東日本大震災以降だと思うのですが、日本すごい的な物言いが目立ちます。書店にいれば、嫌でも目につきます。
果てはヘイストスピーチ。障害者施設での虐殺事件も忘れられない出来事です。
リオオリンピック男子マラソンで銀メダルに輝いたエチオピアのリレサ選手は、ゴール時、頭の上で両腕をクロスさせました。それは、エチオピアでの少数民族オモロ族への政府の攻撃に抗議するものです。
古代からユダヤ人は迫害を受け、民族がまとまるために聖書の原型を生み出しました。
大手広告代理店の電通の新入社員が、10か月も持たず過労死していた事実も最近報道されました。
これらの事件、傾向は、すべて無関係なのでしょうか?
いや、何か共通するものがある、と感じてしょうがないのです。
暴力の根本にある何か。一方だけが絶対的に正しく不変であるとしたい何か。
その何かを書きたいというのが私の小説の動機の一つです。
で、この本に目が留まりました。日本と韓国・朝鮮の歴史について、いったい自分はちゃんと知っているだろうかと。
元寇というのがありました。1274年と1281年、モンゴル帝国が高麗王国を従えて日本を侵略しようとした。
台風が来て日本は助かった。以後、神の国思想が広まった。
豊臣秀吉が朝鮮に出兵したのは1592年。そのときから隣の国を見下す思想があった。
江戸時代が終わり、大日本帝国憲法が発布。国体の中心にして最上の位置を天皇が占めた。
以後の侵略戦争は、すべて天皇の名の下に行われている。
しかし、敗戦し、天皇に何らの処分も科せられなかったことが、今でも続く遺恨の原因と指摘されていたことに納得する。
であるからこそ、今の平成の天皇が、かつての激戦地に赴き、深く頭を下げる姿に魂がこもっていると感じる。
歴史を深く理解していればこそできる姿勢でしょう。
歴史を知ることは、今生きている自分の根を強くすることだと感じます。
根が強くなれば、幹も枝葉ももっと伸びる。
高校、大学、社会人生活だけでは知りえず、でも知らなけらばならないことの一部が、この本にはあります。
事実を見つめることが、遠回りのようでありながら最善の道なのだなと、改めて思います。
中塚明著/高文研/2002
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