『エール』 “プリンス”山崎育三郎と“スター”古川雄大の深い縁 「船頭可愛いや」の麗しき響き 2020.6.26

2020-06-27 | 本/演劇…など

2020.06.25 
“プリンス”山崎育三郎と“スター”古川雄大の深い縁 『エール』久志らのモデルとなった人物は?
 文=上村由紀子
「プリンス佐藤久志です!」
「どうも、スター御手洗ですっ!」
 あまりの濃さに朝からステーキとモンブランを一気に食したような心持ちになった久志(山崎育三郎)と御手洗ミュージックティーチャー(古川雄大)の“発声練習対決”。NHK連続テレビ小説『エール』第13週「スター発掘オーディション!」での一場面だ。
 ミュージカルの大舞台で活躍する山崎と古川のふたりが、現場でのアドリブを交えながら演じたというこのシーン。実際の舞台さながらにテンションを一段階上げ、デフォルメされたやり取りが明るい笑いを誘う。音(二階堂ふみ)を東京に送り出して以降、出番がなかった“ミュージックティ”だが、パワーアップしての再来に手を叩いた視聴者も多いのではないだろうか。
 『エール』は音楽をテーマに置いた朝ドラということもあり、主人公の古山裕一(窪田正孝)と音夫妻をはじめ、音楽にかかわる多くのキャラクターにモデル、もしくはモチーフと思われる実在の人物が存在する。双浦環(柴咲コウ)のモデルは日本オペラ界の草分け・三浦環だし、音と「椿姫」のヴィオレッタ役を争った夏目千鶴子(小南満佑子)は37歳で自ら命を絶った悲運のプリマドンナ・関屋敏子がモチーフだろう。
 では、コロンブスレコードの新人発掘オーディションで、レーザービームを飛ばし合いながら、アツく濃い“対決”を繰り広げた久志と御手洗は誰をモチーフにしているのか。
 佐藤久志のモデルは伊藤久男。福島の裕福な旧家に育ち、音楽の道に進むことを実家に反対されたためカムフラージュで東京農大に進学。その後、帝国音楽学校に入学し直し、古関裕而(=裕一のモデル)の薦めでコロムビアレコードからプロデビューする。
 昭和10年代前半からは戦時歌謡(軍歌)を多くレコーディング。途中、オペラ歌手への転身も考えるが、中国戦線の日本軍部隊を訪れた際、自分の歌に涙を流す兵隊の姿を目の当たりにして流行歌手の道を選択。このあたりは歌手として芽が出ない久志が夜の店でオペラを歌い罵倒された後に「船頭可愛いや」を歌い直し、「いい歌だった、なんだかグっときた。おかげで明日も頑張れるよ」と親子から手渡された一銭玉を大事に握りしめるドラマ内のエピソードに繋がる気もする。
 軍歌で世間に広く認知された伊藤久男は、その後も古関裕而作曲の楽曲をはじめ多くのレコードを出すが、戦時歌謡を多く歌い、軍に協力したとの責任感から戦後しばらくは疎開先にひきこもって酒におぼれる日々が続く。そんな彼が再び世に出たのは1947年。映画の主題歌でカムバックを果たし「イヨマンテの夜」「ひめゆりの塔」などのヒット曲を連発した。
 プライベートでは酒が好きで豪放磊落と言われた反面、極度の潔癖症で閉所恐怖症の気もあったらしい。若いころの写真はかなりのイケメンで、久志がオーディション用に撮った写真とも面差しが似ている。また2回の結婚のうち、最初の妻はコロムビアレコードで活躍した芸者歌手・赤坂百太郎で、再婚相手は元宝塚歌劇団娘役の桃園ゆみか。華やかに活躍する美人に惹かれるタイプだったと思われる(そういえば久志もずっと“芸者”にこだわっていた)。
 そして、御手洗ミュージックティーチャーのモデル……こちらはなかなか難しい。音のモデルとなった古関金子が豊橋時代に声楽を誰に習ったのか、文献等で詳しく説明がされていないからだ。
 微妙に近い立ち位置にいるのは金子が上京し、裕而と結婚後に入学した帝国音楽学校の声楽部本科で師事した声楽家・ベルトラメリ能子。イタリアに留学し、帰国後はコロムビアの専属歌手となって、軍歌等のレコードも出した人物である。
 とはいえ、彼女をドイツ帰りでありトランスジェンダーでもある御手洗のモチーフと言い切るのはかなり厳しい。ミュージックティーチャーのキャラクターを考えても明確なモデルがいるわけでなく、さまざまな人たちのエッセンスを凝縮して作られた登場人物だと考えるのが妥当だ(そしてそのヴィジュアルは若き美青年・美輪明宏に激似である)。
 久志と御手洗、『エール』では第13週が初対面の場となったが、彼らを演じる山崎育三郎と古川雄大の縁は深い。じつは所属事務所も同じだし、過去にはミュージカル『エリザベート』で暗殺者と皇太子、『レディ・ベス』では吟遊詩人とスペイン王子として共演。また『モーツァルト!』では、主役のヴォルフガング(=モーツァルト)役をダブルキャストとして演じてもいる。これまで培ってきた信頼関係がドラマ内での遊びのある演技に繋がったのだろう。
 山崎、古川に加え、吉原光夫、柿澤勇人、小南満佑子、井上希美といったミュージカル俳優たちがそれぞれの個性を活かして画面に存在する『エール』だが、残念なことに第13週をもって新たな回の放送はしばらく休止となる。
 再開を楽しみに待ちながら、彼らの活躍を心の中で再生したい。
■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p

2020.06.26 
崎育三郎×古川雄大「船頭可愛いや」の麗しき響き 『エール』が描く“夢を背負う”覚悟
文=苫とり子
 歌をこよなく愛する“プリンス”久志(山崎育三郎)と、“スター”御手洗(古川雄大)がしのぎを削った『エール』(NHK総合)第13週「スター発掘オーディション!」。2人だけではなく、大型新人として期待されている寅田熊次郎(坪根悠仁)らが美声を披露したコロンブスレコードの新人歌手オーディションから一夜が明け、ついに合格者が発表される……と思ったら、なぜか第65話は鼻血を出している久志のアップで始まった。
 その発端は、容姿端麗で「帝都ラジオ」元代表取締役の父を持つ寅次郎が合格したこと。久志か御手洗、どちらかが選ばれると思っていた2人はコロンブスレコードに乗り込み、秘書の杉山(加弥乃)に納得がいかないと詰め寄っていた。その裏で、にこやかに話し込む寅次郎と廿日市(古田新太)。追ってきた裕一が怒る久志と御手洗をなだめていると、熊次郎が鼻で笑ったような口調で絡み出し、御手洗を一瞥して容姿を馬鹿にした。すると、あれだけ争っていたにもかかわらず、久志が御手洗をかばう。
 「人の痛みが理解できないやつに、歌を歌う資格があるのか」と問いかける久志の言葉には、かつて“男らしさ”を押し付けられ、傷ついてきた御手洗の境遇を理解しているかのようだった。しかし、逆上した熊次郎から久志は頭突きを受ける。冒頭で鼻血を流していたのは、これが原因だったのだ。
 そんな久志を見て、「お前は逃げなかったんだな」と鉄男(中村蒼)は重要なことを指摘。思い返せば、久志は子供の頃から逃げ足が速く、周囲の人間が気づけば忽然と姿を消していた。コミカルなシーンとして表現されていたが、鉄男が指摘するように、そこには厄介な出来事から身を交わし、自分自身を守る久志の“逃げの姿勢”が表れていたのかもしれない。しかし、流しの歌手として歌った酒場で子供から喜んでもらえた経験から、プライドを捨ててオーディションに臨んだ。本気で夢を追った久志は、切磋琢磨した御手洗が馬鹿にされることを許せなかったのだろう。
 結果としてオーディション合格は叶わなかったが、久志は廿日市から研究生としての契約を提案された。ただ、新人の鞄持ちや、デモ用仮歌を歌ったりと最初は雑用を行うことになる。いくら未来にデビューが待っているとはいえ、さすがに“プリンス”として音楽学校でスターの扱いを受けた久志が裏方の役割を果たせるはずがない。しかし、ライバルである御手洗の「あなたは選ばれたの、選ばれた以上輝かなきゃ」という言葉が断ろうとする久志の心を変えた。
 両親を亡くしたことで人生を振り返り、コーチとしてのキャリアをかなぐり捨ててでも最後のチャンスに賭けた御手洗。その歌声は見事なもので、存在感もあったが、廿日市は御手洗ではなく久志の才能を選んだ。歌手や作曲家、作詞家、小説家……『エール』には華やかな世界を目指す登場人物がたくさん登場するが、そこで成功できるのは一握りの人だけという現実がある。絶え間ない努力と才能が必要で、全員が夢を叶えられるわけではない。だからこそ、選ばれた人間は御手洗のように、夢を叶えられなかった人たちの想いも背負う覚悟が必要なのだ。御手洗の熱い気持ちを受け取った久志は必ずデビューすると誓い、2人はかたい握手を交わした。

  

 その夜、一文無しの御手洗は帰りの電車賃を稼ぐために、久志と共に酒場で「船頭可愛いや」を披露。放送終了後の『あさイチ』では、ハモリの練習を重ねる山崎育三郎と古川雄大の姿が映し出された。ゲスト出演した古川は「僕は自由自在にハモれないんですが、育三郎さんは瞬時にハモれる」と事務所の先輩である山崎の実力について言及。また、御手洗を演じる上で新宿のバーを訪れ、トランスジェンダーの方にインタビューしたことを明かした。仕草や振る舞いをそこで学んだ古川は、「御手洗先生で雄大を知った人は、普段の雄大をみると驚くと思う」と山崎に言われるほど、普段とのギャップがある御手洗役を熱演。御手洗が裕一に自分の過去を語ったシーンでは、“私たちみたいな人を救ってほしい。あなたにはその才能がある”という思いで裕一にエールを送ったという。
 そして、物語終盤。お茶の間で裕一家族と、久志が和やかなやりとりを繰り広げていると、ある若者が家を訪ねてくる。「僕を弟子にしてくれないでしょうか?」。そう頭を下げた若者の正体は、昨日6月25日に新たな出演者として発表された岡部大(ハナコ)演じる田ノ上五郎だ。彼は裕一と同様、小山田先生(志村けん)の作曲入門を読み独学で作曲を学んできた役柄。次週からは一旦、出演者の副音声と共に第1話から本編が再放送されるが、五郎が第14週以降の展開にどんな影響を与えるのか楽しみだ。
■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter 

 ◎上記事は[Real Sound]からの転載・引用です


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