⑤再会
この年も暑い夏になっていた。外でバス停に立ってるだけでも汗が吹き出して、それを拭うタオル生地のハンカチと水分補給のための飲み物が欠かせない日々が続いてた。
「俺達、頑張ってますね。こんな暑い中ネクタイ閉めて。」
志水らしい愚痴をこぼしてた。
「休憩時間なんだから、ここ、空調効いてて涼しいいでしょ、ネクタイ緩めて上着も脱いだら。」
母親のように絢子は志水を宥めた。
「そっすね。おっ、絢子さんノースリーブですか、涼しそう。結構、色白なんですね。でも、外は暑かったですね。胸元汗が滲んでて、セクシィー!」
志水はおちゃらけた。
「何言ってんだ。スケベが。」
絢子はバックからラベンダー香る携帯用ボディーシートを取り出して、1番上のボタンを外し、首すじから鎖骨、ブラジャーが見えない部分の乳房の上部まで汗をむぐいながら言った。
「絢子さん、ナイスですねぇ、もう少ししたまで手を下ろしましょうか。ナイスです。」
志水は若干、興奮気味で映画監督の真似をしてふざけ出した。。
「バカ、誰の真似してんだ。顔がうるさいぞ。」
絢子は、志水の煽りに乗ろうとはしなかった。
「ハハハ、暑さ忘れそうです。」
涼しい喫茶店で暑さに体力を奪われて、聞き込みが進まなくなるよりは、冬場では考えられない勤務中の休憩を取り入れていた。注文したアイスコーヒーが来て、絢子はガムシロを少し入れて、ミルクも加え、ストローでかき混ぜた。その時、テーブルの右側に右手で取りやすいように置いていたスマホがバイブった。
「はい、益田。」
非通知ではなく相手の番号だけが画面に表示されたが何時も通りに電話に出た。
「お久し振りです。神坂です。連絡、遅くなりました。絢子さん、私の事、覚えてらっしゃいますか?」
巫女代からの電話であった。絢子の名刺をもらったあの日から五ヶ月近く経とうとしてた時だった。
「はい、はい。巫女代さんね。いつ連絡が入るか首を長くして待ってましたよ。良かったぁ、信じてましたよ。お元気でした。また、会えますかね?」
志水が驚く程、久しく聞いてない絢子の優しい言葉遣いで、目を丸くして志水は聞いていた。
「すみません、待って頂いてたんですね。丁度、来週から夏休みなので、来週以降ならいつでも良いですよ。警察署は、遠慮させて頂きたいのですが。宜しいですか?」
犯罪は犯してないけど、警察に行くのは気が乗らない巫女代は、それを付け加えて答えた。
「そうですね。私と話しをするだけですもんね。んん、来週の火曜日、どうですか?私、水曜日が非番で、晩ご飯どうです?巫女代さんお酒大丈夫ですか?こんな暑い日が続いてるから冷えたビールでも、良いお店あるんですよ。どうです?」
絢子は、たまに行く、色んな地域の地ビールが呑める『地下場(ちかば)』と言う名の居酒屋を思い浮かべながら巫女代を誘った。
「はい、嬉しい、大丈夫です。地ビールですか、楽しみです。」
実は巫女代も酒が強く、頻繁には呑まないも、ビールや日本酒、洋酒でも何でも呑むと笊のように喉を通って行くのである。
「じゃあ、来週宜しくです。」
絢子は、『地下場』の場所と待ち合わせの時間を巫女代と決めて、電話を切った。
「おっ、巫女代ちゃんですか?俺もお供します。」
志水はニヤけた顔を絢子に見せた。
「あっ、失敗したぁ。お前、居たんだなぁ。後でかけ直せばよかった。しょうがねぇか。来週の火曜日、18時に『地下場』、お前、連れてった事ないよな。場所分かるか。」
仕方なく志水も連れて行く事にした。
「仕事終わりなんですから一緒に行きましょうよ。ねっ、絢子さん。」
まだ、志水は顔がニヤけてる。2人は、汗が引き、アイスコーヒーを飲み干すと、上着を履き、時折、湿気た熱風が吹く外へ戻って行った。日は西に傾き始めてたが、まだまだ暑さ残る過ごしにくい1日であった。今夜も熱帯夜だと誰もが思う1日だった。
絢子と巫女代、ついでに志水も楽しみにしてた『地下場』での呑み会の日が訪れた。志水だけは、昼過ぎからニヤけ始めてた。
「お疲れ様です。絢子さん、今日も暑かったですね。どーも加藤のおじさん。」
巫女代は2人と初めて会った時よりも垢抜けた雰囲気だった。
「お、おじさん。久し振りにそりゃないよ。志水お兄さんは老けちまったかなぁ。」
巫女代はニコニコしている。
「お前はうるさいの。ウザイだけさ気にすんな。」
絢子は簡単にあしらった。
「巫女代さん、ここよ。今日はキンキンに冷えたビールに美味しいの食べようね。」
志水とは対称的な態度を見せる絢子だった。
「ほんとに地下、場、なんですね。」
3人で階段を降りながら巫女代は呟いた。
店内は空調で丁度良い室温、照明も暗過ぎず、誰もがホッとする雰囲気の店内で、複数の金色のディスペンスヘッドが並ぶカウンター以外は全て個室になっている。その仕切りは襖ではなく、ぶ厚い木壁で、出入り口が押し引きで開く西部劇に出で来る扉になっていた。また、色は、ライトブラウンで、優しい白熱球の光に合っていて、お洒落な内装である。そして、テーブルはダークブラウンで、周りとのコントラストが丁度良く、その上にセッティングされてる食器類は、箸箱の中の箸が先端を綺麗に加工されてるが持ち手は木の皮がそのまま剥がされてなく、ツルツルで皮膚に傷がつかない加工が施かされた、凝ったもになってた。ナイフやフォーク、スプーンも持ち手は同じ造りになっていた。取り皿は真っ白な正方形で、料理が映えそうである。
絢子は最初に枝豆と棒棒鶏、自家製ピクルスを注文し、今日のオススメ地ビールで、沖縄のヘリオス酒造のゴーヤードライを注文した。巫女代も同じ物にしたが、志水は同じヘリオス酒造のシークァーサーホワイトエールにした。
「ぷはぁ、1口目は最高ねぇ。今日も仕事頑張ったご褒美みたい。」
3人で乾杯し、中ジョッキの2/3を呑んだ絢子がいつも言う台詞である。
「旨い!棒棒鶏と合いそうだ。」
腹を空かした志水が言った。
「じゃあ、酔う前に一応話しますか?」
巫女代は冷静だった。
「そうね。お願いします。」
絢子と志水も冷静になった。
巫女代は、神坂家の惨劇の話しをし、その後から力を持つ女性が産まれるようになった事、その女性達は共通して左側の乳房の下に2つの痣がある事、明治以降は、巫女代自身が初めて力を持って誕生した事、この力は重力を自在に操る事が出来る力である事を掻い摘んで話した。
「見てて下さいね。私のジョッキに残ってるビールを掬い上げて、口まで、で、呑みますね。」
巫女代がそう言うと、ジョッキからビールの球体が浮かんで来て、口元に近づいて来ると、齧って2回に分けて呑み干した。
「す、凄い。」
絢子は一言しか言葉に出来なかった。志水は口が開きっぱなしで数回瞬きした。
「巫女代さん、シャボン玉は、あれは何?」
数10秒間、沈黙が続いた後に絢子は問うた。
「あれは、小宇宙みたいな物です。この空間とは別の空間に閉じ込めた感じですね。あのシャボン玉の中の空気は相対的に酸素が多くなるのでライターの火を当てると弾ける訳です。それと、ほぼ無重力空間なので、床にベッタリくっつくように倒れてしまうんです。でも、この半年近くで色んな事に力が応用出来るようになりましたから、これからはシャボン玉使わないと思います。後、空を飛べるようになりましたし、時間も操作出来ます。タイムスリップまでは、2、3時間前後までは出来ます。1日前とか長い時間はまだ怖いです。徐々に出来ていくと思いますがね。」
巫女代は素直に答えた。
「世の中不思議な事がまだまだあるんだ。胸の2つの痣、見てみたいな。えへ、呑みの席だから勝手な事を言いました。へへへ。」
志水は自分が驚いたのと、絢子の緊張感が高まったのを和ませたかった。
「加藤さん、機会が有れば。うそうそ、見せません。」
巫女代は笑いながら言った。
「巫女代さん、是非、我々の協力者になって欲しいのですが。」
絢子の緊張感は変わらず、巫女代に直球を放った。
「やっぱり、そうお考えですよね。私、考えたんです。協力したいって気持ちはあります。でも、正直言うと犯罪者を追っかけてって、私には合わない気がして、司法試験受けようかと思います。弁護士になろうかと。民事を主に扱う。でも警察とも何らかの関わりがあると思うので、お互い近過ぎず遠過ぎずの関係性が保てるかと。生意気な考えなんですが、どう思います?絢子さん?あっ、ビールお代わりしましょ。」
巫女代は素直に自分の考えを告げた。
「そんな事考えたんだ。良いんじゃないかしら。民事ねぇ、巫女代さんに合ってるかも知れないね。」
大した根拠はみつけきれなかったが、絢子はそう答えていた。
「巫女代ちゃん、しっかりしてるわぁ。自分でやりたいって思う事に挑戦するのは、大賛成だよ。ねぇ、絢子さん。」
志水は後押しした。
「う、うん、そう、巫女代さんのちから警察官とし、とても魅力的なのよね。私としては。でも、無理矢理とか強迫観念に捉われてやるのは、自分で自分を追い詰めちゃったりし兼ねないからね。」
絢子はまだ飽きられきれない気持ちがあったものの、巫女代の意見を尊重した。
その後は絢子がへべれけになるまで酒を呑んだ。志水は明日の勤務を考えてほろ酔い程度で抑えてた。巫女代は絢子と同じくらい呑んだが平気だった。
「そろそろ、お開きねぇ、巫女ちゃん今日は来てくれてありがとね。あたし、呑み過ぎちゃった。志水、明日は仕事、しっかりやんなさいよぉ。」
絢子は、全てを支払い、3人で店を出た。
「ご馳走様です。私、家まで送りますよ。絢子さん。」
巫女代は気を利かせた。
「大丈夫?電車でしょ?絢子さん、こんなに酔っ払ってろよ。」
志水は珍しく心配だった。
「志ぃ水ぅ。女同士で帰るんだよ。あらしは大丈夫だ。お前は独りでガールズバーにでも行っれこい。」
絢子は呂律も回らなくなって来た。
「加藤さん、楽しんで来て下さい。絢子さんのマンション、分かりました。ひとっ飛びですから。」
巫女代は笑顔で簡単に言った。
「そうそう、バイバァーイ。」
絢子がそう言うと、志水の目の前から2人は消えて居なくなった。
つづく