憲法改正がようやく議論されている今日この頃・・・
ちょっと思い出したことがあって・・・
確か小学校5年生ぐらいだったと思うのですが、私は結構お洒落が好きで、買ってもらう服がマスタード色とかモスグリーンとかグレーとか、子供にしては、地味な色が多かったのです。
ある日、お気に入りのモスグリーンのトレーナーを着ていたら、祖母が
「あんた、そんな国防色みたいな服を着て!」と言っていたのが印象的でした。
「おばあちゃん、国防色って・・・」と吹き出したのを覚えています。
でも、祖母の時代の人(大正12年生まれ)にとっては、それは国防色だったのですよね。
アメリカという国は占領下にあった日本の憲法にまで手を伸ばす、それこそ戦略的な頭脳プレーをしてきました。
それは、日本という国がアメリカの支配の及ばないところに一見行ったように見えても、実は水面下では影響を及ぼせる状態を残しておいたというか・・・
その一方で、敗戦後の日本の子供の栄養状態が悪いので給食を導入するとか、国民皆保険制度を導入するなど、日本にとって大変優れた制度を残してくれたことも事実です。
アメリカは自国でこれらを取り入れようとしてもなかなかうまくいかないのですしね。
はるか昔、聖徳太子が憲法17条を作ったように、日本の憲法は日本人によって作られるべきと思うのは自然なことのように思うのですが・・・
ちょっと思い出したことがあって・・・
確か小学校5年生ぐらいだったと思うのですが、私は結構お洒落が好きで、買ってもらう服がマスタード色とかモスグリーンとかグレーとか、子供にしては、地味な色が多かったのです。
ある日、お気に入りのモスグリーンのトレーナーを着ていたら、祖母が
「あんた、そんな国防色みたいな服を着て!」と言っていたのが印象的でした。
「おばあちゃん、国防色って・・・」と吹き出したのを覚えています。
でも、祖母の時代の人(大正12年生まれ)にとっては、それは国防色だったのですよね。
アメリカという国は占領下にあった日本の憲法にまで手を伸ばす、それこそ戦略的な頭脳プレーをしてきました。
それは、日本という国がアメリカの支配の及ばないところに一見行ったように見えても、実は水面下では影響を及ぼせる状態を残しておいたというか・・・
その一方で、敗戦後の日本の子供の栄養状態が悪いので給食を導入するとか、国民皆保険制度を導入するなど、日本にとって大変優れた制度を残してくれたことも事実です。
アメリカは自国でこれらを取り入れようとしてもなかなかうまくいかないのですしね。
はるか昔、聖徳太子が憲法17条を作ったように、日本の憲法は日本人によって作られるべきと思うのは自然なことのように思うのですが・・・