論説委員の《ワールド観望》 「愛国無罪」という妖怪
2012/9/18 Tue. 中日新聞夕刊
「共産党宣言」流に言えば「一つの妖怪が中国を徘徊している。愛国無罪の妖怪が」とでもなろうか。反日世論を支えるスローガン。中国当局の思惑を超えて、政府批判に転じる危険性もはらむ。
■中国国民も不安視
日本の言論NPOや中国の新聞社が春に実施した共同世論調査の結果に驚いた。今後の両国の懸念材料として「中国国民の反日感情」を挙げた中国人が前年の13・5%から21・3%に急増。中国人自身が、肥大化した反日感情に不安を募らせているのだ。
デモでは「愛国無罪」のスローガンが叫ばれる。若者たちは「国を愛することによる蛮行に罪はない」と解釈し、反日行動を正当化する。
背景には、江沢民政権時代の、愛国主義教育の徹底がある。抗日戦争記念館など全国200余の愛国主義教育基地を造り、児童や生徒の遠足を義務付けた。愛国と抗日を結び付ける動きを強めたことが、この時代に教育を受けた若者の心に「愛国=反日」の誤った構図を刻み込んだ。
2005年の反日デモを北京で取材した。大学生らは校旗を掲げ、隊列を組んで日本大使館に押し掛けた。
■警備陣のささやき
投石するデモ隊が館内に乱入しないよう押しとどめながら、中国の警備陣は「加油(頑張れ)」とささやいた。
中国政府は当時「(デモは)政府とは何の関係もない」と弁明した。官製デモとまでは言えなくても、当局は「愛国無罪」の主張に真っ向から反対できず、ガス抜きとして反日デモを容認し、時に利用してきたのが実態である。
愛国無罪の由来は1930年代の七君子事件にさかのぼる。国民党政権が抗日民主運動を鎮圧し、7人に死刑求刑。「国を愛する7人が有罪なら、我々も入獄させよ」と政府を批判したスローガンが「愛国無罪、救国入獄」。若者の解釈と違い、もともとは反政府の色彩を帯びるのだ。
尖閣に不法上陸した香港の活動家は政治的に、中国共産党の独裁に反対し香港民主化を求めてきた。だが、今回の出航で、中国の国政助言機関委員の資金援助を受けた。
■上陸活動家は落選
この委員は、不法上陸を「民間の愛国行動」と称賛した。「愛国=反日」をキーワードに、対立関係にあるはずの中国と活動家が手を結んだ打算の構図が浮かび上がる。
だが、香港で親中派行政長官が進めようとした愛国教育が、抗議行動の高まりで挫折した。尖閣上陸で名前を売ったはずの活動家は香港立法会議員選挙で落選している。
民主の空気を吸ってきた香港の住民は、中国が香港にも浸透させようとする愛国教育や活動家の愛国パフォーマンスに、政治性やうさんくささを感じ取っているのだ。
大陸への返還で、政治的に息苦しくなっている香港とはいえ、まだまだ民主の拠点であった時代の輝きを完全には失っていないのである。
愛国は美しく尊い。gだ、政治利用すれば、危険なもろ刃の剣であることは幾多の歴史が教えている。中国指導部が、それに気づいていないはずもない。 (加藤直人)
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