K.H 24

好きな事を綴ります

小説 イクサヌキズアト-10

2022-05-05 23:57:00 | 小説
第参話 イクサノヒビ

弍.合否
 
「うん、受験勉強しないといけないから」
 
 悲しげに、且つ、ばつが悪そうな空気をヒロシは漂わせた。
 
「そうなんだ、残念だ、また一緒に全国大会目指したかったのにな、しゃうがないや、ヒロシ勉強頑張れよ」
 
 小学校五年生の終業式の三日前に、同じ野球チームだったヒロシとマコトはどちらかが、転校してしまうような雰囲気になった。
 
「どうしたのよ、あんたたち、暗い顔して」
 
 二人を見かねて、ヒロシとクラスになったことがあるアンジュが光を照らしてきた。
 
「ヒロシが野球辞めないといけなくなったからさ」
 
 マコトは普段アンジュと会話することは少ないが真っ先に口を開いた。
 
「あっ、そうなんだ、それは残念ね、でも、ヒロシ中学受験するんでしょ、それなら勉強だけに絞らないとね、私も受験するのよ」
「ああ、知ってるよ、俺、アンジュと同じ塾通うんだ、春講座からだけどね」
「じゃあ、頑張ろうよ、野球ができなくなるのは一年間だけでしょ、中学でも高校でも野球できるじゃん、そうそう、大学でも」
 
 アンジュはヒロシに前を向くように促した。
 
「そうだな、ヒロシ、これからの人生、長ぇんだ、人生、前向いていかなきゃ」
 
 アンジュは知らなかったが、ヒロシは父親に無理矢理、野球を辞めさせられて、将来は医師になるようにいわれて、已む無く重い腰を上げて受験に臨むことになっていた。
 だから、まだ心の中に納得できない闇を抱えて、それを知っているマコトと暗くなっていたのだ。
 
「あんたたち二人で野球するってことは当分できないと思うけど、ずっと続けていたら、いつかはできるようになるわよ」
 
 マコトはアンジュの言葉に感銘を受けたが、ヒロシはそれでも、モヤモヤを消し去ることはできないでいた。
 
 誰もが時の流れを操れるわけがなく、終業式は終わった。
 ヒロシとアンジュは翌日から塾通いが始まり、マコトは野球の練習に没頭し、ヒロシが傍にいない寂しさをかき消していた。
 
 四月を迎え、ヒロシたちは六年生になった。マコトとアンジュが同じクラスになったが、ヒロシだけ別だった。
 そんな環境の変化で、益々、マコトは野球に時間を費やした。授業中、右手が空くとソフトテニスのボールを握り、休み時間はずっと握ってた。
 
「マコト、熱心ね、ボール割っちゃわない」
 
 ある日の昼休み、アンジュに声をかけられた。
 
「ああ、ピッチャーだからな」
「エース、頑張りなよ」
 
 マコトとアンジュは仲が悪いわけではないが、ヒロシとの件があった以来、会話が長続きしないようになった。アンジュは塾が一緒になったことで、ヒロシの近況を知り、あの時暗くなっていた二人の理由を想像して、かけた言葉を少しだけ後悔していたのだ。
 マコトはアンジュが若干、遠慮がちに話しかけてくることで、ヒロシから聞いたのだろうと思い、アンジュに対しての自分へぎこちなさを感じていて、極力、簡潔に話を済まそうとしていた。
 
「マコト、あんた親とか、誰かのいいなりになるのって嫌いなんでしょ」
「ああ、大嫌いだ、何だよ急に」
「放課後、運動場見てて、マコトたちの練習を見てて、準備運動終わったら、ほぼ一人で練習してる感じだったからさ、それと弟がね、マコトさんは自分に厳しいっていってたの」
「えっ、アンジュの弟、野球してないのに、うん、ピッチャーは試合中孤独だからな」
 
 アンジュはマコトに、最近、塾でヒロシが辛そうにしていることを伝えたかったが、上手く話しを広げることができなかった。
 
「アンジュだって、私立いきたいって自分で決めたんだろ、いつも急いで帰るじゃん、塾に間に合うようにしてるんだろ、嫌な顔、してない気がすんぜ」
「うん、私はお医者さんになりたいから」
「おっ、頑張れよ」
 
 アンジュはヒロシのことを伝えることを止めた。マコトはヒロシとの今ではなく、未来を見据えていると感じたからだ。
 
 時は過ぎ、三人がハタチを迎えた年だった。
 アンジュは一流国立大学の医学科にストレートで入学。
 マコトは地方の一流といわれるまでには、もう少し実績が欲しい私立大学の野球での特待生で入学していた。
 地元の成人式には二人とも参加できなかった。というか、参加する気になれず参加しなかったというのが正しい。
 
 アンジュは列の前にいるマコトの後ろ姿をみつけた。でも、声をかけるなんてできない雰囲気と場だった。
 アンジュよりも先にマコトは、涙を堪えて尚香した。祭壇から離れていく時にアンジュと目があった。しかし、弔問客の中に小学校の頃の野球チームのメンバーは一人、二人くらいしか目に入らなかった。それがとても悲しく感じていた。深く考えずにアンジュを待った。
 
「お前しかいなかったんじゃない、チームの奴らいなかったよな」
「うん、いなかったと思う」
 
 アンジュとマコトはヒロシの葬儀を執り行っている寺の出口の傍で、久し振りに会う喜びとヒロシが他界してしまった悲しみとの相反する気持ちを整理しきれないで、特に、マコトはチームのメンバーが殆どいなかったことへのやりきれない悲しみも相まって涙を鼻からも流してハンカチで拭っていた。
 そんな姿をアンジュは受け入れていて、表情を変えず目線を逸すこともしなかった。ただ、一本のハイライトには火をつけた。
 
「悲しいね」
 
 しっかり吸い込んだ煙を反対側の空へ噴き出した。
 
 その煙の薫りに気がついたマコトは幾らか冷静さを取り戻した。
 
「色々と思うことがあってさ、アンジュ、煙草吸うんだな」
「医者目指してるのにね、免許取ったら止めよかな、あっ、待ってくれてたんでしょ、お茶しない?、それとも一旦帰ってから出かけようか?」
 
 二人はそれぞれの実家へ戻った。
 
「小学校振りだけど、なんか変わらないね」
「ああ、見た目はお互い変わったと思うけど、あの頃の匂いは残ってる感じだ、いや、俺はね何か懐かしいことを思い出すと、何か匂いが目の奥で漂ってくるんだ」
「面白いね、もしかしたら、嗅球と視交叉、海馬は比較的近い位置にあるからね、あっ、ごめん、脳の解剖学。」
 
 お互いの実家から歩いていける距離のワインバーで二人は呑むことになり、これが会話の始まりだった。
 
「ヒロシは最後、どんな気持ちだったのかな」
 
 一杯のワインを呑み干した頃に、この日の本題に入った。
 
「泥酔で階段から落ちていったんでしょ、痛い感覚はなかったかもよ、酔った気持ち悪さが優ってて」
 
 アンジュの二本目のハイライトは半分くらいまで短くなっていた。
 
「頑張ってたんだろうな、受験勉強、羽目を外してしまったのか、あいつの人生、あいつの人生だもんな」
「うん、私の中でヒロシの人生は戦って、戦って、戦いぬいた人生だったと思うわ」
「えっ、戦ってた、アンジュはそう思うんだ、俺は耐え抜いていたと思ってたよ、そうか、耐えるってのはヒロシにとっての手段か、そうか戦う手段だ」
「うん、そうとしか考えられない、まだ二浪目なんだもん、そろそろ合格できてもおかしくないと思う、運が悪かったのよ、薄っぺらい人生じゃ決してなかったはず」
 
 二人のワインのボトルは底が見え始めてて、アンジュは五本目のハイライトに火をつけていた。
 
「受験戦争と親父さんのプレッシャーとに戦ってたんだな、あいつは負けを認めずに、勝つまで戦うつもりだったんだろうな」
「でも、犠牲になっちゃった、もし違ってたら謝るけど、マコトは野球で乗り越えたけど、私やヒロシは勉強で挑戦してた、しんどいのよ、自分との戦いだから孤独との戦い」
「確かに、好きなことに夢中になって、ゲロ吐くほど練習したけど、良い球投げれるようになったし、それを打たれてもまた課題ができて、それに挑んで、勝ち負けはあまり拘らなかったな、アンジュたちの気持ち、分からないかもな」
「やっぱり素直ね、マコトは、だから乗り越えられたのね、大人たちはさ、勝手に受験戦争って言葉を作った、戦争を経験している人もいたからね、とても迷惑よ、ただただ己との戦いで、ろくに勉強を教えないで、学ぶ喜びを教えないで、受験で儲けてやろうって大人もいて、だから、ヒロシは自分と向き合って戦ってたはずなのに、気を抜いてしまった時間があったんだろうね」
 
 結局二人は、ワインを二本呑み干し、ヒロシの思い出話を続けて店を出た。
 ヒロシは自分自身や親父さんの存在に負けたのではなく、受験戦争に潰されたと結果づけた。
「ねぇ、マコト、朝まで一緒にいてよ」
 
 アンジュは街灯の光の影でマコトに急に抱きつき、耳元でそう言った。
 
 続

小説 イクサヌキズアト-9

2022-04-26 21:38:00 | 小説
第参話 イクサノヒビ

  壱.最小単位
 
「なんで連絡してから来ないのっ、突然来ないでよっ」

 義母は黙り込んでしまった。
 
「折角、来てくれたんだから、そんないい方しなくていいだろうが」
「突然来られるのは私嫌なの、家族だからこうやっていえるんでしょ、あんたは黙ってて」
 
 理不尽だ、何故、自分の母親にそんないい方をするのだ。恐ろしくて堪らない。
 
 別の日。
 
「家計簿ソフト買ってよ」
「えぇ、こないだフリーソフト、ダウンロードしたじゃないか」
「あれは、使いにくいのっ、使いやすいの買って来てよ」
「あのさぁ、お前の使いやすいってどんな機能なんだよ、どんな入力の仕方なんだ、具体的にいってくれないと、これまでに三つもダウンロードしたじゃないか」
「分からないわよ、簡単にできるものよ」
 
 この夫婦は時折、こんな些細なことで喧嘩が始まる。
 
「パソコンは仕事で必要に迫られて、色々調べてなんとか使ってるんだよ、お前も自分で時間作ってそうやんなきゃ」
 
 夫は妻に何か教えることを煩わしく思えてならなかった。
 
 別の日。
 
「デジカメかったから」
「なんで、三台目だろ、今までのやつは使えなくなったのか」
「充電式がいいなって思って」
「俺が買ったからか、俺は研究で必要だからかったんだよ、なんで今までのもの、使えるのに買うかなぁ」
「だって、充電式が便利だもん」
 
 夫は呆れていた。
 
「毎月の支払いが大変なの、銀行から借入して支払いをまとめようよ」
「分かったよ」
 
 妻は、必要だからといい、三社程のクレジットカードを容赦なく使い込んでいた。
 一方の夫も交際費はカード決済やキャッシングするしかなく、財布の中には常にタバコ代くらいの現金しか入っていない。
 生活費を銀行から借入するなんて、人生、負けたように思っていた。
 しかしながら、夫は踏ん張った。仕事への打ち込みを強化して、どんどん出世した。
 夫は出世したといえど、中間管理職である。これ以上の役職にはつけないのが分かっていた。
 
「俺は、これ以上稼げないぞ、二人の子も小学生なんだからお前も働けよ」
「そんなこといわないでよ」
 
 妻は現実を捉えきれてなかった。家計簿ソフトさえ使っていなかった。夫は給料や賞与が増えていくことに何の喜びを感じられなくなっていた。
 それに加え、この夫婦はセックスレスになっていた。夫は毎晩の飲酒でストレス発散をしていて、ビールでは金が嵩むと思い、安い四リットルの焼酎を買い、それをチビリチビリ飲むようになった。
 しかしながら、そんな飲酒ではストレス発散になるわけがなかった。
 
 そもそも、ストレスにはストレッサーなるストレスの元になる日々の事象が存在している。勿論、統計学的な計算で、数値化され一般的に例を上げることはできるのだか、実際は個々人によって千差万別で、参考程度のものと考える。
 したがって、ストレスを抱える者はその原因をみつけられないでいたり、誤認してしまうことは少なくない。
 そこで、ストレスを感じた時、直ぐにストレッサーはなんだったのか、ストレッサーから己を回避する手段がないか、思慮する必要がある。
 残念なことに、この夫はストレッサーの存在さえ認識しておらず飲酒しか発散する糸口としてしか考えられないようだ。
 
「今日は仕事休むよ、寝れないんだ」
「何いってんの、仕事はいきなさいよ」
 
 ある日の朝、ストレスに耐えられなくなった夫は目が虚ろで呂律も回らず、四リットルあった焼酎のペットボトルが空になっていて、そういう妻へ呆れたような目線を送った。
 
「あんた、眠らずにこんなに飲んだの、今日は休みなさい、職場には電話しなさいよ、私、仕事いってくるから」
 
 妻は夫の目線に驚き、そんな言葉を吐き捨てて、逃げるように午前中で終わるパートへ出かけた。
 
 それ以来、夫は外へ出られなくなった。
 
「お前、俺を殺す気か」
 
 夫が妻から仕事に行くように急き立てられると、そう叫んでいた。
 そういわれる妻は徐々に夫が手をつけられない存在になっていった。
 
 その夫は勿論、自分自身の両親からも半ば匙を投げられたが、孫のためだけの支援は心置きなくしてくれた。
 
 この夫は身近な人間に怖さを感じるようになった。
 人生を振り返ってみると、両親の仲違いな姿を目にし、一時期母親側に位置していると父親を悪い人間と捉えていたこと等、普通の家庭と思っていたことが崩れていった。
 そして、二人の子供の将来を考え、夫婦の関係が理解できる時期を見極めて離婚することを決意した。
 
 その後、夫は妻を遮断し、子供たちへだけには姉弟は協力し合うこと。人を比較する時は先ず、比較できるものかをよく考えること。日頃から周囲の人と話し合いをすること。その人たちの話をちゃんと聞くこと。言葉を大事にすること。言葉の使い方で誤解を招いて、上手くいくことも駄目になってしまうことさえある。等、ことある毎に話していった。
 
「父さん、家族が上手くやっていけないと、外でも上手くやっていけないってことだね」
「そうだな、上手くいけないというか、家族が上手くいってると外でも上手くいきやすいってことかな、家族は社会の最小単位だからな」
 
 夫の体調が改善し、外で働くことができるようになっても夫は妻とは距離を取り続けた。
 
 夫婦が離婚をする時、夫は子供たちに頭を下げて、家を出ていった。
 
 人はいつでも争いながら生きている。戦争の最小単位は家族のいざこざかもしれない。
 
 続


小説 イクサヌキズアト-8

2022-04-21 16:50:00 | 小説
第弍話 残り香

 肆.ガマフヤー
 
 亜熱帯気候に包まれた南に位置するこの島は、すぐ傍が海で風通しがいいものの湿度が高く、砂浜にパラソルをさして影を作り水着姿で過ごす時以外は、日向に出ると、そのムッと込み上げる湿度と光に皮膚を刺される痛みに攻められるのである。
 そこで、この島の人々は、突き刺さる太陽光が痛みを伴う光なのか否かで、季節を判別する。痛くなったら夏、そうでなければ大体冬と捉え、春と秋の存在をなくてもいいものと、考えている。
 
「二人とも、宜しくね、俺は視野が狭いから教授が連れてってくれないからさ」
「ああ、分かってる、でもさぁ、本物の洞窟なんだよな、ワクワクしてくるよ、なぁ、昌幸」
 
 照芳は医学科を卒業すると、医師免許を取得したものの、臨床はアルバイト程度で、解剖学教室の助教となった。
 
「まぁな、でも餓鬼の頃、思い出すな」
 
 昌幸の言葉は空気を澱ませてしまった。
 
「なんだ、なんだ、俺はあの時、防空壕に行ってなかったらここにはいないと思うよ、自分で決めて下見しようってなって、手榴弾を味わったんだから、良い経験だよ」
 
 照芳はその澱みを自ら洗い流した。
 
「そっか、凄えや、雄二は不発弾喰らったもんな、俺の友達はミラクルばっかだな」
 
 昌幸のお調子者は変わらない。
 
「おはようございます、諸見里さんが紹介してくれたお二人ですか、山田です、今日は宜しくお願いします」
「先生おはようございます、はい、兼城《かねしろ》君と上江州《うけず》君です」
 
 三人が解剖学教室の出入り口で喋っていると、山田洋介《やまだようすけ》教授がやってきた。
 丸刈りで眼鏡をかけてて、大柄な身体で、一見、厳ついが優しい顔つきである。
 
「あっ、おはようございます、兼城雄二です」
「おはようございます、上江州昌幸です」
 
 二人とも一瞬、腰が引けたが、その顔を目にするとホッとした。
 
「どうぞどうぞ、お入り下さい、私は出かける準備してますので、仲程さん、今日手伝って下さる、兼城さんと上江州さん、コーヒーでもお出ししてもらえますか」
「おはようございます、今日は宜しくお願い致します、どうぞ、こちらにお掛け下さい」
 
 山田教授は左奥の教授室へ向かい、事務官の仲程景子《なかほどけいこ》が、新品なソファーに案内してくれて、雄二と昌幸は更に、緊張感が解れた。
 
「思ってたより地味なんだな、ここって、職員室、俺は大学いってないからさ、雄二んとこもこんな感じなの」
「こんな感じだよ、学校だもんな」
「そだったな、昌幸は高校卒業したら親父さんの木材屋さんを継ぐのを決めたんだよな」
 
 二人はだいぶこの場に馴染み、再び三人で、世間話をできるようになった。
 もう、空気は澱むことはなかった。コーヒーの薫りも後押ししてくれて。
 
「さぁ、出掛けましょうか」
 
 三人の雑談が一〇分近く続いていると、照芳にいわれたようにツナギを穿いてきた雄二と昌幸と同じ格好、ツナギ姿で山田教授はそういった。表情が先程とは違い、キリッとしていて、仕事モードだった。
 
「はい」
 
 雄二たち三人は山田教授のその表情で、特に、雄二と昌幸は再び、緊張感を高めソファーから立ち上がった。
 
 学術的に有効性が高いと考えられる発掘現場には、縄文時代の化石が出土しそうだということで、解剖学教室に依頼があった。この島で考古学的活動が可能な機関は照芳が所属する大学の解剖学教室しかなく、二〇年振りの依頼であった。
 
「山田先生、宜しくお願いします、お気をつけて」
 
 女性で准教授の石井《いしい》ひとみは発掘調査へ向かう、照芳が運転する山田教授と雄二、昌幸を乗せたバンを見送った。
 
「石井先生も行きたいと思ってるんでしょうけど、股関節を痛めてしまってて、彼女の分まで頑張りたいですよ」
「先生、すみません、僕も片目が見えなくて」
「いえいえ、仕方ありませんよ、懐中電灯の光しかないですから、そんな中では視野が狭いのはリスクを倍以上負うことになります、私一人で作業しようかと思ってましたが、諸見里さんがお二人を紹介してくれたから助かりますよ」
 
 現場へ向かうバンの中での照芳と山田教授の会話が始まった。
 
「山田先生、私たち二人は足手纏いになりませんか、発掘活動なんて初めてですけど」
「何言ってんだ、やりながら覚えりゃいいだよ、そうですよね山田先生」
 
 雄二らも二人の会話に加わった。
 
「いいですね、お二人は、諸見里さんの幼馴染だけありますね」
「はい、二人は勘がいいと思いますよ、ずっとこんな僕の味方でしたから」
 
 山田教授は笑いながらそういい、照芳は二人への信頼を強調した。当の二人はポカンと口が半開きになり、頭の中で思い浮かぶその会話に適した返す言葉をみつけられないでいた。
 
「いやですね、諸見里さんは、幼少期に稀に見る経験を積んだんですよ、そして、お二人に支えがとても幸せだったようで、本来なら医師として臨床で充分な実力を発揮できるのですが、私の教室に入りたいというので、お二人の話題がでて私も一度はお会いしたいと考えたのです」
 
 そうこうしているうちに現場へ到着した。ここは、この島で暮らす人なら、いや、この地域出身者ならば誰もが知っているといっても過言ではない、鍾乳洞である天千洞《てんせんどう》と同じ地盤の洞窟だった。
 その天千洞と出入り口が反対側になっていて、三年前に発見された洞窟なのだ。ここは、天千洞の広さの三分の一程度しかなく、多勢の人が収容できない広さと予想されていて、その違いが、縄文時代には住居として利用されていたと仮説立てられているのだ。
 
「じゃあ、諸見里さん何かあったら連絡しますから、運転お疲れ様でした、ではお二人さん、参りましょうか」
 
 その洞窟は、発見されて一年目は発掘調査の予算がつき、鍾乳石が確認できる場を見つけることができたが、二年目は世界大戦で命を落とされた方々の遺骨収集にあてられて、学術的発掘調査は一年間休止を余儀なくされたのだった。
 しかしながら、山田教授はそれに不満はなく、あえて遺骨収集を先にするよう要望したくらいだった。
 
「遺骨収集後の地図は頂いてますが、実際にはどうかを目視しないといけなくて、発見当初は諸見里さんと私とで調査を始めましたが、危険性を懸念する軽い事故がありまして、諸見里さんが危うく大怪我しそうになったんですよ、ですから今日は、お二人に安全性を確認して頂きたいのです」
 
 そういいながら洞窟入り口付近まで足を運んだ。
 
「そうなんすか、やたら日当が高いのはそんなことがあるんですね」
「ええ、でも遺骨収集の時の洞窟の採掘状況が良いとは聞かされているので、大丈夫だろうと思うのですが、念には念を入れないとですね」
「はい、光栄です僕らがそんな重要な仕事に携われるのは有り難い限りです、事故がないように、先生の指示に従います」
 
 洞窟の入り口は山田教授が漸く通れる程の穴が一〇メートル伸びていて、匍匐前進で進まなければならず、だから、ツナギ姿が必須で、その道中で分かれ道があったり、または、分かれ道が崩れ易い状態であれば補習しながら進まないといけないわけである。
 
 その一〇メートルの細い入り口を通過するのに一時間近くかけた。そこを通過し山田教授が持参していた小型のサーチライト照らすと、美しい鍾乳洞となっていた。所々に小さな水溜りがあり、その直上には、先細りしている鍾乳石がツノを尖らせ、水滴を一〇秒に一回のサイクルで地面に垂らしているのであった。その水滴の着地点は小さなクレーターのように、波紋が広がったように、石灰岩を浸食していた。そして、その水滴たちは、着地点に留まることはなく、入り口から下方に濾過されるよう奥に池を作っていた。しかし、その池は、現状の水位を保つことから、更に、そこから、地面へ染み込み、川、もしくは、海へ流れているのだった。
 
「じゃあ、この入り口を広げることからはじめますか、一旦、外に戻りますよ」
 
 山田教授を先頭に一〇メートルのトンネルを戻っていった。
 
「あいあい、山田教授、お疲れ様です、天千洞窟よりは小さいけど立派な鍾乳洞になってますでしょう、あそこからは三人の遺骨がで出てきましたよ」
 
 外に出る戻ると、ガマフヤーの勢理客守《じっちゃくまもる》が待っていた。
 
「どうも、お久し振りです、お元気そうで、北側にガマがみつかったんですよね」
「えぇ、そこでは一〇数体分の遺骨が出できました、恐らく集団自決ですね、悲惨ですよ想像すると、慣れませんよ、みつける度に涙、涙ですよ」
「いやぁ、ご最もです、勢理客さん、その壕に案内してもらえますか、先ずは線香をあげさせてください」
 
 山田教授と勢理客はとても仲がいいように映り、その会話に雄二と昌幸は隙入ることができなかった。教授にいわれるがまま、二人も線香をあげに向かった。
 
 三人が線香に火をつけ、手を合わせ静かな風が流れると、勢理客は涙を流した。
 
「いつもありがとうございます、山田先生、ここで無念に旅立った人たちは心穏やかになれますよ」
「いやいや、とんでもない、勢理客さんの活動が素晴らしいんですよ」
 
 雄二と昌幸にとって、衝撃的な出来事だった。幼い頃から身近に感じていた〝戦後〟が薄っぺらいものに感じた。まだまだ、戦争は終わってないと再確認させられた。
 
「お疲れ様です、兼城さん、上江州さん、今日はありがとうございました、お陰で入り易くなりましたよ、この状態なら諸見里さんと石井先生も安全に中に入れますよ」
 
 鍾乳洞への入り口である一〇メートルの細いトンネルは、山田教授が中腰で通れるまでになった。
 
「先生、先程の勢理客さん、なんですけど、常に遺骨収集をなさってるんですかね」
「そうですね、本業の合間にやってるでしょうから」
 
 照芳の迎えの車がくる間、雄二はガマフヤーのことを質問し続けた。
 
「今日はありがとな、助かったよ、先生も喜んでたし」
「照芳は勢理客さん知ってるの」
 
 大学に戻り、雄二と昌幸が帰宅する時、照芳に見送られていると、昌幸がそう聞いた。
 
「あっ、勢理客さんに会えたの、知ってるよ、ガマフヤーだろ」
「そうだよな、やっぱり、山田先生も気さくに接してたからな、連絡先とかも知ってるか」
 
 昌幸が積極的になった。
 
「うん、知ってるよ、でもどうして」
「勢理客さんの手伝いをしたいんだ。」
 
 雄二はその発言に驚いた。
 
「えっ、昌幸、俺も手伝いたいな」
 
 雄二は昌幸に感化された。
 
 こうして、雄二と昌幸が照芳の大学の手伝いで、ガマフヤーの勢理客と出会うことになり、遺骨収集のボランティアを始めるようになった。
 
「まだ、戦争は終わってないんだよ、俺らの代で終わらせることは難しいかもしれないな」
 
 雄二は幼馴染と戦後の傷跡を直接的に触れるようになり、そういった言葉を時折、口にするようになった。
 
 第弍話 残り香 肆.ガマフヤー 終
 
 次回、第参話 戦の日々


小説 イクサヌキズアト-7

2022-04-16 18:18:00 | 小説
第弍話 残り香

参.剥がれない瘡蓋
 
 雄二ががじゅまる幼稚園で、母、兄と共に不発弾の爆発事故に遭遇して数ヶ月が経ち、その怖さを忘れかけた頃だった。
 
 父親の電気屋のテレビを店にある椅子に座って見ていた。
 その椅子は雄二のお気に入りだった。一般的な大人でも座面が広い円盤状のタイプで雄二はその上に余裕で胡座をかくことができた。そして傍に、瓶のファンタグレープが置けるスペースがあった。でも、「倒して瓶が破れるから辞めときなさい」と、母親によくいわれていたが、辞められないお気に入りの一時だった。
 
 ある日、そんな時を楽しんでいると、配達で外出することが多い父親が客と一緒に店に入ってきて、製品の説明をし始めた。その客は、父親から色々と説明を受けることに楽しそうに耳を傾け、時折、質問を交え、別の話題に脱線したりと、幼い雄二でも嬉しくなるような光景が流れていた。
 
 すると、店の出入り口は六枚の硝子戸の引き戸になっていて、父親たちの背後のずっと奥の引き戸が静かにゆっくり動き出した。雄二より歳上と誰もが分かる、白人の少年が人差し指を上向きに唇に当てて、半身になって入ってきた。
 雄二が位置する場所から見えないところへ向かった白人の少年は、一、二分も経たないうちに静かにたち去った。
 怖くなった、何故か不発弾の事故の時の匂いを思い出し、テレビのニュースで見た、軍人が交通事故を起こし、すぐには逮捕されなかった話題や中学生の女子が強姦された事件等、軍人の悪質な犯罪の報道を思い出して、益々、恐怖感ばかりが膨らんでいった。
 それと、目の前に父親がいるのだが、このことを雄二は話すことができなかった。怖くて、怖くて固まるばかりだった。
 
 ある日の警察署では、署長に噛みつく、一人の刑事課長がいた。
 
「署長、こんなに証拠を集めたのに、身柄を受け渡さないっていってるんですか」
「参ったよ、地位協定だというんだ、私もお手上げだ」
 
 一旦、警察署に女子中学生を強姦した二等兵二人を拘束したが、MP(Military Police)が早々にその二人を迎えにきたのだった。
 
「署長、私はどんな処分を受けて構わないので、MPへ掛け合ってきます」
 
 戦勝国と敗戦国との間に結ばれた地位協定というダイヤモンドより硬い壁は、刑事課長の瀬川亀吉《せがわかめよし》にとって歯痒く、呪いたいほどの鉄壁になっていた。
 
「瀬川君、私も同じ気持ちなんだが」
 
 部屋を出ていく瀬川に対して、それくらいの言葉をかけることしかできない署長だった。
 
 〝治外法権、地位協定、戦時中は地上戦を強いられて、各国軍人から迫害され、古えの時代には王国処分を受けた。一生、我々琉球王国々民は意見を尊重されないのか、マズローがいう自己超越の欲を満たせないのであろうか〟
 
 瀬川はMPへ向かう、車を運転しながらそう考えていた。
 
 一方、雄二はあの白人少年のことが頭から離れないでいたが、店の椅子に丸くなって眠り込んでしまった。

 〝雄二、この国は戦争に敗れ、この地は戦勝国の統治下になったんだ、逆らえないんだよ、あの国には、祖国は何もしてやくれないんだ〟
 
 雄二は夢を見て、その言葉で目が覚めた。はっとした。〝どうにもならないんだ〟と、感じていた。
 
 それ以来、雄二はその国の人たちを目にすると、恐怖心を抱くようになった。そして、祖国本土の人々に対しても、違和感を感じてならなかった。
 
 また、瀬川刑事課長は、あの壁を崩すどころか、頂さえ触れることなく定年を迎えた。
 署内の自分の机の荷物を片していた時、意固地になり過ぎて、軍司令官らと会うことすらできずにいて、政府にも相手にされず、自分自身の悲壮ささえ抱けずに無駄な時間を費やしたように思い、無念でならなかったようだ。
 
「瀬川さん、ご苦労様でした。私は力不足ですが、あなたの思いは常に心に秘めて、諦めずにいますので、ゆっくり休んで、第二の人生を楽しんで下さい」
 
 刑事課の部屋から出てきた瀬川に署長はそう伝えると笑顔を見せて見送った。
 署長は瀬川の後ろ姿がやけに小さく見えていた。
 
 
「ここがブームになってさ、芸能界やプロスポーツ界とかで活躍する同郷者が増えてよ、サミットの開催地に選ばれるとかで盛り上がったんだけど、世界の大手企業が運営するテーマパークが進出するだとかデマ紛いの話題が上がったり、基地は最低でも県外、なんて俺らを喜ばせてよ、知事と会った翌日には、軍は動かせないって謝る総理大臣が出てきたりとか、なんだか馬鹿にされてる感じだよな、俺たちに敗戦の代償を負わせ続けるためのプロパガンダを送ってたように思うよ」
「んん、それは考え過ぎかもしれんが、そう捉えてしまう気持ちは分からないでもないな、あとさ、全ての県民が基地の存在を反対してるわけじゃないのに、賛成する人たちを報道するマスコミも殆どないしな、俺ら琉球王国々民は、世界中から治外法権を被ってるのだろうかな」
 
 雄二と昌幸が三〇代を迎えようとしている頃のボランティアをした日の夜に設ける、サシ呑みの場での愚痴だった。
 
 二人は遺骨を拾う度に感じる、やり切れない、言語化できない虚しさを、呑みの場で愚痴に置き換え、発散することが習慣化していた。
 
 確かに世界大戦が終わり、敗戦国であるこの国は、平和に復興しているように見えている。
 しかし、社会制度に組み込まれた瘡蓋は、剥がせないものになっているのかもしれない。
 傷ついた皮膚が時間をかけて張りを戻すように、蟠りのない真の戦後はいつ訪れるのだろうかと、瀬川や雄二たちも、時折、頭を過る、尽きることのない、頭の中の幽霊と化していた。気がつかないうちに。
 
 続

小説 イクサヌキズアト-6

2022-04-13 16:34:00 | 小説
第弍話 残り香

弍.解放地
 
「解放地だから、この中、探検に行こうぜ」
 
 空港に近い、南に位置するにここは、海側と陸側にフェンスが建てられていて、住民の活動範囲は、今に比べると小さなもので、県庁や市役所のある中央地へ仕事にでする朝のラッシュ時間は、気が遠くなるような渋滞、大型スーパーを建てられや市内し、価格競争なぞ皆無で、住みやすいとは嘘でもいえない地域だった。
 
 そこで、雄二は、基地のフェンスが取り壊され、出入りが自由になった遠くて近い地に始めて足を踏み入れることになった。
「慎重に行こうぜ、ワクワクするな」
「お、俺は、怖いよう」
 
 雄二の同級生の昌幸《まさゆき》はノリノリで、もう一人の照芳《てるよし》は腰が引けていた。
 
「照芳大丈夫さ、ちゃんと歩ける道があるよ、草ボーボーなところに入らなきゃ大丈夫さ」
「草ボーボーにはハブが隠れてるかもしれんからな」
 
 雄二と昌幸が励ますつもりでかけた言葉は、「ハブ」という単語が強調されて、益々、不安を煽られた。
 
 そんなことに気がつかない二人は、構わず、足を踏み入れていった。
 
「待ってくれよ、俺を置いてかないでよ」
 
 照芳は諦めの境地に達し、二人を追いかけた。
 
 その中は大きな幅のアスファルトの道路がり、縁石が見えなくなる程伸びた芝、庭師の手入れが入らなくなり長い時が過ぎた木麻黄やがじゅまる等の木々が生い茂っていた。
 
「まるで、ゴーストタウンだな」
 
 照芳は我慢できずに口を開いた。
 
「えっ、どこが」
「もう誰もいねえからだけだろ」
 
 昌幸と雄二は照芳をあっさり否定した。
 
「おっ、池じゃねぇか」
 
 昌幸は駆け出した。雄二と照芳は追いかけた。
 
「ほんとだ、昌幸よく気づいたな」
「デカい草の間からキラキラするのが見えたんだ、それと噂で聞いたんだよ、ザリガニいっぱいいるとかさ」
「そっか、昌幸の兄ちゃんの友達とかが先に、中学生だもんな」
 
 照芳だけは静かにしていた。
 
 草をかき分け水辺に近づく雄二と昌幸は、照芳が後をついてきやすいように、根元から草を踏み潰して進んでいった。
 
 水面が顔を出した。三人とも残念そうな表情に変わった。
 
「もっと綺麗な水かと思ったのに」
 
 照芳が開口一番だった。
 
「まあな、もう誰も居ないから」
「うん、でも案外、こんな状況だから、誰にも見つけられないで、ザリガニは増えたんじゃないか」
 
 昌幸は細長い枝の切れっ端で水を掻き回すと、ドロが舞い上がった。
 
「うわっ、汚いなっ」
「はっ、漫湖公園の川より綺麗だって」
 
 比較対象を持たないのは照芳だけだった。
 
「ちょっと山みないになってるとこ、いくか」
 
 昌幸はその池から離れ、歩き出した。
 
「昌幸、今度は網とか、釣り竿とか、持ってこよや」
「俺、釣り竿ないよ、雄二持ってるか、あっ、照芳が持ってるか、宜しく」
「はっ、ああ、うん」
 
 照芳は、雄二と昌幸が新しいことをし始める時はいつもおよび腰な態度になるのだった。
 
 三人がその小山に近づくと、木麻黄の木が複数並んでた。その中が見づらいので、雄二は右側に回った。
 
「おい、洞窟か、あれ」
「洞窟?」
 
 昌幸だけ目を輝かせ雄二へ駆け出した。
 
「本当だ、楽しそう、ワクワクする」
「でも、今日は懐中電灯ないから、今度だな」
「そうだな何時か分からんけど、そろそろ暗くなるはずだしな」
「今日は探検じゃなくなったな、調査だな」
 
 雄二と昌幸の楽しむ積極性は、最後まで照芳には理解し得ないものだった。
 
「機能は面白かったぞ、池はあるし、洞窟もあったぞ、きっと昆虫とか、いるはずだから、今度いこうぜ、な、な」
 
 翌朝、昌幸は学校の自分のクラスに入るなり、雄二と照芳がいる集団に入ってきた。
 
「だろう、昌幸だって面白かったっていってんじゃん」
 
 雄二は昌幸の勢いに乗った。
 
「でもね、池はいいとして、でも、ばい菌が多いかもしれないから、怪我は気をつけないと、あっ、その洞窟なんだけど、防空壕かもしれないわ」
 
 雄二たちのクラスで、唯一、ボーイッシュな格好をしている亜紀子《あきこ》は、解放地のことを懸念した。
 
「そうよ、解放地は危ないって晴子《はるこ》先生もいってたでしょ」
 
 追い討ちをかけるように学級委員長の園子《そのこ》が口を挟んだ。
 
「いやいや、委員長様まで、池は長靴履いて手袋すればいいし、防空壕であっても、入ってみないと分からんし」
「そうそう、だから、七、八人でいって、入っていく人がロープを持って、外で待ってくれる人もそのロープを持ってならいいんだよ、なっ、照芳」
「うん、それはいい考えだ、けど、俺はまだ怖いよ」
 
 女子たちの意見をかわそうと雄二と昌幸は懸命だったが、照芳だけは怖さを吐露してしまった。
 
「照芳はいつも怖がるな、俺たち六年なんだぜ、多人数で力合わせれば大丈夫だろ」
 
 この話の中にいた、雄二たちクラスの見栄っ張りな一彦《かずひこ》は、照芳を否定的に見ていた。
 
「そういうなって、一彦、照芳はちゃんと俺らの後をついてきてたんだから」
「まぁまぁ、ムキになんなよ一彦、照芳はいつも俺たち二人の傍にいるんだ、怖がりだっていいじゃない、それよりも道具を集めてさぁ、みんなでいこうぜ、解放地」
 
 雄二は照芳の助太刀をして、昌幸は池と洞窟を探検する仲間を募った。
 亜紀子が真っ先に参加を表明すると、一彦は仲良しの拓也《たくや》と勇樹《ゆうき》、幸太郎《こうたろう》を誘って、参加すると返事した。この時は口を摘むんでいたが、亜紀子と仲良しの体育が得意な美香、幼い頃からスイミングスクールに通っている行事好きの弥生《やよい》が、給食の時間に探検に参加することを雄二に申し出た。
 放課後、その一〇人は教室に残り、道具を集めることと、探検する日を決める話し合いをした。
 その結果、ロープや長靴、釣り竿、網等を誰が持ってくるのか分担した。ここまではすんなり決まったものの、いついくかは時間をかけた。当日、突然これないといい出す人が出ないようにと。
 結局、弥生のスイミングスクールが休みの日、四日後の土曜日の午後に決定した。
 みんな好奇心に満ちた表情を浮かべたが、照芳だけが不安な面持ちだった。
 
「一彦にあんないわれ方してさ、女子も参加するからさ、俺、怖がりだろ、泣いちゃったりしたらどうしよう」
「気にすんなよ、俺たちいつも一緒じゃないか、大丈夫だって、みんながいうように、お前は怖がりだと思うけど、逃げたことないだろ、だから、一緒に遊べるし、親友だと思ってるぜ」
 
 下校中の家路で、照芳が不安を打ち明けると、雄二は照芳をこれまでにない励ましをいって見せた。
 すると照芳は、雄二に笑顔を見せ、同時に、「明日の放課後、一人で洞窟へいこう」と、当日、恥をかかないように予行演習を敢行することを心に誓った。
「ねぇ、雄二、照芳君が帰ってこないらいしの、何か心当たりある」
「照芳が」
 
 探検の計画を立てた翌日の、テレビ業界でいう〝ゴールデンタイム〟で、雄二は「クイズ一〇〇人に聞きました」を見てる最中に、母親から信じられない事象が耳に入ってきた。
 
「はっ、照芳んちから電話なの」
 
 雄二は母が電話している玄関に駆け寄った。
 
「そうよ、あんた、心当たりあるの」
 
 雄二の母親は、受話器の送声口を左手で押さえ、眉間に皺を寄せていた。
 
 雄二は数秒、間を置いた。
 
「母ちゃん、解放地かも、解放地」
「うちの子が解放地にいったんじゃないかっていってますが」
 
 雄二の声を耳にすると、直様受話器に話しかけた。
 
「お父さん、雄二を連れて解放地にいってくれない、照芳君がそこで迷子になってるかもしれないの、探すの、手伝ってあげて」
 
 母親は、風呂から上がったばかりの父親がビールを呑む前に、電話の傍から大声を上げた。
 
 雄二と父親は車に乗って家を飛び出した。
 
 解放地に着くと、照芳の父親と合流し、昌幸の家にも連絡を入れたと聞かされ、洞窟がある方角へ足を進めた。
 
 近づくに連れ男の子の泣き声が聞こえてきた。
 懐中電灯の光に気がついた一人の大人が早足で寄ってきた。
 
「こんばんは、照芳君の、雄二君のお父さんですね、昌幸の父です、昌幸が洞窟があるっていっておるのですが、そこに入っていったんだっていうと、すぐ、泣いてしまいまして」
「おじさん、僕、洞窟知ってるよ、父ちゃん、いこう」
 
 雄二たちがいう洞窟は、やはり、防空壕跡だったようで、雄二が覚えていた出入り口は土砂で塞がっていたのだ。その傍で座り込んだ昌幸は泣いていたのだった。
 
「先ずは、警察を呼びましょう」
 
 昌幸の父親は、心乱さぬよう、鮮明な口調で言葉を発した。
 それに反して、照芳の父親は全身が虚脱し、俯き、立っているのがやっとのようで、顎を突き出し、口が開いたまま、防空壕の出入り口であろう、土砂が崩れ中が確認できないところを見つめていた。
 
 警察が到着し、壕のようすをみてすぐ、重機の手配を無線で嘆願していた。
 
 警官は昌幸と雄二から全ての事情を聞くと、照芳の父親以外は帰るよう促されると、雄二は抵抗したものの、自分の父親に手を引かれ、帰宅した。
 
「照芳は命に別状はありませんが、怪我をしていて当分入院することになりました。昨夜はありがとうございました」
 
 翌朝、早々に照芳の母親から電話があった。照芳は何故、そんな状況になったのか、まだ、意識が朦朧として喋れないということもつけ加えられた。
 
 照芳が喋れるようになり、その経緯を聞くと、友達一〇人で探検することが決まり、当日は怖がらないようにと予行演習のつもりで、独りで壕にはった。そして、足元に硬いものがふれたから、それを手に取り光を当てて確認すると、錆びた手榴弾で、不意にそれを、方向は構わずに投げたのだった。
 手榴弾を投げたのが出入り口付近だったようで、その爆風に吹き飛ばされ意識をなくしていたようである。
 照芳本人は、右耳の鼓膜が破れ、身体の左側に無数の擦過傷を負ったようである。
 
 後日、雄二と昌幸家族はお見舞いに病院を訪れた。雄二と昌幸は照芳の行いから命の大切さを学んだ。
 そして、互いの家族が謙遜しあい、もう二度と同じ過ちをしないように子供たちを諭した。
 
「まだ、終戦してないのですね」
 
 病棟回診で照芳の病室へ入ってきた主治医は、照芳の身体を診た後、見舞いにきていた雄二ら全員の顔を確認し、悲しげな表情でそういった。
 
 続