明治維新と産業革命
どのようなsituaationだったのやら、全く覚えていない。自分が、20歳をちょっと越えたころ、今から40年以上も前の話しだ。
くつろいだ飲み会のような場で、同年代のタイ人の青年たちと話していた。女の子もいたかな?当時のタイ人は、日本人と同じように英語が苦手で、自分も全然だったから、友人(タイ在住の日本人)の通訳があったのかな。それともアルコールが入って、気持ちの垣根が外れた状態だったのか。
一人の青年から真面目な質問が飛んできた。「日本もタイもヨーロッパの植民地になったことはない。共に王国で似たような歴史なのに、国の発展が何故こんなに開いてしまったんだろう。」今ならこんな質問は出ないと思う。近年のタイ国の経済的発展は目覚ましい。
半世紀前のタイは貧しかった。国境を越えてマレーシアに入るとよく分かった。貧乏国から裕福な国へ。家も服装も車も。バンコクの下町は、雨期にはひざまで水没していた。排水設備はあっても、貧しくてポンプを24時間動かす燃料代が出せなかったんだ。
それに反して日本の経済発展は目覚ましかった。エコノミックアニマルと呼ばれていた。恥ずかし。「ホンダのバイクは、ゲップゲップ(月賦)と鳴る。」タイのポップスは唄った。けれども、当時のバンコクは楽しかった。街を歩くと驚き、発見、ワクワクするワンダーワールドだったな。今のバンコクは、シンガポール並みに退屈でつまらない。ごめんね。でも自分はバンコクでワクワクすることはない。
さて青年の質問に戻ろう。うーん。自分は答えた。「日本は260年、江戸時代に国を閉ざし、外国との交渉を断った。でも庶民でも農民でも、教育は充実していて、文盲率は20%以下。当時の中国やヨーロッパを抜いて世界一の教育水準だったんだ。だから突然開国しても、急速な発展を遂げられたんだろうね。」「そーか!国の発展の基礎に教育ありか。」
ひゃー、青臭い。そうじゃない。そうじゃないんだ。基礎教育の充実は、脇の一要因に過ぎない。最も大事なことはこうだ。明治維新と産業革命は、そんなに時がずれていなかった。そこがポイントだと思う。
産業革命は、1760~1830年代と言われる。ワットの蒸気機関の完成が、1776年だ。黒船来航は、1853年。明治元年は、1868年だ。産業革命と明治維新。その差は4-50年といったところか。
紀元1600年、関ヶ原の合戦時。大砲こそヨーロッパに劣っていたが、鉄砲の保有数は、全ヨーロッパを併せたよりも多かった。シャム(タイ)、ベトナム、フィリピン等に日本人は数千人住んでいた。徳川幕府の自主的な大軍縮と
海禁がなければ、日本は東からの帝国主義をヨーロッパと張り合ったかもしれない。造船も鉄砲の改良も自発的に止め、勝手に弓矢と槍の時代に後退した。技術革新を止められた、船大工や鉄砲鍛冶の無念やいかに。
世にも珍しい自発軍縮を行った日本。だがオランダや琉球、朝鮮を通して科学知識や国際情勢は、上にも下にも少しずつは入っていたし、日本独自の算術、園芸、農業の革新、絵画、文学、芝居、かわら版といった広報、寺子屋といった教育システムは花開いた。
開国してからの動きは速かった。疾風怒濤の時代を迎えた。制度疲労を起こしていた閉塞社会をぶち壊す勢いは、留まるところを知らなかった。
1861年にアメリカで製品化されたガトリング砲は、幕末の日本に3台輸入され、一台は新政府軍の軍艦、甲鉄の甲板に据えられた。甲鉄の乗り込み奪還を目論んだ土方歳三率いる旧幕府軍は、ガトリング砲に射すくめられあと一歩のところで乗っ取りに失敗した。いかに日本刀の切れ味が鋭くても、機関銃にはかなわない。乗り込み、分捕りを企画した榎本軍の軍艦、回天艦長は戦死した。
残りの2丁は、長岡藩の河井継之助が購入し、北越戦争で、押し寄せる新政府軍の兵士をバッタバッタとなぎ倒した。1868年のことだ。完成してわずか7年の戊辰戦争で使われたのだ。そのくせ日本陸軍は、日露戦争で機関銃にやられている。これは、怠慢としか言いようは無い。
日本がサムライの国から、一気に近代化の波に乗り、遅れてきた帝国主義国家となって、中国に侵略するまでになったのは何故か?三つのことが云える。
第一に、開国・明治維新が産業革命から半世紀も過ぎていない時だったから。欧米の発展(経済も軍事も)は、産業革命後の急激な変化によるものだった。
第二に、閉塞し管理された旧社会を、下級武士を中心とする若者たちが、ヤケクソの情熱をもってぶち壊した。圧倒的な破壊のエネルギーは、維新後の建設・社会変革へと受け継がれた。親の代、祖父の代と変わらぬ世の中、人生に嫌気が差していたんだろう。
第三に、欧米とはかけ離れた方向ではあったが、開国時の日本は未開国ではなかった。独自の文化、技術が育まれた社会であった。
これが正解かは分からないが、あの時のタイ人の青年にこう答えるほうが良かった。今はそう思う。