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旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

安国と康国、史国

2018年09月11日 19時33分45秒 | エッセイ
安国と康国、史国

 唐の都、長安。杏の花が咲き盛り、そのよい香りに包まれて都は春爛漫。下級官吏で青年貴族の張は、朝の都大路を馬の背にゆったりと揺られて大きなあくびを繰り返す。政治に熱心な青年皇帝は、軍事にも強く、北方の脅威、突厥は遠く西方に追いやられた。
 この都の繁栄は千年続くことだろう。それにしても昨夜は飲み過ぎた。高いぞ、あの店。張はしかめかけた眉を直ぐに緩めた。あの娘、ソーニャといった。そう、ソーニャ。何て綺麗なんだ。人とは思えん。動く人形だよ、あれは。豊かな亜麻色の髪、白絹のような肌、豊かな胸とくびれた胴。それにあの長い脚。くっきりとした顔には大きな蒼い目。あの瞳で見つめられ、話しかけられると、山奥の深い湖に顔を写しているような気分になる。片言の漢語が耳に心地よい。
 ケバブといったか、香菜をまぶした羊の焼肉をつまみに、血のような葡萄の酒を飲む。早い旋律を奏でる異国の弦楽器の音にのって踊るソーニャ達は、くるりくるりと身を躍らせて宙を飛ぶように舞う。袖から伸びた色とりどりの布が、体に遅れてくるくると舞う。あれで目が廻って、酔いが一気に膨らんだ。

 ああ、張の意識が都に戻る。また新しい異国の寺が造られているな。長安は西方、東方、南方から多くの商人が馬や驢馬、一こぶ二こぶの駱駝に乗って訪れ、また商館を借りて住んでいる。異国の寺がいくつも出来て、奇妙な服を着たひげ面の僧侶が出入りしている。
 祆教(ゾロアスター教)、景教(キリスト教ネストリウス派)、マニ教 etc。市場は活気に溢れ、色彩豊かな果実、花々。瑞々しい野菜、様々な肉と魚。目を見張るような大きな魚が床で口をパクパクしている。穀物、香辛料。ありとあらゆる日用品と装飾品。山のような商品が所せましと並べられ、むせかえるような香りに包まれる。ムとする生肉の匂い、鼻を刺す香辛料、食欲をそそる屋台、すれ違う女の醸し出す良い香り。走り回る子供達。着飾った貴婦人。早口の漢語、どこやらの方言、異国の言葉が飛び交う。さあ買いな、安いよ、新鮮だよ。


 千年の繁栄を謳歌するかに思えた長安は今、安禄山とその部下、史思明の反乱により陥落間近だ。城内は前線から敗走してきた兵士が略奪を始め、荷物を馬車に積んで郊外へ逃れる市民でごった返している。怒号と悲鳴が交差し、放火された市場から立ち上る煙で陽が遮られて薄暗い。
 兵士の暴行を止めようと立ちはだかった将校は、群がる兵によってたちまち殴り倒され、剣・鎧兜から上衣まで引きはがされ、地面に転がされた。付き従っていた下士官たちは彼を見捨てて逃げ去った。半裸の将校は、頭から血を流し低いうめき声を出している。こうなるとそこらに死人と変わらない。
 楊貴妃の色香に溺れ、安禄山らを重用して遊行にふけり政治をかえりみなくなった玄宗皇帝は都を捨てた。役人は汚職にまみれ、軍人は金持ちに取り入り都の防衛を忘れた。豪華な建物が次々に造られ、遊行に金が湯水のように使われたため国庫は空になった。農民は重税にあえぎ、借金を払えなくなってに身を落とす。寵臣の安禄山に裏切られた玄宗は都を追われ、配下の将兵に迫られて楊貴妃を殺させた。
 都を占領して皇帝を称した安禄山も、糖尿病で失明し息子に殺された。あれほどの繁栄が、あれは夢だったのか。張は白髪の増えた頭を傾けて天を仰いだ。


 安禄山の安は安国(ブハラ)、史思明の史は史国(シャフリサブズ)出身であることを示す。ただ安禄山の本名は康だ。康国はサマルカンドだ。安禄山の母は突厥の巫師で、碌山を連れてソグド人の康と再婚した。安は養父の姓だ。

 今回自分は安国(ブハラ)と康国(サマルカンド)、ついでに石国(タシュケント)に行くことにした。そう、玄奘三蔵に同行した胡人の名を石槃陀という。実写版、孫悟空だな。
 マルコ・ポーロや玄奘法師のように半生をかける訳ではなく、使命感は全くない。冒険的要素の欠片もない5日間の観光旅行だ。きっかけはカミさんがTVを見てサマルカンドに行きたいと言い出したから。それだけだ。簡単に行けるのね、今。値段もそう高くはない。チョチョイのチョイで行けるのなら、チョチョイチョイと行くまでだ。
 チンギスハンは壊し、ティムールは造る。ティムールが造ったモスクや神学校は、青いタイルが陽に映えて美しい。食い物は美味そうだ。そりゃ、トルコ系だもんな。トルコには美味しいものが山ほどあった。サマルカンドでナンを、ブハラでメロンを食ってくる。紀行文は乞うご期待。

 マルコ・ポーロの東方見聞録を読んだことある?元の時代のシルクロードは珍しく安定していたのだが、それでも隣の都市に行くの間に盗賊がいるとなると、一年待って安全を確認してから進んだりする。彼ら一行がヴェネチアに帰り着いた時に、誰も身内とは分からずまたどこの国の人かも分からなかった。しかし彼らはボロ着の中に高価な宝石をいくつも縫いこんでいた。自分らは何日もかかって旅したところを高速鉄道で2時間で移動する。

 今ウズベキスタンにソグド人(ペルシャ系)はいない。主に住んでいるウズベグ人はトルコ系で、中国に多く住むウイグル族と言葉がよく似ている。ウズベグとウイグル、語感も似てるな。テュルク諸語は以下の3つに大別される。テュルク、突厥(とっけつ)、まあトルコだな。

テュルク諸語
・チャガタイ系:ウズベク語、ウイグル語
・キプチャク系:タタール語、クルグズ語、カザフ語、カラカラパク語
・オグズ系:トルクメン語、アゼルバイジャン語

同系統だと相互理解度はかなり高い。
ん?ちょっと待て、タタールはモンゴル系じゃないの。んーん、トルコ語もモンゴル語も、日本語と同じ膠着語で語順は同じだ。つまり、

俺は 君が 好きだ。SVO Sは主語、Vは目的語、Oは動詞

我 愛 你 svo

I love you svo

膠着語は、実質的な意味を持つ語に接辞がつく。
飛ぶ、飛ばない、飛びます、飛ぼう。
膠着語は、日本語・朝鮮語・トルコ語・テュルク諸語・モンゴル語・フィンランド語・ハンガリー語etc

屈折語は、語そのものが変化する。
say says love loved
屈折語は、ラテン語・ギリシャ語・ロシア語等ほとんどのヨーロッパ語

孤立語は、名詞・動詞、形容詞に限らず語形変化を持たない。
漢字は変化しない。中国語・ベトナム語・タイ語etc

 ソグド語は山奥の僻地に残っているらしい。ソグド人が死に絶えた訳ではない。他の民族と交流、同化して言葉を変化させていったのだ。ソグド人は古来からシルクロードの商人だ。草原や砂漠を、隊商を組んで渡り歩き西から東、東から西へ荷物と文化を運んだ。中国では商胡と呼んだ。
 海に乗り出し、交易で金儲けをしたカルタゴ(フェニキア)人とよく似ている。ペルシャ系のソグド人は、彫が深くて髭が濃い。

 旧ソ連の衛星国。ソ連崩壊(1991年)に独立したイスラム諸国。カザフスタン、キルギス、トルクメニスタン、タジキスタン、クルグズスタン、そしてウズベギスタン。この中ではカザフ人が最もヨーロッパ系に近いように思える。オリンピックとかで、最近よく出てくるから選手を見てごらん。
 アレキサンダー大王はイスカンダルと呼ばれ、今でもこの地方で人気がある。彼らはマケドニア(ギリシャ)人だが、それぞれ兵士が現地の美女を娶っている。ガンダール仏を見てよ。あの顔はどうみても欧米系。
 これらのイスラム諸国には、ウズベグ人、カザフ人、キルギス人、タジク人、トルクメニスタン人が相互に入り混じって住んでいる。ロシア人、ウクライナ人も多い。それに高麗人と呼ばれる朝鮮系の人達も50万人から住んでいる。元々東方に住んでいたのだが、スターリンが強制移住させたのだ。また少数だがバルト三国人(リトアニア・ラトビア・エストニア)もいる。彼らもスターリンによって流刑(強制移住)させられた。酷いことをする。

 さあ、話があちこちに飛ぶから、ここらでいったん切り上げよう。あ、タラスの戦い、きりがないからまた今度。

コメント
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