コルトレーンは難解だって?
万物おしなべて容易なモノなどない!
イージーリスニングだって演奏者は渾身で向かっているのだ。
コルトレーンを理解するためには彼並みの感性を持たないとだめだろう。
そうざらにそんな人がいるわけもない。
だから、私のような一般ピープルは「傾聴」し困惑するしかない('笑)
しかしながらその音粒のなかに一閃の輝きを感じるなら、きわめてまれな幸せというものだろう。
武道に於いても同じようなことが起きる
難解だと言い訳をして、自分に理解できる範囲で武道を囲い込んでしまい、軽いのりで刀を振り回す。
やれ、サムライだ、武道だとうれしがってもかまわないけれど、金輪奈落進歩はない。
何が伸びないか?感性が伸びない。
感性が完成(笑)を目指さないことには1歩も進まないのが現実だ。
日本語で書かれていても、難解なブンガクだってある'(笑)
先師が「ピノキオが居合している」と笑っていたが、いまはタコがタコ踊りをしている。
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ともに食事をするとその人の生まれ育ちがすぐ分かる。
箸も満足に使えないようでは、どこら辺が武道か?
居合の世界では立っているだけで段位が分かる
近くに寄って、着装まで見るならば、どんな覚悟で道場に立っているのか一発だ。
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昨今はブログという便利なものがあり、猫も杓子も発表できて結構な事だと思うが、抜き付けの写真を出して、「こりゃあかん」と思われることも多いだろうから、おそろしい。
まあ、そんなことで夕暮れとなった。
昼間は自室の模様替えで気分転換
KUROが乗るところがなくなった、
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