長い一日が始まった。
2:30
まず最初の目覚ましが鳴る。珍しく寝付けそうになかったので良くない事だと分かっていながらビールを少し飲んだ。お陰で熟睡出来た。30分程うだうだしていると3:00に予備の目覚ましが鳴った。もちろん外は真っ暗。しかし直ぐ下のカピオラニ公園では既にスタート地点に向かおうとしている人達の声が聞こえている。そうこの公園からスタートのアラモアナまで無料の送迎バスが出ているのだ。
3:30
相変わらず外は真っ暗だが、窓から見えるバスの送迎所は長蛇の列だ。外国人参加者のテンションが以上に高い。雄たけびと化している。ゼッケンや記録用チップのシューズへの装着を確認して部屋を出た。観光バスからスクールバスまでオアフ島中のバスが集められたのかと錯覚するくらいのおびただしい数のバスが次々に参加者を乗せてスタート始点にピストン輸送している。ツアー参加者はツアーのバスが、スタート地点に近い者は歩きで向かう人もいる。
4:00
スタート地点のアラモアナは30000人のランナーで埋め尽くされていた。準備運動をするグループ、トイレに並ぶ長蛇の列、写真撮影に精出す人達、静かにスタート待つ人もいる。それぞれこのホノルルマラソンでの目的は違う。自己記録を狙う人、仲間とわいわい楽しめればいい人、初参加の人、連続参加記録を更新中の人、芸能人、・・・・ホノルルマラソンは制限時間がない。だからこういった色んな目的の人達の要求を満たしてくれる数少ない貴重な大会だ。
5:00
我々北海道メンバーも3時間から4時間の間のスタート位置で写真を撮ったり、思いもかけなかった人との出会いで盛り上がっていた。そして・・・5:00.カウントダウンと共に42.195kmの旅が始まった。
10km地点
スタートのアラモアナから一時進路を北に取り、チャイナタウンを通って再びアラモアナの裏手を通り、ワイキキのホテル街を抜けてカピオラニ公園で10kmだ。スタートのスローペースもあって1時間2分くらいの通過タイム。足にも痛みはない。今回は夢夢にペースをあわせるつもりでいたが、多くの友人がいるのと、本人の要望により急遽自己記録更新の大会となった。しかし今回は最高でも16kmまでしか走っていない。準備不足は明らかだ。心配なのは体力ではない。この先ハーフまでにどんな症状が足を襲うのか。途中、後ろから来た女性に「目標タイムはどのくらいですか」と聞かれたので「4時間半を切れればいいと思ってます」と答えると、「頑張って下さい」と言い残し、背中に「私の目標タイムは3時間50分です」と書かれたゼッケンをつけている男性にささっとついて行ってしまった。私が4時間切ることですと答えたら恐らくずっと後をついて来る気だったに違いない。失礼な奴だ。ペース配分くらい自己責任でやれ。結果は知らないが行きのダイヤモンドヘッドの登りで抜かしてやった。
20km地点
既に今回練習の最高距離16kmは通過した。去年の経験からすれば完走出来るはずだが、いくら時間制限がない大会だと言っても走り切るということにこだわればやhりこの先は未知の世界である。夜はすっかり明けて既にトップランナーの集団とはすれ違った。昨日までは涼しかった天気もどういうわけか大会当日の今日から回復してきたようで暑くなりそうな気配さえ漂っている。若干足が重たくなってきた感じはするが20km通過時点では肉体的にも精神的にも余裕だった。
20km~30km
反対車線に30kmの看板を見てすぐにハワイの高級住宅地ハワイカイの周回路に入った。25kmを過ぎた地点から急激に足が重たくなってきたのである。しかしまだ精神までは侵されていない。呼吸は乱れていないし、気力もまだまだ充実している。だがこの足の疲労と急激な気温の上昇が30km地点辺りから襲ってくるが去年の経験からわかる。もちろん十分なトレーニングをしていればそれも克服しているのだろうが、それは望めない。案の定ハワイカイの周回を終えてハイウェイに戻りすれ違うランナーの中に仲間を探しているうちにそれは襲ってきた。
30km地点
30km少し手前でY君を発見。お互い表情に余裕を見せる余裕があった。そして30km地点辺りで夢夢を見つけたときには既に足の痛みと後ろから照りつける太陽が気力を蝕んでいた。夢夢は元気に走っていて、それだけでも心配の種が一つ消えた。往路のハイウェイでは周りの景色や他のランナーを見ている余裕があったが、復路のハイウェイは終わりがないように見え、いつの間にか視界はアスファルトのグレーになっていった。
35km地点
30kmから35kmのタイムは30分を越えていた。それでも1kmを6分ちょっとのペースは保っているのにこの5kmは恐ろしく長く感じた。頭の中では歩きたいと思っている自分と走り続けないといけないという根拠のない責任感が同居していて、なぜ走り続ける方を自分は選択しているんだろうという問の答えを探しながら走っていた。もちろん答えは分からない。この問を何度自分にしたことか。給水所がオアシスに見えた。ボランティアの人達は神様・仏様・天使様に感じられた。
35km~40km
もう足は限界を超えていた。沿道の応援はありがたかったが、時折聞こえてくる「あと7km」とか「Almost there」は拷問に近かった。走り続けようといている自分が恨めしいとも感じた。ふくらはぎは時々ピキピキ悲鳴を上げており、膝から上は体重を支えられなくなってきている。ダイヤモンドヘッドが見えたときにはこれからきつい坂を登らないといけないのになぜかほっとしている自分もいた。
40km地点
ダイヤモンドヘッドを登りきったところでついに限界を超えていた足を精神が支えられなくなった。そう、下り坂で体重を支えられなくなったのである。歩いた。給水所で水を貰うために何回か歩いているがみんなが同じ行動を取っているから抜かれて行く感じは受けなかったがこの残り2kmを切った地点での歩きは屈辱だった。あっという間に100人くらいには置いていかれたのではないかと思う。おまけに下り坂だし残りは少し。みんな最後の気力を出して走っているから余計だ。それでも歩みは止めなかった。それが最後の砦だった。
41km地点
下り坂を下りきった。気力もいくらか回復し足も動きそうだ。すでに4時間を切るのは無理だった。それでもまた走り始めた。目の前にカピオラニ公園が現れた。
42km地点
公園の周回道路に入ると沿道はボランティアの人達と応援で埋め尽くされていた。残り1km。500mも走ると最後の直線に入り、その先に「Finish 」が見えた。さっき下りで抜かされた分を抜き返そうとして、また最後くらい走り切ることが支えてくれた人達への感謝だと思って走った。残り400m、300m、200m ゴールが逃げて行ってるのではないかとも感じた。
42.195km
「Finish」終わった。
記録 4時間11分09秒
2682位/24547(全完走者)、324位/1596(男性35-39)
夢夢は以外にも検討して6時間半を切った。なによりも良かったのは笑顔でGoal出来たことだ。そして友人達も無事に完走した。
18:00
その夜、コンベンションセンター4階Ballroomで今回のランニングクラブを主宰したアミノバリューのフレンドリーパーティーに出席した。1000人を越えるパーティーで、各支部毎に円卓が用意されていた。夢夢と一緒にゴールした通称「アミノさん」も重い足を引きずりながらも大塚製薬の社員として動き回っていた。本当にお疲れ様。札幌チームは約20人程出席していたが席はステージの一番近くだった。特等席だ。ゲストで来た長谷川理恵は近くで見るとやっぱり芸能人だ。顔が小さいし、綺麗だ。隣に座っていた44歳独身sトーンさんは携帯カメラを片手に追っかけと化していた。体育会系27歳Y君は勤めて裏方に徹しカメラマンとなっていた。I先生はたいして飲んでないのに赤面し、通称「美人姉妹」のお姉さんは終始笑顔ろ絶やさず、妹さんは眠そうな目を必死で開けていた。夢夢の友人Coolさんは目標タイムに大幅に達せず、ゴール直後に来年のリベンジを決意していた。しかし現在旭川で勤務中のCoolさんは札幌に戻ってきたら休みが取りづらいらしい。どうするんだろう。wwwww
この42.195kmを走るために、そして走っている間に多くの出会いがあった。確かに記録も大事だが、ホノルルに来ている理由の一つがこの偶然の出会いのような気もする。
そして「Finish」を通過した瞬間にまた挑戦すると決めていた。
いつかはわからないけど・・・・・・wwwwww
写真はフレンドリーパーティーでの記念写真。みなさんおつかれさまでした。
2:30
まず最初の目覚ましが鳴る。珍しく寝付けそうになかったので良くない事だと分かっていながらビールを少し飲んだ。お陰で熟睡出来た。30分程うだうだしていると3:00に予備の目覚ましが鳴った。もちろん外は真っ暗。しかし直ぐ下のカピオラニ公園では既にスタート地点に向かおうとしている人達の声が聞こえている。そうこの公園からスタートのアラモアナまで無料の送迎バスが出ているのだ。
3:30
相変わらず外は真っ暗だが、窓から見えるバスの送迎所は長蛇の列だ。外国人参加者のテンションが以上に高い。雄たけびと化している。ゼッケンや記録用チップのシューズへの装着を確認して部屋を出た。観光バスからスクールバスまでオアフ島中のバスが集められたのかと錯覚するくらいのおびただしい数のバスが次々に参加者を乗せてスタート始点にピストン輸送している。ツアー参加者はツアーのバスが、スタート地点に近い者は歩きで向かう人もいる。
4:00
スタート地点のアラモアナは30000人のランナーで埋め尽くされていた。準備運動をするグループ、トイレに並ぶ長蛇の列、写真撮影に精出す人達、静かにスタート待つ人もいる。それぞれこのホノルルマラソンでの目的は違う。自己記録を狙う人、仲間とわいわい楽しめればいい人、初参加の人、連続参加記録を更新中の人、芸能人、・・・・ホノルルマラソンは制限時間がない。だからこういった色んな目的の人達の要求を満たしてくれる数少ない貴重な大会だ。
5:00
我々北海道メンバーも3時間から4時間の間のスタート位置で写真を撮ったり、思いもかけなかった人との出会いで盛り上がっていた。そして・・・5:00.カウントダウンと共に42.195kmの旅が始まった。
10km地点
スタートのアラモアナから一時進路を北に取り、チャイナタウンを通って再びアラモアナの裏手を通り、ワイキキのホテル街を抜けてカピオラニ公園で10kmだ。スタートのスローペースもあって1時間2分くらいの通過タイム。足にも痛みはない。今回は夢夢にペースをあわせるつもりでいたが、多くの友人がいるのと、本人の要望により急遽自己記録更新の大会となった。しかし今回は最高でも16kmまでしか走っていない。準備不足は明らかだ。心配なのは体力ではない。この先ハーフまでにどんな症状が足を襲うのか。途中、後ろから来た女性に「目標タイムはどのくらいですか」と聞かれたので「4時間半を切れればいいと思ってます」と答えると、「頑張って下さい」と言い残し、背中に「私の目標タイムは3時間50分です」と書かれたゼッケンをつけている男性にささっとついて行ってしまった。私が4時間切ることですと答えたら恐らくずっと後をついて来る気だったに違いない。失礼な奴だ。ペース配分くらい自己責任でやれ。結果は知らないが行きのダイヤモンドヘッドの登りで抜かしてやった。
20km地点
既に今回練習の最高距離16kmは通過した。去年の経験からすれば完走出来るはずだが、いくら時間制限がない大会だと言っても走り切るということにこだわればやhりこの先は未知の世界である。夜はすっかり明けて既にトップランナーの集団とはすれ違った。昨日までは涼しかった天気もどういうわけか大会当日の今日から回復してきたようで暑くなりそうな気配さえ漂っている。若干足が重たくなってきた感じはするが20km通過時点では肉体的にも精神的にも余裕だった。
20km~30km
反対車線に30kmの看板を見てすぐにハワイの高級住宅地ハワイカイの周回路に入った。25kmを過ぎた地点から急激に足が重たくなってきたのである。しかしまだ精神までは侵されていない。呼吸は乱れていないし、気力もまだまだ充実している。だがこの足の疲労と急激な気温の上昇が30km地点辺りから襲ってくるが去年の経験からわかる。もちろん十分なトレーニングをしていればそれも克服しているのだろうが、それは望めない。案の定ハワイカイの周回を終えてハイウェイに戻りすれ違うランナーの中に仲間を探しているうちにそれは襲ってきた。
30km地点
30km少し手前でY君を発見。お互い表情に余裕を見せる余裕があった。そして30km地点辺りで夢夢を見つけたときには既に足の痛みと後ろから照りつける太陽が気力を蝕んでいた。夢夢は元気に走っていて、それだけでも心配の種が一つ消えた。往路のハイウェイでは周りの景色や他のランナーを見ている余裕があったが、復路のハイウェイは終わりがないように見え、いつの間にか視界はアスファルトのグレーになっていった。
35km地点
30kmから35kmのタイムは30分を越えていた。それでも1kmを6分ちょっとのペースは保っているのにこの5kmは恐ろしく長く感じた。頭の中では歩きたいと思っている自分と走り続けないといけないという根拠のない責任感が同居していて、なぜ走り続ける方を自分は選択しているんだろうという問の答えを探しながら走っていた。もちろん答えは分からない。この問を何度自分にしたことか。給水所がオアシスに見えた。ボランティアの人達は神様・仏様・天使様に感じられた。
35km~40km
もう足は限界を超えていた。沿道の応援はありがたかったが、時折聞こえてくる「あと7km」とか「Almost there」は拷問に近かった。走り続けようといている自分が恨めしいとも感じた。ふくらはぎは時々ピキピキ悲鳴を上げており、膝から上は体重を支えられなくなってきている。ダイヤモンドヘッドが見えたときにはこれからきつい坂を登らないといけないのになぜかほっとしている自分もいた。
40km地点
ダイヤモンドヘッドを登りきったところでついに限界を超えていた足を精神が支えられなくなった。そう、下り坂で体重を支えられなくなったのである。歩いた。給水所で水を貰うために何回か歩いているがみんなが同じ行動を取っているから抜かれて行く感じは受けなかったがこの残り2kmを切った地点での歩きは屈辱だった。あっという間に100人くらいには置いていかれたのではないかと思う。おまけに下り坂だし残りは少し。みんな最後の気力を出して走っているから余計だ。それでも歩みは止めなかった。それが最後の砦だった。
41km地点
下り坂を下りきった。気力もいくらか回復し足も動きそうだ。すでに4時間を切るのは無理だった。それでもまた走り始めた。目の前にカピオラニ公園が現れた。
42km地点
公園の周回道路に入ると沿道はボランティアの人達と応援で埋め尽くされていた。残り1km。500mも走ると最後の直線に入り、その先に「Finish 」が見えた。さっき下りで抜かされた分を抜き返そうとして、また最後くらい走り切ることが支えてくれた人達への感謝だと思って走った。残り400m、300m、200m ゴールが逃げて行ってるのではないかとも感じた。
42.195km
「Finish」終わった。
記録 4時間11分09秒
2682位/24547(全完走者)、324位/1596(男性35-39)
夢夢は以外にも検討して6時間半を切った。なによりも良かったのは笑顔でGoal出来たことだ。そして友人達も無事に完走した。
18:00
その夜、コンベンションセンター4階Ballroomで今回のランニングクラブを主宰したアミノバリューのフレンドリーパーティーに出席した。1000人を越えるパーティーで、各支部毎に円卓が用意されていた。夢夢と一緒にゴールした通称「アミノさん」も重い足を引きずりながらも大塚製薬の社員として動き回っていた。本当にお疲れ様。札幌チームは約20人程出席していたが席はステージの一番近くだった。特等席だ。ゲストで来た長谷川理恵は近くで見るとやっぱり芸能人だ。顔が小さいし、綺麗だ。隣に座っていた44歳独身sトーンさんは携帯カメラを片手に追っかけと化していた。体育会系27歳Y君は勤めて裏方に徹しカメラマンとなっていた。I先生はたいして飲んでないのに赤面し、通称「美人姉妹」のお姉さんは終始笑顔ろ絶やさず、妹さんは眠そうな目を必死で開けていた。夢夢の友人Coolさんは目標タイムに大幅に達せず、ゴール直後に来年のリベンジを決意していた。しかし現在旭川で勤務中のCoolさんは札幌に戻ってきたら休みが取りづらいらしい。どうするんだろう。wwwww
この42.195kmを走るために、そして走っている間に多くの出会いがあった。確かに記録も大事だが、ホノルルに来ている理由の一つがこの偶然の出会いのような気もする。
そして「Finish」を通過した瞬間にまた挑戦すると決めていた。
いつかはわからないけど・・・・・・wwwwww
写真はフレンドリーパーティーでの記念写真。みなさんおつかれさまでした。
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