論調観測 ギョーザと死刑 にじみ出た「中国」観とは

2010-04-12 | 死刑/重刑(国際)
毎日新聞社説:論調観測 ギョーザと死刑 にじみ出た「中国」観とは
 中国をめぐる二つのできごとが紙面をにぎわせた。ギョーザ中毒事件で、中国警察当局は先月26日、中国人容疑者の逮捕を発表した。数日後、中国政府は、麻薬密輸罪での日本人の死刑執行を日本政府に通告し、今月4人の刑が執行された。
 ギョーザ事件の“一応の”解決から間髪おかずの死刑通告について「日本側が反対しづらいタイミングを狙ったとの見方も」(31日朝日)と、関連性を示唆する記事もあった。
 ギョーザ事件は28日社説で各紙が取り上げた。その論調には、中国をどう見るのかの距離感が反映されたようだ。
 毎日は、逮捕まで2年以上かかった背景に、有毒なメラミンが粉ミルクに混入した問題が中国内で同時期に起き、その責任をめぐる指導部の権力闘争があった可能性を指摘した。
 日経、読売もメラミン問題に触れたが、中国がそれを機に食への取り組みを強化したとの文脈で紹介しており、視点は異なった。朝日は、容疑者が臨時工員だった点に焦点を当て、中国の経済成長のゆがみが事件に影を落としていると指摘した。
 産経は、中国側の責任を強調するに当たり、東シナ海ガス田開発問題に言及した。あえてギョーザ事件と結びつけるのは、独特な取り上げ方と言える。
 ちなみに、週刊新潮、文春両誌はそろって容疑者の「替え玉」「スケープゴート」説を紹介した。一般紙も逮捕をめぐる謎を指摘する。
 「死刑問題」は、ギョーザ事件以上に中国への信頼性や好悪が浮き彫りになった。
 東京は2日社説で「中国異質論を助長する」との見出しを掲げ批判した。法治や人権、自由などの価値観が他国と異なるため摩擦を起こすと説く。10日社説でも再度、批判した。
 産経、読売は3日社説で、司法手続きの面から疑問や懸念を投げかけた。読売が「日本国民の対中感情に微妙な影響を与える」と抑えたトーンなのに対し、産経は、グーグルやチベット問題も引き合いに「一党独裁体制の劇的転換しかないだろう」と結論づけた。
 毎日は、1人目執行後の7日社説で取り上げた。執行を残念としながら、同じ死刑存置国の日本に対する国際社会の目も教訓としたいとの内容だ。ほぼ中国批判一辺倒の他社とは若干、トーンが異なる。一方、朝日は10日までに取り上げていない。
 司法の話であり、政治がテーマではない。だが、産経の中国観の突出ぶりが目立った。【論説委員・伊藤正志】毎日新聞 2010年4月11日 2時30分
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日本人死刑通告 中国での刑執行に残る懸念
(4月3日付・読売社説)
 麻薬事件には厳罰で臨む中国とはいえ、日本人の死刑囚4人に対し、近く死刑を執行するとの相次ぐ通告には、驚きと戸惑いを感じた人が多いのではないか。
 岡田外相は2日、中国内で麻薬密輸罪で死刑が確定している日本人4人の執行が、近く行われると中国側から通告があったことを明らかにした。
 岡田外相は程永華・駐日中国大使を呼び、「いかなる犯罪にいかなる刑を科するかは基本的に中国の国内問題だ」としながらも、「わが国の国民感情に影響を及ぼす」と、懸念を表明した。当然の対応である。
 4人の逮捕から裁判での死刑確定に至る刑事・司法手続きが、通訳などの問題を含め、適正に行われたかどうか、改めて確認すべきだとの指摘も出てこよう。
 4人のうち、赤野光信死刑囚は2006年、中国遼寧省の空港で覚せい剤約2・5キロ・グラムを日本に運び出そうとして逮捕された。
 08年6月に1審で死刑判決を受けて控訴したが、09年4月、2審で死刑が確定した。今年3月29日に遼寧省政府から瀋陽にある日本総領事館に、1週間後に死刑を執行すると通告があった。
 このほか、覚せい剤絡みの犯罪で逮捕され、それぞれ死刑判決が確定している3人についても、4月1日に、1週間後の死刑執行の連絡が来た。
 覚せい剤取締法違反は日本では最高でも無期懲役だが、中国の刑法は、50グラム以上の密輸の場合、最高が死刑と量刑が重い。
 中国が覚せい剤絡みの犯罪に対して厳しい背景には、麻薬の蔓延(まんえん)で清朝が弱体化したという歴史がある、とされる。
 中国では昨年末、麻薬密輸罪で死刑が確定した英国人が、英政府の強い抗議にもかかわらず、刑を執行されている。
 中国は、死刑執行の件数などを公表していない。国際的な人権擁護団体アムネスティ・インターナショナルは、中国では昨年だけで数千件の死刑が執行されたと見て、中国の司法手続きの透明性向上などを求めている。
 犯罪に関する捜査・裁判は中国の国内問題であり、基本的に日本が干渉することではない。日本でも昨年、強盗殺人罪に問われた中国人に、死刑が執行された。
 だが、中国の司法手続きが適正だったかとの疑念を残したまま日本人4人の死刑が執行されれば、日本国民の対中感情に微妙な影響を与えることは避けられまい。(2010年4月3日01時13分  読売新聞)
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【主張】日本人死刑通告 極刑判決の妥当性に疑問
産経新聞2010.4.3
 中国当局が、麻薬密輸の罪で死刑判決が確定した計4人の日本人男性に対し、近く死刑を執行すると相次いで日本政府に通告してきた。
 岡田克也外相は程永華駐日大使に懸念を伝えた。日本では「厳しすぎる」と衝撃を受けた人も少なくないだろう。
 しかし、まずは麻薬犯罪が国際的にも重罪であることを忘れてはなるまい。
 例えば覚醒(かくせい)剤は妄想や幻覚から凶悪犯罪の引き金になる恐ろしい薬物である。麻薬関連犯罪の最高刑も、日米英仏など先進国は無期懲役(終身刑)だが、中国のほか韓国やタイ、シンガポールなどアジア諸国には死刑が多い。
 中国では汚職や脱税、組織売春、通貨偽造などでも死刑がある。とりわけ外国人がからんだ麻薬密輸が急増している事情もあり、人道的見地のみから極刑を非難するわけにはいかない。
 それでもなお、中国の司法システムの不透明さは、大きな問題だと指摘せねばならない。
 裁判は初・中級人民法院(地裁)と高級人民法院(高裁)の二審制で、その上に死刑執行などを最終承認する最高人民法院がある。しかし、これらの法廷はすべて、原則として報道機関や一般市民には公開されない。
 したがって今回の4人の場合も、氏名や年齢、起訴状の内容や審理経過などは非公開だった。日本のメディアは関係筋から得た情報をもとに報じた。
 それによると、最初に通告があった60代の日本人男性死刑囚は2006年9月、遼寧省大連の空港から日本へ覚醒剤2・5キロを密輸しようとして逮捕された。
 だが、この男が密売組織の中心人物だったのか、金で雇われた「運び屋」なのか、運んだ中身が覚醒剤と明確に認識していたのか-など、核心部分が明らかにされないままだ。これでは極刑の妥当性への疑念も生じよう。
 中国は死刑に関する情報を公表していないが、人権団体アムネスティ・インターナショナルの09年報告書は少なくとも1000人以上の死刑が執行されたと指摘する。尋常な数字ではない。
 中国の裁判制度も、世界を納得させるものへ変わる必要がある。その実現には、米グーグルの中国本土からの検索サービス撤退に象徴される言論の検閲やチベットの人権問題などと同様、一党独裁体制の劇的転換しかないだろう。
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社説:中国で日本人死刑 教訓を受け止めたい
毎日新聞 2010年4月7日 東京朝刊
 中国で麻薬密輸罪で死刑が確定していた日本人男性に対して、刑が執行された。72年の国交正常化以降、初めての執行である。
 判決によると、男性は06年9月に大連の空港で、共犯男性(懲役15年確定)と、約2・5キロの覚せい剤を日本に密輸しようとした。
 覚せい剤の密輸で死刑は厳しすぎる。そう受け取る日本人も多いだろう。日本の法律では、覚せい剤で最も重い「営利目的密輸」でも最高が無期懲役だ。また、男性は、面会した親類に、通訳のひどさなど、取り調べや裁判への不満を漏らしていたと伝えられる。
 先月末に中国側の執行通告を受け、鳩山由紀夫首相が「大変残念だ」と表明したのをはじめ、閣僚から懸念の声が相次いだ。岡田克也外相は、適正な刑事手続きの面から駐日中国大使に疑問を伝え、菅直人副総理兼財務相は「日本の罰則より厳しいと思っている人がいる」と温家宝首相に直接、訴えた。
 犯行の経緯など事件の情報が乏しく、刑事手続きにも疑問符がつく中、自国民の生命権の保護の問題として、政府が声を上げたのは当然だった。懸念が聞き入れられず残念だ。同じ罪でさらに3人の執行が通告されており、波紋は広がるだろう。
 ただし、今回の問題を冷静に受け止めることも必要である。
 司法制度はそれぞれの国が定める。刑罰も同様だ。中国が麻薬犯罪に厳罰で臨むのは、アヘン戦争など歴史的な背景があるからとされる。
 東南アジアも麻薬に厳しい。先月末、覚せい剤4キロ以上の所持を問われた日本人女性の初公判がマレーシアであった。無罪を主張したが、有罪が確定すれば法定刑は死刑だ。
 空港などで知らないうちに覚せい剤をバッグに入れられたと訴えるケースもある。各国警察が慎重を期すべきなのは言うまでもない。だが、薬物犯罪への認識が国によって異なることをまずは自覚したい。
 アムネスティ・インターナショナルは、昨年の中国の死刑執行は数千人とみる。世界一だ。まゆをひそめる向きもあるだろうが、欧州などの死刑廃止国からは、日本も同じような目で見られていることを心にとどめたい。
 世界の死刑執行国は15年前から半減し、昨年は18カ国だ。日本はその一つである。国連の国際人権規約人権委員会などが懸念を繰り返し表明するが、政府が「国内問題」と言い続けてきたのも事実だ。
 中国は今回、日本の国民感情に配慮してか、執行前の家族との面会を認めた。日本では死刑囚が執行を知るのは当日朝で、最期の別れはできない。死刑制度や死刑囚の処遇を考えるきっかけにもしたい。
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4邦人死刑 それでも疑問は尽きぬ
中日・東京新聞 社説2010年4月10日
 中国で麻薬密輸罪の死刑が確定した日本人三人への刑が九日、執行された。四日間で四人の日本人が死刑になった。審理は十分に尽くされたのか。情状は考慮されたのか。疑問は尽きない。
 九日に死刑が執行された岐阜県出身の鵜飼博徳(48)、福島県出身の森勝男(67)両死刑囚は、名古屋市出身の武田輝夫死刑囚(67)から密輸を指示されたとされる。しかし三人とも量刑は同じだった。
 六日に執行された大阪府出身の赤野光信死刑囚(65)は公判で証言が正しく通訳されていないと抗議したという。
 こうした疑問に裁判所が、どう答えたか判断するに十分な資料が公表されていない。
 麻薬密輸は憎むべき犯罪だ。大量の覚せい剤が密輸されていたら多くの犠牲者が出た。密輸を未然に防いだ捜査は称賛に値し、アヘン戦争以来、麻薬の惨禍をなめてきた中国が厳罰で臨む姿勢も理解する。しかし、公平な裁判を受ける権利はおろそかにできない。
 四人にたいする死刑執行と同時期に、最高裁は三十八年前に刑が確定した「名張毒ぶどう酒事件」の奥西勝死刑囚(84)に対し再審開始の可能性を開く決定をした。
 死刑は更生の見込みがない被告の再犯を防ぐと同時に凶悪犯罪への「一罰百戒」の効果を期待し適用される。ただ、裁判に間違いがある可能性も排除できない。
 犯罪に対する量刑は、その国の専決事項ではある。しかし、四人への死刑適用に慎重な審理がなされたかどうか、政府は中国側に十分な情報の開示を求めたのか。
 中国では中央から地方まで司法機関は各レベルの党政法委員会の指導を受け、三権分立を「絶対に受け入れない」(呉邦国全人代常務委員長)と否定している。
 刑法で量刑に死刑がない犯罪も全人代常務委員会の決議で死刑を適用できる。死刑など厳罰が社会の安定と共産党の支配を維持する手段として多用される傾向が強く「死刑大国」と呼ばれている。
 今回の死刑執行は外国人に重罰が適用される先例になる。二月に文芸評論家の劉暁波氏はインターネットで一党独裁を批判したことが国家政権転覆扇動罪に問われ懲役十一年が確定した。
 これまで政府批判や国家機密漏示に関与を疑われた日本人は国外追放にされてきたが中国人と同じ重罰にあうリスクが高まった。
 その場合も、政府は今回のように「いかんともしがたい」(鳩山由紀夫首相)というのだろうか。

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