蔑にされてきた「犯罪被害者」たちの戦い 「神戸連続児童殺傷」遺族が指摘する課題
社会週刊新潮 2018年6月21日号掲載
「犯罪被害者」たちは何と戦ってきたのか――福田ますみ(下)
6月3日に開かれた「全国犯罪被害者の会」(あすの会)の最終大会には、数百人が集った。会は、犯罪被害者や遺族ら約350人で組織する民間団体。結成19年目で解散となるその歴史は、「犯罪被害者」たちの苦難の歩みと重なる。
「被害者の権利を定めた法律が幾つも成立するなど、一定の成果を収めた」(副代表の高橋正人弁護士)ことから解散が決定されたが、例えば2008年に導入された「被害者参加制度」もその成果のひとつだ。当時27歳だった娘を殺害された加藤裕司さんは、
「この制度がなかったら、判決は無期懲役になっていたかもしれません」
と、会の解散後も被害者たちの戦いを引き継ぐと語る。
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法改正に向けた戦いといえば、「時効撤廃」も会の活動の大きな成果である。
従来、どんな凶悪犯であろうとも、時効を迎えれば罪に問われなかった。それが8年前に、あすの会などの活動によって刑事訴訟法が改正され、殺人や強盗殺人などの時効が撤廃された。
これで95年4月28日以降に発生した殺人事件では、犯人の“逃げ切り”が許されないことになったのだ。
先の高橋弁護士が言う。
「時効を迎えると、被害者の方々は“犯人は絶対に逮捕されず自由の身になった”という苦しみを抱え生きていた。それが、法改正を受け“絶対に犯人を捕まえて欲しい”という希望を失わないで、生きていけるようになったのです」
*「時効撤廃」で再捜査
加えて、時効の撤廃が事件の真相解明に大きな役割を果たしたケースもある。
世を震撼させた「闇サイト殺人事件」をご記憶の方も多いだろう。07年、愛知県名古屋市で3人の男たちが、帰宅途中だった31歳の女性を拉致して殺害、遺体遺棄した。彼らはネット上の非合法サイト「闇の職業安定所」で知り合い、女性を拉致し金を奪う謀議を巡らせていたのだ。
遺族は逮捕された神田司、堀慶末、自首した川岸健治の3人全員の死刑を強く望んだ。1審では神田、堀が死刑、川岸は無期懲役。2審では堀が死刑から無期懲役に減刑となってしまう。
この判決は12年7月に確定したが、その1カ月後に驚愕の事実が判明する。
堀は別件でも人を殺めていたのだ。98年、愛知県碧南(へきなん)市で、パチンコ店の店長夫妻が殺害された。この事件現場に残されたDNAが、無期懲役となった堀のそれと酷似していたことが発覚。この事件の殺人容疑で逮捕されたのだ。結局、堀は、1審、2審とも死刑判決が下り上告中の身だが、再捜査のきっかけは時効撤廃の法改正だったという。
「時効の撤廃を受け、県警は未解決事件を扱う特命捜査係を設置したのです。この係が捜査の洗い出しをしなければ、犯行は発覚していなかったかもしれません」
と振り返るのは、「闇サイト殺人事件」の被害者の母・磯谷富美子さんだ。
「我欲の為に、何の落ち度もない人の命を奪うという一線を越えた人は絶対に反省などしない。娘の事件の犯人たちはそうでした。更生の可能性がない者を、税金で養い再び社会に放てば、被害者を増やすだけ。死刑は遺族の怒りや悲しみ、苦しみをぶつけられる唯一のもので、執行されて娘が戻ってくるわけではないけれど、区切りを付ける為には必要な刑罰です。事件のことは一日も早く忘れてしまいたいのに、服役中は、どんな様子か書類を送って貰えるので、何年もの間、彼等と関わっていかねばなりません。死刑が確定したら半年以内に執行して欲しい」
*「あまりの理不尽さ」
犯罪報道ではあまり扱われないが、被害者遺族は精神的な苦痛を受けることに加え、経済面の損失も大きな課題だ。後遺症の影響で仕事を失うなど、収入が激減することも多い。
あすの会の結成前から国の給付金制度はあったが、その額は1人当たり平均400万円に満たない。加えて、自治体からの公的な見舞金制度や労災、加害者からの賠償を受けると一切支給されない仕組みだった。
被害者が辛酸をなめる一方で、加害者は弁護人が付き拘置所で食うに困らぬ生活を営める。むろん、その原資は我々の税金である。
会の代表幹事代行を務めた林良平さんが言う。
「僕は錯覚していました。我が国は加害者の更生のために莫大なお金を使っているから、被害者にも当然、手厚い救済制度があるものと思っていた。ところが現実は全く違っていたのです」
95年、大阪市西成区の診療所で看護師として働いていた林さんの妻は、見知らぬ男に出刃包丁で腰を刺された。事件後、犯人と思しき者から電話があり、林さんの妻は犯人が恨みを抱いた医師と勤め先が同じというだけで、被害に遭ったことが分かった。
辛うじて一命は取り留めたが、後遺症で車いす生活を余儀なくされ、今に至るまで仕事に復帰もできず犯人も逮捕されていない。
「治療費についても当然、被害者の負担です。妻の場合、当初は労災が下りましたが2年後には打ち切られ、それからは途方に暮れました」(同)
事件前までビルの一室を借り、従業員を雇って鍼灸院を営んでいたが、妻の介護に追われ畳まざるを得なくなった。今は自宅が仕事場だが、収入は激減したと憤る林さんはこう振り返る。
「なんでやねんと……。あまりの理不尽さに、言葉もなかった」
あすの会のメンバーは、林さんと共にこの苦境を訴えた。そして08年に「犯罪被害者等給付金支給法」が改正され、大黒柱を失った遺族の範囲を拡大した補償制度の拡充や、休職せざるを得ない被害者への休業補償も考慮した給付金の増額が決定されたのだ。
20年前は給付対象153人に対し総額約5億7千万円が支払われたが、昨年度は対象者の数も414人と増え、その総額は約10億100万円と確実に支援は手厚くなっている。
もっとも、まだ悔いも残ると林さんは話を継ぐ。
「本当に困っている人は会の活動にも出てこられない。まだまだ被害者への経済的な補償が十分でないですし、法が成立する前の被害者に対して、支援が遡及できなかった点が心残りです」
*やらなあかん
かように被害者遺族は蔑(ないがし)ろにされてきたのだが、高らかに“人権”を謳う我が国の司法制度の中で、最も加害者が護られる少年事件では、それが顕著だった。
このような現状に一石を投じた事件がある。97年、神戸市須磨区で当時11歳だった土師(はせ)淳君が、14歳の「少年A」に殺害された「神戸連続児童殺傷事件」だ。
淳君の父・土師守さんは、会の副代表幹事を務めたが、
「被害者は、少年審判においては全くの“蚊帳の外”でした。私たちも、法律的に無理だろうとは思っていましたが、代理人を通して加害男性の審判の傍聴をしたい、陳述したい、質問したいと家庭裁判所に申し入れをしましたが、できませんでした。自分の子供が殺された事件なのに、その審判に全く関われないなんてありえない話です。なぜ自分の子供の命が奪われなければならなかったのか、被害者の親には知る権利があります」
だから“やらなあかん”と思い活動してきた――そう語る土師さん。08年の被害者参加制度の導入で、少年審判における被害者の審判傍聴も条件付きで可能になった。これはこれで大きな前進だが、他方、まだまだ少年事件については課題も多いと感じているという。
「少年院での更生プログラムがきちんと機能しているのか疑問です。私の事件の『加害男性』の場合は特殊な例かもしれませんが、失敗だった」
「少年A」は事件後、医療少年院に送られ、異例と言われる7年間に亘り、“治療”が施された。しかし、社会に復帰してからは、遺族に何の断りもなく、3年前、手記『絶歌』を出版したのは記憶に新しい。毎年、淳君の命日に土師さんの元に届いていた「手紙」も、ついに今年は送られてこなかったという。
土師さんは、少年事件の被害者家族、特に兄弟に対する支援が必要だが、現実にはなにもなされていないとして、こんな指摘もする。
「特に兄弟が思春期の子供だと、精神的打撃が強く、そのために学校へ行けなくなる、勉強が手につかないという状態になることが多い。それなのに公的なサポートは何もない。片や加害者は少年院で勉強もできれば職業訓練も受けられる。これは差別です。退職した教師を活用するなどの方法も考えて欲しいのですが、未だ何も実行されていません」
現在、少年法が適用される年齢を、現行の20歳未満から18歳未満に引き下げるべきかどうかの議論が始まっている。土師さんは、法務省の勉強会に意見参考人として招かれ、「当然18歳未満に引き下げるべきだ」と主張したと続ける。
「現在では18歳で大人と認められ、選挙権もある。権利と義務は表裏一体のはずですから義務も負わなければならない。選挙権を与えられた人間が、他方で少年法で守られるというのはおかしいですよ」
冒頭の最終大会の総括では、会立ち上げの中心となった岡村勲弁護士が、
「今後(の活動)を担うのは、国であり国民である」
と話し、会場は万雷の拍手に包まれた。犯罪被害者の戦いはまだまだ続く。
・福田ますみ(ふくだ・ますみ)
ノンフィクション・ライター。1956年、横浜市生まれ。立教大学社会学部卒業後、専門誌、編集プロダクション勤務を経てフリーに。2007年、『でっちあげ』で新潮ドキュメント賞受賞。著書に16年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞受賞作を書籍化した『モンスターマザー』など。
特集「『あすの会』19年目の解散 『犯罪被害者』たちは何と戦ってきたのか――福田ますみ(ノンフィクション・ライター)」より
◎上記事は[デイリー新潮]からの転載・引用です
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◇ “最低でも死刑を”の声 加藤みささん殺害(住田紘一 故死刑囚)の場合 犯罪被害者たちは何と戦ってきたのか㊤ 2018/6/3
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