ろくびー

山中清隆 作品日記
Kiyotaka Yamanaka

色塗りで失敗した作品で、お話しを作ってみた劇場 「水色の船のおじさん」2/3

2018-04-24 20:05:04 | ヴェネチア

「子雲の木」スケッチ 2017年作 イタリア・ヴェネチア

※「水色の船のおじさん」の始まり1/3はこちら


あれから何か月も練習に励んでみたが
おじさんはいまだに「こんにちは」を言えないでいた。

道端で遊んでいる子どもたちにも
スーパーのレジのおばさんにも
パン屋のかわいいおねえさんにも

こんなに練習しているのに
なぜだか言えない

「苦しい・・・気が狂いそうだ」
そんな気持ちを心のなかでつぶやくようになり
どうしても乗り越えられない壁が
おじさんの目の前に分厚く高くそびえ立ち
希望だった「こんにちは」が、いつのまにか絶望に変わっていたのであった。

ある日
夜中に怖い夢を見てうなされ目が覚めた。
気持ちを落ち着けようと青く淡く光る薄暗い窓に目を向け
しばらくぼんやり眺めていたが
どうしても眠れなかった。

眠るのをあきらめて
退屈しのぎにユーチューブを見始めてみると
動物のハプニング集が面白くていつのまにか笑っていた。

次々と見ているうちに
オウムが「こんにちは」と言っている動画に目が留まった。

「こっ・・・・これだ!」と
おじさんは思わず声に出して言った。

いきなり人を相手にするからダメなんだ。
相手がオウムだったらきっと言える。
鳥だもの恥ずかしくはないさ
もっとハードルを下げればいいんだ。
なんで気が付かなかったんだろう
ばかだな~と思った。

おじさんはミラコリ教会の裏の家に「こんにちは」と話すヨウムがいることを
どこかでで聞いたのを思いだし、次の休日に行くことにした。

そしてむかえた休日の朝、
おじさんは朝食を取ってから入念に歯磨きをして髭をそり
1時間ほど鏡に向かって「こんにちは」の練習をした。
これでよしとなっとくをして
お気に入りの帽子をかぶり水色の船に乗って
ミラコリ教会の裏のヨウムのところまでやってきた。

天気も良くて
清々しい

「いたいた あいつだ!
 3階の窓でヨオムがひなたぼっこしてる
 みてろよ・・・・」とおじさんはつぶやき

歩幅を大きくとってヨウムの見える橋の真ん中までくると
まるでオペラ歌手が両腕を広げて歌うかのように
溜めを作って目を輝かせてヨウムを真っ直ぐに見つめ立った。

そして
おじさんが息をいっぱい吸って
ありったけの力で「こんにちは」と言おうとしたその瞬間

ヨウムがおじさんに向かって

「コンニチワァァァー」と先に言い放った!

そのヨウムのあまりの美しく大きな声に
あたりの人も観光客もみんなびっくりして
一斉に振り向いた。

おじさんは「こんにちは」と返事する間もなく
口を開けたまま腰を抜かしてそのままスローモーションのように地べたへお尻をつき
一瞬の静けさのあと
みんなはお腹をかかえてどっと笑いだした。

おじさんは
ヴェネチアで一番美しい「こんにちは」を自ら選んで対戦してしまい
結局、立ち直れないほど完全にくじけてしまったのである。

笑い声がおさまったころ
やっとの思いで立ち上がり
その場から逃げるようによろよろと水色の船へと向かった。

船の前で、運河に映る太陽の光の輪がせつないぐらいにユラユラとしている。
悲しい気持ちが抑えられずに少し涙いた。

運河の眩しさに目を細めると
だんだん頭の中ががグルグルまわって視界が暗くなり
周りの音も気配もすっかり遠ざかって
孤独な静けさがおじさんをつつみこんでいった。

ふと気付くと
どこかで泡のはじけるような音が聞こえる

「ポワッ ポワッ」

運河ではなく空からのようである。

なんだろうとおじさんは音のする方に顔を向けた。

驚いたことに
一本の庭木の中ほどから「ポワッ ポワッ」と泡のようなものが
どんどん生まれ出ているのである。
その泡はまるで雲の子供のようだ。

おじさんは何も言わず
その不思議な庭木を眺めていた。

「ポワッ ポワッ ポワッ」

夢だろうかとも思った。


すると庭木はおじさんの方を向いて
「夢じゃないよ、ほんとうの夢さ」と喋った。

おじさんは驚いたが、
「あんたはなんで雲の子供を吐き出しているのかい?」と聞いてみた。


「ポワッ ポワッ」

「だれかの夢を叶えるためさ
 だれかが夢をほんとうに叶えることが出来たら
 それは俺の喜びになるからね」
と庭木が言った。

「何言ってるかわからないよ?
 夢と雲の子供がどう関係があるの?」
とおじさんはまた尋ねた


「この子雲達には夢を叶える不思議な力があってね
 なんだって叶えることができるんだよ
 君もそのことを信じるならなんだって叶うさ」

「ポワッ ポワッ」と子雲を吐き出しながら
庭木は続けて話した。


「ためしにひとつの雲をずっと眺めてみてごらん
 心を空っぽにして
 無邪気にころげあそぶ雲をたよりに
 そのまま
 ほんとうに遠くを見るんだ

 そしたら・・・・

 あっ
 そうそう
 君には友達が必要だ
 一人でいちゃいけないよ
 今、庭の玄関を開けるから
 中に入って私の木の幹まで来ておくれ
 そこに君の友達が待っている
 さっ
 早く入っておくれ」

ガチャっと目の前の大きな屋敷の玄関が開いた

おじさんは庭木に
「この屋敷の玄関でいいのかい?」と尋ねてみたが
返事はなかった。

しかたがないので
おそるおそる玄関を入り
小さな薔薇の木が植えてある手入れされた庭へと進み
あの不思議な庭木の幹のところまでやってきた。

あたりを見渡してみたが
友達らしき人はどこにもいない。

「庭木さん
どこに友達が待っているの?」

やはり返事が無いし
もう子雲も吐き出していなかった。

庭木の幹のすぐ後ろに段ボール箱が落ちていて
気になったので開けて覗いてみたら
黒い子犬が一匹入っていて驚いた。

お腹を空かしているようで
尻尾を振ってクンクン言っておじさんの手をかるく噛んだりした。
段ボールの外に出して遊ばせてやるとずっとついてくる。
無邪気で可愛らしい子犬だと思った。

突然
「だれだお前
 ここは犬の散歩をする所ではないぞ
 犬を連れてさっさと出ていきなさい!」

立派な邸の2階の窓から主らしきおじいさんに怒鳴られ
子犬を抱いて慌てて外へと飛び出した。

どうしようかと
子犬を抱いて
困り果てて
外から庭木を眺めてみたが
もうあたりまえの木のように黙り、静まりかえっていた。


まんまと庭木にはめられたと思いつつも
しかたがないので
おじさんはこの黒い子犬を家で飼うことにした。


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 色塗りで失敗した作品で、お... | トップ | 「山中清隆 絵画展 水と空... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ヴェネチア」カテゴリの最新記事