食道がんと闘う自然爺の活動

自然の中での暮らしに憧れ、自作の山小屋を起点に自然と戯れていたが、平成21年10月、食道・胃がんが見つかり手術。

『夢追人、石見銀山への遠征Ⅲ』

2013年07月29日 17時41分38秒 | 趣味

『ところで、雄もいたのに逃げてしまった、それを追跡してみよう。その前に腹だけ

開けとこうか』

猪は捕れたらできるだけ早く腹を開けて内臓を取りだし、冷たい川につけておくと

肉質が落ちないし臭みは減りおいしさを増す。猪は2人で持ち上げることはできな

い重さで、片足ずつ引っ張り雪の上を滑らせるようにして山から出し川まで運んだ。

小さい川だから水量はなく猪の身体が水につかる場所を探し、腹を開けていると

郵便配達の人が私たちを覗き込み『ほー、獲れたね』と声かけ暫く見てから立ち去

った。逃げた雄は銀山川を渡り要害山に入っていた。起きた場所から地図を見な

がらリーダーが方向を予測した。猪猟の経験者はリーダーと私だけしか居ないから

大見切り、しかも地図を見ながらのものだ。山の高さ、形状などからして奥の方で

はなく里に向かった可能性が高いのではないかという。

制限時間は迫っており普段するような緻密な見切りをしている余裕はゼロだったか

ら、非常に大雑把な見切りというか、予測というか、これしか方法が残されていなか

った。

銀山の町並みは江戸時代の面影を残したまま、ひっそりとしていた。代官所跡にあ

る資料館を通り国道9号線の方に向かう。そのトンネルの上をチェックすると紛れも

なくここを通過した跡があった。その先を見るために車を走らせる。そこで私たちは

無数にいる野生の猿に出会った。道路を歩くやつ、畑の野菜を頂戴しているやつ、

子供が母親の腹にぶら下がり、こちらのことなど一向に気に留めていない。

暫く行く籠を背負ったおばさんに出会い『猿が一杯いましたよ』と言うと『ああ、出ま

したか』と当然のような顔をしている。『何だ、いつものことか』。

後で話を聞いたところ、きちんと鍵をしておかないと自分で戸を開けたり、冷蔵庫を

開けて中のものを食べるようになったりしているそうだ。

ここでもリーダーが独りで簡単な見切りをしてしまった。私は先程のトンネルの上で待

つことになり戻って奥へはここしかない道で銃に弾を込めた。あっけない幕切れでほ

んの15分ほどしたら『終わったよ』と連絡がある。音は聞こえないし、ただここに座って

いただけのことだった。

リーダーが山に入ると猪は未だ逃げる途中だったらしく、どうしたことか追う猟師と逃げ

る猪が鉢合わせしたのだ。こんな馬鹿げた話は聞いたことはないというような事が実際

に起こってしまった。自分の居る方に歩いて来たので鉄砲を擊ったところ不発でカチッ

と撃鉄が弾を叩く音がした。猪はそれにも驚かずじっとしていたので再度、レバーを引

き直し撃ったと言う。この猪も先程、同様に丸々と太っており甲乙つけがたい獲物だっ

た。格してこの日の猟は3人で2頭と近年、稀に見る大猟となった。

リーダーの見立てだと、この辺りは八雲より暖かい方だし餌が豊富なようで、猪の栄養

状態はよく、いい肉質をしているそうだ。


『夢追人、石見銀山への遠征Ⅱ』

2013年07月28日 17時57分26秒 | 趣味

犬が起こした、『起きたぞ』と連絡がいる。5分もしない内に左前方から更に左に向

けて、枯れ竹をバキンバキン、急斜面を転がる石の音がガラガラと賑やかに猪が降

りてきた。

『しまった、待ちを切られた。もっと下の方だ』

弾を込めたままの銃を持ち下に向かうと猪が小川をジャンプして過した跡がある、楽

に3メータは跳んでいる。すると、ワンと短かく犬の声がした。ゆっくりその方向にいき、

少し小高い所を背伸びして覗いてみてビックリ仰天、猪と犬が静かに対峙しており、

犬が前後から隙を伺っている。犬が円を描くように回ると猪は後の犬にも気を配りな

がら、犬と正面になるように回る。私の場所からの距離は10メータもなく、狙いをつけ

ながら銃を構えてみるが、猪、犬たちの動きは予想できず、撃つタイミングを図ってい

た。こうした場合、こちらから見て猪と犬が平行になっていれば銃を撃てるが、直線的

になってる時、なりそうな時は撃つことはできない。撃った瞬間に犬が動き、先ほど猪

のいた場所に動けば弾は犬に向かっていくことなるから、撃つタイミングを図るのはと

てもむつかしい。私は猪よりも低い所で隠れる大きな木はない所にいることに気づき、

少し上の木陰に移動して銃を構えて犬と猪のやり取りを見ていた。すごく長いようにも

短いようにも思え、その間は時計のない世界にいたようだった。すると、猪の前方にい

た犬がさっと身を翻し私の方に走った。猪はそれを追い掛けドドッと来る、ほんの僅か

な時間の間に猪は私の正面、1メータ以内にあった。

咄嗟に引き金を引く、ズドーン、更に一発は真下に向けて撃つような格好になった。

猪がゴロンと足元に倒れた。首から真下に向けて弾が貫通していた。2発目のものだっ

たろうか。思わず、ヘタへタとその場に座り込んでしまった。短時間のことなのに精も根

も尽き果てたようになり暫くそこで気を静め、連絡しなければと気付かせたのはキーキ

ーと鳴く瓜坊の声だった。犬が子供を(70センチ位で7〜8貫)押さえつけたのだ。トラン

シーバーでリーダーに『捕れたよ、下で犬が瓜坊を押さえている、なんとかしてよ』

『ナイフで刺せばいいよ』

『犬が、自分の獲物を取られると思って噛むと嫌だ』

『大丈夫だ』

『あんまり、気が進まない』

リーダーはすぐに到着し、慣れた手つきで心臓を一突きにして仕留めた。

『獲物はどこ?』

『ああ、すぐそこだ』と案内する。

『おお、中々いい猪だ、肉付きもいい』

それから現場検証に熱が入り私が初めて見た犬の"止め"について、興奮冷めやらずの

感想を話した。


『夢追人、山石見銀山への遠征Ⅰ』)

2013年07月27日 18時35分48秒 | 趣味

世は21世紀に向けて技術革新の波は大きくうねり戦後の混乱期、高度成長期すら

隔世の感がする。天領の街、大森は14世紀、大内氏に発見され幾多の争奪戦を繰

り返した後、徳川幕府が支配し最盛期には人口が20万人にもなった。藤田組が採

掘を終て、大正12年に閉山するまで銀の街として栄えた。今、その面影は残された

遺跡や寺の多さからしか推測することはできず、寂れた街並はどこにでもあるただ

過疎の田舎街にしか見えない。

竜源寺間歩(りゅうげんじまぶ)は銀の採掘現場がそのままの形で残された場所で

戸時代に人が掘った坑道だ。そこは聖山(ひじりやま)の裾野にあり、初めて遠征

した猪猟の舞台になった場所である。

朝、五時に家を出発したリーダーと私、以前この場所で猪の跡があったと言う案内

の三人で一路、岩見を目指し西に向かう。今夜は湯里温泉に宿をとり夜に他の

2人と合流して明日は5人で猟をする予定だ。

太田市まで1時間半、さらに銀山まで1時間を犬、3匹とともに走り続けた。

案内人は山鳥専門で猪のことはほとんど分からないが、銀山で猟をした所、猪の食

跡を見つけ有望だという話をしたので、この猟になった。現地に着くと二手に別れ

て跡を探す。私は1人で谷を歩き尾根に着いた。雪は30センチあり猪の跡を見つけ

れば、見切りをすることはできそうだが、初めての山なので様子が全く判らない。尾

根には古い足跡が幾つもあり、その内にリーダーか私が新しいものを拾うだろう。

『こちらは今の所なし、そちらは、どうぞ』リーダーと連絡を取る

『こちらは、跡を見つけた、見切り中こちらに移動して下さい』

『大きいやつかね』

『ウン、割といいやつだ』

別れた場所に戻りリーダーたちが向かった奥へ方に、彼らの足跡を拾いながら歩く。

ここは佐毘売山神社(さひめやま)の裏側になり道の一番高い所でリーダーと連れの人

が私の到着を待っていた。リーダーは独りで見切りを済ませ、地図を広げ、『今、ここ

にいて猪は多分この辺りになる。この下の小川に竹が生えた辺りにある通いで待って』

連れは私の上の方で待つことになった。待ち場につくとなるほど、如何にも猪の通りそ

うな場所だ、しかし山の斜面が急で猪が猛スピードで来たら当たらないかもしれないな、

と一抹の不安を覚える。勝負は15分ほどでクライマックスに達した。


『夢追人、失矢Ⅱ』

2013年07月26日 18時13分44秒 | 趣味

『逃ずた、逃げた』と叫ぶ、リーダーにつながり『どっちだ』、『ヌタ場の方だ』私は外

したことで動転した。暫くしてリーダーもチラッと見えた背中をめがけて撃ったが外

れた。それから10分ほどすると下の方から微かな銃声がした。

『捕れたぞ』の連絡は中継しながら私の所にも届いた。

『よかった、外した奴が捕れて』と安堵した。

山を降り、Tさんが撃った場所に集合する。遅れて私がそこに着いた。

『Tさん、ダンダン、どれ?』

『その向こう』

指差す所に行ってみると、そこには黒々とした大きな猪が倒れていた。

『これは、私が撃ったのと違う、もっと茶色だった。じゃあやっぱり外れたんだ』黙っ

ていれば誰にも判らないことだが、これがこのグループのいいところだった。もし、

これが他のグループと一緒にやっていたとしたら多分そうは言わなかったと思う。

勿論のこと、その夜の酒の肴は、撃ち取ったTさんではなく外した私だった。

銃を撃ち猪に命中した時は、速く走っていたとしてもドンぴしゃりのタイミングだか

ら、猪がそれほど速く走っているようには感じないものだが、今回のように外してし

まうと目の前には数秒もいないから、瞬間にフェードアウトしたように思える。猪は

とても速く走り動作は想像以上に機敏だということを、しっかり教育された。危ない

時は瞬発力を発揮し危機を乗り切るのだろうが、スタミナという点では体温上昇が

激しく持続性には欠けると思う。長らく猪猟をしている人の中には待ちをしていて

猪が1度も出てきたことがない人は沢山いることを考えれば、私には短期間に7度

の発射チャンスを与えられたからラッキーな方である。

猪猟で使う弾は散弾ではなく1発弾と言われるもので粒々がまとまって1発にして

あると思えばいい。猪は大物だから散弾を撃ち込んでも効き目はないから、威力

のある1発弾を使う。1発弾だから命中の確率は低くなり不安な人は、威力は減る

が数発入っている弾を使う人もいた。

不名誉なことではないが外れたのはこの1回と、後述する『夢追人、確率2/3』で

の1回、計2回だったことを明記しておく。


『夢追人、失矢Ⅰ』

2013年07月25日 18時09分56秒 | 趣味

猪は野生の豚だと思うと、動作は緩慢でのろまな動物だと錯覚させられる。実際に

はその動きは敏捷で鼻の良さには定評があることは余り知られていない。一月の初

め、竹薮の中は猪の動きを探るのに見逃せない場所になる。猪は笱が好物でその

頃には臭いを嗅ぎ分け土の下にある筍を掘り出し食べる。

未だ十センチにも満たないものを人様より先に頂く、筍掘りの専門家でさえこの時

期に掘り出すことは出来ないのに猪は旬を先に楽しんでいる。竹の根が張り詰める

土を鼻や手で器用に掘り、傍には薄皮や繊維質の食べ捨てたものが残されている。

また、山芋も好物の一つで崖など急傾斜地を崩したり、大きな穴を掘って食べる。

山芋の蔓は秋になると枯れてしまい外から見てもどこにあるのか判らないが猪は臭

いで見つける。

山芋掘りしたことがある人なら判るだろうが一本の山芋を取る為には1メ—タ以上掘

らないと取れない。それを鼻と手足だけでやってのける。だから待ちに入ると煙草は

吸うなと言われる。臭いに敏感なので人に気付き方向を変えるという説からだ。実際

は緊急事態で逃足が速い時にはそうした事に無頓着で、慎重に注意しながら逃げ

るような時は煙草も要注意となる。

このような注意事項は常識とされているが、年寄りのハンターの多くは人の言うことを

聞かないから、待ちに入っても平気で煙草を吸ったりするし、寒いからと焚火をしな

がら待つ人もいた。経験談から、焚火をして待っている目の前をお構いなしに通過し

た猪がいたそうだ。今日の猟は、ヌタ場の下で待ちを張ることになりリーダーが勢子と

して入っている。犬を放してから大分、時間が経つのに一向に音沙汰なし。無線は

誰とも交信出来ない距離にいる。僅かに雑音混じりでリーダーと連絡が取れ犬とも離

れたし猪が何処にいるのか判らないと言う。途切れてから30分くらいした時、犬のか

ん高い鳴き声が聞こえた。無線で呼ぶが誰も応答してこない。『待つしかないな』と雪

をかき乾燥した杉の枯葉を敷き、座っていたが、やっぱり立って待とうとした。後の方

からサッサッと軽い音がした。12貫余りの茶色の猪が全速力で駆けて来るのが見えた。

幸い相手は私が見えないようで一直線でこちらをめがけている。

十分に余裕があり銃を構え狙った。10メータ以内に来た時、自信を持って発射すると

泥が舞い上がり猪は直角に曲がった。その速さの早いこと、下の茂みを走る猪に二の

矢を放つ。猪のスピードは衰えることなく1メータほどの高くなったところを飛び越えあ

っという間に消えた。銃を構えて撃つだけなら1~2秒もあれば3発は楽に撃てるが、銃

は発射の反動で上に動くから、理屈上はその修正をして2発目を撃つことになる。

頭で考えればこうなるが、一連の動きの中で起こることだから何の意識もなしに連射し

たが、3発目を撃つ時間がないほど猪の動きは速かった。

3発目の弹は未だ銃に残っており、逃げた場面をプレイバックしても、この弾を発射す

るシーンは浮かばなかった。


『夢追人、猪、射手を選ばずⅢ』

2013年07月24日 17時45分54秒 | 趣味

私は小川を挾んだ高い場所で待つことにした。下からこの土手に上がれそうな場所

で、しかもそこは雪も少なかった。それまで雪の行軍をしていたのでカッパの中は汗

とムレでビショビショに濡れている。これが待ちをしている時に冷えてくると寒さでガ

タガタと震えがくる。その内、足が冷たくなり炬燵が天国に思える。

一方、出曽根に向けて出た部隊は孟宗竹の藪の中で苦戦している。雪で竹が倒れ、

その上に雪が溜っているから、歩くと竹を踏み外し前に進むのがやっとだという。

『出た、下に向かった』とトランシーバーががなりたてた。

私は雪の少ない南側の斜面を注意深く見ていた。すると大きな猪がノッシ、ノッシと走

る姿が見える。斜面に猪を隠すものは何もなく全身がよく見える、腹をだぶつかせなが

らブッブッと息をしながら走る身体からは湯気が出ているようにも見える。小川に降りた

途端、枯竹や枯木を踏む音がし出し、すぐに私の前に出てくると思った。しかし音は通

過しそうで、あわてて身を屈め土手を奥に向けて移動した。5メータほど進み最初に見

ておいた雪の少ない所で銃を構え猪を待った。川からこちらに方向を変えて最初の一

歩の所で引き金を引いた。自分はもっと慌ててどうなるのか判らなくなるかも知れないと

思っていたが、以外と冷静にこの光景を見ていた。猪はドタッと仰け反るよう杉の横に

ち微動だにしない。

『猪を撃ったら尻尾が動いていないかよく見ること。もし動いていたら、未だ絶命して

ないから注意すること』と聞かされていたことを思い出し、忠実に守った。私の初めての

猪で報告する声も弹んだ。

『捕れたよー』

『おめでとう』と皆の祝福を受ける。

リーダーは未だ猪を撃ったことのない私に早くチャンスを、といつも言っていたが遂に実

現できた。15貫を切る大きさのものだった。竹薮の中で格闘していた面々が降りて来る。

誇らしげに場所を案内する。猪を里の方に運び出していると近所の人に獲れたことが伝

わったらしく、家の前で待ち受けていた。その中、一人の老婆が『こいつらだ、うちの田ん

ぼを荒らした奴は。憎たらしいから叩かせて』と棒切れを持ち出して、叩くというより猪の

体をコンコンとつついていた。

事実、この谷の田は稲が実り、これから刈り取るという時に猪が現れ、全滅同然の被害に

遭っていた。その晩は一度逃がした猪を獲ったこと、そして射手はビギナーの私というこ

で、祝杯を挙げ話に花が咲いた。


『夢追人、猪、射手を選ばずⅡ』

2013年07月23日 18時02分27秒 | 趣味

全員が山を降り次の作戦を練る。『未だ朝だから猪はあまり遠くまでは行かない、

2時もすれば近くのどこかで止まる、それまで早い昼飯をとってからやろう』

とリーダーが言った。一度逃げた猪の後を追うのは大変に難しいことで、いつどこ

で止まるか判らない、先を行ったつもりでも所詮、人間の足で追い着くことは無理

だ。何度かこう言う経験をしたがいつも後手に回っていた。

幸いに今回はリーダーのホームグラウンドで猪の動きには精通しているのでその

判断には間違いないことを皆が思っていた。

『まだ、少し早いかな、でも行ってみるか』

『駄目だ、もう少ししないと』

こんな会話をしながら時が経つのを待つ。

家の奥を通過した模様でそこにはヌタ場がある。そこで必ずヌタを打ってから移動

しているはずだ。結局、3時間待ち午後2時過ぎに再開した。ヌタ場は猪の風呂場

のようなもので、水気があり泥の柔らかいところをドロドロ状態にして、身体半分くら

いが入るバスタブ。

身体についたダニや寄生虫などを泥で窒息させたり、泥で洗い落としたりする衛

生面、何かに追われたりして急激に上昇した体温を下げるためにも使う。真冬の

寒い時でもヌタ場は使われているので、猪の温泉地なのかもしれない。こうしたド

ロドロのヌタ場と全く逆の、空ヌタというのがある。よく見かけるのは尾根筋なんか

で、身体が入るバスタブ状の穴を掘り、ここでは乾燥した泥を身体に塗り付ける、

傷などの消毒の役目と言われている。

グループかファミリーかは別としてヌタ場は大衆浴場のように共用されているよう

に見える。犬に追われ逃げた猪は体温を下げるため必ずと言っていいほどヌタに

つかる。

だから見切りをするにも、こうして逃がした時のためにもヌタ場がどこにあるのか、

知っていることは猟果に大きな違いをもたらす。

猟を再開しまずヌタ場に行ってみるとほんの先ほどまで猪がつかつていたような

濁りがあり周りの雪は泥水を被り汚れている。

ヌタ場からは泥水を引いた足跡が尾根に向かっており追跡は容易だ。

『尾根から行先を確認し分散しよう』

『この濁りからすると近いところに留まっているかもしれない』

猪は体温を下げ興奮状態をリラックスさせていること、朝から追われて寝ていない

から、そんなに遠くまで移動しないで寝る体制に入っているものと思われるから、

追う方も慎重な行動が要求される。尾根に着くと更に奥に向かっており、先に行く

とそこで幸運をつかむ。猪は尾根から出曽根に向かっており、この分だと出曽根

の何処かに留まっているのはほぼ間違いなく、戦術的には袋小路に入ったものを

獲るのと同じだ。尾根の雪は30センチくらいあり、谷の吹溜りはそれ以上で滑るよ

うにして、下に降り適当な場所で待ちにつく。山を歩く時、降りる時には必ず脱砲

(銃から弹を抜く)しておかないと転んだりして暴発を招く恐れがある。


『夢追人、猪、射手を選ばずⅠ』

2013年07月22日 17時48分10秒 | 趣味

猪猟が難しいのは見切リをする人の質が様々で寝屋山を特定するのに質の悪い情

報もそのまま使い判断する為に空の山で猟をするからだ。曲がりなりにも見切りがで

き猪がおれば捕れなくても、撃って外れても面白い。空山だけは疲れを大きくするだ

けだ。猪の足跡は昨夜のものだけを探して見切る。猪の行動範囲は広いので昨夜の

ものだけでも二山,三山はざらに歩く。この新旧の判断が難しい。

湿った場所では古いものでも新しく見え、乾燥した所ではその逆になるし、岩がゴロゴ

ロしている所では足跡が消えおりちょっとした変化に気付かなければ見落してしまう。

この山を通過したかどうかを調べる時、長い道程のたった一ヶ所の変化を探すのだか

ら、もし異常なしとすれば猪は通過しておらずその線より内側に居ることになる。居ると

仮定して猟を始める。猪が踏んだ草の折れ目を見て乾燥の具合、枯れ具合をみて昨

夜かどうかの判断をする。田の中にズッポリとした跡がある。中に蜘蛛が巣を張ってい

る。蜘蛛は夕方に巣を張るのでこの跡はいくら新しくても昨日以前のものになる。

一月の半ば雪のある日、10貫ほどの猪の跡を拾い見切りもしっかりとでき間違いなくこ

の山に猪がいる状態になった。この頃には気心の知れた人だけが残り一つのグルー

プになっていた。だから捕れなくても結構楽しく過ごせるようになっていた。外してもそ

れを咎める人はなく、酒の肴になってしまい大笑いした。

リーダーが口癖のように注意していたことに『逃げてもいいから、猪だと確認してから撃

つこと』『外れたら、次がある』。その言葉はだれもが一度は言うが口癖のようには言わな

い、それは皆に浸透し気楽に楽しむというグループのモットウになった。事実、外しても

誰一人として文句は言わなかった。

リーダーは私たちより若いが子供の頃から猪猟について歩いた大ベテランでその経験

と知識は確かなものだ。

午前10時過ぎに犬を入れる段取りがつき待ち場に向かう。

『犬をいれるぞ、用意はいいか』

『了解、いつでも』

勢子役が寝屋を目指して進む。近いと判断したところで

『犬を放す』とトランシーバーから声がする。

『了解、こっちに来らしてよ』冗談が飛ぶ。

しばらくして犬が起こす『起こした、Tさんの方に向かった』とリーダーの声が無線機から

聞こえる。待ち場の人は緊張しながら今か今かと待つ。しかしこの時は一端、Tさんの方

に向かったが方向を変え山裾の雪の少ない所を通り奥に向かっていた。奥には待つ人

が居ないので一回戦は終わりとなる。


『夢追人、初めて見た猪Ⅱ』

2013年07月21日 17時27分41秒 | 趣味

すぐそばで目白が忙しく尻尾を動かしながらチッチッと鳴っているのを聞いている

と『犬を放すぞ』とトランシーバーから無粋な声がした。逸る心を落ち着かせながら、

弾を3発装填し銃の安全装置を外し臨戦態勢に備える。暫くしてから澄んだ空気

の中にパーンとはじける銃声がした。寝屋の直ぐ傍だったらしいが止めることは出

来ず、トランシーバーからは撃ったが外れて逃げた、待ちの人は気をつけて待つよ

うにと指示があった。緊張感を覚えながら兎のように、前に後ろに聞き耳を立てて、

何が現れても直ぐ対処できるよう、集中する。

斜め後の方でドサッと大きな音が聞こえ振り向くと真っ黒なものが茂みの間にチラッ

と見えた。猪だ。背中は逆毛を立ててブーともフーとも聞こえる声がした。心臓は早

鐘のように鳴り武者震いを伴う。

こちらに向かって下りてくれれば姿を確認し撃つこともできそうだから、こちらへ・・・

の願いも空しく茂みの中を枯葉や枝をガサガサ踏みながら、その音は段々と遠の

いて行ってしまった。もしと言う言葉がなければ幸せにも不幸にも巡り合うことはなく

単純な世界になってしまうかもしれない。でも、もし最初に選びかけた場所だったら、

猪の姿を確実に見ることができ、しかも茂みの少ない場所を通るから、すぐ近くで撃

つチャンスはあったので悔やまれてならなかった。距離からして、撃てば弾は当たり

ビギナーはヒーローになることもできたのに・・・

猪が逃げた方向を連絡しようとするが谷間にいたためか電波は誰にも届かず、私も

自分が何をすべきなのかも分からなかったので、猪が再び現れるのをただ待つしか

なかった。その猪は結局、朝から夕方まで狭い範囲の中で追われ続け、夕方近くに

は疲れも限界にきたのか寝屋まで作ろうとしていたが逃げ延び命拾いをした。終わ

ってから例の如くまた別の愚痴を聞かされた。


『夢追人、初めて見た猪Ⅰ』

2013年07月19日 17時56分31秒 | 趣味

猪は獲物としては大きく、捕るにはチームワークによるところが大きく独りでも捕れ

る兎.鳥とは別の喜びがある。うまくすれば一人でも捕れるが余程の熟練者か、偶

然に近い幸運が重ならない限りたやすくはいかない。猪猟は足跡を見つけ、寝屋

山を特定する見切りを行い射手の配置、勢子が犬を連れて行き寝屋の近くで放す。

犬が猪を起こし前後から襲いかかり足止めを食わせることを『止める』と言い、勢子

の近くで止めがあったら勢子が撃ち、止めることはできず逃げ出したら、待ち伏せ

をしている処に来るのを待つ。

待ちの配置は獣道で、猪の場合は姿が見え難い暗いような所が多く杉林や、谷で

あれば一番狭くなっているような場所、急傾斜の崖も軽々と下ってしまうから、猪を

捜索している時に、待ち場所の情報も得ておく必要がある。人数は多ければ多い

ほど待ちに掛かる確率は高くなる。後で分かったことだが、ヘッドに熟練者、気心

しれた人同士で物事を誇張しない確実性のある人(見切り段階で確実性のない情

報ばかり集まってくると本当のことが分からず、猪不在なのに在宅として度々、空山

で猟をすることになる。仲間が4~5人いれば十分な猟は可能になる。猪の大きさは貫

で表現され15貫あればマアマアで20貫位から大物の部類になる。身長は 1メータ

位。体毛は薄く首から背にかけては7〜8センチの長い毛があり、二又、三又の枝

毛になっているので、これを財布に入れておくと二方、三方から金が入り貯まると

言われる。私も沢山の猪の毛を財布に入れてみたら、沢山ではなかったが小金が

貯まったから本当のようだ。色は茶系統の黒で歳を取ると白髮混じりになってくる。

爪はブタと同じでハイヒールを履いたような形をしており足跡を見れば、先端に2

つの爪痕があるので猪だとすぐ分かる。猪猟を始めて間もない頃、村内で猪猟に

参加することになった。その時のメンバーはグループとしては纏まりがなく、まともな

グループになるには淘汰を要する状態だった。捕れない理由を当り触りのない私

ち愚痴交じりで溢す人やら、他人の犬をけなしたり、猟方の批判ばかりしていた。

れで自分は前向きにやっているのではなく、捕れたイノシシの肉が欲しいだ

けで猟をしているように見えた。これでは捕れるはずはないし纏まりを欠く一方で

悪循環は捕れないことに拍車をかけた。

朝から足跡を探し見切りを済ませ、待ちの配置につくことになった。猪猟を始めた

ばかりで何も知らない私に『この道を降りると猪の足跡がある。そこで待て』と愚痴

の主が言った。雪が残っており素人同然の私でもその場所は直ぐ判った。

小さい谷で雑木が多い茂り、いかにも猪が通りそうな場所だった。大きな杉の木

があり、この陰に隠れていれば周りはよく見えるが、もし間違って猪が反撃をして

来たら逃げ場所がない・・・迷いに迷った挙句10mほど上の獣道で待つことにし

た。茂みの中で見難いが、猪がこの道を上がってくれば、銃をこう構えてあの場

所で引金を引けば、確実に獲れそうだと頭の中でシミレーションしていた。


『夢追人、マミ掘りⅡ』

2013年07月18日 16時43分36秒 | 趣味

これにより泥出し作業ははかどり、ドンドンと前に進むことができる。穴は所々で曲

がったり上がったりしており便所まである。そこには外界であれば溜めグソと呼ば

れるマミのウンチがあった。また、何の目的で使用するのか判らない大きめの大広

間みたいなものがあり、まるで人間の住居を思わせる造りになっている。この辺りま

で掘ると息苦しい感じになり、外に出ると空気がとても新鮮に思え酸素の有り難さ

を味わうことができる。外の騒音は何一つ聞こえないから、スコップやクワで土を削

る音が響くだけである。

場所交代をしながらひたすらに掘った。穴が急に上がり細くなっている場所まで進

んできた。犬返しと言われるもので外敵が侵入してきたらここで防戦しょうというもの

で彼らの生活の知恵だ。もうすぐ目的の寝室にたどり着くことを予感させる。延べに

すると、かれこれ8〜9メータは掘った、もう6時間以上は経ち掘り出した泥は穴の周

りの雪を真砂土の色に変えてしまっている。

案の定、寝ているところは直ぐ近くで構造は犬返しと同じで多分、ここは尾根の真下

辺りになる。電池を照らし、奥を覗くと黒っぽい物が穴を塞いでいるようだ。ここで、

どうやって捕るか協議の結果、2人が何とか動ける程度の大きさの広場を確保する

ための拡張工事をすることが先決となり、最後の土方工事を進めた。寝屋の入り口

にいるマミを木に縛りつけたナイフを刺して捕ることにした。

相手は噛み付くかも知れないし鋭い爪で引っ搔くかもの、何をしてくるのか全く予測

できない。何もかも初めてのことで要領を得ないから自分たちの身の安全を第一に考

えた。尻にナイフを刺しても止めを刺せないからできるだけ心臓を狙いたいが、相手

も必死になって『フー』と威嚇の声を出したり、牙を向いたりしてくる。顔がこちらに向

かってくる度、後すざりしては又、前進する。

一進一退の攻防は人間に利があり、力尽きた先鋒は穴から引きずり出され土嚢袋に

入れられる。こうして一つ捕ると次の一匹が穴に蓋をする。中にはナイフに嚙み付く

奴、突然の珍入者を訝しがり寝呆け眼で覗く奴。寝屋は修羅場と化しているはずな

のに意外と静かで、淡々と捕られたら次の奴が穴の蓋にくることの繰り返しで、最終

的に5匹のマミを捕り、穴を出た。中は適温で空気の状態さえよければ快適だった

雨も上がり冷え冷えとしており濡れた身体は直ぐ外温に近づいた。

マミをぶらさげて玄関に入ると妻が驚いた。マミを見て驚いたのではなく頭からつま

先までドロまみれになり沼からはい出したような汚い格好をしており、あきれて物が

言えないと言った感じ。子供が苦労して手に入れたものを母に見てもらいたくて自

慢そうに持ち帰ったが母は汚した衣服を見てそればかりを気にしている、その光景

だ。服、ズボンのポケットの中は勿論のこと、折り目から縫い目に至るまでドロ、ドロ

で服は風呂場で脱いだが、風呂場はそれだけでドロ場と化した。頭は何度も洗いや

っとザラザラがなくなった。この服やズボンを洗濯するのは大変だろうな。

マミの皮下脂肪は冬を越す為に、たっぷりと蓄えられており厚さ2〜3センチで身体

全体を覆っている。大きさは40センチ位で狸よりちよっと小ぶり。脂を切り離さないで

肉と一緒にして焼き肉にして食べる。珍味で通の人は希少価値がいことを知っ

ているので珍重される。


『夢追人、マミ掘りⅠ』

2013年07月17日 17時54分49秒 | 趣味

猟期の間には天候条件が悪く猟にならない日が何日かある。家でじっとしていても

つまらない。そうした時の為に、ネタを見つけておく。マミ(穴熊)掘りがその一つだ。

狩猟法規上の解釈からすれば問題はあるかも知れないが、時効と言うことにして頂

き他言無用のお話をしよう。

私は散弾銃の狩猟だから乙種になる。だから穴を掘り、最終的にそれを銃で撃ち取

るのは違反にはならないが、銃以外のものを使って捕ることは法解釈上、違反にな

る可能性が高い。この場合、銃を使って獲ったということにして頂こう。

朝から霎混じりの最悪の天気の、ある日曜日。カッパを着ての猟までの根性はない

し、代わりに炬燵の番人では芸はない、ウーンと唸っていると以心伝心の電話が入

る。『以前から目をつけていたマミ穴がある。多分、間違いなく冬眠していると思う』

スコップ、クワを手に造林でもするような格好をして、天気の悪い山に出かけていく。

マミの穴は尾根筋の排水のいい場所にあり、居るか居ないかは穴の外にある泥の

新旧で判断する。泥の新しい穴には数匹のマミが冬眠している。

本日の穴は、その条件を満たしており可能性は大。穴の直径は20センチほどの小

さなもので柔らかい木を突っ込んで深さを調査してみると1メータ位先で直角に曲が

っていて2メータ近くまで木は入るがその先の様子は判らない。穴は水平方向で上

から掘ると奥に行くに従って深くなるので得策ではなさそうだ。穴に沿って掘ることに

した。時間はかかるだろうが確実性を重視したのだ。

土は掘るとその量は2~3倍になる。掘ったものは次々と斜面から下の方に捨てるが

直ぐに山のようになってしまう。掘り進むためには人間が屈んで作業できる最低の直

径、80センチは必要だ。マミの穴を見失わないようにする為、穴の中心がマミの穴

になるような位置取りをしながら掘り進む。1メータ掘ったところで作業の程度が判っ

た。今の装具では奥に行くほど、掘った土を外に出すのに効率は悪くなり人海戦術

を取るにも、数が少な過ぎる。装備の補給、人の確保、長期戦に備える必要がある。

1メータ掘るのに小1時間はかかり、この先どれ位あるのか予測もっかない。その上、

土は真砂土で柔らかいから相当遠くまで掘っているはずだ。この時点で救援と物資

の補給を決心し一人が山を降りた。結果からみるとこの判断なくして成功はなかった。

作業効率のポイントは先述の『掘った泥は穴の外に出す』これに尽き、奥に行けば

いくほど作業が大変になるからだ。分担を先に掘り進む先鋒、その土を後ろに構え

る人に送り出す人、中間で受け渡し外に運び出す人、これらが機能しないと時間ば

かりかかり先には進めない。

特に、穴の入口は外に出した土が直ぐに溜るので、常に泥を下方に押出すことをし

なければならなかった。

穴の中は暗いから明かりとして懐中電灯を使うが、穴が直線でなくなると明かりが通

らなくなるので数個の用意が必要。3メータほど掘ったところで調達人が一人の応援

者と機材、穴の中から土を出す為のト口箱とそれを引っ張る口ープ、小型のクワ、そ

れに食料品を携えて帰ってきた。


『夢追人、別れ』

2013年07月16日 17時30分29秒 | 趣味

兎,鳥猟専門から後述する猪猟への回数が増えるに従ってパピーの出番が減っ

ていく。鉄砲を持った姿を見ると連れて行ってもらえると思い大騒ぎするので人目

を避けるように出かけることが増える。犬との信頼関係はこうして崩れていくのか、

別の理由があるのか。パピーは段々と兎を追わなくなってきていた。鳥猟ばかりに

行っていたのでもない。三年間に限れば私にとっては優秀な犬であり満足させて

くれた。それが今は何一つとして満足させては呉れなくなってしまった。叩くことな

どなかったが『行け』と怒鳴ったことは何度もある。でもパピーは山が好きそうに見

えた。

夏バテや病気持ちの犬は残暑厳しい時期が赤信号だ。パピーには病気らしい兆

候は何一つなく、ただ気がかりは兎を起こさない、追わないことに尽きた。

九月の末に突然、他界した。娘が気付いた時はハーハーと苦しそうに息をして口

から泡みたいなヨダレを出す。それを拭いてやることと水を含ませてやることが唯

一の看病になった。すぐに舌を出し妻が病院に電話したが成す術のない状態で

あることを知らされただけだった。そして短い生涯の幕を引いた。家に帰るとタオ

ルをかけてもらい静かに寝ていた。子供たちが手向けた野花が添えられ、線香の

煙が揺れていた。子供も妻も涙を流しパピーの死を悲しんだ。Yさんの犬、ジャッ

クが眠る近くに埋葬してやった。暗がりで電池の明かりを頼りに穴を掘りながら無

性に涙が流れた。堪えても堪えてもどうすることもできず子供の前では、勿論のこ

と妻さえもこの涙を見せたくなかった。だから必死に堪えるのに、押さえることが出

来ずスコップの上にポタリと落ちる。

身体はタオルで包んでやり二度とつけることのない首輪を外して上に置く。好物

だった牛乳や卵、有り合わせのものを一緒に添えた。今、掘ったばかりの土を少し

ずつかけていく。子供たちの嗚咽が始まる。俺は男だ。涙は流さないぞ、と強がり

を言う。でもパピーよ、天国で自由奔放に暮らしておくれ。沢山の猟と思い出、

りがとう。さらば、パピー。

私の本心は誰にも判らなかっただろう。今こうして初めてその心を語るのだから。

休みの度にいつも一緒に山に行き昼飯を分ち合い、兎の獲物に喜び合ったことは

数え切れない。疲れ果てた二人がトボトボと雪の中、枯葉の中で家路を急いだこと、

山の清水に辿り着き顔をくっつけるようにして先を争い飲んだ水。

その夜は二人で過ごした山の思い出が走馬灯のように駆けめぐりそれが、暗がりの

中、独りで思い切り涙を流した。

多分、このような突然死はパルボではないかと思う。普通、パルボは下痢が伴うが別

名、コロリ病とも言われ空気感染し、その威力は半径、数キ口の犬を全滅させてしま

う。何の前ぶれもなく死ぬのはその強烈さからしてパルボに違いない。パピーにはフ

ィラリアの予防は万全にしてあった。


『夢追人、犬の捜索願いⅡ』

2013年07月15日 18時26分53秒 | 趣味

昔、有線放送は農家や漁村の通信手段として普及したが今ではそのよさが都会で

見直され地域ニュース、コミュニティー活動の手段に使われている。1回目の放送で

は一つの情報もなかった。考えられることは

1.未だ山の中にいる

2.だれかが仕掛けた兎罠にかかり身動きが取れなくなった

3.人が連れ去った

4.誰かが迷い犬として預かってくれている

1の可能性は深い山ではないからすぐに何処かの道に出るので薄い。2は私がそ

の場所に行き着く迄は救出できず時間関係から考えたくはないが死を 意味する。

3は面白くないが死だけは免れる。一番いいのが4で情報さえ届けば確実に帰宅

できる。日が経つにつれて『雨を予想しながら山に入れた』ことに対する悔いが出

始めた。日増しに諦めムードが支配するようになった。2回目の放送をその翌日にお

願いする。私の家から3キロ奥の娘の同級生の家から電話が入った。『放送で聞い

たけど、お宅の犬らしいのを預かっている』この目で見るまでは安心できない。車を

飛ばし迎えに行く。

家の裏につながれたパピーは私の姿を見ると飛びつこうとして後足で立ち前足をバ

タバタさせながら大声で鳴き叫んだ。お爺さんが薪を切っていたら何処ともなく姿を

し後について離れなかったそうだ。恐らく初めて出会った人で人恋しかったのだ

。餌をやるとガツガツと全部たいらげ、なお空腹そうだったと聞いた。それからも

お爺さんの後ばかりついて歩き傍から離れなかったそうだ。パピーは乗り馴れた車

に飛乗り家路を急いだ。家では家族の出迎えを受けたっぷりの御馳走にありついた。

安心したのかその夜は久々の自分の寝床でゆっくりと寝ていた。

離れた場所で迷うと出発点にタオルや手袋を置き、そこに餌を置いておく。餌がなく

なっていれば一度はここに戻ってきた目安になる。臭いのあるものは犬にとっても唯

一の手掛りだからその近辺から離れずに待っている。

猟期の最中、行方不明になった犬を四~五日がかりで回収することがあった。


『夢追人、犬の捜索願いⅠ』

2013年07月14日 17時38分06秒 | 趣味

夕暮れ時の訓練は兎を追跡することに関しては効果的な方法の一つで、猟全体か

らみると、その前に兎の寝屋を探し出す大仕事を省いたものになるため、この方法だ

けの訓練に頼るのはよくない。また兎は寝屋から出て来たばかりで行動範囲は狭いこ

と、その足跡の臭いは時間が経っていないので臭いが濃く跡さえあれば簡単に追跡

できる。実際の猟は朝から開始することが多い。仮に昨夜の臭いがある所からスター

トしても、そこには新旧の臭いがいたる所で交叉し方向もまちまちであり、それを選別

して寝屋まで一本の線につなげる必要がある。

地鼻と言い地面の臭いを拾いながら丁寧に嗅ぎ取り、梢の一本、葉の裏までその対

象にする。寝屋まで行き着く速さは『犬の技術』、場合によっては芸術と言っても過言

ではない。追跡だけの訓練はこの仕事がないので犬にとっては楽だ。

家の近くには訓練用の兎が3羽は見つけてあり順々に使い訓練する。歩いても15分

もあれば尾根に着く距離だ。今晚あたりは一雨ありそうな厚い雲が覆っている。家の

近くだから迷うこともあるまい。

20年は経っている檜の造林を通る、薄暗くすっかり陽が暮れたようになる。いつも来る

場所だから心得たものだ。炭釜跡の先を左に行けば兎の遊び場がある。造林を過ぎ

ると夕暮れ時の明るさを取戻した。

パピーは臭いを取りながら勝手に進んで行く。出歩いていた兎に出会ったのだろうか

大声が響き奥に向けて断々と小さな声になっていった。

この縄張りは狭い部類に入るが何度か来ているので自分で何とかするだろう。山の反

対で鳴く声が反射してすぐ傍にいるように聞こえる。この調子だと今晩は飽きるほど追

い続けるだろう。犬を残し家からパピーの声を聞くことにしよう。予想通り夜が更けても

帰ってこない。耳を済ますと微かにパピーの声が聞こえる。明け方に雨が降り出した。

雨は兎の臭い、自分の足跡の臭い、総てを流し去ってしまう。翌朝か昼頃には疲れた

格好でトボトボと帰ってくると予想していたがそれとは異なり夕方になっても帰って来な

かった。会社から帰り捜索に出かけてみたが手がかりはなく次の朝を迎えた。疲れ果て

て木陰で露を凌ぎ寝ているだろう。しかし空腹には閉口しているはずだ。それから毎日

々、探し続けるが姿は見えない。膠着状態が続き五日目、遂に有線放送で『尋ね犬』を

流してもらうことにした。


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