「葛城(かづらき)」鬘物 / 「大会(だいえ)」五番目物 天狗物

2017-08-31 | 本/演劇…など

葛城(かづらき)
*あらすじ
 ある冬のこと。出羽国羽黒山(今の山形県)の山伏の一行が、大和国葛城山(今の奈良県)へ入りました。ところが一行は山中で吹雪に見舞われ、木陰に避難します。そこに近くに住む女が通りがかります。途方に暮れていた彼らを気の毒に思い、女は一夜の宿を申し出て、一行を自分の庵に案内します。
 庵で女は、「標(しもと)」と呼ぶ薪を焚いて山伏をもてなし、古い歌を引きながら、葛城山と「標」にまつわる話を語ります。話のうちに夜も更け、山伏は夜の勤行(ごんぎょう)を始めることにします。すると女は、自分の苦しみを取り去るお祈りをしてほしいと、言い出しました。山伏は、女の苦しみが人間のものでないことに気づき、問いただします。女は、自分は葛城の神であり、昔、修験道の開祖、役(えん)の行者の依頼を受けて、修行者のための岩橋を架けようとしたが、架けられなかった、そのため、役の行者の法力により蔦葛で縛られ、苦しんでいると明かし、消え去ります。
 山伏たちが、葛城の神を慰めようと祈っていると、女体の葛城の神が、蔦葛に縛られた姿を見せました。葛城の神は、山伏たちにしっかり祈祷するよう頼み、大和舞を舞うと、夜明けの光で醜い顔があらわになる前にと、磐戸のなかへ入っていきました。
*みどころ
 冬になれば深い雪に閉ざされる葛城山を舞台にした、幻想的な雪の能です。山伏が山へ入れば、もうそこは一面の銀世界。演出上、作り物などで雪を現実的に見せる多少の仕掛けを除いて、舞台にはほとんど何もありません。そこで演じられる静かな所作と、弱吟主体の穏やかで流麗な謡とが、さまざまな雪景色の移ろいを、観客の目の前に呼び起します。
 物語自体は、古い葛城山の伝説・神話を伝えるような内容で、神秘的で詩情が感じられます。
 清らかな月明かりに照らされ、白く輝く雪のなか、女体の神が舞う……。この世のものではない神話の情景を、お楽しみいただけるでしょう。

 ◎上記事は[the 能 com.]からの転載・引用です
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鬘物 かずらもの 
 能の曲の分類の一つ。シテが女性でかつらをつけるところからの称で,女物ともいい,また正式五番立では3番目に演じられたところから三番目物ともいわれる。このうち特に3番目だけに限られて上演されるものを本三番目物という。幽玄優美の曲趣で,『東北』『井筒』『江口』『野宮』『定家』『松風』『源氏供養』『楊貴妃』『熊野』『千手』『杜若』『芭蕉』『胡蝶』『雪』などがある。物でも『関寺小町』『姨捨』『檜垣』は特に老女物といわれる。『雲林院』『小塩』『西行桜』『遊行柳』は,四番目物としても演じられるので準鬘物としての扱いを受ける。なお,狂女物は四番目物であり,かつらをつけても鬘物としては扱わない。
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第94回 粟谷能の会「葛城」プロモーション映像 
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大会(だいえ)
 命を助けられた恩義ゆえに釈迦の説法を演じて見せた天狗は、見ていた僧の迂闊な涙から、大変な目に遭ってしまう…。

 作者 不詳  場所 比叡山  季節 不定  分類 五番目物 天狗物

■登場人物
前シテ 山伏(大天狗の化身) 直面 山伏出立(山伏姿の者の扮装)
後シテ 大天狗 面:大癋見(※1) 天狗出立(天狗の扮装)
ツレ 帝釈天 面:天神 輪冠側次大口出立(仏法の守護神の扮装)
ワキ 比叡山の僧 大口僧出立など(やや格式張った僧侶の扮装)
間狂言 木葉天狗(このはてんぐ) 小天狗出立(下っ端の天狗の扮装)(※2)
 ※1 小型の大癋見の上から釈迦の面をかけ、下記「5」の場面でそれを外すという演出もあります。
 ※2 間狂言として、木葉天狗に加えて京童を出す演出もあります。(下記「小書・新演出解説」参照) 

■概要
 比叡山で修行していた僧(ワキ)のもとに、一人の山伏(シテ)が訪れ、以前命を助けられた者だと言って礼を述べる。実は、僧はかつて京童たちにいじめられていた鳶を助けたのであった。鳶は天狗の仮の姿というが、その天狗が、今度は山伏の姿でやって来たのである。望みがあれば何でも叶えようと言う山伏に、僧は、釈迦が法華経を説いた時の様子を再現して見たいと言う。山伏は「叶えるが、それを見ても信心を起こしてはならぬ」と言い置き、消え失せた。僧が目を閉じて待っていると声が聞こえてきたので、目を開けるとそこには大天狗の扮する釈迦如来(後シテ)が、大勢の弟子達に囲まれて説法をしていた。僧は先刻の約束を忘れて思わず信心を起こしてしまう。そのとき、天から帝釈天(ツレ)が現れ、信心深い僧を幻惑したとして大天狗を責め立てる。通力も破れ、もとの姿に戻った天狗は、帝釈天に対して平謝りに謝ると、ほうほうの体で逃げ帰っていった。

■ストーリーと舞台の流れ
1 ワキが登場します。
 比叡山の奥深く。深い木立に囲まれ、ここはまさに閑寂の道場といった趣である。
その比叡山中に、一人の僧(ワキ)がいた。彼は日夜、天台の教理を探究し、三昧の境地に入って心を静める修行をしているのであった。
2 シテが現れてワキのもとを訪れ、釈迦の昔を再現しようと約束して退場します(中入)。
 その庵室に、一人の山伏(シテ)が訪ねてきた。彼は、以前僧に命を助けられた者だと言って礼を述べ、その恩返しとして、望みがあれば叶えようと申し出る。僧は、いにしえ釈迦が霊鷲山(りょうじゅせん)で法華経を説いたときの様子を見たいと所望する。山伏は、それならば叶えるが、それを見ても決して信心を起こしてはならぬと言い置くと、木々の梢に飛び移り、そのまま姿を消してしまうのであった。
3 間狂言たちが現れ、会話をします。
 山伏の正体は、大天狗であった。以前京童たちにいじめられ、死にそうになっていたところを、かの僧に助けられたのであった。大天狗の従者である木葉天狗たち(間狂言)は、大天狗に命じられた釈迦の説法の場の再現をすべく、準備をしている。
4 後シテが現れ、釈迦の説法の場を再現して見せます。
 僧は、山伏に言われたとおり、杉の木立に立ち寄り、目を閉じて静かに時を過ごしている。すると、待つこと暫し、説法をする釈迦の声が聞こえてきた。
 目を開けると、そこには大天狗の扮する釈迦如来(後シテ)が、木葉天狗たちの扮する大勢の弟子たちに囲繞され、今まさに法華経を説いているところであった。山は霊鷲山、大地は紺瑠璃、樹木は七重宝樹となって、天より花降り、音楽が聞こえてくる…。
5 ワキが信心を起こしたことで説法の座が消滅し、シテは天狗の姿に早変わりします。
 それを見た僧は、先刻の約束を忘れ、思わず信心を起こし、感激の涙を流してしまう。そのとき。大地がにわかに震動し、天狗たちが神通力によって見せていた説法の座は消え失せてしまった。天狗たちはもとの姿に戻ってしまい、恐怖におののき、慌てふためく。
6 ツレが登場してシテを懲らしめ(〔舞働(まいばたらき)〕)、この能が終わります。
 やがて、天界から仏法の守護神・帝釈天(ツレ)が降臨し、大天狗に譴責を加える。「この僧ほどの信心深き者を幻惑し誑かすとは、不届き者め!」 大天狗は散々に打ち据えられ、帝釈天に対して平謝りに謝る。
…やがて、帝釈天は天界へと帰ってゆき、大天狗はほうほうの体で退散してゆくのだった。

■みどころ
 本作は、天狗を主人公とする能です。
 天狗といいますと、顔が赤くて鼻の長い、羽の生えた妖怪をイメージする方が多いのではないでしょうか。しかし実は、この天狗のイメージは近世(江戸時代)に入って定着したもので、中世(鎌倉~室町時代)においては、むしろ猛禽類のイメージで描かれていました。天狗は人前に姿を現すときには鳶(とび)の姿となると言われており、鋭い嘴(くちばし)が、天狗のトレードマークとなっていたのです(羽が生えていることは江戸時代と同様です)。
 本作の物語は、すでに鎌倉時代の説話集『十訓抄』などに載せられていますが、それによれば、本作の主人公となる天狗は、以前、鳶の姿でいたところを、京童たちにいじめられ、死にかかっていました。それを、ワキの僧に助けられた、という経緯があるのです。(上記「間狂言に関する新演出」で上演されるときには、その助けられる場面も上演されます。)
 天狗の登場する能には、本作のほか〈善界〉〈車僧〉〈鞍馬天狗〉があります。この中で、〈鞍馬天狗〉は牛若丸(のちの源義経)を守護する真面目な天狗が主人公ですが、〈善界〉〈車僧〉の二作は本作同様、天狗の間抜けな失敗談が描かれた作品となっています。しかし、「仏法に障りを成そうと企み、僧の法力によってくじかれてしまう」という内容のこれら二曲と比べても、本作の天狗は仏法を妨げようとする悪意があったわけではなく、ワキ僧に恩返しをしたい一心から、釈迦の説法の様子を再現しようとしたのであり、その点で、本作に描かれている失敗譚は、天狗の間抜けさ、滑稽さがより強調された内容となっていると言えましょう。
 本作の後場では、後シテとして現れた天狗が、釈迦の説法の場を再現して見せます。近年ではこの場面で、後シテのかける「大癋見(おおべしみ)」の能面の上からさらに、仏像さながらの「釈迦」の面をかけ、上記「5」の場面での早変わりをより強烈に印象づけるという演出が多くなされています。“釈迦から天狗へ”の早変わりは、本作のみどころの一つであり、視覚的に楽しませてくれることでしょう。
 ユーモラスで、ちょっと可哀想な天狗の失敗譚を描いた、楽しい舞台となっています。 (文:中野顕正)
 
 ◎上記事は[銕仙会]からの転載・引用です
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