本日は朝は雪、のち曇り~晴れ
昨夜から少しづつ降っていた雪は朝にはこのように積もっていた。
天気予報などでしきりに雪の注意を出していたが当地はそれほどの降雪でもなかったが愛知県内では一部の交通機関は不通となりダイヤも乱れていた。
今朝の江南市の雪
今日は午後遅くに手術が終わって入院中のココ(ワンコ)を迎えに行った。
おかげさまで手術も無事で結果も問題なさそうだ、病院で一晩泊って不安だったのだろう
顔を見たとたん激しく吠えた。
傷口を舐めないようにガードを付けられたココ
ココは8歳と8カ月になるミニチュア ダックス フンドのメスである。
家に来て1年近くたって、山小屋に連れて行っていた時居なくなった事がある。
ココは基本的にかみさんが面倒をみるのでかみさんに良くなついていた。
親戚が集まってワイワイとBBQ等して楽しんだ夜に、行方不明になった、朝になれば帰ってくるだろうと
その夜は近くの道路付近を捜しただけであきらめた。
きっとこの夜かみさんの姉妹が車で出て行ったのでかみさんと間違ってその後をおっかけて行ったのだろうと
想像した。
次の朝になっても昼になっても帰ってはこない、そのあたり一帯を探しても探しても見つからない、
家族皆と親戚の者も一緒になって村の中を探した、村の人達にも訪ねて回ったので近所の人が一緒に探してくれたり村の有線放送に頼んでくれて迷子の放送までしてくれた。
一週間ほど探しても見つからない、どっかで車にはねられたとか何かの動物に襲われたとか連れて行かれたとかはっきりすれば、それはそれであきらめもするのだが・・・なんともすっきりしない。
村中を探していると3Km程も離れた集落でその犬なら見たと言う人もい居るしどうもまだどっかで生きている気配はするが山小屋には戻って来ない、と言うか山小屋には初めて連れて行ったので付近の地理は分からないので帰れないのだろう
柴犬のような賢い犬だったり自立で山の中でも十分生きていけるほど体力や知恵のある犬ならほっといても又帰ってくる可能性はあるが、なにしろ5kg程しかないチビの犬だし山のキツネなどとけんかしても負けるだろうし
もう諦めるしかないだろう、会社も休んで探したが無駄だった、いつまでもそんなことをしてはいられない、
一週間目に一旦愛知の家に帰る事にした。
もう帰ろうと言う日にかみさんと二人で、ココが歩いて行きそうな道端や家の近辺に餌を置き、また山小屋の外にもし帰って来たら入って寝られるように犬小屋も作ってエサと一緒に置いた。
最後に探しに行った時、夏場とは言え夕方になれば気温も低くだんだんと寒くなってくるし小雨もショボショボと
降ってあたりはもううす暗くなって来くる、かみさんはこれだけ探したし匂いの付いたものも置いたし、あちこち餌も置いたし・・・・・と言った、力及ばす悔しく悲しかった。
自立できるものは突き放すこともできる、しかし人間の勝手で作った自力で生きられないだろうペットを失える
と言う事について、この時ほど自責の念を深く感じたのは事はなかった。
探すのをあきらめて帰るについては色んなところにお願いして連絡先などをお知らせしておいた、
帰ってから間もなくワンコを見たという電話がかかって来た!
お、まだ生きている!喜んで皆で見つけてくれた近辺を捜した、そこは山小屋と同じような風景の場所で、大きな側溝の土管の中をねぐらにしていたようだった、首輪に付けていたリードの切れはしが落ちていた。
2日ほど経った時、村の駐在さんから電話があったワンコを確保したので連れに来るようにと。
農家の奥さんがココを保護してくれていた。
何度も何度もお礼を言った。
ココは警戒心が強く人見知りする犬なので自ら人には近づいていかない性格だが最後の最後は
女の人のところに近寄って行ったようだ。
保護された時はやせ細っていた、ウンチからはバッタなど昆虫の残骸が出ていたようなのでそれなりに自力で
10日間生きたようだ。きっとこの時は本来持っている動物としての本能をせいっぱい蘇らせて必死で生きようとしたことだろう、普通の飼い犬では体験できなかったことをココは経験したのだ。
どれほど心細かったことか飢えた事か・・と人間は勝手に想像してしまうが、これが動物との触れ合いの原点かもしれないし、またこれは人間の勝手なエゴかもしれない、、本来動物はそのようにしてたくましく生きて行くのが普通であって彼らにとってはそれほどの事でもないかもしれない・・・・
犬が特に好きで飼おうと思ったわけではない、きっかけは親戚からワンコはどうか?と言われてワンコでも飼ってみようかという単純な動機だが一緒に暮らすようになると動物との深い関係ができあがってしまう。これまでの考えを変えさすだけのものはもっている。
普段は家に居ても、じゃれてくれば足で蹴っ飛ばしているぐらいなのだが・・・・
この頃に前後して、「ハラスのいた日々」と言う本を読んだ、著者は中野孝次でこの人が柴犬との生活を書いたエッセーで作家の目で見た愛犬との生活を描いた感動深い本だった。映画ドラマにもなった
また妻夫木聡の出た映画「さよならクロ」という映画も見た、良く分かるし深く胸を打たれたことを思い出す。
昨夜から少しづつ降っていた雪は朝にはこのように積もっていた。
天気予報などでしきりに雪の注意を出していたが当地はそれほどの降雪でもなかったが愛知県内では一部の交通機関は不通となりダイヤも乱れていた。
今朝の江南市の雪
今日は午後遅くに手術が終わって入院中のココ(ワンコ)を迎えに行った。
おかげさまで手術も無事で結果も問題なさそうだ、病院で一晩泊って不安だったのだろう
顔を見たとたん激しく吠えた。
傷口を舐めないようにガードを付けられたココ
ココは8歳と8カ月になるミニチュア ダックス フンドのメスである。
家に来て1年近くたって、山小屋に連れて行っていた時居なくなった事がある。
ココは基本的にかみさんが面倒をみるのでかみさんに良くなついていた。
親戚が集まってワイワイとBBQ等して楽しんだ夜に、行方不明になった、朝になれば帰ってくるだろうと
その夜は近くの道路付近を捜しただけであきらめた。
きっとこの夜かみさんの姉妹が車で出て行ったのでかみさんと間違ってその後をおっかけて行ったのだろうと
想像した。
次の朝になっても昼になっても帰ってはこない、そのあたり一帯を探しても探しても見つからない、
家族皆と親戚の者も一緒になって村の中を探した、村の人達にも訪ねて回ったので近所の人が一緒に探してくれたり村の有線放送に頼んでくれて迷子の放送までしてくれた。
一週間ほど探しても見つからない、どっかで車にはねられたとか何かの動物に襲われたとか連れて行かれたとかはっきりすれば、それはそれであきらめもするのだが・・・なんともすっきりしない。
村中を探していると3Km程も離れた集落でその犬なら見たと言う人もい居るしどうもまだどっかで生きている気配はするが山小屋には戻って来ない、と言うか山小屋には初めて連れて行ったので付近の地理は分からないので帰れないのだろう
柴犬のような賢い犬だったり自立で山の中でも十分生きていけるほど体力や知恵のある犬ならほっといても又帰ってくる可能性はあるが、なにしろ5kg程しかないチビの犬だし山のキツネなどとけんかしても負けるだろうし
もう諦めるしかないだろう、会社も休んで探したが無駄だった、いつまでもそんなことをしてはいられない、
一週間目に一旦愛知の家に帰る事にした。
もう帰ろうと言う日にかみさんと二人で、ココが歩いて行きそうな道端や家の近辺に餌を置き、また山小屋の外にもし帰って来たら入って寝られるように犬小屋も作ってエサと一緒に置いた。
最後に探しに行った時、夏場とは言え夕方になれば気温も低くだんだんと寒くなってくるし小雨もショボショボと
降ってあたりはもううす暗くなって来くる、かみさんはこれだけ探したし匂いの付いたものも置いたし、あちこち餌も置いたし・・・・・と言った、力及ばす悔しく悲しかった。
自立できるものは突き放すこともできる、しかし人間の勝手で作った自力で生きられないだろうペットを失える
と言う事について、この時ほど自責の念を深く感じたのは事はなかった。
探すのをあきらめて帰るについては色んなところにお願いして連絡先などをお知らせしておいた、
帰ってから間もなくワンコを見たという電話がかかって来た!
お、まだ生きている!喜んで皆で見つけてくれた近辺を捜した、そこは山小屋と同じような風景の場所で、大きな側溝の土管の中をねぐらにしていたようだった、首輪に付けていたリードの切れはしが落ちていた。
2日ほど経った時、村の駐在さんから電話があったワンコを確保したので連れに来るようにと。
農家の奥さんがココを保護してくれていた。
何度も何度もお礼を言った。
ココは警戒心が強く人見知りする犬なので自ら人には近づいていかない性格だが最後の最後は
女の人のところに近寄って行ったようだ。
保護された時はやせ細っていた、ウンチからはバッタなど昆虫の残骸が出ていたようなのでそれなりに自力で
10日間生きたようだ。きっとこの時は本来持っている動物としての本能をせいっぱい蘇らせて必死で生きようとしたことだろう、普通の飼い犬では体験できなかったことをココは経験したのだ。
どれほど心細かったことか飢えた事か・・と人間は勝手に想像してしまうが、これが動物との触れ合いの原点かもしれないし、またこれは人間の勝手なエゴかもしれない、、本来動物はそのようにしてたくましく生きて行くのが普通であって彼らにとってはそれほどの事でもないかもしれない・・・・
犬が特に好きで飼おうと思ったわけではない、きっかけは親戚からワンコはどうか?と言われてワンコでも飼ってみようかという単純な動機だが一緒に暮らすようになると動物との深い関係ができあがってしまう。これまでの考えを変えさすだけのものはもっている。
普段は家に居ても、じゃれてくれば足で蹴っ飛ばしているぐらいなのだが・・・・
この頃に前後して、「ハラスのいた日々」と言う本を読んだ、著者は中野孝次でこの人が柴犬との生活を書いたエッセーで作家の目で見た愛犬との生活を描いた感動深い本だった。映画ドラマにもなった
また妻夫木聡の出た映画「さよならクロ」という映画も見た、良く分かるし深く胸を打たれたことを思い出す。