新聞案内人 2009年01月26日
池内 正人 元日本経済新聞経済部長・テレビ東京副社長
「派遣切り」問題、ポイントが違うのでは?
表面の事象に目を奪われると、問題の本質を見失うことが多い。いま国会でも議論されている派遣社員の雇用問題もそうだ。議論の方向は製造業に対する派遣の規制に傾いているが、その根拠はどうも釈然としない。
共産党をはじめとする野党各党は、前から「原則禁止」を唱えている。民主党も同調しそうだという。そこへ舛添厚生労働大臣までが「製造業への派遣は禁止すべきだ」と発言したために、禁止論は一挙に勢いづいた。
製造業への派遣は、2004年の労働者派遣法改正で可能になった。景気が順調なうちは、働く側にも働いてもらう会社側にもメリットがあり、大きな問題は生じなかった。ところが昨年秋以降の景気急降下で、製造業による大量の“派遣切り”が発生。大きな社会問題に発展した。
厚生労働省の調査によると、07年度で製造業に派遣された労働者の数は約46万人。昨年10月から本年3月までに失職するとみられる非正規労働者8万5000人のうち、製造業が96%を占めるという。
○「やむをえない事情」がはっきりしない
だから「製造業は禁止」となるわけだが、この理屈はどうも“臭いものにはフタ”の感じが強い。よく考えてみると、この問題の重要なポイントは別のところにあるような気がする。
ポイントの一つは、法律の不備と、法律が守られていない現実。新聞の解説などには、派遣労働者を使用する企業は「やむをえない事情がない限り、中途解雇はできない」と書いてある。ところが労働者派遣法を読んでも、これに該当する条文はない。
やっと見つけたのは労働契約法第17条。そこに「やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない」とある。
だが、この法律は、正規労働者を意識した労働契約一般に関するもの。労働者派遣法に、もっときちんと書き込むべきだろう。もちろん労働契約法は派遣労働者に対しても有効なのだが、第17条が適用された例はない。というのも、この法律を使って訴えるのは派遣会社。派遣会社としては、お得意様を訴えにくいからだ。さらに「やむを得ない事由」の規定がない。少なくとも会社が「赤字決算をした場合」程度の規定を設けたらどうだろう。
○原則「雇用保険加入」も守られていない
また、労働者派遣法に基づく告示では、派遣先企業が派遣された労働者を契約期限内に解雇する場合は30日前に予告するか、予告しない場合には30日分以上の賃金に相当する損害賠償をしなければならないと規定している。しかし、この告示も同様の理由で守られていない。
もう一つのポイントは、失業給付金の問題。これも法律上は常用派遣であれ登録派遣であれ、派遣会社は原則的に労働者を雇用保険に加入させることになっている。だが、この点も守られていないケースが多々あって問題を大きくしている。
日雇い労働者については、期間30日以内の派遣を禁止する法案が成立しそうだ。しかし現実に1週間の労働時間が20時間に満たない労働者は、失業給付金をもらえない。こうした失業者については、日雇い失業保険という制度があるが、これも実態はほとんど利用されていない。
要するに現在の“派遣切り”問題は、法律の不備か法令違反、もしくは行政の監督不十分から発生している。労働契約を厳守させ、セーフティ・ネットを拡充すれば、この問題はかなりの程度まで解決される。
その点を是正しないで、製造業への派遣を禁止するという主張はどうも納得し難い。
池内 正人 元日本経済新聞経済部長・テレビ東京副社長
「派遣切り」問題、ポイントが違うのでは?
表面の事象に目を奪われると、問題の本質を見失うことが多い。いま国会でも議論されている派遣社員の雇用問題もそうだ。議論の方向は製造業に対する派遣の規制に傾いているが、その根拠はどうも釈然としない。
共産党をはじめとする野党各党は、前から「原則禁止」を唱えている。民主党も同調しそうだという。そこへ舛添厚生労働大臣までが「製造業への派遣は禁止すべきだ」と発言したために、禁止論は一挙に勢いづいた。
製造業への派遣は、2004年の労働者派遣法改正で可能になった。景気が順調なうちは、働く側にも働いてもらう会社側にもメリットがあり、大きな問題は生じなかった。ところが昨年秋以降の景気急降下で、製造業による大量の“派遣切り”が発生。大きな社会問題に発展した。
厚生労働省の調査によると、07年度で製造業に派遣された労働者の数は約46万人。昨年10月から本年3月までに失職するとみられる非正規労働者8万5000人のうち、製造業が96%を占めるという。
○「やむをえない事情」がはっきりしない
だから「製造業は禁止」となるわけだが、この理屈はどうも“臭いものにはフタ”の感じが強い。よく考えてみると、この問題の重要なポイントは別のところにあるような気がする。
ポイントの一つは、法律の不備と、法律が守られていない現実。新聞の解説などには、派遣労働者を使用する企業は「やむをえない事情がない限り、中途解雇はできない」と書いてある。ところが労働者派遣法を読んでも、これに該当する条文はない。
やっと見つけたのは労働契約法第17条。そこに「やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない」とある。
だが、この法律は、正規労働者を意識した労働契約一般に関するもの。労働者派遣法に、もっときちんと書き込むべきだろう。もちろん労働契約法は派遣労働者に対しても有効なのだが、第17条が適用された例はない。というのも、この法律を使って訴えるのは派遣会社。派遣会社としては、お得意様を訴えにくいからだ。さらに「やむを得ない事由」の規定がない。少なくとも会社が「赤字決算をした場合」程度の規定を設けたらどうだろう。
○原則「雇用保険加入」も守られていない
また、労働者派遣法に基づく告示では、派遣先企業が派遣された労働者を契約期限内に解雇する場合は30日前に予告するか、予告しない場合には30日分以上の賃金に相当する損害賠償をしなければならないと規定している。しかし、この告示も同様の理由で守られていない。
もう一つのポイントは、失業給付金の問題。これも法律上は常用派遣であれ登録派遣であれ、派遣会社は原則的に労働者を雇用保険に加入させることになっている。だが、この点も守られていないケースが多々あって問題を大きくしている。
日雇い労働者については、期間30日以内の派遣を禁止する法案が成立しそうだ。しかし現実に1週間の労働時間が20時間に満たない労働者は、失業給付金をもらえない。こうした失業者については、日雇い失業保険という制度があるが、これも実態はほとんど利用されていない。
要するに現在の“派遣切り”問題は、法律の不備か法令違反、もしくは行政の監督不十分から発生している。労働契約を厳守させ、セーフティ・ネットを拡充すれば、この問題はかなりの程度まで解決される。
その点を是正しないで、製造業への派遣を禁止するという主張はどうも納得し難い。