6時半起床。
7時朝食。
食堂に2人の姿はない。
昨夜聞いた予定では、2人ともすでに外出している時刻のはずだ。
30分前にはナポリ中央駅に到着。
そのままAVに乗り込み、ローマへ。
10時にはローマに着き、勝手知ったるテルミニ駅から、YWCA DOGへ。
ルームクリーニングは済んでいるようなので、部屋へ荷物を置き、近くにある“ローマで一番レートがいい両替屋”という名の両替屋へ。
TCをユーロに替え、本日の軍資金を確保。
最後に“すべての道はローマに通ず”の象徴ともいえるアッピア街道を見よう……いろいろ考えたが、そう決めて、行動を開始する。
まず共和国広場横にあるベンチに座り、ガイドブックを広げる。
アッピア街道へは、アルケオバスに乗って向かう。
カラカラ浴場などとも同じ方面だという。
せっかくだから両方見ようかな
……なんとなく視線を上げたら、共和国広場手前に、アルケオバスが停車している。
どうやらあそこ乗り場のようだ。
急いで駆け込み運転手にアルケオバスか確認すると、やはりアルケオバス。
料金は12ユーロだが、チケットを売る専門のスタッフがいるらしく、英語がうまくないのか、待ってくれ、と言われる。
そこで運転手に「“カラカラ”で降りたい」と片言のイタリア語で伝えたら、いきなりテンションが上がって猛烈な勢いで話しかけてくる。
いやいや、喋れないから。
チケットと一緒にもらった路線図によれば、ローマ中心部の遺跡も押さえつつ、アッピア街道も巡回するようだ。
これをうまく活用すれば、カラカラ浴場とアッピア街道を短時間で観ることができるだろう。
共和国広場を出たアルケオバスは、ヴェネツィア広場、コロッセオ前、チルコ・マッシモと走る。
4番目がカラカラ浴場。
ちなみにこの日の私は、Tシャツに7分丈のカーゴ、ひげは伸ばし放題で、頭にタオルを巻いていた。
アルケオバスには屋根がない。
カラカラ浴場前でバスは停車し、運転手が降りるよう合図を送ってきた。
手を挙げて応じ、下車。
カラカラ浴場を見学。
ともかく巨大。
映像や写真から思い浮かべていたものよりも、ずっと大きな規模の浴場だ。
屋根があって、様々に装飾されていた往時の姿を想像すると、いまではもう同じものを造れないのではないか、と感じる。
アルケオバスの運行は16時半までなので、あまりのんびりとしていられない。
現在12時。
カラカラ浴場を出、入口前で次のバスを待つが、なかなかやってこない。
20分ほど待っただろうか。
それでもやってこない。
するとカラカラ浴場から出てきた老夫婦が、バス停ではなく、歩道にそって歩き始めた。
歩いたほうが早いかもしれない……
追いかけて進むと、交差点があり、「Appia Antica」の標識が。
これを目印に進めば、間違いないだろう。
前を歩くご主人の手には『地球の歩き方 ローマ』が。
ヤマモトさんの訓示を活かすべく、「日本の方ですか?」と話しかけてみた。
やはり日本人のご夫婦で、旦那さんが古代ローマ好きで、イタリアに来たらしい。
明日はポンペイを見るのだとか。
ご主人の解説によれば「この先にサン・セバスティアーノ門があり、まっすぐ行けばアッピア街道」らしい。
昨日はカプリ島にいたことを告げると、「あそこにはティベリウス帝の別荘跡があるね」とマニアックな会話が成立。
サン・セバスティアーノ門に着いたところで、お2人は付設された展示室を見学するというので、そこでお別れ。
短い出会いでした……
意外と長丁場になりそうなので、サン・セバスティアーノ門そばの水道で、手持ちの空きペットボトル(2L)に水を補充。
(いつも500MLを買っていたが、ナポリで会った2人の節約術を真似た。)
そこで今度は年配の女性2人組(おそらくイタリア人)に話しかけられた。
ここはアッピア街道か、と聞かれたので、この先だよ、と受け売り。
ずんずん歩き、ドミネ・クォ・ヴァディス教会前に。
せっかくだから見ておくかと周囲を見回すが、それらしきものが見当たらない。
バス停前に(ツーリスト)インフォメーションの表示があったので訪ねると、おそらく兼務している男性が対応してくれた。
場所を尋ねると、すぐそこの左側にある、と言われる。
そこには塀があるだけなので当惑していると、表に連れ出され、再度方向を示される。
その様子を見て、隣の店舗の男性が「またジャポネーゼか」という感じで笑っていた。
ともかくわからないものの進むことにし、すぐそこの角を曲がると、曲がる前は見えなかった左側に扉が。
中に入り、写真を撮る。
表に出ると、すぐ近くに周辺図があり、先ほどの女性2人組が話し合っていた。
近づくと「カタコンペに行きたいのだが、とれくらいだろう」と質問された。
周辺図だけではわからないので、ガイドブックも取り出して見積もる。
1~1.25kmくらいか?
「one or...」と言いかけると、「one or one and half?」と聞かれる。
間違ってはいないのでうなずくと、2人は心が折れてしまったようで、路線バスのバス停へ向かっていった。
アルケオバス「カタコンペ」の停車場(サン・カッリストのカタコンペ)には、私の足で15分後くらいについたので、距離的には間違っていなかったと思う。
写真だけ撮ってさらに進むことに。
ここで日本から持ってきたアミノ酸の粉末を服用。
昼食を食べている時間はなさそうだ。
歩いていたら、さっき乗ってきたアルケオバスとすれ違う。
クラクションに手を挙げて応える。
続けて歩きサン・セバスティアーノ聖堂へ。
通り沿いに1つだけあった売店(屋台)でジェラートを買い小腹を埋める。
(3ユーロと高い上にまずいジェラートだったが……)
そのままチェチーリア・メッテラの墓まで歩き(ロムルスの墓は扱いが小さすぎて素通りしてしまった)、さらにアルケオバスの到達点(2011年7月現在)であるVilla Capo di Bove(Capo di Bove=牛の首)へ。
これ以上はガイドブックも地図もないコースだ。
ただガイドブックには“遠くにアーチを描く水道橋が見られる”といった記述があった。
もしかすると、あの水道橋がこのあたりで見られるのだろうか。
いままで見られるポイントはなかったし、見られるものなら最後に見たい……
私はさらに南下することに決めた。
現在14時。
16時までにここに戻ってくれば帰りのバスには間に合うから、大丈夫だ。
バス亭の近くに、古い屋敷の遺跡と、その再現をした建物(?)が無料公開されており、庭園では子どもたちが遊んでいた。
(※ここがCapo di Boveの遺跡だったようだ。)
なにかのキャンペーンがアッピア街道では行われているらしく、旗がなびいている。
屋敷跡を出るとそばに周辺図があったので、手がかりがないか見ていたら、同じく屋敷跡から出てきた若者が私に並んで周辺図を見つめ始めた。
「この辺に住んでるの?」と英語で話しかけたら、「違うけど、わかる範囲で答えようか?」といった感じの返答をくれた。
そこで、イタリア語で「水道」と言ってみたり、英語で「古代の水道管」と言ってみると「アクアドット?」という名称が。
周辺図にも「acquedotto」と表示された線が引かれている。
若者の話では3キロくらいだろう、とのこと。
いま14時15分なので、際どいかもしれないが、行けるだけ行ってみよう。
若者に礼を言って、さらに進むことに。
若者はウォーキングの最中らしく、イヤホンをして歩いていく。
私は歩くスピードを上げた。
ここからが悪夢、白昼夢の始まりだった。
いつまで歩いても、何も見えてこない。
しかも、人がほとんどいない。
3キロなら、私の足なら30分ほど。
しかし、30分を超えても、何も現れない。
ヴィラ・ヨヴィスと違い、地図もなければ道連れもいない。
水はあるが、どこまでスタミナが持つか……
不安に耐えかね、前から走ってくる自転車を止め話しかける。
「すみません。アクアドットはこの近くにありますか?」
「アクアドット? そんなのすぐ近くにあるよ。だってローマまで続いているんだから。この左手はアクアドットさ」
1キロも進めば見えてくるだろう、とその中年男性は言う。
礼を言って別れ、またしばらく進むが、光景は変わらない。
この辺りは広大な邸宅が多いようで、石塀と高い木が両側を塞ぎ続けている。
停車中の車があった。
ドライブデートの最中らしい中年紳士に聞いてみるが、「アクアドットは知っているけど、このあたりにあるかは知らないなあ」。
さらに進むと遺跡が。
これか? と興奮するが、これは周辺図に示されていた「Villa dei Quintili」だろう。
あとどれくらい進めばいいんだろう……
するとさっきの若者が、上半身裸となり、ものすごいスピードで背後から迫ってきた。
どうやらランニングに切り替えたようだ。
挨拶すると立ち止まった。
「これかい?」
「違う。これは古代の村の跡だ」
「そっか」
若者は私を追い抜いて、またたくまに小さくなった。
さらに歩く。
もうすぐ15時だ。
時間的にも体力的にも限界か。
前から男性のランナーがやってきたので、止めて、話しかける。
「すみません、この近くにアクアドットはありませんか?」
「アクアドット? 見たいの? でもここから先もコピーみたいに同じ光景が3~4キロ続くよ。遮られて何も見えないんじゃないかな。進むのを止めはしないけど、引き返すことをおすすめするけどね」
礼を言って別れる。
それはすぐそばに存在しているが、私たちはそれを見ることができない。
もう少しだけ進み、新道方面へ向かう交差点を発見。
遠くにこれかなー、というものを見つけ、写真に収めるのが精一杯。
迂闊な旅の迂闊な終わりとしては、ふさわしい一枚なのだろう。
引き返し始めた私に、若者が、再び猛烈な勢いで迫ってきた。
かなり先から折り返してきたに違いない。
声をかけると立ち止まった。
「アクアドット見えた?」
「いや、このそばにあるけど、私たちには木が邪魔で見えないらしい」
若者はイヤホンを外して歩み寄ってきた。
「どこから来たの?」
「日本」
「へえ、日本のどこ? トウキョウとか?」
「サイタマ。トウキョウの北にある」
「おれ、トウキョウに友だちが住んでるんだ」
「私は明日、日本に帰るよ。その前にアクアドット見たかったんだけど……」
それ以上は話すことがなくなってしまい、沈黙が訪れた。
(本当はそのトウキョウの友だちについて話せばよかったのかもしれないけど。)
「じゃあ、元気で」
「気をつけてね」
若者は走り去っていった。
帰り道は思ったより順調で、アルケオバスのバス停に15時30分にはたどり着けた。
うまいタイミングでバスがやってきたので、乗り込んでそのまま共和国広場まで戻った。
*
いったんYHに戻ってシャワー。
夕食には早いので、共和国広場のバールに寄ってみたり(鳩にフンを落とされた!)、みやげ物をUpimやSmaで物色。
その後ガイドブックにあった「サンディ」で夕食をとる(7/1に行こうとしていた店)。
ツーリストメニューの料金はかなりお得だった。
味は普通。
日本語メニューがあったけれど、業者が自動翻訳を使ったせいか、間違った表現が多くて苦笑する。
*
最後の夜は1人でしんみりやろうとしていたら、ナポリYHの交流が心地よすぎたせいか、さみしくなってしまった。
食事を終えて、寝酒を買って、YHに戻っても21時。
日没したが、空はまだ明るい。
初日のトラウマを克服すべく、ライトアップされているという共和国広場を見に行くことにした。
ただし、観光客には見えないように、用心してカメラは外していく。
行ってみるとそこは、観光客だらけで、ほとんど心配のいらない場所だった。
満月に近い月が美しく、ライトアップされた噴水に映えていた。
月の写真がほしいな、と感じる。
噴水の写真はどちらでもいい気がした。
帰り道、iPhoneで何かを撮ろうとしている男性がいた。
隣に立ち、同じ角度から空を眺めると、月と街角が一枚絵のように切り取れる。
こちらに気づき視線を向けた男性に「Beatiful!」と言うと、男性は微笑んだ。
7時朝食。
食堂に2人の姿はない。
昨夜聞いた予定では、2人ともすでに外出している時刻のはずだ。
30分前にはナポリ中央駅に到着。
そのままAVに乗り込み、ローマへ。
10時にはローマに着き、勝手知ったるテルミニ駅から、YWCA DOGへ。
ルームクリーニングは済んでいるようなので、部屋へ荷物を置き、近くにある“ローマで一番レートがいい両替屋”という名の両替屋へ。
TCをユーロに替え、本日の軍資金を確保。
最後に“すべての道はローマに通ず”の象徴ともいえるアッピア街道を見よう……いろいろ考えたが、そう決めて、行動を開始する。
まず共和国広場横にあるベンチに座り、ガイドブックを広げる。
アッピア街道へは、アルケオバスに乗って向かう。
カラカラ浴場などとも同じ方面だという。
せっかくだから両方見ようかな
……なんとなく視線を上げたら、共和国広場手前に、アルケオバスが停車している。
どうやらあそこ乗り場のようだ。
急いで駆け込み運転手にアルケオバスか確認すると、やはりアルケオバス。
料金は12ユーロだが、チケットを売る専門のスタッフがいるらしく、英語がうまくないのか、待ってくれ、と言われる。
そこで運転手に「“カラカラ”で降りたい」と片言のイタリア語で伝えたら、いきなりテンションが上がって猛烈な勢いで話しかけてくる。
いやいや、喋れないから。
チケットと一緒にもらった路線図によれば、ローマ中心部の遺跡も押さえつつ、アッピア街道も巡回するようだ。
これをうまく活用すれば、カラカラ浴場とアッピア街道を短時間で観ることができるだろう。
共和国広場を出たアルケオバスは、ヴェネツィア広場、コロッセオ前、チルコ・マッシモと走る。
4番目がカラカラ浴場。
ちなみにこの日の私は、Tシャツに7分丈のカーゴ、ひげは伸ばし放題で、頭にタオルを巻いていた。
アルケオバスには屋根がない。
カラカラ浴場前でバスは停車し、運転手が降りるよう合図を送ってきた。
手を挙げて応じ、下車。
カラカラ浴場を見学。
ともかく巨大。
映像や写真から思い浮かべていたものよりも、ずっと大きな規模の浴場だ。
屋根があって、様々に装飾されていた往時の姿を想像すると、いまではもう同じものを造れないのではないか、と感じる。
アルケオバスの運行は16時半までなので、あまりのんびりとしていられない。
現在12時。
カラカラ浴場を出、入口前で次のバスを待つが、なかなかやってこない。
20分ほど待っただろうか。
それでもやってこない。
するとカラカラ浴場から出てきた老夫婦が、バス停ではなく、歩道にそって歩き始めた。
歩いたほうが早いかもしれない……
追いかけて進むと、交差点があり、「Appia Antica」の標識が。
これを目印に進めば、間違いないだろう。
前を歩くご主人の手には『地球の歩き方 ローマ』が。
ヤマモトさんの訓示を活かすべく、「日本の方ですか?」と話しかけてみた。
やはり日本人のご夫婦で、旦那さんが古代ローマ好きで、イタリアに来たらしい。
明日はポンペイを見るのだとか。
ご主人の解説によれば「この先にサン・セバスティアーノ門があり、まっすぐ行けばアッピア街道」らしい。
昨日はカプリ島にいたことを告げると、「あそこにはティベリウス帝の別荘跡があるね」とマニアックな会話が成立。
サン・セバスティアーノ門に着いたところで、お2人は付設された展示室を見学するというので、そこでお別れ。
短い出会いでした……
意外と長丁場になりそうなので、サン・セバスティアーノ門そばの水道で、手持ちの空きペットボトル(2L)に水を補充。
(いつも500MLを買っていたが、ナポリで会った2人の節約術を真似た。)
そこで今度は年配の女性2人組(おそらくイタリア人)に話しかけられた。
ここはアッピア街道か、と聞かれたので、この先だよ、と受け売り。
ずんずん歩き、ドミネ・クォ・ヴァディス教会前に。
せっかくだから見ておくかと周囲を見回すが、それらしきものが見当たらない。
バス停前に(ツーリスト)インフォメーションの表示があったので訪ねると、おそらく兼務している男性が対応してくれた。
場所を尋ねると、すぐそこの左側にある、と言われる。
そこには塀があるだけなので当惑していると、表に連れ出され、再度方向を示される。
その様子を見て、隣の店舗の男性が「またジャポネーゼか」という感じで笑っていた。
ともかくわからないものの進むことにし、すぐそこの角を曲がると、曲がる前は見えなかった左側に扉が。
中に入り、写真を撮る。
表に出ると、すぐ近くに周辺図があり、先ほどの女性2人組が話し合っていた。
近づくと「カタコンペに行きたいのだが、とれくらいだろう」と質問された。
周辺図だけではわからないので、ガイドブックも取り出して見積もる。
1~1.25kmくらいか?
「one or...」と言いかけると、「one or one and half?」と聞かれる。
間違ってはいないのでうなずくと、2人は心が折れてしまったようで、路線バスのバス停へ向かっていった。
アルケオバス「カタコンペ」の停車場(サン・カッリストのカタコンペ)には、私の足で15分後くらいについたので、距離的には間違っていなかったと思う。
写真だけ撮ってさらに進むことに。
ここで日本から持ってきたアミノ酸の粉末を服用。
昼食を食べている時間はなさそうだ。
歩いていたら、さっき乗ってきたアルケオバスとすれ違う。
クラクションに手を挙げて応える。
続けて歩きサン・セバスティアーノ聖堂へ。
通り沿いに1つだけあった売店(屋台)でジェラートを買い小腹を埋める。
(3ユーロと高い上にまずいジェラートだったが……)
そのままチェチーリア・メッテラの墓まで歩き(ロムルスの墓は扱いが小さすぎて素通りしてしまった)、さらにアルケオバスの到達点(2011年7月現在)であるVilla Capo di Bove(Capo di Bove=牛の首)へ。
これ以上はガイドブックも地図もないコースだ。
ただガイドブックには“遠くにアーチを描く水道橋が見られる”といった記述があった。
もしかすると、あの水道橋がこのあたりで見られるのだろうか。
いままで見られるポイントはなかったし、見られるものなら最後に見たい……
私はさらに南下することに決めた。
現在14時。
16時までにここに戻ってくれば帰りのバスには間に合うから、大丈夫だ。
バス亭の近くに、古い屋敷の遺跡と、その再現をした建物(?)が無料公開されており、庭園では子どもたちが遊んでいた。
(※ここがCapo di Boveの遺跡だったようだ。)
なにかのキャンペーンがアッピア街道では行われているらしく、旗がなびいている。
屋敷跡を出るとそばに周辺図があったので、手がかりがないか見ていたら、同じく屋敷跡から出てきた若者が私に並んで周辺図を見つめ始めた。
「この辺に住んでるの?」と英語で話しかけたら、「違うけど、わかる範囲で答えようか?」といった感じの返答をくれた。
そこで、イタリア語で「水道」と言ってみたり、英語で「古代の水道管」と言ってみると「アクアドット?」という名称が。
周辺図にも「acquedotto」と表示された線が引かれている。
若者の話では3キロくらいだろう、とのこと。
いま14時15分なので、際どいかもしれないが、行けるだけ行ってみよう。
若者に礼を言って、さらに進むことに。
若者はウォーキングの最中らしく、イヤホンをして歩いていく。
私は歩くスピードを上げた。
ここからが悪夢、白昼夢の始まりだった。
いつまで歩いても、何も見えてこない。
しかも、人がほとんどいない。
3キロなら、私の足なら30分ほど。
しかし、30分を超えても、何も現れない。
ヴィラ・ヨヴィスと違い、地図もなければ道連れもいない。
水はあるが、どこまでスタミナが持つか……
不安に耐えかね、前から走ってくる自転車を止め話しかける。
「すみません。アクアドットはこの近くにありますか?」
「アクアドット? そんなのすぐ近くにあるよ。だってローマまで続いているんだから。この左手はアクアドットさ」
1キロも進めば見えてくるだろう、とその中年男性は言う。
礼を言って別れ、またしばらく進むが、光景は変わらない。
この辺りは広大な邸宅が多いようで、石塀と高い木が両側を塞ぎ続けている。
停車中の車があった。
ドライブデートの最中らしい中年紳士に聞いてみるが、「アクアドットは知っているけど、このあたりにあるかは知らないなあ」。
さらに進むと遺跡が。
これか? と興奮するが、これは周辺図に示されていた「Villa dei Quintili」だろう。
あとどれくらい進めばいいんだろう……
するとさっきの若者が、上半身裸となり、ものすごいスピードで背後から迫ってきた。
どうやらランニングに切り替えたようだ。
挨拶すると立ち止まった。
「これかい?」
「違う。これは古代の村の跡だ」
「そっか」
若者は私を追い抜いて、またたくまに小さくなった。
さらに歩く。
もうすぐ15時だ。
時間的にも体力的にも限界か。
前から男性のランナーがやってきたので、止めて、話しかける。
「すみません、この近くにアクアドットはありませんか?」
「アクアドット? 見たいの? でもここから先もコピーみたいに同じ光景が3~4キロ続くよ。遮られて何も見えないんじゃないかな。進むのを止めはしないけど、引き返すことをおすすめするけどね」
礼を言って別れる。
それはすぐそばに存在しているが、私たちはそれを見ることができない。
もう少しだけ進み、新道方面へ向かう交差点を発見。
遠くにこれかなー、というものを見つけ、写真に収めるのが精一杯。
迂闊な旅の迂闊な終わりとしては、ふさわしい一枚なのだろう。
引き返し始めた私に、若者が、再び猛烈な勢いで迫ってきた。
かなり先から折り返してきたに違いない。
声をかけると立ち止まった。
「アクアドット見えた?」
「いや、このそばにあるけど、私たちには木が邪魔で見えないらしい」
若者はイヤホンを外して歩み寄ってきた。
「どこから来たの?」
「日本」
「へえ、日本のどこ? トウキョウとか?」
「サイタマ。トウキョウの北にある」
「おれ、トウキョウに友だちが住んでるんだ」
「私は明日、日本に帰るよ。その前にアクアドット見たかったんだけど……」
それ以上は話すことがなくなってしまい、沈黙が訪れた。
(本当はそのトウキョウの友だちについて話せばよかったのかもしれないけど。)
「じゃあ、元気で」
「気をつけてね」
若者は走り去っていった。
帰り道は思ったより順調で、アルケオバスのバス停に15時30分にはたどり着けた。
うまいタイミングでバスがやってきたので、乗り込んでそのまま共和国広場まで戻った。
*
いったんYHに戻ってシャワー。
夕食には早いので、共和国広場のバールに寄ってみたり(鳩にフンを落とされた!)、みやげ物をUpimやSmaで物色。
その後ガイドブックにあった「サンディ」で夕食をとる(7/1に行こうとしていた店)。
ツーリストメニューの料金はかなりお得だった。
味は普通。
日本語メニューがあったけれど、業者が自動翻訳を使ったせいか、間違った表現が多くて苦笑する。
*
最後の夜は1人でしんみりやろうとしていたら、ナポリYHの交流が心地よすぎたせいか、さみしくなってしまった。
食事を終えて、寝酒を買って、YHに戻っても21時。
日没したが、空はまだ明るい。
初日のトラウマを克服すべく、ライトアップされているという共和国広場を見に行くことにした。
ただし、観光客には見えないように、用心してカメラは外していく。
行ってみるとそこは、観光客だらけで、ほとんど心配のいらない場所だった。
満月に近い月が美しく、ライトアップされた噴水に映えていた。
月の写真がほしいな、と感じる。
噴水の写真はどちらでもいい気がした。
帰り道、iPhoneで何かを撮ろうとしている男性がいた。
隣に立ち、同じ角度から空を眺めると、月と街角が一枚絵のように切り取れる。
こちらに気づき視線を向けた男性に「Beatiful!」と言うと、男性は微笑んだ。