K.H 24

好きな事を綴ります

重力 ルーラー⑤

2020-04-30 23:15:00 | 小説



⑤再会

 この年も暑い夏になっていた。外でバス停に立ってるだけでも汗が吹き出して、それを拭うタオル生地のハンカチと水分補給のための飲み物が欠かせない日々が続いてた。

「俺達、頑張ってますね。こんな暑い中ネクタイ閉めて。」
 志水らしい愚痴をこぼしてた。
「休憩時間なんだから、ここ、空調効いてて涼しいいでしょ、ネクタイ緩めて上着も脱いだら。」
 母親のように絢子は志水を宥めた。
「そっすね。おっ、絢子さんノースリーブですか、涼しそう。結構、色白なんですね。でも、外は暑かったですね。胸元汗が滲んでて、セクシィー!」
 志水はおちゃらけた。
「何言ってんだ。スケベが。」
 絢子はバックからラベンダー香る携帯用ボディーシートを取り出して、1番上のボタンを外し、首すじから鎖骨、ブラジャーが見えない部分の乳房の上部まで汗をむぐいながら言った。
「絢子さん、ナイスですねぇ、もう少ししたまで手を下ろしましょうか。ナイスです。」
 志水は若干、興奮気味で映画監督の真似をしてふざけ出した。。
「バカ、誰の真似してんだ。顔がうるさいぞ。」
 絢子は、志水の煽りに乗ろうとはしなかった。
「ハハハ、暑さ忘れそうです。」
 涼しい喫茶店で暑さに体力を奪われて、聞き込みが進まなくなるよりは、冬場では考えられない勤務中の休憩を取り入れていた。注文したアイスコーヒーが来て、絢子はガムシロを少し入れて、ミルクも加え、ストローでかき混ぜた。その時、テーブルの右側に右手で取りやすいように置いていたスマホがバイブった。
「はい、益田。」
 非通知ではなく相手の番号だけが画面に表示されたが何時も通りに電話に出た。
「お久し振りです。神坂です。連絡、遅くなりました。絢子さん、私の事、覚えてらっしゃいますか?」
 巫女代からの電話であった。絢子の名刺をもらったあの日から五ヶ月近く経とうとしてた時だった。
「はい、はい。巫女代さんね。いつ連絡が入るか首を長くして待ってましたよ。良かったぁ、信じてましたよ。お元気でした。また、会えますかね?」
 志水が驚く程、久しく聞いてない絢子の優しい言葉遣いで、目を丸くして志水は聞いていた。
「すみません、待って頂いてたんですね。丁度、来週から夏休みなので、来週以降ならいつでも良いですよ。警察署は、遠慮させて頂きたいのですが。宜しいですか?」
 犯罪は犯してないけど、警察に行くのは気が乗らない巫女代は、それを付け加えて答えた。
「そうですね。私と話しをするだけですもんね。んん、来週の火曜日、どうですか?私、水曜日が非番で、晩ご飯どうです?巫女代さんお酒大丈夫ですか?こんな暑い日が続いてるから冷えたビールでも、良いお店あるんですよ。どうです?」
 絢子は、たまに行く、色んな地域の地ビールが呑める『地下場(ちかば)』と言う名の居酒屋を思い浮かべながら巫女代を誘った。
「はい、嬉しい、大丈夫です。地ビールですか、楽しみです。」
 実は巫女代も酒が強く、頻繁には呑まないも、ビールや日本酒、洋酒でも何でも呑むと笊のように喉を通って行くのである。
「じゃあ、来週宜しくです。」
 絢子は、『地下場』の場所と待ち合わせの時間を巫女代と決めて、電話を切った。
「おっ、巫女代ちゃんですか?俺もお供します。」
 志水はニヤけた顔を絢子に見せた。
「あっ、失敗したぁ。お前、居たんだなぁ。後でかけ直せばよかった。しょうがねぇか。来週の火曜日、18時に『地下場』、お前、連れてった事ないよな。場所分かるか。」
 仕方なく志水も連れて行く事にした。
「仕事終わりなんですから一緒に行きましょうよ。ねっ、絢子さん。」
 まだ、志水は顔がニヤけてる。2人は、汗が引き、アイスコーヒーを飲み干すと、上着を履き、時折、湿気た熱風が吹く外へ戻って行った。日は西に傾き始めてたが、まだまだ暑さ残る過ごしにくい1日であった。今夜も熱帯夜だと誰もが思う1日だった。

 絢子と巫女代、ついでに志水も楽しみにしてた『地下場』での呑み会の日が訪れた。志水だけは、昼過ぎからニヤけ始めてた。
「お疲れ様です。絢子さん、今日も暑かったですね。どーも加藤のおじさん。」
 巫女代は2人と初めて会った時よりも垢抜けた雰囲気だった。
「お、おじさん。久し振りにそりゃないよ。志水お兄さんは老けちまったかなぁ。」
 巫女代はニコニコしている。
「お前はうるさいの。ウザイだけさ気にすんな。」
 絢子は簡単にあしらった。
「巫女代さん、ここよ。今日はキンキンに冷えたビールに美味しいの食べようね。」
 志水とは対称的な態度を見せる絢子だった。
「ほんとに地下、場、なんですね。」
 3人で階段を降りながら巫女代は呟いた。
 店内は空調で丁度良い室温、照明も暗過ぎず、誰もがホッとする雰囲気の店内で、複数の金色のディスペンスヘッドが並ぶカウンター以外は全て個室になっている。その仕切りは襖ではなく、ぶ厚い木壁で、出入り口が押し引きで開く西部劇に出で来る扉になっていた。また、色は、ライトブラウンで、優しい白熱球の光に合っていて、お洒落な内装である。そして、テーブルはダークブラウンで、周りとのコントラストが丁度良く、その上にセッティングされてる食器類は、箸箱の中の箸が先端を綺麗に加工されてるが持ち手は木の皮がそのまま剥がされてなく、ツルツルで皮膚に傷がつかない加工が施かされた、凝ったもになってた。ナイフやフォーク、スプーンも持ち手は同じ造りになっていた。取り皿は真っ白な正方形で、料理が映えそうである。

 絢子は最初に枝豆と棒棒鶏、自家製ピクルスを注文し、今日のオススメ地ビールで、沖縄のヘリオス酒造のゴーヤードライを注文した。巫女代も同じ物にしたが、志水は同じヘリオス酒造のシークァーサーホワイトエールにした。
「ぷはぁ、1口目は最高ねぇ。今日も仕事頑張ったご褒美みたい。」
 3人で乾杯し、中ジョッキの2/3を呑んだ絢子がいつも言う台詞である。
「旨い!棒棒鶏と合いそうだ。」
 腹を空かした志水が言った。
「じゃあ、酔う前に一応話しますか?」
 巫女代は冷静だった。
「そうね。お願いします。」
 絢子と志水も冷静になった。
 巫女代は、神坂家の惨劇の話しをし、その後から力を持つ女性が産まれるようになった事、その女性達は共通して左側の乳房の下に2つの痣がある事、明治以降は、巫女代自身が初めて力を持って誕生した事、この力は重力を自在に操る事が出来る力である事を掻い摘んで話した。
「見てて下さいね。私のジョッキに残ってるビールを掬い上げて、口まで、で、呑みますね。」
 巫女代がそう言うと、ジョッキからビールの球体が浮かんで来て、口元に近づいて来ると、齧って2回に分けて呑み干した。
「す、凄い。」
 絢子は一言しか言葉に出来なかった。志水は口が開きっぱなしで数回瞬きした。
「巫女代さん、シャボン玉は、あれは何?」
 数10秒間、沈黙が続いた後に絢子は問うた。
「あれは、小宇宙みたいな物です。この空間とは別の空間に閉じ込めた感じですね。あのシャボン玉の中の空気は相対的に酸素が多くなるのでライターの火を当てると弾ける訳です。それと、ほぼ無重力空間なので、床にベッタリくっつくように倒れてしまうんです。でも、この半年近くで色んな事に力が応用出来るようになりましたから、これからはシャボン玉使わないと思います。後、空を飛べるようになりましたし、時間も操作出来ます。タイムスリップまでは、2、3時間前後までは出来ます。1日前とか長い時間はまだ怖いです。徐々に出来ていくと思いますがね。」
 巫女代は素直に答えた。
「世の中不思議な事がまだまだあるんだ。胸の2つの痣、見てみたいな。えへ、呑みの席だから勝手な事を言いました。へへへ。」
 志水は自分が驚いたのと、絢子の緊張感が高まったのを和ませたかった。
「加藤さん、機会が有れば。うそうそ、見せません。」
 巫女代は笑いながら言った。
「巫女代さん、是非、我々の協力者になって欲しいのですが。」
 絢子の緊張感は変わらず、巫女代に直球を放った。
「やっぱり、そうお考えですよね。私、考えたんです。協力したいって気持ちはあります。でも、正直言うと犯罪者を追っかけてって、私には合わない気がして、司法試験受けようかと思います。弁護士になろうかと。民事を主に扱う。でも警察とも何らかの関わりがあると思うので、お互い近過ぎず遠過ぎずの関係性が保てるかと。生意気な考えなんですが、どう思います?絢子さん?あっ、ビールお代わりしましょ。」
 巫女代は素直に自分の考えを告げた。
「そんな事考えたんだ。良いんじゃないかしら。民事ねぇ、巫女代さんに合ってるかも知れないね。」
 大した根拠はみつけきれなかったが、絢子はそう答えていた。
「巫女代ちゃん、しっかりしてるわぁ。自分でやりたいって思う事に挑戦するのは、大賛成だよ。ねぇ、絢子さん。」
 志水は後押しした。
「う、うん、そう、巫女代さんのちから警察官とし、とても魅力的なのよね。私としては。でも、無理矢理とか強迫観念に捉われてやるのは、自分で自分を追い詰めちゃったりし兼ねないからね。」
 絢子はまだ飽きられきれない気持ちがあったものの、巫女代の意見を尊重した。
 その後は絢子がへべれけになるまで酒を呑んだ。志水は明日の勤務を考えてほろ酔い程度で抑えてた。巫女代は絢子と同じくらい呑んだが平気だった。
「そろそろ、お開きねぇ、巫女ちゃん今日は来てくれてありがとね。あたし、呑み過ぎちゃった。志水、明日は仕事、しっかりやんなさいよぉ。」
 絢子は、全てを支払い、3人で店を出た。
「ご馳走様です。私、家まで送りますよ。絢子さん。」
 巫女代は気を利かせた。
「大丈夫?電車でしょ?絢子さん、こんなに酔っ払ってろよ。」
 志水は珍しく心配だった。
「志ぃ水ぅ。女同士で帰るんだよ。あらしは大丈夫だ。お前は独りでガールズバーにでも行っれこい。」
 絢子は呂律も回らなくなって来た。
「加藤さん、楽しんで来て下さい。絢子さんのマンション、分かりました。ひとっ飛びですから。」
 巫女代は笑顔で簡単に言った。
「そうそう、バイバァーイ。」
 絢子がそう言うと、志水の目の前から2人は消えて居なくなった。

つづく



重力 ルーラー④

2020-04-26 16:20:00 | 小説


 
④巫女代の決意

 巫女代は独りで考えていた。絢子と志水にこの力の事を話すべきか否か。母親の橙子は、話す事を勧めて来たものの、巫女代は自分自身の身に降りかかる災難を気にしているのではなく、両親の事が心配でたまらなかった。自分の身は自分で守れるが、両親にはそんな力がない事を不安に感じてたのである。
 物心ついた頃から父親の将臣や祖父の将嗣から少しずつ神坂家の話しを聞いていて、高校生になった時、あの古い時代に起きた惨劇を聞かされた。そして、将来、社会人になる時は、その力を理解してくれるパートナーを探すべきだと言われてた。もしも、絢子達をサポートしてくれる存在に選ぶと、警察に協力しなくてはならないだろうと思っており、そんな犯罪者が近くに居るような環境に身を置きたくなかった。あの惨劇のように予測出来ない時に、両親や祖父母に災いが降りかかる可能性を懸念してた。そこで、この力の正体を調べる事にした。

 先ずは、神坂家が携わってた神社に行き、そこの宮司に神坂家との歴史的な関係性を聞いてみた。しかし、その宮司は何も知らなかった。その神社が建立された経緯の歴史的資料さえ残ってなかった。
 次に、祖父母の家に行き祖父の将嗣からもう一度、『信子』の話しを聞いてみた。
「神坂家で初めて力を宿した信子は、巫女代のように2つの痣があったそうだ。そして、目の前で強い光が広がった後にひとすじだけ、その光から2つの痣に入って来た光があったそうだ。その翌日から何でも自由自在に動かせる力が発揮で来るようになったと言う言伝えだ。」
 将嗣が巫女代にこの話しをするのは3回目くらいだった。巫女代は初めて真剣に聞いた。
「強い光からひとすじだけ、この痣に、なんだね。じゃあ、その光の力が身についたんだ。その光はなんなんだろうね。」
 巫女代はその光に秘密があるように感じた。
「なんだろうな、その光は。わしが知る由もないよ。光には熱が伴ったり、生き物に欠かせない物だったり、我々の目を発達させた物ではあるはずじゃよな。我々に恩恵をもたらした物に違いないとは思うがのう。」
 将嗣は、申し訳なさそうに巫女代に答えた。
「そうか、光の特性を考えれば良いかも知れないね。お爺ちゃんありがとう。今まで、ちゃんと話しを聞かなくてごめんなさいね。」
 自分の力に関する話しで将嗣にお礼が言えて、これまで真剣に話しを聞かなかった事を悪く思ったのはこれが初めてだった。
 巫女代は自宅の縁側に座り、庭に転がってる小石を1粒、触れずに右手の人差し指を動かし、宙に浮かせてみた。そして、その指をグルグル回転させ、小石を地面に落とした。光との関連が思いつかない。ふと、空を見上げた。空を動かした事がないのに気がついた。いや、空は動かない物、地球自体が自転して、太陽の周りを回ってる。空に手を翳して空ではなく地球を動かそうと試みた。すると、太陽が西から東へ動いた。時計を見ると、3時間ばかり戻ってる。そして、元に戻した。時計の針も元に戻った。
「巫女代さん気がついたようですね。私達の力。私の事、分かりますよね。」
 突然、信子が姿を表し話しかけて来た。
「は、はい。はい。信子さんですね。私達の力、重力を操られるんですね。引力ですね。あの地平線のように伸びて広がった眩しくて強い光はビックバン、宇宙の始まりの力。その力を使ってるんですね。」
 巫女代は驚いたが、自分の力が何なのか漸く納得出来、信子が表れたのも驚かずに答えた。
「ええ、そうなんです。始まりと終わりの力です。私も理解するのに苦労しました。巫女代さんが困り果ててたのが感じ取れました。私は不老不死ではありませんが、この力を使って過去や未来を行き来してます。巫女代さん、もう迷いはないですね。後は、ご自分で決断して下さい。どう使いこなすか、あなた次第です。では、またいつかお会いしましょう。」
 信子は、階段を降りて行くように地面に沈み、消えていった。
 巫女代は安心したものの、この力を操る難しさも感じた。同時に信子の偉大さをも感じてた。鎌倉時代からのタイムスリップ、未来の私を感じ取ってた。恐らく、何度か私を見に来てたのか、時空を超えて感じ取ってたのか、末恐ろしくなった。だが、信子さんは祖先であり、見守ってる筈だと自分に言い聞かせ、今、やるべき事を考え始めた。

 先ずは、手を動かさずに、頭の中でイメージして物を操れるか。自分自身を宙に浮かせる事が出来るか。この2つから試してみた。物を操る事は直ぐに出来た。自分が宙に浮く事も出来た。でも、自由に空を飛び回るのは時間をかけて練習が必要だった。1週間くらいで飛び回る事が出来た。
 〝巫女代さん、遠隔操作、試してみて。〟
 テレパシーなのか、不意に信子の声が聞こえて来た。
 どういう意味だろう、遠隔操作って、目の前で見えてる物ではなく、見えない物を操作する事と理解し、自宅を囲う塀の外にある小石をイメージして、宙に浮かせてみた。数個の小石が視野に入るまで浮いて来た。西側で浮いた小石だけ留めて、他の小石は地面に戻した。近くにいる野良猫が浮かんだ小石を凝視している。巫女代は楽しくなって、その小石を猫じゃらしの様にして遊んでみた。楽しい、実に楽しい。
「お父さん、お母さん、私の力、分かったわ。どうやら重力を操る事が出来るのよ。あのシャボン玉は小さな宇宙よ。小さな宇宙。まだまだ、この力を応用すると色んな事が出来そうなの。」
 ダイニングテーブルを囲んで家族3人で夕食を食べてた時、将臣と橙子を宙に浮かべながら話し出した。
「うわっ、うわっ。」
 将臣は驚き、言葉が出ない。
「いやぁー、気持ち良いじゃない。」
 橙子は喜んだ。
「巫女代、父さん腹減ってるんだ。晩飯食わしてくれよ。」
 将臣も慣れて来て、巫女代にそう言った。
「明日、お爺ちゃんちに行ってくるね。お爺ちゃんとお婆ちゃんにも教えてあげなきゃね。」
 巫女代は遠足前日の小学生の様に喜び、はしゃいでた。将臣と橙子は久し振りに見た、幼い頃のような我が子の自然な笑顔が嬉しくて、満面の笑みを浮かべていた。
「あっ、益田さんと加藤さんにはどうするの?教えてあげるの?」
 橙子が尋ねた。
「あぁ、すっかり忘れてた。先ずは、お爺ちゃんとお婆ちゃんちに明日行ってからね。」
 巫女代はそう言ったものの、信子に相談しようと考えた。
「あの刑事さん達は、巫女代に協力して欲しいのかなぁ。今までシャボン玉使ってたけど、もうそれは要らないんじゃないか。」
 将臣は食事を終え、芋焼酎をロックで嗜みながら巫女代に言った。
「半ば、約束みたいになっちゃったから、一応、連絡してみる。お母さんが言ってた様な迷いはないわ。やっぱり捜査協力して欲しい筈だから、それは絢子さんと話してみて決めるわ。それよりも、もっと大事な事があるの。まだ内緒ですけどぉ。」
 巫女代は言った。
「お2人さんにご迷惑かけない様にな。父さんも母さんもいつまでもお前の味方だからな。」
 巫女代は将臣のその言葉に感動して目頭が熱くなったが、堪えた。
「ありがとうございます。」
 身体が大人に成長して、今の巫女代として、見せた事がない様な笑顔を両親に見せた。

 将臣は巫女代が単に物静かなリケジョとしか思ってなかったが、巫女代が持つ力を嫌に感じてたのかも知れないと思い、それが解決して、今までに無い明るい巫女代が見れて嬉しく感じたが、その反面、これから変わって行くだろう巫女代の行動が心配でもあった。そして、産まれたばかりの時に見た2つの痣が不安だった事を思い出していた。しかしながら、可愛い我が子を守ってやりたい気持ちだけは揺るぎ無いものだった。
 一方、橙子は同性として誇らしく思い、期待感が湧き上がってた。その力を社会貢献に使わずも他人との交流が増えるだろうと言った期待感である。その中で恋愛や男性との肉体関係等を経験して、大人の女性になって行く様を目にしたいと考えていた。女性としての幸せを掴み取って欲しいと。

 そんな両親の思いの違いが巫女代には想像出来ない事であるが、心配や不安がらせる事だけは避けたいと思う巫女代であった。だから、この力を早く使い熟せるようになりと思い、床に着き目を閉じた。
 〝巫女代さん、遠隔操作が大切よ。焦らずに練習して下さいね。私達は時の狭間も行き来出来るから、その事を念頭に置いてね。〟
 眠りに入ろうとした瞬間に信子の声が聞こえて来た。
 〝難しそうですね。でも、頑張ります。ありがとうございます。信子さん、実践を多くした方が気づきは早いですかね?〟
 巫女代は素直に信子に問うてみた。
 〝はい。そうです。巫女代さんの時代は便利過ぎますから、これまで諦めた人達が多かったです。でも、それはしょうがない事で、私はその力、押しつけませんので。ご自分の意志を大事にして下さい。では、お休みなさい。〟
 信子の声は、そよ風のように巫女代の頭から消えて行った。心地良い感覚を巫女代は感じ、眠りに入って行った。

つづく


重力 ルーラー③

2020-04-24 00:29:00 | 小説



③神坂家の力の覚醒

「橙子さん、女の子を産んだのかい。母子共に健康なんだなのかい?名前は決めたのかい?」
 巫女代が誕生した時に、父親が実家に電話をかけて巫女代の祖父となった将嗣(まさつぐ)がその知らせを聞いて将臣に直ぐにした問いかけだった。
「まだ、名前は考えてないんだ。親父、一緒に考えて欲しいんだ。どうやらあるんだ。痣が。」
 将臣は不安を隠せずに将嗣に答えた。

 神坂家は遡る事、鎌倉時代より神社の巫女になる女性を教育する職を担っていた。偶然的に止むを得ず、その職に着く事になったのだ。
 そもそも、巫女の教育は宮司の職務であるが、宮司は複数以上の神社を掛け持ち、神事を執り行うのが常である。だから、独りの宮司がそれを全うするのに限界が生じる。従って、宮司の人数を増やさなくてはならない。しかしながら、宮司の成り手は少なく、巫女が宮司の代行を可能にする流れが認められていった。
 だが、この流れは明治以降、国の統治制度の変化で消滅し、現代のように、巫女は宮司の補佐役に落ち着く事になった。
 つまり、明治以降に活発になった国際交流が日本古来の宗教である神道から他宗教への分散が派生したのだ。その結果、神道に対する信仰心や仕来たり等は個々人の意識から薄れてしまい時代の流れに都合良い形に変遷したと言う訳である。

 さて、神坂家の経緯であるが、この一家が暮らしてた地域には、多くの神社が建てられ、神道への信仰が強かった。だから、とにかく宮司は多忙で多忙で疲弊していた。そこで、その宮司が拠点とする神社のいちばん近くに暮らしていた神坂家の人間に助けを求めた。初めはその宮司の付き人から始めたものの、時が経つに連れ、周囲の人達から宮司の弟子とか新たな神職者等に勘違いされた。そこに目をつけた宮司は、農家だった神坂家から付き人に来た者に、読み書き計算は勿論、神道自体をも学ばせ、着る物もそれらしい出で立ちにさせた。そして、その付き人へ自分の仕事を少し分け、自身の仕事量を減らす事が出来た。これは、神坂家から派遣された者が素直に、真面目に宮司の教えを身に付けられる人の良さも相乗効果となった。
 そうなると人は調子に乗ってしまう者が現れるもので、神坂家の男達数人は、農作業に適した体力があるにせよ、我も我もと宮司の付き人になっていった。神社は活気づき、この宮司の仕事範囲は宮司自身が手を付けずとも広がって行った。しかし、一方の農家の仕事は、線の細い女性陣が駆り出される事になり、作業効率が悪く作物の収穫量までも減っていった。加えて、綺麗に使ってた畑も減り、荒れ地が増え、世間から中傷される声がチラホラ上がりだした。農家としての神坂家にとって、死活問題になりかねない事態となってしまったのだ。
 そこで、神坂家は一族が集まり会議を開いた。最初に付き人になった者が指揮をとり、農家としての側面もちゃんとやらなければ、宮司に迷惑をかける、若いては、神道を信仰する一般庶民からも村八分にされる恐れがあると諭した。したがって、この問題を宮司と相談する事にした。
 多少、時間を費やす事になったが、先ず、苗字を持つ事、宮司の付き人に巫女1人、女児を巫女として教育する。その子が巫女としての神事を覚えたら、その者に対しても付き人を一人付ける事、体力がある男性は農作業に従事する規則が出来上がった。
 神坂家から神社へ働きに行く人数をまとめると、宮司に巫女として就く女性が1人別途に巫女になる女性を2人、この2人の付き人をする男性を2人合計で5人を神社の職に就かす事になった。そして、苗字は神社のいちばん近くに暮らしていて、神社は丘の上に建てられている。そこへ登り下りする坂道の途中に家がある事から神坂とした。宮司に着く巫女は14歳の女性。巫女として教育を受けるのは10歳と7歳の女児が選ばれた。
 この5人の者達は、4家族から選出された者で、最初に宮司の付き人となった神坂将十郎(まさじゅうろう)が3年間、神道の基礎を教え込んだ。そして4年目からは巫女と付き人が1組づづ、3ヶ月間宮司に付き実際の現場で仕事を学んで行った。
 このように神坂家は、神社の仕事に就く者、農業に就く者に分かれ暮らし始めた。その結果、農作物も豊作が続き、周囲の庶民から敬われ、神の野菜として、作物の売れ行きまでも良くなった。また、庶民達の信仰心は一層高まり、神社の鳥居や神殿をも新しくへ作り直される等もあり、家内安全と健康にご利益がある神社として評判が上がった。

 しかし、そんな神坂家の繁栄を妬む者が現れた。その者が一言、『アイツらは、宮司様を唆したに違いない。娘達に色仕掛けさせたんだ。』と言うと、一気に同じようにやっかむ者達が集まり、神坂家に嫌がらせを始めた。これに対し、毅然とした態度を取っていたが、その弯曲した羨望の勢いは大きくなるばかりであった。ある夜、100人くらいのならず者が襲撃にきた。金目の物は奪われ、火を点けられ、畑まであらされた。そして、最後には、殴り殺された。神坂家の敷地は一夜にして地獄絵図と化してしまったのである。
 将十郎は、このような事態に備え、宮司と相談し、1人の巫女、巫女の教育を受けてた2人の女児、付き人の男達を神社に寝泊りさせていた。翌朝、神社から下りてきたその者達はその光景を目にし、悲しみ、泣き崩れ、心を閉ざしてしまった。宮司は神坂家に神職をさせた事に責任を感じ、後悔し、塞ぎ込んでしまった。神社の境内も活気が無くなり、静まり返った。
 一方、周りの民衆は、神社に祀る神のお怒りだの、貧乏神まで呼び寄せてしまった等と、宮司や生き残った神坂家の面々にあたり触らずで、その悲劇を称し、自分達の神への感謝も足りなかったとも言い、神社で祈る事だけは止めなかった。米や野菜、魚の干物、果物等を供え続けた。宮司はこの行為にも涙が止まらないでいた。

 時は経ち、数年後、漸くあの悲劇から立ち直り、宮司と巫女、2人の巫女と2人の付き人がそれぞれ神事がこなせるようになった頃、宮司に着いてた巫女が子を宿した。父親は付き人の中の男だった。従兄弟同士の2人の子であった。可愛いらしい女の赤子で珍しく心臓の心尖部近くの皮膚に痣が有った。大きさが異なる丸い2つの痣である。小さい物は心尖部に向かうところが欠けていて、まるで、月の様だった。
 この子はみんなから可愛がられ、大切に、厳しく育てられ、五歳にして神道、神社の仕来たり、巫女の仕事を全て覚え、宮司の代行が出来るようになった。そして、この子が復讐を図る事になった。あの惨劇を犯した100人近くのならず者を殺していったのだ。

 拳を前に突き出し、ゆっくり開いていくと、1人のならず者はシャボン玉に包まれ宙に浮いた。そして、開いた手でシャボン玉をすくい上げるように拳を握ると包まれたならず者ごとシャボン玉が消えて無くなるのである。これは、この子と付き人で秘密裏に行っていた。他には、悪さする者にも制裁を下した。例えば、食い逃げしようと逃げる者をつまづかせたり、スリの着物を剥がし、スった財布を地面に落としたり、浮気がバレて喧嘩してる夫婦を1つのシャボン玉に閉じ込めたり等、超能力を使った。
「信子(しんこ)様、宮司様がお呼びです。恐らく勘付かれたと思います。まぁ、悪さをしてる訳ではないので、お怒りとは思いませんが。」
 付き人の将甚平(まさじんべい)が信子の耳元でさり気なく告げた。
「はい、分かりましたら。しょうがありませんね。こんな力を持ってしまったのですから。宮司様に洗いざらいお話しします。将甚平さん、いつもお気遣いありがとうございます。」
 信子は絶大な信頼を寄せてるのを表すために、感謝を込めて答えた。
「信子殿、神の力をお持ちになられたのですね。汝のこれまでの早急で、正確で、天才的な成長ぶりは、驚くばかりでしたが、いつからその力に気が付いたのですか?」
 宮司は、優しく、頼もしさを感じ信子に問いかけた。
「宮司様から神道をお教え頂き始めてからですね。ある夜、床に付き眠りに入りかけた時、将十郎爺が語りかけて来ました。宮司様の役に立つように、この世のならず者を許しはならないと。そう仰ると、この痣が青く光り出しました。すると、真っ暗になり、地平線のように光が伸びたと思ったら花火のように、でも、それの何倍も明るい光が広がりました。そして、一すじの光が私の痣に飛び込んできました。その翌朝からです。触れずともどんな物でも自由自在に動かせるようになりました。将甚平さんには、直ぐお話しして、先ずは2人だけの胸の中に留めておこうと結論づけました。」
 信子はスマートに答えた。
「将十郎殿がですか。無念だったのですね。あの事が。分かりましたら。信子殿、その力を使うのはお任せします。分かっていると思いますが、呉々もご自身の身を傷めたり、間違った使い方はなさらぬようお願い致しますね。」
 宮司は優しく諭した。
 神坂家に初めて未知の能力を持つ者が現れた。これは、人の妬みの犠牲になった怒りから生まれた怨念がもたらした力だった。信子はそれを承知していた。無闇に使う事を避け、世のため人のために使う事を誓っていた。

 この国が益々発展し、人々の都合に合わせた合理的な社会に変化していく中で、様々な信仰心が薄れて行った。それに追随するように、神坂家が神道に関わる事が減った。巫女代が生きてる時代に於いては、神坂家から誰1人とも神道に関わる者が居なくなった。だかしかし、信子や巫女代のように何10年、若しくは、何100年に1人心尖部に2つの痣を持つ女児が誕生するようになった。

つづく



重力 ルーラー②

2020-04-19 13:13:00 | 小説



②出会いは確執を生むのか?

 絢子と志水は、巫女代に会うため鮎川工業大学を訪れた。そして、巫女代の母親から聞いた携帯電話の番号に電話をかけた。だが、留守電にもならず、電源を切ってる様子もない。何度かけても一向に電話に出る事はなかった。仕方なく、事務部に掛け合い、巫女代の居場所が分からないか尋ねた。すると、理工学部だから実験室に篭ってるのではとの事で、巫女代が居るはずの実験施設を教えてもらい、そこに足を運んだ。
「敷地は広いですけど、静かですね。女子が少ないからかな。あっ、向こうは結構カラフルですよ。女子大生居るのかな。」
 絢子は昨日、志水が興奮気味だったのが若い子目当てだと勘付いた。
「きっと工業デザイン科じゃないの?志水モテるかも知れないな、男の娘に。男の、娘よ。仕事なんだからスケベな期待は止めろ!私だって女なんだ。」
 志水に一喝した。
「バレちゃいました。自分、男子校を出で直ぐ警察学校に入ったから、正直、憧れですよ。サークル、キャンパスライフ。鮎の字が付くし、神坂さんも可愛らしかったから。いやいや、絢子さん、仕事に対してのモチベーションを高めるためですよ。それと普段、道場で林田先輩に鍛えられてるから自分筋肉質でしょ。たまには、胸張って歩いてて若い子に大人の男性って感じで見られたいですよ。」
 志水はここぞとばかりに肉食系の自分を出して来た。
「分からないでもないけど、もう少し謙虚に、遠慮もしなさい。二郎君に可愛がられてるのは知ってるよ、お前の逮捕術のスキルが上がってるのも分かる。そっか、男は、モテたいとか、そんな気持ちがあった方が良いわね。非番の時に頑張んなさい。今は、神坂さんと会う事が最優先事項だ!」

 絢子みたいな男前の集まりの中で過ごしてると志水が盛り付くのも納得は出来なくはない。実際に、志水の1つ先輩にあたる林田二郎は、柔道は勿論、柔術、沖縄古武術の達人と言っても過言ではない。しかし、絢子は林田に合気道で引けを取らない程の実力者である。志水がこの2人と渡り合えるのは10年必要だと周囲からは言われているのだ。
「ここね、実験施設。」
 絢子が言うと、携帯電話に着信が入った。
「すみません、神坂です。今、宜しいですか?」

 巫女代の母親からの電話だった。絢子は理工学部の実験施設の前に居るのを伝えた。
「あら、行き違いになったみたいですね。うちの子、今、家に戻りました。益田さん、うちに来られますか?巫女代待たせてますので。」
 巫女代の母親はそう言うと電話を切った。
 絢子は不思議に感じた。あまりにも早すぎる。巫女代が自宅に着くのが。絢子達でさえ車で10分かかる距離で、巫女代は路線バスでしか大学には通えないはずだ。自宅からバス停まで歩き、バスに乗り、それぞれのバス停留所に停まるから片道20分くらいはかかる事になる。絢子達が神坂宅を出たのが巫女代が自宅を出で15分くらいたってからだった。
「志水、神坂さんが家に着くの早過ぎないか。神坂さんは大学に来てなかったのかも知れないぞ。」
 絢子が覆面パトカーのマークXの助手席に乗りシートベルトをしながらエンジンをかける志水に言った。
「何か忘れ物でもしたんですかね。途中で家に引き返したのかな。」
 志水は絢子よりは驚いていない様子で車を走らせた。

「すみません、お手数おかけして、どうぞお上がり下さい。」
 絢子と志水が神坂宅に着き玄関先で巫女代の母親、橙子と巫女代が会釈して2人を迎え入れた。巫女代は黙っていた。
 応接間に通され、絢子と志水が並んでソファーに座りセンターテーブルを挟んで橙子と巫女代もソファーに座り、そのテーブルを囲んだ。
「良かったです。今日、お会い出来て。私は、捜査一課の益田と言います。彼は、私の部下で加藤です。宜しくお願いします。先日の銀行強盗の事件の事で巫女代さんにお聞きしたい事がありまして。」
 早速、絢子は話を始めた。
 巫女代は若干、面倒臭そうな表情を見せたが背すじを伸ばし直し、絢子に目を合わせた。
 一方、志水はツインテールで毛先を鎖骨の前に下ろし、白いティーシャツにブルージーンズで胸が膨よかでノーメイクながらも目が大きくバッチリとした巫女代を男の目で見つめていた。
「えっと、巫女代さん、あの事件の時、銀行にいらしたと思うのですが。間違いないですか?」
 絢子は志水の下心に気が付き、一度、志水に顔を向けて、巫女代に確認した。
「はい、ATMでお金を下ろしてました。」
 巫女代も絢子に続き、志水に一瞬顔を向けて、無表情で答えた。
「良かったです。私達の間違いではなくて。それでですね、犯人の3人の男が宙に浮いたと思うのですが、それは見てましたか?」
 絢子はなるべく巫女代に嫌がられないように気を遣い、2つ目の質問をした。
「はぁ、私、防犯訓練なのかと思って、直ぐに銀行を出ました。」
 巫女代は答える前にほんの少しだけ戸惑い上下の唇を歪めたが、あっさり答えた。
「いいの、巫女代。益田さん達が来て下さったのをきっかけにすれば?後2年で大学、卒業でしょ。そろそろ社会に出る準備、始めたら。お母さん、このお2人、刑事さんだし、丁度良いと思うんだけど。」
 橙子は絢子と志水が期待するように巫女代を促した。でも、巫女代は表情を変えず橙子に顔を向けるだけだった。
「やっぱり、何か知ってるんですか?巫女代ちゃん、そう、遠慮しないでよ。僕達は、悪いようにはしないよ。大丈夫だよ。」
 志水は橙子に向かって喋り出し、巫女代との距離を縮めようと日常的な言葉遣いにした。
「巫女代さん、ごめんなさい。加藤が馴れ馴れしく言って。追い詰めたりなんかはしませんからね。」
 絢子は志水の言い方が巫女代に退かれないようにフォローした。
「いえ、特に、おじさんの言い方は気になりませんよ。母さんも余計な事言わないで。私は知らないんだから。」
 絢子を気遣ったが、巫女代はなかなか頑固なようだ。
「老けてるかなぁ。僕、まだ29なんだけど。いいか、おじさんで。そうだよ、お母さんは社会の厳しさを知ってるからそう言ってくれてるんだよ。このおじさんとおばさんは巫女代ちゃんの味方だよ。」
 志水は白々しく橙子と巫女代に笑顔を見せた。
「おい、志水。お前、いい加減にしろよ。謙虚になれ。あっ、ごめんなさい。巫女代さん、このおじさん、自信過剰なところがあってね。部下の教育は大変で。」
 絢子は苦笑いした。
「ほんと、何時も怒られるんだ。でも、笑顔が可愛らしいでしょ。絢子さん。」
 益々、志水は砕けて言った。
 橙子と巫女代は同じように左手を軽く握り、人差し指と親指で出来る拳の楕円形になった部分を口に当て、クスクス笑った。
「お2人はご兄弟みたいですね。すみません、笑ってしまって。巫女代、いずれは自分の事を明かさないといけない時期が来るのよ。お母さんはあなたのその一面の気持ちは分からないけど、お兄さん、お姉さんみたいにお2人を頼ってみたら。でも、決断は自分自身でね。」
 橙子は、絢子と志水のやり取りを微笑ましく思い、更に、信頼感が強まった。
「すみません、少し時間を下さい。決して悪い事はしてませんが、頭の中を整理させて下さい。」
 巫女代は凛とし、真剣な顔を見せた。
「分かりました。じゃあ、今日はこれくらいにしましょう。名刺、置いていきます。下のが私、個人の携帯番号なので、整理がついたら是非、連絡して下さいね。宜しくお願いします。」

 絢子は、巫女代が未知な力を持ってる事を確信し、今後に期待して神坂宅を志水とともに出て行った。
「志水、お前なぁ、相手は年頃の女の子で、まかり間違えればモンスターに成り兼ねない存在だぞ。もう少し気を遣え。」
 署に戻ろうと走り出したマークXの中で絢子は志水を叱った。
「はい、すみません。でも俺は、あの子の気持ち分からないですよ。無理して合わせようとするよりも俺自身がどんな人間か、ありのままが良いと思って。俺と比べて絶対的に絢子さんはあの子に近い筈ですから。まぁ、1歩前進したじゃないですか。」
 志水は自分の振る舞いが不味かったとは微塵も感じて無かった。
「いいわ、私が間で上手くやるわよ!」
 絢子はムッとしたが、志水なりの考えを認めた。
「お手数かけます。それにしても連絡はいつになりますかね。連絡、来ますかね?あの子、凄い事背負ってそうですね。益々、興味深くなりましたけどね。」
 志水はにやけた顔をした。
「調べたほうがいいわね、もっと巫女代さんの事。サオリにも手伝ってもらうわ。」
 絢子がいちばん可愛がってる大学の後輩で、少年課に居る武田サオリも協力してもらう事にした。
「いいですね。武田さん、直ぐに情報持って来そうですね。林田先輩にも手伝ってもらったらどうです?」
 志水は調子にのって林田の名前まで口にした。
「志水、馬鹿かお前、二郎君は忙しいだろうが!お前から話すんじゃないぞ!まだ黙ってろよ。」
 絢子はいずれ、後輩ではあるも、敏腕で常に多くの仕事を抱え、しかも、上司から新人まで幅広く好かれ、信頼され、尊敬されている二郎に何か頼む事になるとは考えていた。しかし、自分を一気に飛び越して、一課のエースになった存在に頼み辛さも感じてた。
 犯人を内定する本来の捜査ではなく、犯罪被害が抑えられている摩訶不思議な現象の調査な訳で、しかし、危険性が含まれるのは歴然な事で、絢子による勝手な単独捜査になっていて、デリケートに扱う必要があるとも感じてた。
 違った個性を持ち合わせた絢子と志水の2人は、巫女代と出会い、シャボン玉の謎が解明出来る可能性が高まり、期待感も高まったのは一致してた。しかしながら、絢子は今後のプランを頭の中で巡らせていたが、志水は巫女代を女性として想像を巡らし、他には晩飯の事とかも考えていた。

 犬猿の仲ではないものの、この2人の距離は絶妙なもので仕事を進めて行くには持って来いの関係だ。車中はFMラジオがBGMとなり、署に着くまで全く2人の会話は無くなっていた。そんな沈黙の時間があっても苦にならない2人であった。

つづく。


重力 ルーラー①

2020-04-17 02:46:00 | 小説



①不思議なシャボン玉

 平和ないつも通りの日常だった。予兆なく銀行に三人組の強盗の襲撃が始まった。この銀行は住宅街の一角にある地方銀行のひとつの支店で、これまでに強盗に入られた経験は無く、地域住民とも揉める事も全く、仄々とした雰囲気の銀行である。流石に消火訓練は毎年実施されるものの、強盗対策に関しての訓練やレクチャーはだれもが必要無いと思える程の平穏な地域密着型の銀行だ。

 窓口業務終了時刻3分前からは、銀行正面の出入り口のフロアに設置されてるATMは稼働出来るようにし、行内への出入り口だけ重量グリルシャッターを降ろす準備が始まる。観葉植物の整理や各種商品パンフレットの棚を行内へ収めると言った作業だ。しかしながら、のんびりとした空気は、シャッターを降ろしても10分、20分くらい過ぎても窓口担当者は平気で丁寧にお客に対応している。

 そして、シャッターの昇降を操作するのは支店長補佐の役割だった。その補佐は定年間近で大した仕事を受け持たない昭和の時代では窓際族と言われる存在で、その人にとって唯一、承認欲求が満たされる瞬間でもあった。
「全員動くな!支店長補佐!お前はシャッターを降ろすの止めるなよ!」
 強盗のひとりが天井に一発発砲した。
「シャッターを降ろせ!」
 もう1人の男は非常ボタンがある窓口業務をしている女子行員に駆け寄りショットガンを向けた。更には、最初に天井に発砲した男は支店長のデスクにカウンターを乗り越え駆け寄った。
「まだ、非常ボタン押してないな!そこをどけ!」
 慌てずに指示した。そして、4台設置されてた監視カメラを打ち落とした。
「支店長さん、この鞄に入るだけの札束を入れろ!一億は入るはずだ!早くしろ!」
 また、その男は慌てず指示した。
 ショットガンの男とマシンガンを持った3人目の男は行員10人と客4人を真ん中に位置する3番窓口の前に集め結束バンドで両手を腰の後ろで拘束し、口にガムテープを巻き付けた。そして、両足はクロスさせ、ガムテープで足関節から膝蓋骨直下まで手慣れた感じでグルグル巻きにした。
 出入り口のシャッターが完全に降りて15分後には、行員と客の拘束は終えた。手慣れたと言うか特殊なトレーニングを積んで来たように感じられ、拘束された行員と客の中には尿失禁してしまう者もいた。

 そして、奥の金庫から1億円を入れた大きいスポーツバックを持った支店長と犯人のひとりが出て来た。支店長も他の行員や客と同じように身体を拘束された。
 その時だった。シャッターの外にあるATMから大学の教科書を買うお金を引き出した女子大生、神坂巫女代《かみざかみこよ》がシャッター越しからその様子を見ていた。
「銀行強盗かしょうがないなぁ。3人組ね。」
 巫女代が呟くと、身体を店内に向け、両脚は肩幅まで広げ、左右の掌も店内に向けて立ち、両眼を閉じた。
「こんなもんね。」
 巫女代は数秒程その姿勢をとった後、何も無かったような表情で銀行を立ち去った。
 すると、店内では銀行強盗達が宙に浮いていた。まるで、シャボン玉の中に入ってて、その中は水で満たされてるように踠き、呼吸は出来てるようだが狼狽えていた。
「どうなってんだ。これは。」
 ショットガンを持った男がシャボン玉のような膜を破ろうと引き金を引いた。悲惨である。その膜に弾き返され弾丸は自分に当たった。飛び散った血液もそのシャボン玉の中で浮いたままでいた。

 人質になった行員と客達は悲鳴を上げるもガムテープに押さえられた口からは声が出ずに目を瞑るしか無かった。
「なんなんだ全く。」
 支店長から金を受け取った男は銃口でシャボン玉を突くが何の変化も無い。マシンガンを持った男も同様だ。
「大丈夫ですか警察です。」
 ショットガンの男が死んで30分くらい過ぎで、近くをパトロールしてた交番勤務のお巡りが職員専用出入り口のドアノブを破壊して行内に入ってきた。血液と死体が浮かぶシャボン玉、2人の強盗がそれぞれ浮いている3つのシャボン玉を見て唖然とし、数秒間立ち竦んだ。そして、無線で応援を呼び、人質達を拘束している結束バンドやガムテープを解いた。女性行員と女性客の殆どが泣き出し、お互い抱き合った。中には男性に抱きつく者も居た。
「お、お巡りさん、こ、こいつら大丈夫ですかね?」
 支店長は不安を隠せずに吃ってしまった。
「取り敢えず応援を呼んだので皆さんは、外に出て安全な場所で待機して下さい。」
 お巡りは浮かんだ強盗達に銃口を向けた。
「おいおい、撃たないでくれ、もう俺達はお手上げだ。」
 金を持った強盗は言った。
「はいはい、またこれかぁ。お前ら出してやるから両手を挙げてろ。」
 ホッとした表情と呆れた表情が入り混じって顔を歪めた、捜査一課の益田絢子《ますだあやこ》が右手に拳銃、左手に使い捨てライターを持って現金を持っている男のシャボン玉に近づいた。
「加藤、そっち宜しく。それと鑑識さん、死んでる男宜しくお願いしますよ。」
 絢子は部下の加藤志水《かとうしみず》と鑑識官にお願いした。周りの武装したSATは89式5.56mm小銃の構えを納めて絢子と志水の行動を見守った。 

 絢子が使い捨てライターに火をつけてシャボン玉の底に当てると、数秒後にそれは消えて現金を持っていた男は床にうつ伏せになって落ちて来た。尽かさず銃口を背中に当て、使い捨てライターを志水に投げ渡し、男に両腕を腰に回させ手錠をかけた。使い捨てライターを受け取った志水もマシンガンを持った男も同様に火を当て、その男もうつ伏せで落ちた。鑑識館達は3人で死んでる男のシャボン玉をブルーシートで囲い火を近づけた。死体も同じようにうつ伏せで落ちた、血液は瞬間的に凝固しブルーシートにさえ返り血は僅かしかかからなかった。
「益田さん、不思議ですね。何なんでしょうかね。こんな現象は、科捜研も未だ解明出来ず、ですよ。」
 鑑識官の1人が言った。
「人的被害は無いから良いと言えば。でも、解明しないとですね。人質になった方々に協力してもらって聞き取りしますよ。また、時間かかるなぁ。」
 絢子は愚痴っぽく答えた。
「SATのみなさんも完全武装で駆けつけてくれるんですが、こんなパターンが増えましたね。でも、こいつら、こんなにゴツイ武器持ってますからね。」
 志水は一度、絢子に目をやり、やりきれなさや不気味さ、不安感を目で訴え、ポロッと口にした。

 事実、最近になってこのような事件が増えてるのである。警察はそれに振り回されてはいないものの、謎の現象であるため対処しきれないでいた。時には、高層マンションから転落した小学生がシャボン玉に助けられたり、ブレーキとアクセルを踏み間違えた高齢ドライバーがコンビニに突っ込む瞬間に車ごとシャボン玉に包まれる等、そのシャボン玉は多くの大惨事を、ここ一、二年未然に防いでくれてるのだ。
 このような現象をマスコミにも発表したものの、目ぼしい手がかりになる情報は得られず、嘘の情報を送ってくる者やこれをきっかけに新たなカルト的宗教団体も設立された。これらも悪戯に騒ぎ立てるだけで、一般市民への被害が出てはいない。しかし、警察は悪用される懸念が拭えず、また、国民は不安を抱く事態に陥ってしまった。

 絢子達が強盗の容疑者達を連行し、生活安全課の職員がマイクロバスで人質になった者達を警察署へ送迎してる頃、巫女代は本屋で本を買った後、大学生協に立ち寄り、自作パソコンのハードディスクとメモリーを拡張するために、それらを購入した。何ら変哲も無い女子大生、強いて言えば、根っからのリケジョだ。今のご時世、珍しい事ではない。しかしながら、誰もが知り得ない能力を巫女代は淡々活用してたのだ。
 拡張するためのハードディスクとメモリーを買い終えた後、生協がある棟の屋上に上がり、周囲に人が居ないのを確認すると10数km離れた自宅へ向かって飛び立った。空を飛んで帰宅するのだ。音速を超える速さで。

 署に戻った絢子達は、人質になった銀行員と客から事件の状況を聞き取ったが、強盗に入った3人組が何故シャボン玉に捕らえられたのか、理由となる証言は得られなかった。同じように強盗犯からも手がかりは無かった。一点だけ気になる証言があり、それは、シャッターを降ろすボタンを押して、独りの男が拳銃を発砲してもATMを使ってた女性が居たと言う事だ。
「あんな状況なら逃げますよね。お金なんて他のATMでも下せますから。全くこちらの状況を無視してるようでした。」
 特に、仕事が無い窓際族の支店長補佐はよく見てた。何の責任も背負ってない身だけに、他の行員や客達よりも少しは心に余裕があったのだろう。ただの役立たずではなかったようだ。
「志水、ATMで撮った画像を取って来なさい。」
 絢子は迷わず指示を出した。
 志水が戻り、画像を確認すると銃声が聞こえながらもお金を下ろす女性が映ってた。そして、行内に身体を向けるとその画像にノイズが入り何も見えなくなった。数秒後、ノイズは晴れ、その女性がそこから出て行くのがチラッと背中だけ見えた。
「絢子さん、この女を探しましょう。銀行に彼女の個人情報あるはずですから。怪しい表情でしたよ。て言うか、ポーカーフェイスでしたね。」
 志水は興奮した。
「志水、あの女性は犯罪者じゃないんだからね。シャボン玉の秘密を知ってる重要な人物かも知れないだけよ。冷静になりなさい。」
 絢子は志水を注意したが、興奮冷めやらぬ勢いで身支度を始めた。
「おい、志水、明日にするよ。明日、銀行で情報をもらってからよ。」
 絢子は志水の頭を小突いた。
 翌日、銀行に向かった2人はその女性の名前、神坂巫女代と自宅住所、電話番号、物理学で有名な鮎川工業大学の理工学部の学生である事が分かった。絢子が自宅に電話を入れると、母親が出て大学に居る事が分かり、2人は鮎工大へ向かった。

つづく。