雨だったので、銭湯行ってからは、続けて2本の映画を観ました。
1つ目は、『駅路』で、先週土曜日、9時からフジテレビで放映された作品です。これはもう「映画」と言ってもいいのではないでしょうか。それくらいによかった。
原作は松本清張で、脚本が向田邦子、主演が役所広司、これだけで観ようと思った。そして、そのカンは正しかった。
演出が杉田成道という、あの『北の国から』を担当した人なのだそうですが、大晦日の紅白歌合戦で、谷村新司が『群青』を歌っている姿が、池袋の飲み屋の片隅に置かれたテレビに現れて、消息不明になった愛人を思う女性と重なって、まさに誰かの心情を代理で歌っているようで、歌の力を感じた。
それと、佐藤春夫の詩『よきひとよ』。佐藤春夫の詩集を持っていないけど、これもまた定年を迎えた男の気持ちをよく代弁しているように思った。
ゴーギャンの絵もまた効いていた。彼は37歳で、妻子、仕事(証券会社)を捨て、タヒチに行った。これから毎日描くつもりだ、子に犠牲にされて、誰が芸術や美を創っていけるのか、と言って。
深津絵里が演じた女性もまた具体的だった。定年を迎えた男と、駆け落ちしようとして、土壇場で近所の友人が生後8ヶ月の赤ちゃんを連れて遊びに来る。そこで、ふっと気が変わる。女に生まれたからには、子供を産んで抱いてみたい。先の短い男と一緒になって、果たして幸せになれるのか?
待ち合わせ場所に行った男は、金目当てで殺されてしまう。沈められた湖から、「よきひと」とのツーショット写真が、ゆらゆらと浮かんでくる。
事件後、帰路の車内で、1年後に定年を控えた刑事と青年刑事の会話も沁みた。
ああそうだよな、我慢しながらも生きていくんだよな、うんうんそうだ。
そう感じたおじさんたちは多かったのではないでしょうか。
男の側と女の側、双方の心的現実が、こみ上がった。海底と海面の水がかき混ぜられたような感じ。そうした黒潮(暖流)と親潮(寒流)が混ざる海域に、魚もよく育つ。そんな魚になった気分です。
続けて『細雪』を観ました。これは親しくさせていただいている出版社の代行さんから頂いたDVDです。映画好きな彼に、何がよかったかと聞かれ、最近では市川崑さんかなと応えたら、まだ観てないものでいいのがあるということで、わざわざダビングして持ってきてもらいました。
原作は谷崎潤一郎なのですが、だいぶ僕の谷崎観が変わりました。と言っても、ほとんどその作品にはまだ触れていないのですが。優しいというかきめ細やかというか。
谷崎の3人目にして最後の妻、松子の姉妹(4姉妹)がモデルとなっています。本家と分家、本家の奥にいる「筋を通す」祖母、世間体、家政婦がつい見てしまう、姉妹間の愛憎、家に入った男たちの葛藤、義理の妹への愛着、戦中の空気、もちろん京都の美しさ、などなど、見所満載で飽きませんでした。
3姉妹の3番目を吉永小百合が演じているのですが、4姉妹の中でも彼女が、僕はやはり引かれました。日本女性の美というのでしょうか。どの女性だって美しいのですが。
谷崎観が変わったというのは、4姉妹それぞれの、それぞれの葛藤と行く先、落ち着きどころまで描いているということです。それはとても親和的で、写実的でもあります。幻想や性癖とは距離ができていた。身内を題材にしているから現実的になるのでしょうか。
画面がすっきりしていて、人物、風景、言葉が、寸分の隙もなく動いていく。着物やぼんぼりもまた、それだけで絵になっていた。
3女の雪子を吉永小百合が演じているのですが、30を過ぎていて(そのようには見えない)未婚で、上の2人の夫婦がさかんに縁談を持ってくるのですが、ことごとく断る。でも、ついに意中の人が現れて、結婚することに。上の姉たちは、「よくねばったわね」と関心する。そんな姿勢が、30を越え、周りがいい人紹介するよなどと言われ始めたひとりものとして、共感したりもする。
女性のありのままを、その人にとっての大事なものを、谷崎も書いていた。1886年(明治19年)に生まれた日本男児として、それはかなり異端で、今から見れば現代的。マゾヒズムやフェティシズムの気があったにしても、個人を大切にしていたのがわかります。
また、谷崎を激賞したのが永井荷風だった。谷崎を三島由紀夫は当初はわが師として仰いでいたようですが、川端康成に移っていった。谷崎の最初の妻千代を、友人の佐藤春夫が受け継いだ。川端の家に行った壇一雄は相手にされず、佐藤家に行ったら歓待され、師とした。その佐藤の詩『よきひとよ』を向田邦子が好きで、松本清張のドラマに使った。三島の恋人(?)だった美輪明宏は、江原啓之と心通わせ、あんな姿になっている・・・。谷崎の影響を受けた江戸川乱歩の作品を、美輪明宏は舞台で演じてもいる。
そんなつながりが、また発見できて面白いのです。
まったく新しいものなどないのです。温故知新。
やっぱり、文学はいいなあ。
駅路/松本清張原作/向田邦子脚本/杉田成道演出/役所広司、深津絵里他/フジテレビ
細雪/谷崎潤一郎原作/市川崑監督/佐久間良子、吉永小百合、石坂浩二他/東宝
1つ目は、『駅路』で、先週土曜日、9時からフジテレビで放映された作品です。これはもう「映画」と言ってもいいのではないでしょうか。それくらいによかった。
原作は松本清張で、脚本が向田邦子、主演が役所広司、これだけで観ようと思った。そして、そのカンは正しかった。
演出が杉田成道という、あの『北の国から』を担当した人なのだそうですが、大晦日の紅白歌合戦で、谷村新司が『群青』を歌っている姿が、池袋の飲み屋の片隅に置かれたテレビに現れて、消息不明になった愛人を思う女性と重なって、まさに誰かの心情を代理で歌っているようで、歌の力を感じた。
それと、佐藤春夫の詩『よきひとよ』。佐藤春夫の詩集を持っていないけど、これもまた定年を迎えた男の気持ちをよく代弁しているように思った。
ゴーギャンの絵もまた効いていた。彼は37歳で、妻子、仕事(証券会社)を捨て、タヒチに行った。これから毎日描くつもりだ、子に犠牲にされて、誰が芸術や美を創っていけるのか、と言って。
深津絵里が演じた女性もまた具体的だった。定年を迎えた男と、駆け落ちしようとして、土壇場で近所の友人が生後8ヶ月の赤ちゃんを連れて遊びに来る。そこで、ふっと気が変わる。女に生まれたからには、子供を産んで抱いてみたい。先の短い男と一緒になって、果たして幸せになれるのか?
待ち合わせ場所に行った男は、金目当てで殺されてしまう。沈められた湖から、「よきひと」とのツーショット写真が、ゆらゆらと浮かんでくる。
事件後、帰路の車内で、1年後に定年を控えた刑事と青年刑事の会話も沁みた。
ああそうだよな、我慢しながらも生きていくんだよな、うんうんそうだ。
そう感じたおじさんたちは多かったのではないでしょうか。
男の側と女の側、双方の心的現実が、こみ上がった。海底と海面の水がかき混ぜられたような感じ。そうした黒潮(暖流)と親潮(寒流)が混ざる海域に、魚もよく育つ。そんな魚になった気分です。
続けて『細雪』を観ました。これは親しくさせていただいている出版社の代行さんから頂いたDVDです。映画好きな彼に、何がよかったかと聞かれ、最近では市川崑さんかなと応えたら、まだ観てないものでいいのがあるということで、わざわざダビングして持ってきてもらいました。
原作は谷崎潤一郎なのですが、だいぶ僕の谷崎観が変わりました。と言っても、ほとんどその作品にはまだ触れていないのですが。優しいというかきめ細やかというか。
谷崎の3人目にして最後の妻、松子の姉妹(4姉妹)がモデルとなっています。本家と分家、本家の奥にいる「筋を通す」祖母、世間体、家政婦がつい見てしまう、姉妹間の愛憎、家に入った男たちの葛藤、義理の妹への愛着、戦中の空気、もちろん京都の美しさ、などなど、見所満載で飽きませんでした。
3姉妹の3番目を吉永小百合が演じているのですが、4姉妹の中でも彼女が、僕はやはり引かれました。日本女性の美というのでしょうか。どの女性だって美しいのですが。
谷崎観が変わったというのは、4姉妹それぞれの、それぞれの葛藤と行く先、落ち着きどころまで描いているということです。それはとても親和的で、写実的でもあります。幻想や性癖とは距離ができていた。身内を題材にしているから現実的になるのでしょうか。
画面がすっきりしていて、人物、風景、言葉が、寸分の隙もなく動いていく。着物やぼんぼりもまた、それだけで絵になっていた。
3女の雪子を吉永小百合が演じているのですが、30を過ぎていて(そのようには見えない)未婚で、上の2人の夫婦がさかんに縁談を持ってくるのですが、ことごとく断る。でも、ついに意中の人が現れて、結婚することに。上の姉たちは、「よくねばったわね」と関心する。そんな姿勢が、30を越え、周りがいい人紹介するよなどと言われ始めたひとりものとして、共感したりもする。
女性のありのままを、その人にとっての大事なものを、谷崎も書いていた。1886年(明治19年)に生まれた日本男児として、それはかなり異端で、今から見れば現代的。マゾヒズムやフェティシズムの気があったにしても、個人を大切にしていたのがわかります。
また、谷崎を激賞したのが永井荷風だった。谷崎を三島由紀夫は当初はわが師として仰いでいたようですが、川端康成に移っていった。谷崎の最初の妻千代を、友人の佐藤春夫が受け継いだ。川端の家に行った壇一雄は相手にされず、佐藤家に行ったら歓待され、師とした。その佐藤の詩『よきひとよ』を向田邦子が好きで、松本清張のドラマに使った。三島の恋人(?)だった美輪明宏は、江原啓之と心通わせ、あんな姿になっている・・・。谷崎の影響を受けた江戸川乱歩の作品を、美輪明宏は舞台で演じてもいる。
そんなつながりが、また発見できて面白いのです。
まったく新しいものなどないのです。温故知新。
やっぱり、文学はいいなあ。
駅路/松本清張原作/向田邦子脚本/杉田成道演出/役所広司、深津絵里他/フジテレビ
細雪/谷崎潤一郎原作/市川崑監督/佐久間良子、吉永小百合、石坂浩二他/東宝
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