AUKUS(Australia・United Kingdom・United States)とは、アメリカがイギリス、オーストラリアによる原子力潜水艦の開発および配備を支援し、太平洋地域における西側諸国の軍事プレゼンスを強化することを目指したものである。
これについて2024年3月2日、日本経済新聞は『AUKUS、日本と防衛技術協力を検討 中国抑止狙う』とする記事を配信した。
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【ワシントン=中村亮】米国は英国とオーストラリアとの安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」で日本と技術協力する検討に入った。原子力潜水艦を除く防衛技術開発を対象とする。中国抑止に向けて多国間協力をめざす。
複数の米政府当局者が日本経済新聞の取材に、日本の協力に関して英豪と協議に着手したと明らかにした。
米国のバイデン政権は岸田文雄首相が国賓として訪米する4月10日までの合意をめざす。
……』
この記事からは、イギリスとオーストラリアが何故に原子力潜水艦を共同開発するのかがまるで見えてこない。恐らく、記事を書いた記者自身が何も知らずに書いたものであろう。少しはイギリスの核戦略を調べることをすれば、イギリスの窮状が見えてくるうえ、NATOを率いてきたイギリスの立場が崩壊寸前であることが見て取れようというものである。
イギリスの核戦略については、久古聡美「英国の核政策をめぐる経緯と議論 ―トライデント更新を中心に―」『レファランス』(2011年)が、てっとりばやい導入手引きとなる。この巻頭にアブストラクトがあるので、そのまま引用する。
『……
①英国は、自国及び同盟国の防衛のため、最小限の信頼性のある独立した核抑止力を保持するとの政策をとってきた。冷戦終結後は、ソ連による西欧諸国への脅威が低減したこと に伴い、保有する核戦力の削減を進めてきた。英国が現在保有する核戦力は、ヴァンガー ド級原子力潜水艦と、それに搭載されるトライデントⅡミサイル及び核弾頭から構成され る、トライデント・システムのみである。
②2006 年、労働党政権は、原子力潜水艦の退役予定に合わせてトライデントを更新し、今 後も核抑止力を維持することを決定した。その後、財政の悪化が顕著となる中で、2010 年、 保守党・自由民主党連立政権は、経費節減のため原子力潜水艦の延命を行いつつ、トライ デント更新を実施することを発表した。2016年には、後継システムの調達を進めるかどうかに関する、最終的な決定がなされる予定である。
③2007年以降国際的に核軍縮気運が広がりを見せる中、2009年1月、英国の元軍人らが共同で、英国の核政策に疑問を呈する声明記事を発表した。声明は、トライデント核戦力を放棄するよう呼びかけており、その論拠として、「独立の抑止力」という考えが誤りであることや国際テロ等の脅威に対する抑止の手段としては意味を失ったことなどを挙げている。続いて、2010 年 4 月にも、同じ元軍人らによって、重ねて声明記事が出され、トライデント更新が通常装備の予算に対して影響を及ぼすことなどへの懸念が示された。
④トライデント更新をめぐる議論は、元軍人らによる提起も受けて、①核抑止力を維持する必要性、②核軍縮・不拡散への取組みとの整合性、③コストに見合う効果があるか、④ より適切な代替策があるか、といった論点に関して活発に行われており、様々な意見が出 されている。
⑤今後の展開に関しては、米国及びフランスとの核をめぐる協力関係や、NATO との関係で抱える問題が、英国の核政策に影響を与える可能性がある。英国の世論を見ると、核戦力を放棄するという選択が一定の支持を得ている一方で、何らかの方法で核戦力を保持するという選択も同様に支持を集めている。英国の核政策とトライデント更新に関しては、民間の研究機関による、包括的な検討が進められており、今後のトライデント更新に関する政策や議論に資するものとして期待される。トライデント更新の最終的な意思決定を2016 年に控え、今後も、英国の核戦力をどのようにしていくべきか探る動きが続くであろう。
……』
同論文のなかに、2011年当時、イギリスが現在保有する核戦力はヴァンガード級原子力潜水艦((Vanguard class nuclear-powered submarine))と、それに 搭載されるトライデントⅡミサイル(UGM-133A Trident II)及び核弾頭から構成されるトライデント・システムのみである。そして保有する核弾頭総数は、核保有国 5国(アメリカ、イギリス、 フランス、中国、ロシア)のうちで最少である。これについては2010年5月26日にイギリス政府は唯一の保有核兵器であるトライデント用備蓄弾頭数は将来225発を超えず、また、作戦に供する核弾頭数は160発以下であると議会に対して発表している[i]。また、2010年10月19日、イギリスは「戦略的防衛及び安全保障の見直し(SDSR)」は225発という上限を再確認するとともに、2020年代中頃までに弾頭数は180以下に削減すると述べている。つまりイギリス核戦略の中心にある核システムは原子力潜水艦、核を運搬するミサイル、そして最大225発の核弾頭と三つのパーツにより構成されていて、核弾頭以外は全てアメリカの技術を導入して成り立っている。それも原子力潜水艦は1993年から順次就役していて30年が経過したもので、その後同潜水艦は3隻が追加となり現在の総数は4隻である。2011年5月、イギリス政府はヴァンガード級の後継艦として「ドレッドノート」(Dreadnought)を建造することを決定して、2016年10月に起工している。竣工は2030年代初頭とされている。
その後の動向であるが、佐竹知彦『「諸刃の剣」としてのAUKUS 豪州の原子力潜水艦取得に向けた課題(前編)』で次のようにまとめている。それによれば、2023年3月、オーストラリア、イギリス、アメリカの3カ国は、AUKUSを通じてオーストラリアへ原子力潜水艦を供与することを発表した。それによれば、まず2023年以降、アメリカとイギリスによるオーストラリア軍要員に訓練が行われるとともに、早ければ2027年にもアメリカとイギリスは原子力潜水艦をオーストラリアの前方にローテーション配備を開始するとしている。次に、2030年代初頭から、アメリカがオーストラリアにヴァージニア級潜水艦(Virginia class submarine)3隻を売却し、必要に応じてさらに2隻を売却する。さらに2030年代後半、英国が最初のAUKUS級原潜を豪海軍に引き渡すとともに、2040年代前半には、豪海軍が自国で建造された最初のAUKUS級原潜を入手する予定である。
以上の様に、イギリスの安全保障政策は、大きな問題を抱えていて大きな曲がりかどに差し掛かっている。それはイギリスの核戦略システムが兵器の旧式化と資金難にさらされていて新たな展望を見いだせないでいるからである。それにも拘らず旧来の大英帝国の悪習のまま欲深な行動様式を改めないため、その矛盾はさらに広がっている。中でもイギリス本土防衛用にヨーロッパ大陸に対置したNATO軍は、2022年にロシアがウクライナに侵攻したことで同軍の弱体化が顕著となり、加盟国からもイギリスの核抑止力の実効性に疑問が出てくる始末となって、現行では独自で世界戦略を練ることは不可能な状態となっている。加えて「もしトラ」となった場合に、アメリカは兵力も資金も縮小することは確実であることから、NATOの存続そのものが怪しいものとなってクリミア戦争から続けてきたロシア包囲網のヨーロッパ部分は崩壊してしまう。それに合わせて朝鮮戦争が終戦となるとロシア包囲網の極東部分も崩壊する。
そこで、イギリスは得意の三枚舌外交で、英国連邦の一員であるオーストラリアに原子力潜水艦の建造を押し付けて出来上がった核戦力を戦略的な配置だけをイギリスが行うことにした。これはイギリスが20世紀初頭にインド防衛用戦力の不足を補うため日本と日英同盟を締結したときと酷似していて、自国だけで安全保障の遂行が怪しくなると、有力国を同盟と云う怪しい誘い水で引き込んで自国の防衛用に転用するという実に姑息な方法を実施しているのだ。
今次、イギリスが日本を取り込むために準備した誘い水は「中国敵視」である。そのためオーストラリアが整備する原子力潜水艦隊は、自国防衛のため前方にローテーション配備すると、あたかも中国を南側から抑止するかの如く日本政府に思いこませることに成功した。
ところで岸田首相は、2024年4月に訪米するが、その際にバイデン大統領との会談はAUKUSの問題が中心となるとされている。バイデン大統領が岸田首相との会談にAUKUSを持ちだしてきたのは、アメリカはオーストラリアに原子力潜水艦を最大5隻輸出することが決まっているものの、その決済に付いてはイギリスもオーストラリアも自国で負担するとは一言も明言していない。実際問題として、その支払いに付いては日本に求めざるを得ないのだ。そのため、わざわざバイデン大統領が岸田首相を晩餐会に招いて膝詰めで支払いを認めさせようとしているのだ。そして、日本の資金で出来上がった原子力潜水艦であるが、日本がオーストラリアにリースするなどの方法を考えているのであろう。その時、イギリスは、日本に「これで日本も原子力潜水艦を持つことができる。大慶である」と称賛しながらも、陰では日本の安全保障とは無関係な兵器に資金を拠出させて、その運用はイギリスが行うという、あまりにも間抜けな日本を冷笑することになる。
最後に、イギリス核戦略の現状であるが、2024年2月21日にイギリス国防省は、核弾頭搭載可能な潜水艦発射弾道ミサイル「トライデントⅡ」で発射実験を行ったが失敗したと報じている[ii]。つまりイギリスの核戦力レベルは北朝鮮と同じ程度なのである。
イギリスにとって「弱り目に祟り目」、昔の栄光に縋り付く滅びゆく帝国にしか思えないのは筆者だけであろうか。
以上(寄稿:近藤雄三)
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