死刑をめぐる状況08~10 確定死刑囚の処遇の実際と問題点--新法制定5年後の見直しに向けて① 

2011-02-06 | 死刑/重刑/生命犯

明治大学名誉教授・弁護士 菊田幸一
  『年報 死刑廃止2010』インパクト出版会

 新法制定5年後(2011年)の見直しに向けて関係者からの情報が数多く寄せられている。筆者も、これまでに一般受刑者につき焦点を当てた詳細な報告をしているが、未決拘禁者をはじめ確定死刑囚の扱いについては特段の報告をしていない。 本稿において確定死刑囚の扱いについて、新法制定とその後の実際について検討し、法見直しのための情報を提供する。 
 
1 確定死刑囚の法的地位 (p132~)
 確定死刑囚の法的地位に関しては、旧監獄法において、その第9条が「死刑の言渡しを受けたる者」は刑事被告人に適用する規定を準用する、としていた。監獄法の制定に参加した小河滋次郎は」、その著『監獄法講義』(95頁)において「死刑確定者は、その性質においても、未決被告人と同一の処遇をすべきであるとするのが文理に忠実である」、と述べている。事実、死刑確定者は、監獄法制定いらい、長年にわたり未決勾留者と同類の扱いを受けてきた。
 1963年に矯正局長通達「死刑確定者の接見及び信書の発受について」(以下「63年通達」)が出されたが、その後も死刑確定者は、未決勾留者なみの扱いを基本的には受けていた。
 ところが1970年代後半になって第1に、全共闘の闘士たちによる監獄改良運動、第2に、死刑確定者の再審無罪が相次ぎ、死刑制度に対する批判や疑問が多く出された、等の要因から63年通達が厳格に扱われるようになった。
 63年通達の骨子は、〔1〕本人の身柄の確保を阻害しまたは社会一般に不安の念を抱かせるおそれがある場合、〔2〕その他の施設の管理運営上支障を生ずる場合には、おおむね接見・信書の許可を与えないこと、としている。旧監獄法のもとにおいては、前述のように、監獄法第9条が別段の規定がなければ未決勾留者と同一の扱いをするものとし、死刑確定者について別段の規定がなかったので、「許可を与えない」ことが法理上有り得ないものとして批判されてきた。
 ところで、63年通達は、単に死刑囚の面会、通信の項目について、その制限を「身柄の確保」および「心情の安定」と結びつけて規定したものであるが、死刑囚の法的地位は、これらの課題だけで位置づけられるものではない。しかし旧監獄法において、確定死刑囚につき同法第9条以外に特段の規定があったわけではない。そこで新法制定の機にこれまでの、いわば法的不備の諸点を一挙に処理しようとしたかに思われる。
 しかし、法制定作業の過程は必ずしも納得できるものではなく、中身についても充分な論議を尽したものとは言えない。その根拠については後述するが、そもそも新法においても基本とされているのは、従前どおりの「身柄確保」と「心情の安定」であり、とりわけ抽象的用語である「心情の安定」が確定死刑囚処遇の基本原理となっている。その基本原理が抽象的であり原理にふさわしいか否かを含めて問題がありすぎる。そもそも「心情の安定」という情緒的用語が確定死刑囚の処遇の根拠とされていること自体が納得できるものではない。
 少なくとも旧監獄法下において「死刑囚の法的地位」は、「一種の受刑者ではあるが、行刑上の矯正の対象としてではなく、単に刑の執行を待つ者として在監中いわば高い法律的地位を認め、比較的自由な処遇を与える」(小野・朝倉『監獄法』86頁)という考えが一般的であった。
 ところが前述の63年通達において「罪の自覚と精神の安静裡死刑の執行を受けることとなるように配慮すべきであるので処遇に当たり、心情の安定を害するおそれとなる交通も制限される」とし、ここではじめて「心情の安定」たる用語が登場した。そして、この原理がその後の実務において確定死刑囚の処遇の制約の根拠とされてきた。
 これまでの、わが国の確定死刑囚の処遇が国際人権(自由権)規約第7条「非人道的なもしくは品位を傷つける取扱いの禁止」や第10条の「人間の固有の尊厳の尊重」に反するとする同委員会の勧告を再三にわたり受けてきたことは周知のところである。その根拠にあるものは、「心情の安定」からする死刑囚の扱いにある。
 非人道的扱いの根拠とされる、法によらざる単なる通達での「心情の安定」を新法において「死刑確定者の処遇の原則」(第32条)に法として盛り込むに至った。自由権規約第7条および10条の理念に逆らう処遇を合法とする危険がある「心情の安定」が、新法の施行後において、いかにその実際の処遇に現れているかを、ここに検証しなければならない。

2 確定死刑囚処遇の原則
 新法は、〔死刑確定者の処遇の原則〕において、その第32条で「死刑確定者の処遇に当たっては、その者が心情の安定を得られるようにすることに留意するものとする」と規定した。この条項の新設については2つの問題がある。
 第1は、前述したごとく、受刑者(とりわけ未決拘禁者)一般とは区別して「死刑確定者の処遇」を法的に独立させた条項を設けた点、第2は、「その者が心情の安定を得られるようにすることに留意する」という、「心情の安定」への積極的関与を法的に位置づけたことにある。
 第1の点については、旧監獄法下での位置づけについて若干の指摘をした。問題は、少なくとも、「心情の安定」については、63年通達において「面会・通信」に関する制約であった。ところが新法32条は、「死刑確定者の処遇の原則」のなかに「心情の安定」を位置づけた。このことにより面会・信書はもとより運動・入浴・居室、その他、死刑確定者の処遇の態様すべてにおいて「心情の安定」が支配し、その法的根拠を与えることとなった。すなわち従来の「単に執行を待つ身分」としての法的位置付けから、とめどなく死刑確定者の内心に至るまで「心情の安定」を根拠に侵入し得る根拠を与えるものとなった。
 第2点の「心情の安定」への積極的関与の可能性に関しては、安易にかかる法規定を許した点を含めて、その経過について稿を改めて述べておかなくてはならない。

死刑をめぐる状況08~10 確定死刑囚の処遇の実際と問題点--新法制定5年後の見直しに向けて②


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