上の子が幼稚園を卒園してから「企画隊」というグループLINEを作りました。
メンバーは卒対をやっていたお母さん達と、クラス委員をやっていたお母さんです。
切り込み隊長の(卒対委員長)お母さんが「卒園してもたまーに会いたいよね」と声をかけてくれて、春はお花見、夏は花火、秋はハロウィン、冬は新年会…とイベントを企画し、他のメンバーが日程を調整したり、場所をおさえたり。無理のない範囲で、出来る人が出来ることを、参加も自由参加で都合のいい時間においでよ!と気兼ねなく集まっていました。(集まりの時、いつも切り込み隊長が作ってきてくれる手作りのお菓子が最高に美味しかったです)
私もPちゃんも「企画隊」のメンバーでした。Pちゃんは「企画隊」の盛り上げ役でした。「よっ!おつかれ」「さすが!仕事が早いね!」と場の雰囲気を盛り上げてくれるので、私を含め他のお母さん達は気持ちよく仕事(役目)ができました。
集まる予定がない時もお互いの近況報告や、悩み相談、愚痴をこぼしたり、たわいもない会話のやりとりをしていました。そのLINEのやりとりも出来る人が出来るときにLINEをする。忙しいときは既読スルーOKだったので「LINEの返事をしなくちゃ」というプレッシャーがありません。
下の子達が幼稚園の年長になって私がPTAの会長、Pちゃんが卒対委員長になった時も「大きな役目だけど、2人なら大丈夫だよ!」と励ましてくれたり、Pちゃんが引っ越した時も「Pちゃんがんばれ!」と応援してくれました。
結婚を機に東京にきて、誰も知り合いがいないなか妊娠出産。子育て支援センターや児童館にも遊びに行っていましたが、働くお母さんが多いのか3歳を過ぎると会うことが少なくなり疎遠になってしまいます。
なので「企画隊」は私の心の支えでした。とても心地よい場所でした。
程よい距離を持って無理なくお付き合いできる…いい人たちに出会えてよかった。卒対を経験してよかった。と思っていました。
でも「企画隊」のメンバーは知りません。
Pちゃんが写真を紛失したこと。それを誰にも告げず引っ越していったこと。そしてそれが原因でクラスのお母さん達の歯車がかみ合わなくなったことを知りません。
私が登校班で苦い思いをしたことを知りません。
数々のドタキャンを知りません。
Pちゃんが自分の子どものお迎えを忘れて、私が何度か送り届けたことを知りません。
うちの上の子のことを小馬鹿にしたことを知りません。
なにも知らないし(「企画隊」のお母さん達とは学区が違います)、Pちゃんも「実は私(写真紛失で)みんなに迷惑かけちゃったんだよね」と言いません。
「企画隊」の中ではいつもの盛り上げ役のPちゃんのままです。
「引っ越し作業大変だったでしょう」「Pちゃんはいつも頑張っててえらいよ」と「企画隊」からLINEが流れてきます。
さんざん尻ぬぐいしたのに、Pちゃんに心無い態度をとられてムカついてる私の本音を誰も知りません。
「既読スルー」すればいいのにLINEの着信音がなるたび、それがぜんぶPちゃんを褒める内容のLINEに思えて苛立ちが募ります。
あぁ…嫌だ嫌だ。腹の底でぐるぐると渦巻いているものを吐き出せば吐き出すほど母に似ていて嫌だ。
どうして私はこんな性格なんだろう。
完璧な人なんていない。わかってる。わかってるのに。
なんで私はPちゃんを許せないんだろう。
こんな思いをするくらいなら…この縁を断ち切ってしまおう。
私は「企画隊」のグループLINEを抜けました。
下の子が「問題行動」を起こしていること、上の子の習い事が忙しくなったこと、今は子ども達のために時間を使いたいこと。そして日中働くことになったことを告げてグループLINEを抜けました。(実際本当に忙しくなりました)
「企画隊」のメンバーになれて本当に嬉しかったときちんと感謝の気持ちも伝えました。もちろん感謝の気持ちは本音です。本当にいいお母さん達でした。
Pちゃんに対する複雑な思いを隠したまま「企画隊」のお母さん達とお付き合いできなかった。
私みたいな性格の人間はママ友付き合いどころか、人付き合いが不向きなんだろうな。
大切な「縁」を自ら断ってしまった私には、もうこの先「縁」はないんだろうな。
母もほとんど人付き合いをしていませんでした。結局私も母と同じようになっちゃうのかな…
でも、我が子との「縁」は一生守り通します。何が何でも。絶対に。
「応援ボタン」等、いつもありがとうございます!また「ブログ村」よりお越しの方もありがとうございます!
「企画隊」からは抜けてしまいましたが、時々個人的にLINEをしたり、お下がりをいただいたり…ありがたいことにお付き合いは続いています
Pちゃんが私に対して心無い態度を取った時、(引っ越しや転入手続きなどで)Pちゃんは心に余裕がなかったのかもしれませんが、私もPちゃんの態度を受け流すほどの心の余裕はありませんでした。それだけ幼稚園が大変でした
新学期が始まって間もなく、私が子ども達の帰りを家の前で待っているとPちゃんちの子が「家の鍵が開いてなくては入れない」と。Pちゃんに電話をしますが…案の定出ませんそのうちうちの子ども達が帰ってきたので、「とりあえずもう一回家に行ってみよう」と、私も一緒にPちゃんちに向かいました。運が悪いことにPちゃんちのマンションのエレベーターが点検作業中。10階近い階数を階段で上がりました。ピンポンしても出ません。小雨降る中、Pちゃんを待ちました。あの時はマジで膝が死んだ…
ちなみに。Pちゃんがうちの上の子を小馬鹿にした話ですが、上の子が低学年の時「〇〇選手が自分と同じフォームだった。似ていて嬉しい!」とPちゃんに話したそうです。Pちゃんは私に向かって「〇〇(うちの上の子)がそんなこと言ってたよ。バカだね~www」と。「うちの子が一生懸命頑張っているのにバカにしないで!!」と言い返せなかった自分が情けないです。。。