〈旧HP原稿〉
私は死んだ人のように忘れられ・・・最期の姿(1)
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上記は、2000年11月30日に刑死した113号事件藤原清孝の、もう1通の遺書です。 受取人は特定されていません。「私に関する一切」が無に帰することを望んでいます。罪科を 悔い、小さくなって生きた藤原らしい希望だと思いました。 「人を殺めた自分は、どのような権利の主張も差し控えたいと思う。それよりも、社会に貢献 したい」と、死刑廃止運動者の誘いやマスコミ関係者、宗教者といった外部の人との接触を 拒絶し、贖罪として役所から許可された点訳に心血を注ぎました。 が、晩年は腰痛のため点訳の作業が思うように運ばず、辛そうでした。最後の面会の時も 終始、両腕に体の重みを預けるようにして腰を庇っていました。 古人の歌に、次のようなものがあります。 “見るべき面影はなく、輝かしい風格も好ましい容姿もない。彼は軽蔑され、人々に見捨て られ、多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し、わたしたちは彼を 軽蔑し、無視していた。・・・わたしたちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから彼は 苦しんでいるのだ、と。彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の 受けた傷によって、わたしたちは癒された” “わたしは苦しんでいます。目も魂もはらわたも、苦悩のゆえに衰えていきます。命は嘆きの うちに、年月はうめきのうちに尽きていきます。罪のゆえに力はうせ、骨は衰えていきます。 わたしの敵は皆、わたしを嘲り、隣人も、激しく嘲ります。親しい人々はわたしを見て恐れを 抱き、外で会えば避けて通ります。わたしは死んだ人のように忘れられ、壊れた器のように なりました” 死の当日は、呼び出しから執行まで、随分時間がかかりました。役所は藤原を、じっと待って くださいました。やがて、当初は「書かない」と言っていた遺書も、自ら「書きたい」と云い、 平常の様子で書いたそうです。 私宛の遺書の中に「育児に専念できなかったことを、深くお詫び」という箇所があります。 それは、執行の数日前に彼に届いた、私からの手紙に対する応答でした。手紙の中で私は 息子の幼い頃について書いたのでした。勝田と交流が始まったのは、次男が幼稚園のとき でした。普段でも、うっかりミスの多い私は、勝田のことで、気掛かりを抱えると、決まって それを仕出かすのでした。あの時も、お弁当にお箸を持たせるのを忘れたのでした。軽い気 持ちで失敗を語る私に勝田は「私のせいで育児が疎かになるのでしたら、もうお付き合いは 止めようと思うのです」と云うのでした。遺書を認めながら、そんな過去の面会を思い出して いたのでしょう。 僧侶(教誨師)に「姉は僕の人生で最も感動した人。あんなに感動した人はいない」と云い、 「姉に『生きるよう』伝えてください」と頼んだそうです。 被害者お一人お一人の御名前を号泣のうちに唱え、お詫びしました。そして後ろ手に縛られ 頭巾で目隠しされましたが、最後に「もう一度、先生(僧侶)の顔を見たい」と申し出て、頭巾が とられ「ありがとう」が最後の言葉だったそうです。カーテンが閉ざされました(刑場と教誨室は カーテンで仕切られています)。 生前、罪のゆえに遠慮がちに生きていましたから「葬儀などの負担は、かけたくない」と折に 触れ僧侶に気持ちを話し、私には「死刑に反対なので、執行を前提とする如何なる役所の調査 にも、応じない。遺骨・遺品の受け取り人について訊ねられても、申告しない」と言っていまし た。心の襞の深い人だったと思います。 そんな彼に相応しく、少人数の参会者による心こもる葬儀で、清々しく送り出せたと思ってい ます。 荼毘に付した遺体の腰部位には、骨がありませんでした。あんな腰でよく点字を打てたものだ と信じがたい思いが致しました。そういう生き方、生きる場しかなかったのでしょう。 京都府下木津町に、いま勝田家はありません。清孝の逮捕によって家族は家郷を離れ、家は 無住でしたが、96年私が訪ねたときには取り壊されて、更地となっていました。 近所の小母さんに尋ねますと「あぁ勝田さんとこね。土地の持ち主さんが『廃材の一本も無い ように、土地だけにして返してくれ』云わはったそうで十日ほど前やったか、勝田さんが来て、 取り壊されたんですよ」ということでした。 家屋の無くなった土地は、思いの外小さく感じられて、私はタクシーを待たせたままぼんやり 立ちつくしていました。けれど、考えてみれば、殺人犯の出た家、それを、土地の所有者は、 逮捕(83年1月31日)から13年間も、そのままに置いていてくださったのでした。 2000年前、イエスを売り、白楊の木の枝に首を縊った13番目の弟子ユダ。そのユダが 真っ逆さまに落ちて死んだ土地『アケルダマ』に寄せた古人の歌が、口を衝いて出ました。 “その住まいは荒れ果てよ、そこに住む者はいなくなれ” |
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