この「言」を自分の母国語で正しく理解しない限り、命も理解できませんし、光も理解できません。聖書は、私たちに理解できる言葉で読まれる時に神から啓示された言になるのです。
<筆者プロフィール> わたべ・まこと
 1948年生まれ。青山学院大学文学部神学科卒。(以下略=来栖)

 ◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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聖書---5度目の和訳(下)翻訳次第で解釈も変わる
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