上の写真は,皇大神宮内宮 別宮 瀧原宮御手洗場です。(流れる川の水は,宮川の支流の頓登川です)
おほみたからにいたるまで かしこみ かしこみ もうす。この「おほみたから」とは,私たち国民のことをさします。天皇陛下が日々,神様への祈りとして捧げる御言葉です。すべての国民一人ひとりが日々の生活が平穏で,そして豊かに安寧に暮らせますようにと云う祈りの言霊です。なぜ,天皇陛下は,これほどまでに国民の幸せを祈り,願うのでしょうか?
昨日の記事「伊勢神宮1300年続く 永遠なる祈り」で,伊勢神宮について書かせて頂きました。やはり,天皇陛下の祈りのもとは日本神話の国譲りの中にあるようです。昨日の記事でも若干,その国譲り「日本神話」を引き合いにしましたので,今日は,この日本神話にある国譲りをテーマに書きたいと思います。
1.私たちの国の神話に「国譲り」があります。
いま私たちが暮らすこの国は豊葦原瑞穂國(とよあしはらのみずほのくに)と云い,元々,この日本には先に暮らしていた所謂,先住民族がおりました。この先住民族は国津神の子孫で,仲よく平和な暮らしを営んでおりました。そして何よりも祈りを大切にする民族でした。その祈りの根底には,この世のありとあらゆるものには神様が宿ると云う思想を持ち合わせ,同時に,自然そのものを神様だと判っていました。そこに,天から天津神が降りて来て,国津神の神様へこの国と国民を天津神に譲るように「説得」をしました。その後,国津神は天津神に幾つかの条件を提示して豊葦原瑞穂國と国民を天津神へ譲ることに決めました。
私個人的には,この国津神の子孫とは縄文人を指しているのではないかと考えています。つまり,我々の遠い遠い祖先です。世界で最も永く,平和で,豊かな文明を築いていたのが縄文文明です。世界で一番古い文明でもあります。私たちは子供のころに学校でお米は弥生時代にもたらされたものだと教えてもらいましたが,実は,縄文時代には既に,お米はありました。御酒もありました。縄文土器から検出されています。
2.国津神の条件提示。国を譲った国津神と祈りを約した天津神
国津神の提示した幾つかの条件の中に①国津神をお祀りする立派な神殿を建築すること②天津神の子孫が未来永劫,丁寧に丁重に国津神をお祀りすること。ここまでが,一般的に国譲り神話に登場する内容です。しかし,あともう一つ昨日の記事にも書いたように③あったのではないかと私は考えております。それは,次の3.国津神の子孫の想いを引き継ぐ。③です。
3.国津神の子孫の想いを引き継ぐ。
③国津神の国民(子孫)が最も大事にしている精神「御蔵」を尊重し,お祀りすること。この③が今の伊勢神宮に建つ御社殿です。ちなみに①は出雲大社です。②は天皇家を中心に,伊勢神宮の祭主(現在は,黒田清子様)や出雲大社の社家(出雲国造家)です。
4.いまなお続く聖なる祈り。
昨日の記事の通り,伊勢神宮の御社殿を現在の茅葺屋根に掘立て柱に造り替えたのは,天武天皇,持統天皇です。その天武天皇,持統天皇が縄文人の最も大切にしていた五穀豊穣の精神を又,収穫できた穀物を納める御蔵(高床式倉庫)を中心に置くことによって永遠に守り続けると云う決意を建築物を通して後世に示し,残しているのではないかと思います。その構想を誰が考えたのかは分かりません。しかしながら,我々,現代の子孫も伊勢神宮の御正宮で知らず知らずに,そして無意識に永遠なる祈りを捧げていることになるのです。その精神は歴代の天皇陛下にも承継され,近代では,昭和天皇の終戦の詔勅の一文にも見て取れます。そして,平成の世でも今上陛下の精神もまた同じであると私はそのように考えます。被災者とともに。被災者に寄り添いたい。一日でも早く被災地へ出向き被災者と言葉を交わしたいと思っておられると考えます。
5.むすび。
国津神の子孫である縄文人の最も特徴的な考え方は「平和」です。これに尽きるかもしれません。つまり,争いをしないと云う考え方であるのです。前にも「祖霊祭祀の日本人 祈りの民族」の記事でご紹介させて頂きましたが,とにかく争いを嫌います。それは縄文人の死生観に基づくものですが,その証拠に,全国の縄文遺跡から見つかっていないものが1つだけあります。
それは,武器です。つまり,人を殺傷するために使われる武器は発見されていません。ところが弥生時代を境に戦闘が始まります。戦い方を知らない民族(縄文人)は北へ北へと逃げるように移動したのです。それが現在の東北地方です。そう,鬼門です。
それ以降,現在に至るまで,日本人の宗教観は鬼門を最も畏れ,神聖なる方位として厚くお祀りしているのです。その後,数千年の歴史を経て現代があるのであります。
記事本文掲載 終わり。
近年,地球温暖化などの影響からか「エコ」環境保護が世界的に注目されています。ここにも縄文人の考えと云うか知恵が伝えれて来ています。縄文人は,必要なものを,必要なとき,必要な分だけ頂くという考え方で暮らして下りました。つまり,根こそぎ採取するということはしないのです。エコの生活は,縄文人からの重要なメッセージかもしれません。
現在の学校教育では,日本神話を授業で教えることはありませんので,興味を持った生徒は自学自習で勉強しなくてはなりません。これは,この国にとっても不幸なことであります。世界的に観ても自分の国の神話を知らない国民はほとんどいません。日本人が外国人に馬鹿にされるひとつの話題として,よく言われるのが日本人は日本の文化や伝統を知らない。それで,他国の文化や伝統,歴史を勉強しようとしている。そんなんで恥ずかしくないのか?と言われています。これは,学ぶ側の責任よりも,伝える側の責任だと思います。伝える側が,もっと謙虚に,歴史に学び,子孫へ命の尊さを伝えることが大切なことではないでしょうか。
尚,本文中にある「国譲り」の一部を除き,他は,私個人の解釈であって,何ら文献等の学術的根拠を有するものではありません。したがいまして,個人の解釈によるものだとご覧頂ければ,真に幸いで御座います。拝
記事作成にあたって参考にさせて頂いた資料は,以下の通りです。
1.出雲大社と大国主大神「出雲大社公式ホームページ
http://www.izumooyashiro.or.jp/kamigami/izumo/index.html
2.出雲観光ガイド 国譲り「出雲観光協会公式ホームページ内」
https://www.izumo-kankou.gr.jp/1033
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太古の昔から日本人の性質は互いに支え,助け合い,足りないところを補い続けた民族でした。
私たちの祖先は,それを相互扶助とし和の仕組みとしました。日本が和の国と呼ばれる所以です。
又,人にはそれぞれ違いがあり,その違いを認め合い,尊重し合うことを大切にして来ました。
それが祈りの民族と云われる大和の民。大和民族です。
菊の紋章は世界祭祀の継承者としての証であり,世界で唯一,太陽を国旗にする国でもあるのです。
わたし達の心の中には根源神の分魂が内在しています。高天原は,わたし達の心の中に存在します。
心柱神社 心神とともに。花咲あさひ 拝