子どもの数の減少と、働くお母さんのための保育園が重要視され…保育時間の短い区立幼稚園は定員割れが目立つようになりました。
下の子が入園した時も店員割れでした。風邪などが流行りだしお友達が何人か休むとクラスがガランとして寂しく感じました。
それでも、年少までは子ども達もお母さん達もいい関係だったと思います。
子ども達を園に送り出したあとカフェにモーニングを食べに行ったり、休日に電車に乗って少し遠くにある公園に遊びに行ったり。“行ける時に行ける人が参加しましょう”と軽い感じで声をかけ合い集まっていました。上の子の時もそんな感じでした。ネチネチしないライトな“ママ友”付き合いでした。
PTAのお手伝いもそんな感じです。時には講演会や研修会など、外に出かけて参加をしなければいけないこともあります。そんな時も“行ける人が出来る範囲で協力しましょう”という体制だったので、講演会に行ってくれる人がいない!!困った!!ということはありませんでした。。。年少までは。
下の子の年少時代が終わり、新年度を迎える前の春休み。幼稚園の近くを歩いていたら園長先生とバッタリ会いました。
私は次期PTAの会長になる予定でした。
少し世間話をしたあと園長先生が「けめこさん、まだ会長に承認されてないけど…ちょっとお耳に入れていただきたいことが…」
園長先生が仰るには、年長組に転入生が1名入ってくるとのこと。
「良かったじゃないですか~」という私に、園長先生は「うーん…」と何か言いにくそうな感じが。
「とても元気なお子さんなんだけどね、その…今まで集団生活をしたことがないらしくて…その…元気すぎちゃうというか…とても溌剌としていい子なんだけどね。他の先生とも協力して、しっかりと年長組を見ていきますので。」と園長先生。
その時の私はどうしてわざわざそんなことを私に報告するんだろう…と不思議に思いました。(つづく)
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なぜこんな私がPTAの会長になったかというと…
当時下の子のクラスは、乳児を育てているお母さんが多くいました。また、私が上の子→下の子と続けて幼稚園にいたのことや、あまり詳しくは書けませんが諸々の事情で私が会長職を引き受けました。
同じくPTAの本部を引き受けてくださったお母さん達が「会長職はできませんが、〇〇(役職)をやります。けめこさんのことを全力でサポートします。」と言ってくれたのがとても心強かったです。